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第六十四話「屍鬼襲来」

第六十四話「屍鬼襲来」


 さて、東津武士団が何処へ行ったかはともかく、探しに向かうことは出来なかった。


 本陣が疲弊している理由でもあるが、魔妖の夜襲を受け止めねばならないのである。


 城が健在であればもう少し楽もできるのだが、南北の門は焼け落ちていて、守らねばならない間口が狭いだけましかと肩をすくめるしかない。


「黒瀬守様、早番組、揃いました!」

「ご苦労。頼むぞ、秀隆(ひでたか)

「ははっ!」


 中浜代官陣屋右筆で、今は足軽組頭の岸野秀隆に陣の差配を預ける。戌蒔と二人、頼りになる北備衆副将だ。


 俺は廃材を組んだ陣の隅に筵を敷き、手ぬぐいを置いた木ぎれを枕にして寝ころんだ。

 疲れは溜まるが、夜襲されるのも予定の内で、責任者たる大将は仮眠がせいぜいなのである。




「鬼が見えたぞ!」

「起きよ! 起きよ!」


 飛び起きながら鬼貫舵田をつかみ、立ち上がる。


 これで三度目だ。


 見張りは戌蒔率いる遅番組に代わっていた。

 こちらにやってきた鬼は少数のようだが、迷惑には違いない。


「小鬼三十、というところか」

「はっ」


 この数なら俺が出るまでもなかったし、早番組を起こさなくても大丈夫だろう。

 俺は鬼貫を火槍に持ち替え、篝火で照らされた北の陣の周囲を見つめた。


 陣地のいいところは、行軍と違って、重い装備を持ち歩かずに並べておけるところだ。


 今の俺であれば、直接出るなら鬼貫、援護なら火槍と、戦い方に合わせて武器を持ち替えられた。

 足軽達も、水筒や兵糧を身につけていない分、身軽である。


 それに何より、背中に壁があって回り込まれないという安心感が、足軽らの心を強くしていた。


「よし、次だ!」

「押せ! 押せ!」


 戦っている足軽が邪鬼や疾鬼の急襲を受けないよう、いつでも飛び出せる体勢で暗闇の向こうを睨む。


「これで最後か!? よう目を凝らせ!」

「余次郎と吾作は見張りじゃ!」

「角を切った奴から、こっちさ持ってこい!」

「善太、お主は篝火に薪を足せ!」

「合点!」


 毎日鬼退治をやらされていれば、村から無理矢理送り出されてきた足軽――若者達も、流石に手慣れてくる。


 ……その手際と経験は持ち帰られ、やがて、彼らが村を守る時に役立つのだ。




 ▽▽▽




 昼は方々に散って魔妖を狩り、夜は夜襲の受け止めを繰り返すこと三日。


 その日の昼、帯山に到着以来初めて、法螺貝と陣太鼓を耳にした。


「なんじゃ!?」

「表門の方じゃの?」

「陣を固めろ!」


 浮き足立つ足軽達を抑え、連絡の為に秀隆を本陣に向かわせる。


 何があったのかは分からないが、幸い昼飯時で、俺も含めた全員が陣に居た。


 警戒を強めて、待つことしばし。


「御免! 御免!」

「秀隆、どうだった!?」

「表門に屍鬼幽鬼(ゆうき)多数、お味方苦戦! 裏門は打ち捨て、火を放って鬼を封じ、表に回れと!!」

「……承った! 見張りは戌蒔と子谷に任す! 他の皆は、薪を積み上げろ!」

「おう!」


 考え込んでいる時間はない。


 足軽らを走らせ、薪の束を解いて陣中に積み上げさせる。

 俺はその辺の道具や武具を回収し、既に焼け落ちている門の裏手、火の届かない場所に移していった。


「薪にお札を挟め! 満遍なくじゃぞ!」

「待て待て! その油壺をぶちまけるのは後じゃ!」


 薪をきっちり井桁に組んでいる暇が惜しく、とにかく切れ目がないように積み上げる。


 最後に太い廃材を数個、良く燃えるよう薪に立て掛けた。


「戌蒔、子谷、戻れ! ……いいぞ、火をつけろ!」

「火槍は持てるだけ持って行け!」

松明(たいまつ)にも火をつけておくんじゃ」


 ちょろちょろとした種火は、油のお陰ですぐにごうごうと燃え広がった。

 炎の壁になるのを確認して、城の内奥へと向かう。


 外を回って表門に向かうよりは、階段があってもこちらの方が近道だ。


「だ、誰もおらん!?」

「お殿様はいずこじゃ!?」


 焼けた天守の側、前庭に置かれた本陣の天幕には、侍が誰もいなかった。


 代わりに薪や火矢を抱えた雑兵が、忙しく走っている。


「もう打って出られてるんだろう! 急ぐぞ!」

「おう!」


 先頭に立って、表門への坂を駆け下りる。


 見上げた矢狭間は健在で、矢を射る足軽らも必死の表情だ。


「戌蒔、秀隆! 槍襖(やりぶすま)を作れ!」

「承知!」


 俺は鬼貫を構えて、備の盾代わりに先頭へと立った。


 この状況下、奇襲だけは絶対に受けたくない。


 歩速を緩め、警戒しつつ前進する。


 刀を振るう音や、雄叫びが大きくなってきた。


「気を引き締めろ!」


 表門にはすぐ到着し――。


「耐えよ! 耐えよ!」

「やああああ!」

「おらの槍、受けて見い!」

「この仏敵(ぶってき)め、まだ倒れぬか!! 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」


 城門のすぐ先に本陣……というか、軍配を握った馬見守を中心に木盾が配置されている。


 既に酷い有り様だが、辛うじて左、右、中、三翼ごとの区別が付き、指揮系統は保たれていると思われた。各々の中心で大きな火が焚かれ、雑兵が鬼を放り込んでいる姿も見える。


 絶えず聞こえる法螺貝は僧兵の吹き鳴らす調伏の響き、法力の込められたそれは、僅かながらに鬼共を弱体化させる効果を持っていた。


「必ず数人で当たるのじゃ!!」

「帯山三谷の一平太、幽鬼、討ち取ったり!」


 だがその向こうは、侍、鬼、足軽、異形の魔妖。

 敵味方入り交じっての乱戦になっていた。


 勲麗院様も中央の最前にて暴れておられる。


「馬見守様! 北の陣、引き払って参りました!」

「よう来た、黒瀬守! 中浜衆は借りるぞ! お主は機古屋衆のみを引き連れ、勲麗院様をお助けせよ!」

「承知!」

「まずは左翼を救う! 中浜衆、余に続けえ!」

「おう!」


 軍配を長柄槍に持ち替えた馬見守が、そのまま駆け出す。


「行くぞ、機古屋衆!」

「承知!」


 俺もそれを見送らず、十間先――二十メートルとない最前線に突っ込んだ。


「勲麗院様!」

「黒瀬守か!」


 そのまま幾らか深入りし、鬼貫を突いては引き、あるいは横に振り回して、勲麗院様が戦いやすいよう隙間を作る。


 幽鬼屍鬼は力も強い上に、御札で封じて燃やさないとまた起きあがってくるので厄介だが、分かっていてもそんな暇がない。


「主よ!」

「はい!」

「二十(けん)奥の屍鬼が分かるか!」


 穂先で引っかけた幽鬼を蹴り飛ばしつつ、そちらを見やる。


 立派な鎧兜を身につけたそれは……。


「……高岡軍曹!?」

「おうよ!」


 その鎧武者には、見覚えがあった。


 しばらく帰ってこないと思ったら、既に手遅れどころか自らも鬼になって攻めてくるとは、ほんとにろくでもない。


「アレをどうにかすれば、中翼はなんとでもなる! ……十数える間、抑えられるか?」

「やります!」

「よう言うた!」


 返事の間にもう、勲麗院様が駆け出されていた。慌てて続く。


「妾が一薙ぎして抜ける! そのまま抑えよ!」

「承知!」


 こちらに気付いたか、高岡軍曹は生気のない目で、ぎろりと俺を見た。


「テガ、ラ……」


 手柄、か。

 はっきり聞き取れたが、意識があるわけではないだろう。


 恨みが凝り固まっているとか、そんな感じだ。


「貴様のお陰でいい迷惑じゃ!」


 勲麗院様が乳母鑑を一閃、高岡軍曹の太股が半分ほど切り裂かれる。


 俺はその背後から躍り出るようにして、勲麗院様を斬ろうとした高岡軍曹の刃を弾いた。


「うおっと!?」


 恐るべき怪力に、知らず冷や汗が流れる。


 赤鬼頭とは直接打ち合わなかったので分からないが、俺が大倭に来て受けた、最も強い一撃であった。


 足軽の骸に憑いても強いのに、鍛え上げられた侍が屍鬼になると、本当に最悪だ。


「六根清浄、六根清浄……」


 神通力を使う為だろう、祝詞を唱える勲麗院様の邪魔をさせぬよう、鬼貫で高岡軍曹を突き刺して持ち上げる。

 動き回られては、厄介どころではない。


 周囲にも目を配らなくてはならないが……。


「祓え給い、清め給え……」


 鬼貫を腋に挟み、空いた手で友兼(脇差)を抜き放つ。


「殿!」

「小物の相手を頼む!」


 俺は近寄ってきた幽鬼の首を斬り落とし、他は追いついた戌蒔らに任せた。


「テガラ……テガラ……」

「諦めが悪い!」


 もがきながら鬼貫の柄を手繰る高岡軍曹を大きく蹴り、その指先を斬り飛ばす。


「待たせた!」


 俺は神々しさを身に帯びられた――目に見える虹光をまとった勲麗院様に頷き、力任せに鬼貫を振って高岡軍曹を頭上に放り上げた。


「この(やいば)は言祝がれたる刃、悪鬼、(ことごと)く滅し給え!」


 乳母鑑が、落ちてきた高岡軍曹を縦真っ二つに切り裂く。


 断面から立った黒い靄が、虹光を受けて苦しげに四散した。


「高岡軍曹の屍鬼、討ち取ったり!!」

「おう!」

「黒瀬守よ、まずは中央を蹴散らす! 足軽が鬼を焼く時間を稼ぐのじゃ!!」

「ははっ!」


 この高岡軍曹も、今は動かないが……動き出せば半身でも本当に厄介なのだ。




 勲麗院様と共にかけずり回って、激戦の中央を落ち着かせた頃には、劣勢だった左翼も援軍を受けて息を吹き返し、右翼はなんと、僧兵の援護下で大物の魔妖『青鬼頭(あおおにがしら)』を倒していた。


 青鬼頭は赤鬼頭と対を為す大物だが、こちらは冷気を吐くので更に厄介だ。火矢や火槍の炎を一息に消してしまうのである。

 そんな奴が火を使わないと倒しにくい幽鬼や屍鬼と組んでいたのだから、苦戦も必至であった。


「む? そろそろ〆か……」

「そのようですね」


 直接的な戦闘は終わったが、まだまだ気は抜けない。


「さあ、急げ急げ! 今の内じゃ!」

「えいさ、ほいさ!」

「御札を貼る時は、必ず五人一組で行え! 四肢を槍で突き、動けんようにしてからじゃぞ!」


 復活しないうちにとにかく御札を貼って燃やしてしまわなければ、また戦う羽目になる。


 一度倒せば四半刻、三十分程度は大丈夫と言うが、戦闘開始から既に一刻半、三時間が過ぎようとしていた。


 日が暮れて闇の中、これほど城に近い場所で屍鬼幽鬼に復活されるなど、誰だって考えたくない。


 お札を貼る組、運んで燃やす組、森に走って足りない薪を調達する組、物見に出る組。

 皆が皆、忙しく立ち働いていた。


 僧兵と衛士は鬼の始末の他、戦死者の弔いにも人を割いているからなお忙しい。


「さあ、北備衆、行くぞ!」

「おう!」


 俺は幾人か減ってしまった備を引き連れ、再び命じられた北の陣の守備に向かった。


 燃やし尽くしてしまった陣だが、夕暮れまでに形だけでも何とかしないと、夜襲があっても対応できない。


「戌蒔」

「はっ」

「手勢を連れ、城内に鬼が入り込んでいないか、虱潰(しらみつぶ)しに探してくれ。見つけても戦うなよ。大声を上げて皆に報せろ」

「承知!」

「秀隆、今の件を馬見守様と勲麗院様にご報告してくれ。向こうは手が回らないだろう。ご許可を貰うだけでいい」

「ははっ」

「他の者はこっちだ。炎の壁から少し下がったこの辺りに、陣を作り直すぞ」

「おう!」


 陣跡の炎は未だ十分な勢いで燃えさかっていたが、見張りを置いていたわけじゃない。


 命令通りにしていたからと、それでいい筈はなかった。

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