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第五十八話「早駆け」

第五十八話「早駆け」


「全軍、止まれ!」

「止まれ!」


 行軍五日目の昼前、もう半里ほどで陣のある機古屋に到着するというところで、突如、進軍停止の命令が下された。


 何事かと思えば、物見に出ていた騎馬が戻ってきたようである。

 俺も戌蒔を伴い、花房諸使様の元に走った。


「機古屋では戦の最中とのこと! 早駆けの支度をせい! 止丸守、仕切りを任す!」

「応! 騎馬衆、先手衆は余に続け! 本隊は総大将をお守りしつつ後続せい!」

「荷駄隊は浜通守に任せる! 後詰めと共に後から機古屋を目指せ!」

「承知にござる!」


 そうか、いよいよ戦かとため息をつく暇もなく荷車に駆け戻り、槍を手にする。

 打飼袋や竹水筒は、朝の内から身につけていた。


「殿! 足軽組、揃うてございます!」

「よし、続け!」

「承知!」

「道安、後を頼む!」

「ははっ!」


 再び隊列の先頭に走る途中、浜通守に目だけで挨拶し、足軽大将――前線指揮官である中林止丸守殿の元に参集する。


「黒瀬守、頼りにしておるぞ!」

「はい、止丸守殿!」


 槍を掲げて期待に応えるも、騎馬衆は先日早馬に来た中谷若元率いるたったの四騎、先手衆も国主は俺だけである。

 足軽はうちの御庭番衆を含め八名、足軽大将を数に入れても合計十四名の早駆けだ。


「者共、駆けよ! 駆けよ!」

「おう!」


 早駆けも行軍と同じく、全力を使わないのが決まりのようだった。


 マラソン後のクールダウンのような、やや遅い走りで騎馬に続く。


 半里と言えば約二キロメートル、道は一本、小高い丘を横に回る坂道が見えているが、極端に長い距離じゃない。


「黒瀬守は、息が、全く、上がって、おらんのう!」

「合う具足がないので、その分身軽かと! それも取り柄と、割り切っております!」

「大した、自信じゃ!」


 指揮する者が先頭に立つのはどうか、という疑問は、あまり意味がなかった。


 これが数千数万の集団であれば、軍師と共に戦場の後方でまさしく『指揮』に徹するのだが、そもそも軍と名が付いていても、高々十数人の集団では、指揮官も戦力として数えられる。


 それに戦いが仕事である侍は、同時に装備も良く鍛練も積んだ主戦力でもあり、小部隊では先頭に立って部隊の士気を上げる方が、より勝利に近づくと考えられていた。


「あれか!」

「これは……」


 丘を回った先、戦場は目の前にあった。


 二百メートルほど向こう、旗指物の立っている城こそ健在のようだが、その周辺の民家は、悲惨な状況が見て取れる。

 倒された家屋が道を塞ぎ、火の手も上がっていた。


 そして……今も小鬼や邪鬼が多数、城に群がっている。


「これでは馬が使えんな……。黒瀬守!」

「はい!」

「距離は百(けん)というところだが……お主、城門まで行けるか?」


 止丸守殿が、城から目を離さずに問うてきた。


 どうだろう……。


 道は畑や家屋に合わせて大きく曲がりくねっているが、魔妖も数はともかく……大物がいなければ、どうにでもなるか。


「城門に触れて、戻ってくればいいですか?」

「は!? ……ふっはっはっは、なんと肝の据わった益荒男(ますらお)よ! 一番槍を許す! 機古屋の城門まで一気に駆けい!」

「承知!」

「無理ならば、魔妖共を幾らか引き連れてこの場に戻り、そのまま本隊まで駆け抜けよ。釣り出して迎え撃つ策に切り替える」

「お願いいたします!」


 失礼ながら、止丸守殿が脳筋ではなかったことに、内心で感謝しておく。

 俺は後ろを振り返り、戌蒔に目を向けた。


「戌蒔、すまんが城門まで付き合ってくれ」

「黒瀬御庭番衆、喜んでお供いたします!」

「おう! 皆もよろしく頼むぞ!」

「承知!」

 

 足軽達と騎馬衆を見回せば、止丸守殿がそれぞれに指示を出していた。


「騎馬衆は一騎、本隊に向かわせよ。伏す三騎はそちらの薮を使え。下草は刈れよ」

「ははっ」

「足軽衆は余と共に、あちら側の木立の影に身を潜めよ。三太郎、お主には物見を申しつける。よう見張れ」

「へい、お殿様!」


 竹水筒に口を付けて息を整え、槍の握りを確かめる。


「戌蒔、俺を盾代わりにして後ろに続き、左右に気を配ってくれ。後は……城門にたどり着いてからの状況次第だな」

「承知!」


 春狩りの続きにしては大舞台だが、侍一人に忍者が四人、小鬼や邪鬼が相手なら十分すぎる。


 後は大物が出ないよう、祈って走るだけでいい。


 ……ああ、兎党の初陣にもなるのか。


 戌蒔ら御庭番衆は、いつも俺の信頼に応えてくれる。

 うん、今回も大丈夫だ。


 俺は深呼吸して、一瞬だけ目を瞑った。


「黒瀬衆、出るぞ!」

「おう!」


 集落の手前までは田畑で、鬼も見えない。


 俺は御庭番衆を置き去りにして、一気に駆け抜けた。


「えいっ!」


 戌蒔らが追いつくのを待つ間に、小鬼を十匹ほど下し、向かってきた邪鬼を一突きにする。

 流石に御札を貼りつけて、護摩木を焚くような時間はない。


「殿!」

「おう!」


 右へ左へと跳ねるように地面を蹴り、槍を振り回せば、小鬼の死体が山を為した。


 俺だけでなく、御庭番衆もそれぞれが反りのない忍刀(しのびがたな)を素速く走らせ、邪鬼の首さえも刈り取っていた。荒事に強いという看板に偽りなしである。


「乗り越えるぞ!」


 戌蒔の返事を待たず、倒壊して道を塞いでいる家屋を一息に飛び越える。




 勢い余って地面に手を着けば。


 しゃがんで何かを食っている赤い大鬼と、目が合った。




「……でかっ!?」


 ごおおおと大きな叫びを上げたその鬼が、俺に腕を伸ばす。


 どごんと、重い一撃。


 転がって避けたが、踏みしめられているはずの土道に大きなくぼみが出来ていた。


「殿!?」

「下がれ!」


 気味悪がっている暇もない。

 俺はその大きな手に槍を一突きしてから逃げを打ち、相手を伺った。


 立ち上がった身の丈はおよそ五メートル、邪鬼なんて比じゃない大きさである。


 幸い、邪鬼ほど素速くはなさそうだが、腕の太さは俺の胴回りほどもあり、殴られたら即死確定だと思う。


「殿! 赤鬼(あかおに)(がしら)はいけません!」

「戌蒔!?」

「口より炎を吐き……殿!!」

「げ!?」


 戌蒔の言葉が終わらぬ内に、大鬼が大きく息を吸い込み、炎の塊を吐き出した。


 射線から身体を外して槍で炎をうち払いつつ、倒れた家屋の陰に潜り込む。


 ……『強い俺』でなければ、今の一撃で火だるまになって死んでいただろう。


「ふう……」


 あんな奴が、大勢の鬼を従えて突然攻めてくれば、そりゃあ国一つ、あっと言う間に滅ぶはずだ。


 しかも、不思議な力で火事の起こし放題である。


 力が強くて火まで吐くなど迷惑すぎるが、言祝ぎや護摩木もあるのだ、鬼が火を吐くのも世の道理と思うべきか。


 黒瀬にしても、アンは魔術を使うし、俺も不思議な力を持つ身だった。


「ん?」


 ふと、壊された家のものだろう、編み笠が目に付く。

 俺も似たような物を被っていた。


 ……いけるか?


 考えている時間はない。

 鬼はすぐ向こうで、俺を待ち構えているはずだ。


「ほい、っと!」


 俺は編み笠をつかみ、目の高さで横に投げた。


 それを追う炎の玉を見てから、赤鬼頭の位置を思い描きつつ姿勢を低くして走り込む。


 運良く数メートル先、予想と近い場所に大鬼が立ち、編み笠に視線を向けていた。

 握りしめた槍を、力一杯構えて突っ込む。


「でやああああああ!! ふん!!」


 俺は心の臓を狙って大きく突き出し、二間半、五メートル弱はあるその軸の半ばまで押し込んだ。

 槍を軸に身体を持ち上げ、更に蹴りこんで、一息に槍を抜く。


 新体操選手もかくやの空中技だが、出来ると思って出来てしまったのだから仕方ない。


 ごうごうと、苦しみだろう叫びを上げながら、赤鬼頭は胸を押さえて前のめりに倒れ込んだ。


「殿!?」

「大丈夫だ!」


 動かないことを確かめた後、念のため、頭と喉、そしてもう一度、倒れ込んだ背中側から心臓のあたりを貫き、とどめを刺しておく。


 これらの手際も、春狩りで慣れきっていた。


「急ぐぞ!」

「しょ、承知!」


 ……小鬼でさえ、動物程度の知能はあるのだ。

 あんなものに死力を振り絞った最後の一撃など食らったら、危ないどころの話じゃない。


「ふん! でや!」


 小鬼と邪鬼を蹴散らしながら、再び城門を目指す。


 見えてきた機古屋城は平地に作られた平城(ひらじろ)だが、石垣と土塀を合わせた高さは十メートルほどあった。でなければ、赤鬼頭の怪力に耐えられなかったに違いない。


「赤鬼頭は他にもいるか?」

「見えませぬ!」


 叫ぶ間にも城門が眼前に迫り、こちらを見て歓声を上げる足軽らが、矢狭間や物見櫓に見えてくる。

 彼らは懸命に、足元の鬼共に石を投げつけ、あるいは矢を放っていた。


「行くぞ!」


 俺は御庭番衆と共にかけずり回り、城門付近の鬼を排除していった。


 数は多いが小物ばかり、ほどなく下す。


「開門! 開門!」


 法螺貝が大きく鳴らされ、城内が一層、騒がしい様子になる。

 城に取り付いていた鬼は、逃げ散る様子に転じているが……ああ、赤鬼頭を下したせいかと思い至った。


「戌蒔、門を守るぞ!」

「承知!」


 ぎぎぎと重い音が響き、城門が開く。


(わらわ)に続けえ! 赤鬼頭はもうおらぬ! 追い落としじゃあ!」

「……え!?」


 場違いな女性の怒声に振り返れば、明るい朱の着物に頭は鉢金(はちがね)、たすき掛けで気合いを入れた『おばちゃん』が、薙刀(なぎなた)を手に走り出てくる。


 はっと我に返ってよく見れば、年の頃なら三十過ぎ、高級住宅地のセレブな奥さんといった美しい顔立ちのご婦人なのだが、本当にバーゲンセール中のおばちゃん、あるいは肝っ玉母ちゃんとしか表現のしようがない気迫に満ちていた。


(ぬし)よ、ようも見事にあの大鬼を下してくれた! しかし礼は後じゃ! 来い!」

「しょ、承知!」


 勢いに飲まれ、俺はおばちゃんを追って走り出した。

 後ろにはうちの御庭番衆と、城内から出てきた侍や足軽らも続く。


「主、名は?」

「は、はい! 東下軍先手衆、松浦黒瀬守です!」

「おお、国主殿とな!? これはご無礼! 妾は先代早川(はやかわ)機古屋(はたごや)(のかみ)が妻、勲麗院(くんれいいん)じゃ!」


 名乗りと共に、薙刀が一閃する。

 小鬼の首が、三つ四つと胴から離れ、飛んでいった。


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