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第六十五話「これも一つの政なれば」

第六十五話「これも一つの政なれば」


 屍鬼幽鬼が大挙押し寄せてきたその夜は、小鬼一匹すら見かけなかった。


 お陰で足軽を休ませることは出来たが、こうもぴたりと襲来が止まるのも今ひとつ気味が悪い。


「様子見、ですか?」

「うむ、大物が多く現れたからの。この鬼の切れ目が襲来の最後かどうか、見極める」


 翌朝本陣まで報告に行けば、勲麗院様からそんな話をされる。


 昨晩は表門の陣地でも鬼は見かけておらず、帯山奪還以来、初めての静かな夜だったそうだ。


 魔妖の襲来が必ず大戦(おおいくさ)で終わると決まってはいないが、幾つかある戦例の中では、比較的良くある戦役終結の形らしい。


 今回の場合は、跳梁域に進入した高岡軍曹と東下武士団の壊滅で、屍鬼が大量に生まれたことがきっかけとなり、徐々に減るはずの襲撃が一度に起きたものと推察されていた。


「まあ、物見、狩り、薪拾いと、せねばならぬことは大して変わらぬ。だが、油断だけはするでないぞ」

「はい、勲麗院様」


 黒瀬を出陣してひと月、飽きたと放り出すわけにも行かないが、そろそろ帰る日取りが見えてきて欲しいところだった。




 更に三日を北の陣で過ごしたが、物見に出た先で二、三度小さな鬼の群を見かけたものの、帯山城周辺は至って静かに過ごせていた。


「火槍もとんと出番がないのう」

「ええことじゃが、ちと物足りぬな」


 本陣は再び再編され、左右中翼合わせて四百に組み直されている。


 三割の兵力が倒されれば負け戦……とは言うものの、逃げようもないので仕方がない。


 また、この陣立ての組み直しが素速く出来ることも、大倭に於ける軍隊の特徴だった。


 足軽は基本的に長柄足軽――槍持ちの歩兵で、あとは僅かな弓足軽ぐらいだ。組頭クラスになると下級の武士も入り交じっているものの、兵科の専門性というものがほぼない。


 そこに指揮官である侍を宛えば、立派な部隊が出来上がってしまうのだ。

 

 その引き替えに、高度な作戦や戦術など使えるはずもなく、伝えられる命令も『攻撃』『守備』『退却』がせいぜいであった。

 士気の維持も問題で、目の前の敵をやっつけてえいえいおう、勝っている内はいいが、負けるとその場で散り散りになることさえ珍しくないと言う。


 それ故に、武士団などの戦闘部隊は際だって強く見えた。

 うちの忍もそうだが、訓練を積み重ねた者だけを集めた隊は、実際強い。


 数を取るか質を取るかという問題もあるが、そりゃあ織田信長も、金と手間暇を掛けて、兵農分離をするわけである。


 だが大国同士が相争う戦乱の世ではないなら、農民兵主体の現状も、武士団を維持する費用を考えれば悪くない。


 まあそれらも、国に余裕が出来てからの話だが……。


「黒瀬守様!」

「ん? ここだ!」


 本陣付きの……名前は忘れたが、武家の少年がやってくる。

 実は各国の大名でさえ、今ひとつ覚え切れていなかった。……これは北備衆だけ本隊から離れた配置故の弊害である。


評定(ひょうじょう)を行うので本陣に参ぜよと、馬見守様より言付かっております」

「承った。すぐにお伺いする」

「ははっ」


 後を戌蒔と秀隆に任せ、本陣へと向かう。


「北備大将、松浦黒瀬守、お呼びにより参上仕りました」

「うむ、そちらに座れ」


 ここしばらくの戦いで、俺もようやく侍言葉に慣れてきた。……ような気もする。


「では、評定を始める」

「ははっ」


 評定とは言うものの、上座の馬見守様を筆頭に、勲麗院様、中浜代官岩尾船督様、甲泊代官花房諸使様と、顔ぶれこそ立派ながら、場所は本陣の天幕に敷かれた茣蓙の上、勲麗院様にさえ座布団の用意など無い。


 列席者では俺一人下っ端だが、これは北備大将という肩書きのお陰である。


「昨日、東に三里の奥深く大物見(おおものみ)を出したが、鬼の姿はほぼ見かけず野も森も平素であったとのこと。故に、この襲来、終わったものと断ずる」

「参陣の方々には、まっこと、ご苦労であられた」


 この評定、とても重要な議題が扱われるものだった。


 今回の戦役に於ける、論功行賞である。




 まず初めに、一番分かり易い勲功第一位について馬見守様と勲麗院様の間でやり取りがあり、帯山を奪還した馬見守様が推挙されることに決まった。


 予定通りだが、恩賞の内容は、従六位下より従六位上への官位一等の奏上と、かなりの強気である。


 だがこれは飽くまでも『奏上』、つまりは都に願い出るのであって、比較的認められにくいと思われた。俺のような小身大名が従八位上から一つ上を狙うのとは、格が違いすぎる。


「何回目であられたかの?」

「先代より三回、願い出ております」


 今回は駄目でも、奏上出来るだけの勲功を立てましたぞと、正式な記録に残すのが重要で、回数が積み重なれば認められ易くなるという。


 第二位は揉めることなく討ち死にした帯山国主となり、官位追贈の奏上が決まった。後代には引き継げないが、その勇戦がなければより多くの民が犠牲になっていたことは間違いない。皆で改めて黙祷する。


 第三位は青鬼頭を下した右翼の大将花房諸使様、第四位は北部二カ国を救った岩尾船督様と続く。お二人も、まあ無駄だろうと苦笑しつつ、官位の奏上を選ばれていた。


 ……それら恩賞の選択が、討伐軍の懐にも優しいと気付いたのは、評定が終わってからである。


 第五位は、流石に勲麗院様へと譲られた。


「妾は茶器でも所望しようかの」


 俺は一瞬だけ、何を優雅に……と思ったが、そうではなかった。


 茶器所望の上奏は比較的認められ易く、売ってもそこそこいい値が付く。

 そして売って得た金子は、軍費の補填にも救民にも使えるのだ。


 なるほど、女性らしい要望でありながら、実利に富むいい手だ。


「さて、第六位だが……これは黒瀬守でよかろう?」

「ですな」

「は?」

「何を呆けておる。赤鬼頭の事、聞いておるぞ」

「先日の戦でも、見事な活躍であったしのう」


 目立つのはまずいが……皆が頷いているところを見ると、大体の話はもう付いているようだ。


 理由を話して辞退してしまう事も考えたが、それで和子の話が広まるのも困る。人の口に戸は立てられない。


 ならばここは勲麗院様を見習って、俺も茶器を、と思ったが……。


「悩まずともよいぞ。黒瀬守への恩賞はもう、決まっておる」

「馬見守様?」




「飛崎一国、丸抱えせい」




 ……。


 困惑する俺の視線を受け止めた馬見守様が、真面目な表情で重々しく首肯された。


「……当地のお主には理由を言わぬでも分かろうが、魔妖の領域と接する国を長く空白地とするわけにはいかぬのだ」

「あるいは誰ぞ、功のあった者を大名に取り立てようかとも考えたが、隣国の黒瀬守が手柄を立てたのであれば、それでよしよ」

「花房諸使殿の預かりであるからな、それも都合が良かったの」


 これも馬見守らにとっては、周辺を安寧せしめる為の、一つの(まつりごと)なのだ。


 だがこの恩賞、素直に受けても大丈夫だろうか?


 飛崎の民には申し訳ないが、俺が第一に考えるべきは黒瀬である。

 当たり前のようでいて、時々は思い出して考えておかないと、足元をすくわれても不思議じゃない。


 だがまあ、実際放置するわけにもいかないし、飛び地ではないから、併合するにしても最低限の混乱で避けられるか……。


 それに、うちには旧飛崎の家臣もいるし、見知らぬ誰かに任せるよりは、遙かにましだ。


「ああ、流石に廃国寸前の小領を押しつけただけでは何の褒美か分からぬでな、何某かの褒賞ぐらいは添えよう」

「実質は、負担も一緒に押しつけて、復興せいと命じておるようなものだからの」

「皆まで言うてくだされるな、勲麗院様……」

「じゃがな、黒瀬守よ」

「はい、勲麗院様?」


 面白そうな表情で、勲麗院様が俺を指さした。


「ここで素直に受けておけば、お歴々への覚えもめでたくなるかの。妾が思うに、『色々と』やり易うなるのではないか?」

「そうじゃそうじゃ」

「……全く以て苦労に引き合わぬ恩賞となろうが、それで受けてくれぬか?」

「ははっ。飛崎国、ありがたく頂戴いたします」


 どちらにしても不服はあるが、ここは黙って頷くしかない。


 ……いや、そうじゃないのか。


 わざわざ魔妖の徘徊する危険な場所を切り開かなくても、人が住める土地が手に入ったと考えるべきだ。

 人口が急激に増えた今、早急に解決しなければならない問題に、解決の糸口が見えたかもしれない。




 その後、十位までの勲功が吟味され、更に細々とした恩賞が沙汰されていった。


 こちらは『○○国の△△、勇猛果敢にして功抜群、これを賞し銀□匁を下す』などと、ほぼ流れ作業のような感じで片付けられていったが、とにかく数が多い。


「のう、面倒であろう?」

「こればかりは、受け取る側で居たかったですね……」


 この軍議の翌日、『段坂帯山の戦い』と名前のつけられた魔妖襲来の終息と、討伐軍の解散が宣言され、大々的に論功行賞と、そして弔いの儀式が行われた。


 尚、東下武士団だが……事の次第を淡々と綴った書状を、全参加大名の連名にて送っている。

 抗議や弾劾は、形式的なものさえも行われなかった。


 それらは妾の仕事なのじゃと、大きすぎるため息をつかれた勲麗院様である。




 ▽▽▽




 論功行賞後も、帯山には段坂各国の侍と足軽が残されていたが、馬野、中浜、東下の軍は帰国を許された。


 兵糧なども、道中食う分が支給された他は、帯山の城内に積み上げてある。


「手前にまで褒美とは……」

「いいじゃないか。戌蒔は十分活躍していたと思うぞ」

「はっ、殿にそう仰って戴けるならば」


 戌蒔には『勤勉にして忠勇、その戦果多し』と、中浜の組頭岸野秀隆と共に、褒賞を推薦しておいた。


 一番下の官位、少初位下(しょうそいげ)だが、如何に田舎からの推挙でもこのぐらいは通るとの話である。


 手続きのために三州美洲津へと出向く必要はあるが、瑞祥丸を差し向けて、ついでに買い物でもしてきて貰えばいいだろう。

 東下では、手に入らない品が色々と多すぎるのだ。




 機古屋まで二日かけて戻れば、久しく顔を見ていなかった道安が出迎えてくれた。

 足軽ともども元気そうで、久々の再会を喜び合う。


「殿、飛崎を得られたと聞きましたぞ!」

「ああ、何故かそんな話になってな……」


 幸い、飛崎の現状は近隣諸大名にも知られている。


 この大きな戦いでの勲功第六位も飛崎を押しつける名目のようなもので、羨ましがられるどころか、貧乏くじを引かされたなと、慰めの言葉を掛けられる始末だった。


「道安の方はどうだった?」

「荷駄隊は甲泊との往復が三回、皆、無事であったことを喜ぶべきなのでありましょうが……流石に飽きました」

「いや、本当にそうだぞ。無事に揃って帰れることを感謝しないとな」


 半月振りの機古屋城は相変わらずの混み具合だが、もう周辺の民も徐々に返されているという。


 まだ復旧したとは言い難いが、物売りなどもいて、城下にも活気が戻っていた。


「葛餅や雑炊の屋台ぐらいしかなかったが、交替で休め」


 各々に匁銀を一つ渡して、何か食ってきていいぞと送り出す。


 俺は勲麗院様に呼ばれていたので、そちらには行かず、二の丸へと向かった。


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