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第五十九話「機古屋城」

第五十九話「機古屋城」


 俺はおばちゃん、もとい勲麗院様に従い、鬼の追い落とし――追撃戦に加わった。


 まずは機古屋城をぐるりと一周し、未だ赤鬼頭が倒されたことに気付いていないのか、なお城に取り付こうとする鬼共を勢いに任せて蹴散らす。


幸重(ゆきしげ)! 手勢を率いて城下の鬼を一掃せい!」

「ははっ!」


 五十人近くいた足軽の内、二十人ほどが幸重と呼ばれた若侍に率いられ、まだ火の手を上げる城下へと散らばっていった。


「残りは妾に続け! 最低でも半里は追い落とすのじゃ!」

「おう!」

「苦しかろうが、気張れ! ここが命の賭けどころぞ!」


 崩れて逃げる相手に更なる戦いを強要する追撃戦は、人でも魔妖相手でも、一番効率よく敵を狩ることが出来るという。


「黒瀬守殿よ!」

「はいっ!」


 走りながら俺は邪鬼を貫き、小鬼を殴り飛ばしていった。


 その間にも勲麗院様の薙刀が、疾鬼(しっき)――邪鬼よりも更に素速く手の長さが厄介な鬼を引っかけ、打ち倒す。


「東下の援軍はもう来ておるのか?」

「半里南に! 某は、早駆けの一番槍です!」

「荷駄もその位置におるか?」

「は!? はい、もちろん!」


 会話の合間にも、小鬼、邪鬼が青い血黒い血をまき散らし、倒れていった。


「民も無事なら、城も何とか持ちこたえたが、兵糧が尽きる寸前でのう。……ふむ、このあたりかの。皆、集まれい!」


 いつの間にか、予定の半里を駆け抜けたらしい。

 ……ものの見事に、周囲は鬼の死体だらけとなっていた。


「戦は引き際も肝心よ! 周囲をよく見張り、はぐれ鬼にとどめを刺しつつ帰るのじゃ!」


 それにしても勲麗院様、すさまじき手練れである。

 足軽らが肩で息をして辛うじて立っている中、なんでもないように薙刀の返り血を草の葉で拭いておられた。


「ん!? ああ、この薙刀か? これは母上様より(たまわ)った『乳母(うば)(かがみ)』、名品なるぞ!」


 勲麗院様の母上が嫁ぐ折、運悪く嫁入り旅の道中鬼に襲われたのだが、護衛の侍に混じり嫁入り道具の薙刀を拝借した乳母も奮戦、後に『この者こそ乳母の鑑よ!』と、嫁いだ先の国主に賞されたのが号の由来だという。


 そうじゃないんですが。……と思いながらも曖昧に頷き、俺も槍の穂先の血をその辺の草で拭った。


「主の槍も相当なものよの。名は何という?」

「いえ、これは無銘の借り物で、先代黒瀬守殿の槍なのです」


 警戒は殿(しんがり)に置いた戌蒔らに任せ、俺が都より海賊成敗に来て国主に納まったこと、だがその海賊騒ぎは狂言で、舵田黒瀬守が民思いの立派な人であったことなどを口に乗せる。


「良い名を送ってやれ。さすれば、槍も応えようぞ。……礼にもならぬが、妾が名付けて進ぜようか?」


 自分で付けるよりはいいだろうし、これだけの女傑に名を送って貰えるなら、槍も本望だろう。


「うむ。……では、『鬼貫(おにぬき)』、と」


 赤鬼頭を貫いたあの一撃を、勲麗院様も城門の上から見ておられたらしい。


 後ほど、『無銘素槍 数物 二間半 伝 三州東下 舵田黒瀬守御用 於機古屋戦松浦黒瀬守赤鬼頭一槍貫候』の由来書きを頂戴し、以後この槍は『鬼貫舵田』の名で呼ばれることになった。




 後方側方を警戒しつつ機古屋の城下に戻れば、一緒に早駆けした止丸守殿だけでなく、花房諸使様率いる本陣と、浜通守殿の荷駄隊も到着していた。


 日のあるうちに多少でもと、侍や足軽らは市中に散って鬼の始末、城内に避難していた民も、元気のある者は城から出て片づけに手を付けている。


「勲麗院様!」

「おお、諸使殿か! よう駆けつけてくれた!」

「ははっ! 勲麗院様もご無事で何よりにございます!」


 ……まずい。


 花房諸使様が、勲麗院様に丁寧な礼をしている。


 このお方、ただの先代国主の妻というだけではなさそうだ。


「諸使殿、まずは懇願じゃ」

「はっ、なんなりと!」

「城の兵糧が尽きかけておる。……早駆けしてくれた近隣の援軍に、着の身着のまま逃げてきた帯山の民、加えて機古屋の民も城にて保護しておってな。流石に一城の蓄えだけではどうにもならんのじゃ」

「ははっ、直ちに!」


 機古屋を封じるように居座っていた赤鬼頭が倒され、ようやく近隣諸国に荷駄隊や追加の援軍を要請できるらしいが、それも早馬を飛ばして連絡が付いてからの話だ。


 すぐに浜通守殿が呼ばれ、供出する荷駄について国ごとの記録が取られる。

 この被害を見れば、物々交換がどうのと、持ち込んだ兵糧を惜しんではいられない。


 後々、大して補いもつかない金子が戦費として各々に下されるそうだが……このやり取りも、魔妖に抗する軍役という相互安全保障の対価、その一つであり、文句を言うわけにはいかなかった。


 明日は我が身、である。


「ついでじゃ、城に戻る前に検分して行こうぞ」


 勲麗院様は、俺や花房諸使様を連れ、すたすたと赤鬼頭のいた通りへと歩いていった。


 まだ片付けられておらず、俺がとどめを刺したままの姿で突っ伏している。


「こ、これはまた、随分な大物ですな!」

「身の丈十七、八尺というところか……。こ奴めのお陰で、(つわもの)は散る、荷駄は届かぬ、城からは出られぬと、ほんに往生したのじゃ」

「まだ真新しゅうございますが……勲麗院様が、お下しになられたので?」

「馬鹿を申されるな。いかな妾でも相手が悪いわ。……これはそこな黒瀬守殿の手柄よ」

「なんと!?」

「通りに座り込んだこの大鬼を忌々しき思いで眺め、何か打つ手はないか考えておったところに、見かけぬ男が飛び込んできての。……一突きよ」


 驚愕の表情を浮かべた諸使様に小さく頷き、一礼する。


 ……今更だが、よくもこんなでかい奴を相手にして戦ったなと、俺は大鬼にため息を向けた。


「これだけの巨躯(きょく)なれば、魔ヶ魂も相当に大きかろうが……黒瀬守殿よ、恥を忍んでお願い申す。赤鬼頭の魔ヶ魂、妾に預けてはくれぬか?」


 すっかり忘れていたが、大物の魔妖は金になる。


 貧乏国黒瀬の国主としては、今すぐ一息つける金子(きんす)も欲しいが、将来の隆盛や安全に繋がりそうな(つて)と信用も重要なわけで……。


 いや、そうじゃないのか。


 ……俺の足元に、この辺りに住んでいた子供の物だろう、布で出来た人形が千切れて中綿を見せていた。


 黒瀬に魔妖が攻めてきた時、多少なりとも援軍が呼びやすいよう布石を打つのが、この場での正解なのだと思う。


 これで、お宝欲しさに勲麗院様が一芝居打たれていたのなら、それはそれで勉強代かもしれないが……いや、ありえないな。


 横に花房諸使様が居てそんなことにもなるまいし、このお方なら悪いようにはしないだろうという、根拠のない信頼を既に持たされている俺だった。 


「勲麗院様に、一切をお任せいたします」

「……すまぬ。……誰ぞ! 幸重を呼べ!」

「ははっ!」


 すぐに人手が呼ばれ、魔ヶ魂を抜かれ角を切られた赤鬼頭は、御札によって焼き尽くされた。




 ▽▽▽




 さあ帰るぞと勲麗院様に先導され、入城した機古屋の城内も、酷い有様だった。


 天守は三層、三の丸まで備えた平城は、黒瀬楔山城とは比べものにならぬほど立派だが……。


「廃材を集めて、早々に仮住まいのあばら屋でも建てるかの……。寝所にも事欠いておるのじゃ」


 とにかく、人で溢れていた。


 聞けば、逃げてきた帯山の民千六百に機古屋城下および周辺の民三百、加えて周辺から集った援軍と帯山残党と機古屋衆が……大きく目減りして百、合わせて二千人が飢えに耐えながら身を寄せ合っているという。


 城を守る戦いでは、援軍を待つまで耐えてその後反撃に転じるという基本戦略があり、当然、城側も米や麦を蔵に積み上げて平素から戦に備えるのだが、それにしても限度があった。


 機古屋でも領国の置かれた状況や常に厳しい懐具合を勘案し、三百人が一ヶ月踏ん張れるようにと備えていたところが……いざ蓋を開けてみれば、二千人である。


 流石に隣国の民を大量に受け入れるなど想定外、しかも逃げ込んできた帯山の民が多すぎた上、間が悪く、裏作の麦は収穫前だった。


 更に帯山国を壊滅させた赤鬼頭が、機古屋にもやってきたのである。

 これにより民を後方に逃がす間もなく、城下を封鎖状態にされてしまったが、勇戦及ばず返り討ちに合い、無理な籠城が約半月近くも続き、状況は……ほぼ詰みとなった。


「籠城早々粥に切り替え食いつなごうとしたが、それも日に日に薄いものになっての。……東下衆の到着が予想より一日早かったお陰で、民を飢え死にさせずに済んだわ」


 予定なら、東下の援軍が明日、馬野が明後日、中浜が五日後という見積もりで――実は、一番集合に時間の掛かる端っこの黒瀬が瑞祥丸のお陰で半日早く甲泊に着き、出発が一日早まったお陰で勲麗院様に面目が施せたと、後になって諸使様から感謝された。


「勲麗院様!」

鉦次(かねつぐ)、ご苦労じゃ。炊き出しは?」

「東下の浜通守様が、差配をお引き受け下さいました」

「うむ」


 迎え出てきた家老の織部鉦次殿に丁寧な挨拶を受け、赤鬼頭を討ち取った件をえらく感謝される。


 相当参っていたのだなと、改めて考えてしまった。


「赤子を抱く母や子供には気を配ってやれよ」

「ははっ」


 段坂の軍勢は籠城の疲れを一時棚上げして、今も城外で忙しく立ち働いている。


 俺ももう少し、働くところを見せた方がいいのか、難しいところだ。


「さて諸使殿よ、常ならばこれより軍議……としたいところであるが、今宵だけは、夜番をお頼み申す」

「ははっ。……黒瀬守!」

「はい!」

「兵を早組と遅組に分け、夜番とする。黒瀬守は早組の頭に任ず」

「承知!」


 先手衆に後詰めを加えた二十人ほどが、その場で俺に預けられた。遅組は、足軽大将の止丸守殿が、本隊を率いて引き継ぐ。


「よし皆、先に夕飯を貰おう。食い終わったら、機古屋の見張り番を交替するからな」

「ははっ」


 炊き出しの雑炊は、麦と海産物を一緒に炊いて味噌で味付けしたもので、久しぶりに、黒瀬のことを思いだした。




 夜番は両組とも無事に終えたが、翌朝にはもう、城下のあちこちに小鬼や邪鬼が姿を見せていた。

 本当に幾らでも湧いてくるんだなと、出かけたあくびを噛み殺す。


「……流石に赤鬼頭はおらぬな」

「左様で」


 朝飯の雑炊を食った後、軍議の前に天守の最上層へと登って周囲を一望し、その数を確認する。

 群が幾つか、という程度なのが幸いだ。


 魔妖は際限なく攻めてくるわけではないが、大襲来の打ち止めが何時かは、不明瞭だった。


 春に行った魔妖狩りのように、一定の地域を制圧するなら、考えとしては蚊や鼠の駆除に近いかもしれない。

 狭い範囲の全滅は容易だが、余所からいつの間にか入り込んでくるので、定期的に狩って一定の安全を確保するのだ。


 しかし魔妖の大襲来は突然、跳梁域の奥から大物を含む群が大挙押し寄せてくるわけで、規模もそうだが根本的に戦い方が異なる。


 また、大物を倒されれば一気に群が散ることもあるし、勢いにも波があり、小物ばかりが数多く攻めてくることもあると言った具合で、何処まで戦えばこちらの『勝ち』なのか、歴戦の手練れですら、戦の手応えだけでは判別がつかないという。


 大概、魔妖の勢いが途切れてから数日様子を見て、このあたりだろうという経験に基づいた憶測で戦いの終了を宣言するしかないそうだ。


「これならば、今日のところは行けるか」

「ははっ」


 勲麗院様がその場に正座され、呼ばれていた俺達もその場にあぐらを掻いた。


 上座には滅んだ帯山のお世継ぎや花房諸使様らが揃い、止丸守殿や俺のような実働要員は下座になる。


 それはいいのだが、この天守、見張り台に屋根を付けただけような楔山城の天守とは違い、優に二十畳はあってかなり羨ましい。


 通例、軍議に使われるのは天守か二の丸の大広間だが、物見櫓やこの天守最上層など、戦いに直結する場所以外、城内の建物は全て民の起居に供されていた。


「本来ならば、国主たる機古屋守が軍配を担うべきなのだが、まだ幼のうてな。妾が仕切らせて貰うが、皆、良いか?」

「ははっ」


 俺も挨拶だけはしたが、当代の機古屋守はまだ五歳、戦傷が原因で去年没した先代に代わり、急遽元服と家督相続を済ませたばかりだった。


 ……守り役の家老と共に、この場に座している帯山のお世継ぎはもう少し大きいが、実に居たたまれない。




 ちなみに花房諸使様をはじめ、居並ぶ国主や代官らが勲麗院様に大人しく従っている理由は、昨日浜通守殿に教えて貰っていた。


 石高こそ千四百石と旧帯山に譲るが、機古屋国は押しも押されもせぬ段坂の筆頭格、その上この方は、三州を治めるあの三州公――俺に姫護正道を授けてくれた三川(みかわ)美河守(みかわのかみ)様の姪なのである。


 それだけでも平伏するには十分なのだが、気の強さもさることながら、民を思い武勇に優れ、典雅もたしなむ才女とあって、皆、流石は三州公の姪御様よと、黙って頷くしかなかったそうだ。


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