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第六十一話「神語り」

第六十一話「神語り」


「あなたが松浦一郎よね?」

「はい」

「ここ暫くだとあなたしかいないから、間違いないと思うけど、探してたのよ」


 うんうんと一人頷く神様に、俺は恐る恐る話し掛けた。


「探してくれて……失礼、お探し戴いていたのですか?」

「今頃は三州の外れにいるだろうからと、大御神(おおみかみ)様から御託(おことば)があって、こちらの皆で探していたの。都の富露雨等(ふろうら)様があなたのことを大御神様にお話下さっていなければ、大倭中を探さなきゃいけないところだったのよ」


 そんな騒ぎになりかけていたのかと、恐縮する。

 だが……。


「あの……」

「はいどうぞ。私はこの神社の祭神、(あめの)速佐(はやさ)磐筒(いはつつの)枳佐加(きさか)ね。枳佐加でいいわ」


 にこっと笑って気さくに仰って下さったが、距離感がつかめず、失礼のないようにだけはしようと気を引き締める。


 それでも……どうしても、尋ねたいことがあった。


「枳佐加様。……俺は何故、大倭に飛ばされたんでしょうか?」


 神様も俺に用があるみたいだが、これだけは聞いておきたい。


「そうね、禍福(かふく)同衾(どうきん)、としか言い様がないわね」

「禍福、同衾……」

「この後、吉凶どちらに傾くかは、あなた次第だけど」


 困ったようにも哀しそうにも見える表情で、枳佐加様は俺の世渡りについて、語って下さった。




 まず、俺の産まれ育った日本のある世界とこの大倭のある世界は、ざっくばらんに言えば日本が兄、大倭が弟の兄弟のようなものであるという。


 アンのいた世界もこの兄弟に含まれるが、過去、日本の世界では魔禍(まか)――神々と相容れない存在で、同時に魔妖を産む根元――との争いが特に長く激しく続いた。今は落ち着いているものの、そのお陰で世界の裂け目のようなものである『綻び』が出来やすくなっているそうだ。


 日本の大御神も世界の修復と安定に尽力されているが、大倭の大御神もこれを助力していて、日本世界の綻びを修復されているのだが……。


「綻びを見つけるたびに神通力で埋めていくのだけれど、大きな綻びだと、運悪く人が呑まれることもあるわ」


 次々と発生する全ての綻びを埋めることは不可能であり、色々な物が、者が、時空を超えてこぼれ落ちてくる。


 道具や本、動植物はもちろん、百年に一度くらいは人もこぼれてくるが、生者も死者もおり、神様には珍しいことではないらしい。


 時折、家や仕事場ごと呑むような大きな綻びのお陰で、断片だけでなくまとまった文物(ぶんぶつ)も流れてきて、時ならぬ一方的文化交流が発生するのだが……枕草子に土佐日記、ビール、俺もその一つかと、頷くしかなかった。


「一郎、あなたはね、こちらの神が綻びに神気の塊を押し当てようとした瞬間、こぼれ落ちてきたのよ」


 それをまともに受けてしまったから、俺の体と心に神気が宿り、不思議な怪力や素速さ、魔妖を恐れない心――『強い俺』状態が産まれ、お陰で大きな怪我もせず、こちらに落ちた……。


「運悪くこぼれ落ちたけれど、運良く生きて大倭にきた。だから、禍福同衾、吉凶相半ばね」


 ここまではいいかしらと、明るい表情で同意を求められる。


 確かに、『運が悪くて運がいい』のかと、頷くしかない。


 日本じゃ魔妖を見たことがないなとか、綻びとは何か、行き来は出来ないのかなど、更に問いたい部分もあるが、目の前の神様や俺が原因というわけでなく、本当に……運が悪かったのだなと、思うしかないようだ。


「それで、こちらの話になるんだけど……」

「はい。……すみません」

「意図せずあなたに神気を与えてしまった()が、とても落ち込んでいるの。大御神様もあれは偶然にして不可避、気にするでないとお慰めになられていたけれど……ちょっと困ってるのよ」


 神気を返せと言われれば、返すしかないだろうが、どうすればいいのか。

 少しどころでなく惜しいが、俺が勝手に決められることでもないだろう。


 特に今は戦の最中で、いきなり力がなくなるのも躊躇われるのだが……。


 その辺りを聞いてみると、たぶん大丈夫と返ってきた。


「後手になるけれど、『結び』をお願いするわ」

「……結び?」

「一郎、あなたは今宵、この社殿で一夜を過ごしなさい。布団敷いて、寝てるだけでいいから」


 ね、簡単でしょと、枳佐加様は微笑まれた。




 ▽▽▽




 理由を話して宮司さんに寝床を用意して貰えるよう頼み、一度城に戻る。


斯様(かよう)にいとも易く、御神がお出ましになるとは……」

「珍しいことなのですか?」

「当たり前じゃ! 神々はお忙しいのだぞ!」


 勲麗院様には呆れられたが、ご不在の事の方が多いらしい。


 神社ごとに決まっている地域を隅々まで探し回って悪溜穢(あくるけがれ)――魔妖の産まれる邪気の源を(はら)い、大地を森を川を浄めて言祝ぎ、あるいは手の回らない近隣の神社へと応援に行き、時に大御神のお手伝いで綻びの修復に奔走し、お社で休む間にも次々と願い事が持ち込まれ……。


 一体何処のブラック企業だと、思わず俺は神社の方を振り返った。




 後事を戌蒔に託し、急ぎだからと夕餉を待たず、麦焦がしを湯で溶いて腹を満たす。

 御神に会われるのならこれを持って行きなされと、針里守から持たされた澄酒の徳利を手に、俺は再び神社へ戻った。


 宮司さんに挨拶をして井戸を借り、全身を浄めてから社殿に上げて貰う。


「お世話になります」


 俺は一息ついて気持ちを整え、宿代にはならなくてもお賽銭ぐらいはと、銅鏡の祭壇に匁銀(もんめぎん)をお供えして拝んだ。


 澄酒は俺に神気を与えて下さった神様へのお供え物なので、お伺いしてからでいいかなと枕元に置いておく。


「ふう……」


 最近は廊下、陣張り、物見櫓にて交替で雑魚寝と続いており、ほぼ半月振りの布団だった。


 ここしばらくの忙しさを振り返りつつ、そのままごろんと横になる。


 首のこり肩のこりをほぐしていると、いつの間にか眠っていた。




 ゆさゆさと揺さぶられて目を開ければ、枳佐加様ともう一人、いや、神様だからもう一柱か、やはり巫女装束の少女が、俺を覗き込んでいた。


「起きた?」

「はい。あの……」

「ええ、この()よ」


 ゆっくりと起きあがって、居住まいを正し……布団の上で挨拶するのはさすがに失礼だと気付いて、床に移動する。


「あなたが、一郎?」

「はい、そうです」

「……ごめんなさい!!」

「え?」


 不安そうな顔でちらっと俺を見てから、名も知らぬ神様が平伏した。


「もう少し手早く、綻びが埋められたなら、あなたがこちらに来ることはなかったの! だから! 本当にごめんなさい!!」

「いえ、あの……」

「大丈夫だって。一郎も怒ってないから」


 無論、怒っていないが……少々困ってはいた。


 この神様が悪意で俺を大倭に飛ばしたわけでもなく、埋めようとした綻びからたまたま俺が現れただけであり……そもそも、神様に頭を下げさせるとか、ありえない。


「本当に……?」

「はい、もちろんです。それに、偶然にせよ神気があったから、お姫様達を……嫁さん達を助けられたんだと思います。こちらこそ、本当に、ありがとうございます」


 俺は真面目な気持ちで、平伏した。


 最初の小鬼との戦い、三吉を救えたこと、侍崩れの五人抜き、這寄沼、赤鬼頭……思い返せば返すほど、神気なしで生き残れたとは思えなくなってくる。


「ね、大丈夫だったでしょ?」

「うん。……一郎」

「はい」


 俺が頭を上げると、少女が恐る恐る手を伸ばしてきた。


速秋津(はやあきつ)鳴加美(なるかみの)葉舟(はふね)(けん)ず」


 りんと小さく澄んだ音がして社殿に光が満ち、場に力があふれ出す。


「速秋津鳴加美葉舟が命ず」


 再びの御詞(おことば)

 光が収縮し、小さな球になった。


「速秋津鳴加美葉舟が()ぐ」


 小さな球は、俺の胸に吸い込まれていった。


 少々どころでなく驚いたが、胸元には違和感も何もない。これが、結び……なのだろうか?


 手を引っ込めた神様に、そのままじっと見つめられる。


「……」

「……」

「……一郎は人なんだから、言わなきゃわかんないんじゃない?」

「あっ、ごめんなさい! 終わり、です!」

「これからは、こういうことにも慣れないとね」

「うん……」


 よく分からない内に、結びの儀式が終わったらしい。


 だが、祝ぐとあるなら、悪いもんじゃないだろうと思う。


 そうでなくても神気に助けられてきたのだから、今更だ。


「えっと……」

「私のことは、葉舟、と」

「では……あの、葉舟様。この儀式は一体……?」

「正しき結びと認めで、神気を一郎の心身に馴染ませたの。修練すれば、衛士の様に神通力も使えるようになる……と思う」

「思うって、葉舟……」

「だって、一郎はお殿様で、忙しそうだから……」

「あー、ごめん。東下や段坂のお殿様って、修練なんてする暇、なさそうだもんね」


 私達も忙しいけどさと、枳佐加様の手で祭壇に重ねられていた酒杯が配られ、徳利が開けられた。祭神よりお勧めされたのだからまあいいかと腹を括り、お酌を受ける。


 御返杯すると、お二方とも何故かとても喜んでくれた。


 気持ちも嬉しいが、こちらにはない態度が面白かったそうだ。


「そうだ一郎」

「はい、枳佐加様?」

「葉舟の為に、お社を建ててあげてくれない?」

「ちょ、枳佐加!?」

「葉舟が言い出せないから、代わりに言ってあげただけよ」


 真っ赤になった葉舟様が、ちらっと俺を見上げた。


 俺も、自分に力を下さった神様が黒瀬に来て下さるなら、とても心強いが……。


「そろそろ葉舟も、土地をお預かりしてもいいんじゃないかって思うの。お社、憧れてたんでしょ?」

「でも……」

「ふむ、宜しいのではないか?」

「へ!?」

「きゃっ!?」


 いつの間にか、翡翠の髪に紫眼の超絶な美人が俺の後ろに立っていた。


 見かけは二十台半ば、服装は一枚布を複雑に巻いた白いドレスというか、和装とも洋装ともつかない不思議な姿ながら、その流れるような美しさに息を呑む。


「御神直々の頼み事ぞ。お主も男の子(おのこ)なら、そのぐらいの甲斐性は見せい」


 肩に手を置かれ、にやっと微笑まれたところで、どなたなのか気付く。

 聞き覚えのある声だった。


「……もしかして、フローラ様です?」

「如何にも。……ああ、この姿は初めてであったか?」


 失礼致すと、フローラ様は俺の隣に座り込まれた。


 はっと慌てて平伏された神様らを余所に、悠々と『俺の』酒杯を飲み干される。


御方々(おんかたがた)、そのように畏まられず、一郎のようになされよ。妾は大御神に在界を許されしただの龍に過ぎぬ。そも、夢を借りておるは妾ぞ?」

「いえいえいえ、まさかそんな!」

「畏れ多すぎます、富露雨等様!」


 さてこの状況、どうしたものかとフローラ様を見れば、ため息の後にぽかりと拳骨を貰った。


 恨みがましそうなジト目を向けられる。


「あれだけの龍力を与えておいたのに、一時(いちどき)に使うとは思わなんだぞ」

「あ……! はい、申し訳ありません!」

「神気を帯びておらなんだら、その身が耐え切れたかどうか……。まあ、あれほどの相手だ、民を背に一歩も引かずようやったわ。そこは褒めておく」


 怒られるだけで済んで、本当に良かったかもしれない。


 それはともかくと、フローラ様は葉舟様に向き直られた。


「葉舟(ひめ)よ」

「は、はい!」

「こ奴、三州でも有数の貧乏大名でな。妾も分社の建立を約束させたが……本気で何時になるか分からぬ」

「……はい」

「だが、それだけでもない。耳にする限りでは、朝な夕な真面目に働き、民にも気遣いを忘れぬという。まずは間口一(けん)の小さな社……いや、それも難しいか。……うむむむ、当初の御在所は城の一室でも宜しかろうか? もしもこ奴の領国をお引き受けいただけるなら、妾の眷属(けんぞく)を御身の神使(しんし)に遣わせていただくが……」

「神使を!?」

「葉舟! 是非お願いなさい!」


 フローラ様は難しい表情で懸命に葉舟様を口説かれていたが、我が家の内情が筒抜けすぎて、俺としては頭を抱えたいところである。


「あの、富露雨等様!!」

「うむ?」

「神使は是非、土地神に慣れぬ私を支えてくれそうなかわいい子でお願いしますっ!!」

「心得た!」


 俺がほぼ何もせず話に聞き入っていた間に、葉舟様が黒瀬に来て下さることが決まった。


 ちなみに神使とは、お稲荷さんの狐や天神様の牛、奈良の鹿のような、神様のお使いとされる動物のことである。


 龍神は水の他に動物を司る神様でもあるが、自ら神使を遣わすことは滅多にないそうで、とてもめでたいことらしい。


 だがそのやり取りを聞く内、一つ、分かったことがあった。


「こりゃ。お主も何か言わんか」

「あの……もしかして、黒瀬には神様がいらっしゃらなかったのですか?」

「は!? ……当たり前じゃ!」


 もう一つ、拳骨を貰う。


 ……フローラ様、割と容赦ない。


「お主の住まう東下は、神々と魔禍の境界なるぞ。……えにしなくば、御神とて地とは結べぬ。祈りなくば、神威(かむい)とて遍く及ばぬ」


 神社だけ建てても、神様が舞い降りていらっしゃるわけではなかった。


 だが今ならば、『縁』が葉舟様と俺の間に結ばれており、同時に、アンとフローラ様という『縁』も黒瀬にはある。

 この二つを更に結べばより強い『縁』となり、土地神として根付くにも按配がいいそうだ。




 そろそろ戻るという神様達にご挨拶をして、俺は布団に寝ころんだ。


「じゃあまたね、一郎。ふふ、楽しかったわ」

「アナスタシアには言付けておく。国に帰ってからようよう計らえ」


 もちろん、自分から失礼な態度をとっているわけじゃない。

 神様の見せる夢なので、目覚める前に元の場所元の姿勢へと戻っておかなければ、色々不都合が起きるらしい。


 あまりにも離れた場所で夢から覚めると、起きるときに身体がびっくりして大人でも寝小便じゃぞと笑われた。


「一郎」

「はい、葉舟様?」

「……私、頑張るからっ!」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 葉舟様の嬉しそうなお顔までは覚えていたが、俺はまたいつの間にか、眠りについていた。


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