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第六十話「援軍到着」

第六十話「援軍到着」


「これにて軍議を終える。各々、為すべきを致せ!」

「ははっ!」


 軍議は四半刻も掛からず終わり、各々が持ち場へと駆け出した。


 基本方針は馬野、中浜の援軍を待ち、耐えること。

 その為に何をすべきかは決まっているが、戦力も糧食も限りがあり、無理は出来ない。


 まずは陣立(じんだ)て――戦闘序列が大胆に組み替えられた。


 東下と機古屋の両軍百八十余をひとまとめにして、総大将に勲麗院様、副将に花房諸使様。このお二人が総軍を預かる。


 後詰めを兼ねた城詰め部隊の大将は名目的ながら機古屋守で、百の兵を配してあった。怪我人や疲労が濃い者を優先的に選び、休んで回復するのが仕事としてある。


 早晩、足りなくなるだろう兵糧を調達する為、甲泊の港まで戻る護衛付きの荷駄隊は止丸守に預けられ、これが五十。道安らはこちらに組み込まれていた。


 他にも、騎馬は近隣への連絡に向かい、領民らも動ける者は手伝いや怪我人の世話に駆り出されている。

 皆、生き残る為に必死だった。


「先手衆、出陣!!」

「おう!」


 先手衆という名の、現時点で動かせる戦力三十を率いる先手大将は、何と俺である。


 軍議のやり取りの裏まで読んで総合すれば、この苦境下出せる戦力はもう無いに等しいが、万が一、別の赤鬼頭が出てきてもこいつなら何とかするんじゃないか。……と、思われているらしい。


 鬼の死体を片付けるには必要でありましょうと、戦死者の葬儀を終えたばかりの城下寺社の宮司や住職まで、名乗りを上げてくれていた。


「開門! 開門!」


 副将には機古屋の番頭(ばんがしら)、糸川幸重(ゆきしげ)が配されている。


 昨日、市中の鬼を狩っていた若侍であるが……機古屋の侍は、城詰めの副将に置かれた家老と老いた勘定方、そして彼以外、既に討ち死にしたそうだ。


 駆けつけた援軍の国主にも戦死者が出ており、魔妖を無事に撃退しても、段坂は苦境が続くと聞かされていた。


「いざ!」

「おう!」


 まずは先手衆を組ごとに散らし、城下市中の鬼を昨日と同じように狩り尽くす。数は少ないながらも、これは無視できない。


 その後部隊を三つに分け、一つは市中の警戒とまだまだ終わりそうにない鬼の始末、一つは出発する荷駄隊の露払い、一つは物見に出て警戒に当たる予定だった。




 市中のことは地元の幸重に任せ、俺は夕暮れまで物見を兼ねた鬼狩りとその始末に奔走した。


 機古屋から見て北東、帯山に向かう道を、見つけた小さな群を狩りながら進む。


 従う十人は黒瀬衆と機古屋の足軽衆で、地理に詳しい者もつけていた。


「しかし、黒瀬のお殿様は力持ちですな!」

「これだけが自慢だよ」


 歩みを止めて集めた薪で火を焚き、たっぷりと持たされた御札を使って鬼を始末しながら進むので、どうにも手間がかかる。


 しかしこの戦が始まって半月、そろそろ戦死者や鬼の死体に悪霊が取り付いた幽鬼(ゆうき)屍鬼(しき)が見つかっても、不思議はないという。


 帯山については状況が状況だけに、屍鬼幽鬼が生まれるも致し方なしとせざるを得ないが、可能な限りは始末して、多少なりとも攻め時の負担を減らしたいところだった。


「今日はこのあたりか……。城に戻るぞ。皆ご苦労だった」

「ははっ!」


 幸い、大きな群も赤鬼頭も見なかったが、昨日と同じ半里まで進む頃には、日が傾きはじめていた。




 次の日は一里まで、その次は北寄りに半里と、鬼の始末と狩りに励んだ数日後。


 有力な援軍も続々到着したその夕暮れ、俺は再び軍議に呼ばれた。


「皆の厚情と尽力に、この勲麗院、改めて感謝したく思う」


 城周辺には篝火が焚かれ、陣幕があちらこちらに立てられていた。


 城下近辺の鬼共は刈り尽くしていたし見張りも十分、これなら城外の夜営も問題ないだろう。……第一、城は避難してきた民で溢れており、限界である。


 到着した援軍は、馬野が本間馬見(うまみ)守殿率いる八カ国六百余、中浜より代官岩尾船督(せんとく)少令(しょうれい)殿以下百五十。


 これは荷駄隊を含まない数であり、東下から見れば正に大軍団であった。


「では馬見守殿、万事お願い致す」

「ははっ!」


 今後、兵力の比率から見ても主力は馬野の援軍となるが、勲麗院様はあっさりとした様子で、総大将を馬見守に譲った。




 軍議は早々に終わり、進軍は明朝に決まった。


 兵糧の消費、兵の疲れなどを考えれば、戦いの決着は早いに越したことはない。

 特に兵糧は避難民にかなりの量を吸い取られてしまった為、馬野から来た荷駄隊の半数は、翌日そのまま追加分を取りに戻ることになった。


 作戦は真っ直ぐに帯山を目指す力押しであったが、魔妖が相手ではこれこそ常道だという。

 早期に主力を潰して勢いを削ぎ、打ち止めを待ちながら受けて戦う方が、結果的に被害を減らすことに繋がった。


「馬野の援軍が到着してなお、妾が総大将として振るまうは下策よ」

「そうなのですか?」

「これも段坂の為なのじゃ」


 黒瀬衆は何故か、花房諸使様を大将とする本隊右翼から外され、寄騎(よりき)として勲麗院様率いる脇備(わきぞなえ)――別働隊へと貸し出されることになった。


 花房諸使様は、得られるかどうかわからない戦功より確実に売れる恩を選ばれたようだが、お陰で俺の役職は、脇備機古屋衆寄騎副将とまた名前が変わっている。


「馬野の援軍には僧兵や衛士(えじ)の一団もおる。屍鬼どころか、再び赤大鬼が出ても力押し出来よう」


 僧兵が武装した僧侶……というのはなんとなくわかるが、衛士は神職兼任の武士で、双方ともに法力や神通力を身につけた一騎当千の武力集団である。

 衛士は神社や神宮に所属する他、内裏の衛門府にも配置されていた。俺も見かけた平安歌人の武士がそれだ。


 祝詞(のりと)やお経、神具法具で悪鬼を弱体化させて味方を鼓舞し、自らも戦う彼らだが、村の神主さんやお坊さんならともかく、寺社を寄進して呼ぼうにも、馬野程度には裕福でないと維持すらも難しいらしい。


「まあ、あれじゃな。妾と知り合うたのが運の尽き、諦めて付き合え」


 勲麗院様は冗談めかして笑っておられたが、実状を聞けば俺の貸し出しもやむなしと思えた。




 魔妖の主力を下すことは一番の目標だが、では、攻めてきている魔妖が主力だけかと言えば、そうではない。


 中途半端に大きい群が、主戦場以外の周辺地域にも出没するのは、経験から知られていた。


 邪鬼が小鬼を従え、赤鬼頭のような大物がその上にいて指揮……いや、群のボスとして君臨していても、人間の陣のように一つ所に集まっているわけではなく、軍律と命令にも縛られていないのだ。


 おまけに鬼以外が混じっていることもあり、こちらは正に本能の怪物である。這寄沼を思い出さなくても、どうなるかは想像がついた。


 それにもう一つ、機古屋の事情になるが、周辺国の筆頭という面子からも、援軍と兵糧を送らせておいて放置というわけに行かないのである。

 近隣の被害を多少なりとも減らすことで、段坂全体の力を極力目減りさせたくないという思惑もあった。


 大挙押し寄せてきた魔妖主力討伐の総大将という、大きな功績得られる機会を馬野の援軍に譲ったのもまた、(まつりごと)である。


 証文のない取引のようなもので、誰にでも分かる勲功第一等という手土産ぐらいは用意しておかないと、次に魔妖の大襲来が起きた時、意図的な遅参や援軍の出し渋りに繋がりかねないのである。


 ……本間馬見守の従六位下に対して、勲麗院様は無位ながら正三位である三州公の姪であり、同じ本陣に二人が立っていた場合、総大将を譲っていても勲麗院様の勲功を全く無視するのもおかしな話となった。


 だが、その場にいなければ、この問題は発生しない。


 よって勲麗院様率いる別働隊には、はぐれた群を見つけては地道に狩り尽くし、その上で大功を誇らぬことが求められていた。




 軍議の翌朝、俺達の脇備は帯山を目指す七百の主力を万歳で見送った後、本陣荷駄隊の後ろについた。目指す先は機古屋より二日、敷森(しきもり)国である。


 脇備はもう一つあり、そちらは中浜代官が手勢百五十を率いて段坂の北部に向かっていた。

 こちらの数倍の戦力だが、担当する範囲も二カ国で、均衡は取れているという。


「道上半里、鬼見あたらず!」

「うむ」


 本隊が行きがけの駄賃に鬼を狩ったのか、時折真新しい焼き跡も見かけた。


「細道に入るぞ、皆、気を引き締めい!」


 二里ほど進んで脇道を南に折れ、木立の中を警戒しつつ進む。


 脇備機古屋衆は荷駄も含めて四十人で、馬はなし。城詰めや本陣にも人を出しているのでこの数は仕方ないが、行う仕事の量に比べて戦力が少ない気もした。


「そこはほれ、主を寄騎に借り受けた理由よ」

「俺……失礼、某ですか?」

「今更じゃ、飾らず話せ。……戦働きに期待しておるのも間違いないが、主は下手をせずとも手柄を立ててしまいそうでな、扱いに困ったのじゃ」


 主に本戦(ほんいくさ)の勲功第一でも取られては、政の均衡が崩れるでなと、勲麗院様はため息をつかれた。


「だからとて、機古屋を救った大兵(おおつわもの)に対し、名も功も与えずなお飼い殺すなど、機古屋早川家の名折れどころか人として恥ずかしいわ。……そこでな、ちと時期をずらして上手く差配するつもりなのじゃが、それで手を打ってはくれまいか?」


 国主なら当然、政治的な立ち回りも要求される。


 同時にそれは、俺に足りていない配慮であり、黒瀬が生き残るためにも大事な選択であり……俺はどちらかと言えば乗り気で、勲麗院様の提案を了承した。




 勲麗院様の判断と行動は、段坂と機古屋の為のものであり、それを隠しておられない。立場を考えれば、当然である。


 だが、示し合わせたわけではないものの、黒瀬の悪目立ちを避けられたことに気が付いてしまえばもう、勲麗院様の提案に乗ってしまうのが得策としか思えなくなった。


 無論、俺には俺の事情がある。


 黒瀬の為にと、懸命に手柄を立てて恩賞を貰うのはいいが、武州の耳目に届くほど目立ちすぎては駄目なのだ。


 今の状況下、万が一都の武州派の誰かに武名が届いて手繰られでもすると、目も当てられない結果に繋がりかねなかった。直接手を出されて耐える力は、今の黒瀬にはない。


 薄小路図書頭様らの一派が、せめて名前だけでも、あるいは贅沢も出来ぬだろうと、官位官職や金品を黒瀬に用意しただけなら、それは単なる都の駆け引き、矛先もそちらに向かうから、俺はあまり気にしなくていい。


 だが、和子を貶めるために用意された細国大名が自ら力量を示し、松浦黒瀬守ここにありと大きく目立っては、武州派の気分を害して余計な手間を呼び込みかねない。

 俺と黒瀬国はまだ赤子のようなもので、武州が指先でぱちんと弾けば、吹き飛んでしまうのだ。


 それらの事情があってなお、『時期をずらして上手く差配する』などと、本来手に入らないはずの余禄まで約束されているのだから、脇備に入れて貰って目立たず地道に鬼を狩る任務が、とてもいい仕事に思えてきた俺である。




「済まぬ。労に見合う礼はさせて貰おう。……それはそうと黒瀬守、他にもちと、聞きたいこともあってな」

「はい?」

「……主の膂力(りょりょく)、妾のような神通力では無かろう? 神気(しんき)を身に帯びておるようじゃが、奉じる御神(おんかみ)は、どなたなる?」


 勲麗院様のあの薙刀さばきは、神通力のお陰らしい。


 神通力と神気の違いもよく分からないが、それも棚上げしたままだった。

 こちらに飛ばされてからの道のり、そして不思議な怪力やその身軽さのことを、勲麗院様に語る。


「なんじゃ、主、元は叔父上の侍でもあったのか!」

「はい。三州公には、大変良くしていただきました」


 同じ日に二度主君を鞍替えし、姫護正道を授けられた時の話などをすると、実に面白きことよと大層喜んで下さった。

 勲麗院様の母上は三州公と同腹の姉で、自身も幼い頃は何かと可愛がって貰ったのだという。


「ともかく、あのような力技を見ては、そうであろうなとしか思えぬ。渡り人では知らぬのも仕方なかろうが……おお、そうじゃ!」

「勲麗院様?」

「今日向かう針里(はりさと)国に、段坂で一番大きな神社がある。お伺いを立ててみればよかろう。運が良ければ御神にも(まみ)えようぞ」

「はい。龍神様からも、大社を訪ねるようにと言われていたんですが、なかなか機会が無くて……助かります」


 ここはまだ機古屋の領国内だが、先ほど通り過ぎた村は、鬼こそ見かけなかったものの無人だった。

 村人は早々に城へと逃げ込み命だけは繋いだが、これも再建は大変そうである。




 初日は山道を五里歩き、ついでに小鬼の群三つを下しと結構な強行軍になったが、その甲斐はあった。


 針里の城内、庭を借りて陣を張る。

 食材と薪はこちら持ちだが、整地もしなくていいし、厨を貸して貰えるのはありがたい。


 それらの差配を副将の副将扱いとなっている戌蒔に任せ、俺と勲麗院様は坂上(さかがみ)針里守に茶などを勧められていた。


「そうでございますか。馬野の援軍が来たとなれば、この戦にも先が見えて参りましたな」

「針里守、こちらは如何じゃ?」

「今のところ、見かけるのは小さき群のみにてございます。ですが……」


 針里は無事でもその向こう、黒瀬と同じく魔妖の住まう領域と接する隣国敷森(しきもり)は、恐らく苦戦しているだろうと、針里守は言う。


「こちらにまで、群が入り込んでおりますからな」

「うむ……」


 平素なら数人の侍と足軽を差し向けてお終いのところ、それが日常となれば、負担で国も民も疲弊してしまうのである。




 話が終わった後、俺は幾分暗い気持ちで城を出て、針里城下の神社へと向かった。


 持ち込んだ兵糧の中からスルメと昆布、それに米一升を借りてお供え物としたが、無論、許可というか、勲麗院様も同道されているので問題ない。


「戦が終わって落ち着けば、たんまりと供え物を用意してお礼参りに来ることも出来よう」

「はい」


 小さな城下町の中程、村の神社といった風情の針里枳佐加(きさか)神社では、老いた宮司さんが迎えてくれた。


 お伺いを立てたい他にも、戦勝祈願も兼ねていると訪問の理由を話し、教わりながら身を浄め、お供え物を社殿の祭壇に並べる。


 この神社のご神体は三州の大社より遣わされた銅鏡で、そこに神様が宿られているのだという。


「参拝の(よし)は、何方(どのかた)も様々なりまする。信心深くして、ようよう祈願為されませ」

「ありがとうございます」


 針里神社では二礼二拍一礼でよいと教えられ、俺はフローラ様にお礼を述べた時のように、真剣にお祈りした。


 瞬間、ぴんと空気が張る。


 ……視線を感じて目を開けば、巫女装束を着た年の頃十二、三の少女が、俺をびしっと指さしていた。


「ああああ、見つけたー!!」


 一体何事かと驚きつつも……神社で拝んでいる最中に出会ったからには、この少女も神様なんだろうなあと、俺は深く腰を折って最敬礼した。


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