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第五十五話「談判と許状」

第五十五話「談判と許状」


「手前は木漉(ころく)の庄屋、嘉吉(かきち)と申します。同道の皆は武州代形(しろなり)千ヶ谷(ちがや)郡、木漉村の者にございます」

「松浦黒瀬守だ。早速聞きたいんだが……」

「はいっ」


 悩んでいても解決するはずがなく、これは放置できないなと即断、俺は元庄屋も城へと呼び、信且も同席させた。


「殿、先にお耳に入れねばならぬことが」

「どうした、信且?」

「飯はともかく、集落ではどう頑張っても寝床が足りませぬ」

「……そうか」


 俺は断りを入れて木戸を開け、一人二人呼びつけた。

 炊き出しの準備だろう、御庭番衆まで薪を抱えている。


「お呼びでございますか?」

「城を開け放て。せめて、女子供だけでも屋根のあるところで寝かせてやって欲しい。船旅の後だからな、もしも病人がいるなら手厚くしてやるように。ああ、頂戴した土産物に米が百石あるから、今日のところは新しく来た者も黒瀬の者も、船頭に水主、侍に領民、皆区別なく腹一杯食わせてやれ」

「承知!」

「それから、こちらも密談というわけではないから、人払いはしていない。用があれば遠慮なく入ってこいと、源伍郎らにも伝えておいてくれ」

「畏まりましてございます」


 空を見上げ、今夜は雨も降らないだろうと肩をすくめつつ、平伏した信且に頷き返して席に戻る。


 嘉吉が随分と恐縮していたが、今は俺も天守の大広間に城詰め番と一緒に雑魚寝であり、儀礼や格式にこだわる余裕はなかった。


「さて……」

「はい、お殿様!」


 俺は嘉吉に黒瀬の現状を伝え、逆に木漉の村衆の様子を聞き取っていった。


 木漉村は話を聞く限りでは鷹原と似たような山村で、村の田畑は二百五十石、他には山仕事などで生計を立てていたという。


 代形国は石高三万、武州南東部の山あいにあって大した特産品はないが、それなりの隆盛を誇る中国(ちゅうこく)である。


十年ほど前にそれまでの大名家が『何故か』取り潰しになり、今の殿様――武州本領を預かる武田川(たけだがわ)家の血縁だといううつけ者(バカ殿)に代わってからは、暮らしぶりが極めて悪くなったそうだ。


「五公五民でも楽な暮らしではありませんでしたが、六公四民ではとても生きていけませぬ」


 払うべき税が足りなければ、雑収入で補うか、別の所から持ってくるか、あり物を売り払うか……。


「出稼ぎに出ておったうちはまだましだったと気が付いたのは、子供を売った時でした」


 流石に俺も、目を逸らしてしまった。


 ……正直なところ、そんな重い話は聞きたくない。


 その辛い折に、『運良く』人斬りの集団に襲われたわけだが……嘉吉と白鷹斎殿は以前からの知り合いで、窮状を聞きつけた白鷹斎殿が玄貞殿と示し合わせ、嘉吉に『悪事』の手引きをさせたらしい。


「……そうか」


 だが、目を背けたままで良いわけもなく。

 そして彼らは今、黒瀬にいる。


 俺は喉まで出掛けた嘆息を飲み込んで、木漉の村衆百人を丸抱えすると宣言した。


「嘉吉、一つだけ約束して欲しい」

「はい、お殿様?」

「今後、木漉の名前は忘れ、一切話題に出さないよう注意してくれ。それから、申し訳ないが……嘉吉だけは名を変えて貰おうと思う」


 武州は既に敵と見なしている俺だが、その力に象と蟻ほどの差があることもまた、事実である。

 妙なところから辿られては、早々に狙われ、潰されるきっかけを与えてしまう可能性もあった。


「何か思いつくか?」

「いえ、お殿様の申される通りに致します」

「じゃあそうだな、『遠』くの『山』中からきたのだから、名字は遠山にするか。名の方はきん……いや、四郎でどうだ?」

「遠山、四郎……」

「うん、遠山四郎だ。四郎には庄屋格として苗字帯刀を許す。木漉の村衆は、遠山衆と名乗ってくれ」


 故郷では名奉行として有名なお方の名前を少し借りたと、説明を付け加えれば、嘉吉改め遠山四郎はすぐに納得してくれた。


 あとで桜吹雪の入れ墨を……なんて馬鹿は言わないが、その名にあやかって、百人の遠山衆を無事、導いて欲しいところである。


「あの、お殿様」

「うん?」

「憚りながら……こちらでは、年貢はどうなっておるのでしょうか?」

「あ……すまん。年貢は、ないんだ」

「へ?」

「黒瀬はまだ、皆で稼いで皆で食うのが精一杯でな……」


 税がない代わりに贅も出来ないぞと、肩をすくめる。

 四郎は相当に驚いていたが、田畑がなければ、年貢の取りようもなかった。


 続いて、信且に指示を出す。


「家屋だけでも、早々に建てねばどうにもなりませぬな」

「春漁を捨てるわけにも行かないが、そちらは松邦と相談してくれ」

「では、早速」

「うん。頼む、信且」


 数日は休めと四郎を送り出し、信且も家屋普請の相談の為、席を立つ。


 ……さて。


 部屋には俺と静子、そしてご老体二人。


 木漉村の差配については満足げな二人だったが、まだ何か、話があるらしい。


 ああ、そう言えば……俺からも話があった。


「お二方、隠れ里の件ですが、手紙にも書いたように、隠そうにも場所を選ぶどころの話ではないのです。その事についてですが……」


 こちらの現状を伝え、御庭番衆――忍衆は一旦松浦家配下として手元に置き、取水口の砦の差配を任せることにしたが、時期により大物の魔妖が徘徊するので定住の目処が立たないと、正直なところを口にする。


「はい、それは『我ら』も承知しております」


 ご老体二人は、『我ら』――備党と蕪党の共同で新たな忍党を黒瀬に立てたいが、隠れ里でなくてもよいから集住の地を与えていただきたいと、俺に頭を下げた。

 また、遠山衆の百人とは別に、新党に属する予定の忍を二十人、こちらに連れて来ているという。


「昨今、都も何かと物騒でございましてな」

「遠き地に目立たぬ(いおり)でもあれば、心安うございまする」


 あれか、セーフハウスというやつか。

 都から見れば黒瀬は地の果てに等しく、落ち延びた時の逃げ先としては最高の立地である。


 中米百石と船は前金かなと、俺は頷いた。……むしろ、まだまだ俺の方が借りているぐらいなので、申し訳なさが先に立つ。


「忍党の件は了承しました。ただ……取水口の砦を使ってもらうにしても、他の土地を用意するにしても、相当先になると思います。それまでは俺と同じく、城にて雑魚寝となりますが、構いませんか?」


 二人が頷いてくれたので、その場で覚書を作って取り交わす。


 俺の方は、里を用意し、非公式ながら忍党の存在を認めること。

 忍党は黒瀬に仇なす依頼を受けず、これまでの護衛に加えて俺と『俺の家族』は無償で守ること。


 また、給金についてはこちらの相場で十分――最下級の下忍など、数年は給金なしのただ働きだと聞いて、俺は返答に困った。


「あまり贅沢はさせぬようにしてくだされ」

「若いうちのただ働きには、それなりの意味もございますれば」


 忍耐を覚えさせるのによい『奉公操(ほうこうく)り』と呼ばれる部下の操縦法であり、また、格差によって出世欲成功欲を刺激し、やる気と能力を引き出すのだという。


 ただまあ、こちらでは商家の丁稚や見習い奉公人も似たような扱いで、飯を食わせて貰いながら仕事を習えることが労働の代価になっており、驚くことじゃないそうだ。


 ……無論、雇い主が働き手へと支払う給金について、黒瀬松浦家は大きなことを言えたものじゃなかった。


「つきましては、新党にも名を頂戴致しとうございます」

「先の遠山四郎のように良き名をお与えくだされば、新党の働きも自然、よくなりましょう」


 忍党の名前、か……。


 一文字でなくてもよいそうだが、備、蕪と聞いて最初に思いついたのは(まんじ)だった。

 ……敵役とかそんな感じでもあり、即却下する。


 忍者からニンジャ、小説、ゲーム、ロールプレイングゲーム……。


 あ!


「では、兎党で」

「兎、でございますか?」

「名付けの由来をお伺いしても?」


 俺は装備を身につけない裸のニンジャが有名なゲーム……に出てくる首狩り兎の話を、それらしく脚色して二人へと話した。


「なるほど、か弱き見かけは仮の姿、と!」

「油断させておいて人の首を一閃とは、松浦様の故郷は物騒でございますな……」


 無論、誤解は敢えて解かなかった。


 新忍党、兎。


 戌蒔が『身分を隠して』党首に就任、その補佐に申樫と、新たにやってきた蕪党の小頭、岩白(いわしろ)が付く。


 今後、申樫と岩白は下士身分にしておく方が何かと便利かもしれない。

 給金が一回限りでなく出せそうか、よく検討してから口にしたいと思う。


「それから、ですな。……霧、出てまいれ」

「はっ!」


 下座にふわっと、朝霧が現れた。

 和子の護衛でもあるが、俺の護衛をしていることも多い彼女である。


「読め」

「はい」


 玄貞殿の懐より随分と立派な書状が取り出され、受け取った朝霧が目を通していたが……。


「……は?」

「読んだか。では、黒瀬守様にもお見せせよ」

「いいいいいいいいえしかしお爺様、これは……!!」

「もう決めた」


 真っ赤になった朝霧が俯いていた顔をちらりと上げ、俺の方を伺った。


 ……いや、ほんとに何が書いてあるんだ?


「松浦、さ、ま。……こちらを、お、お確かめください」

「……あ、うん」


 書状がぷるぷると震えていたが、いつぞや、備の都屋敷を訪ねたことを思い出す。


 無論、ふむと頷いて受け取ったものの、俺に読めるはずもなく、そのまま静子に手渡した。


「え……!?」

「静子?」

「こ、これは、今上の御手(みて)! ……なんと?」


 静子は実に難しい顔をして……俺ではなく、玄貞殿の方を見た。


 睨んでいなくもないが、多少以上に呆れも入っていて、強いて言うならジト目に近い恨めしさに溢れている。


「我ら御忍も生き残りを賭けておりますれば、平にご容赦くださいませ」

「……いえ、今上に物申すなど、元女房にあるまじきことをするところでした」


 静子は次に、重いため息を俺へと向けた。


「まあ、このようなことも、なくはない、とは思っておりました。ほんに、殿は大物であらせられますわね」

「すまん、意味がわからないんだが……」

「こちらは……はあ、この書状は、今上の御直筆による『種付御免(たねつけごめん)』の許状にございます」

「種付?」


 言い難そうな静子に代わり、玄貞殿に説明を引き受けてくれた。


 なんとも直接的だが、妻ではない朝霧を抱いても浮気にならない――正確には、朝霧が俺の子種をねだっても浮気とは看做(みな)されず罪にもならないという、天下御免の浮気許可証らしい。


「いやいや……え!?」


 ……こちらの世界、浮気については厳しいのか厳しくないのか、過ごすうちによく分からなくなってきた俺だった。


 庄屋さんにお妾さんがいても普通だし、俺も三人の嫁さんを抱えている。

 俺の感覚では、未だに浮気のような気がしないでもないが、正室側室、あるいは正妻と妾、どちらも世間に公認された男女の間柄である、ということがこちらでは重視されていた。


 無論、浮気が推奨されているのかといえば、そうでもない。『姦夫姦婦を重ねて四つ』などと、浮気相手の間男と浮気妻を斬っても人斬りの罪とはされないほど、厳しい常識もまかり通っている。


 だがこの許状による浮気公認には、別の意味があるという。

 低い身分と仕事に挟まれ自由のないくの一に与えられた、救いの道でもあった。


 男の側も公認の浮気であると同時に世継ぎ問題と切り離して考えられるのだが、わざわざ帝がその許状を用意されたのは、俺の正室和子が帝家の血を引くからだと聞かされる。


 同時に、なりふり構わず強い血を求めたいという、忍党ならではの事情もあるが……。


「我が孫も、忍であることを忘れ、かように娘らしい態度を見せるほどには満更でもない様子。松浦殿の御血筋を、我らにも分けてくだされ」

「はあ……和子殿や浅沙殿にどう切り出したものやら、静子には見当もつきませぬが、頑張って下さいましね?」


 棚上げもできないが、ここは頷くしかないようで、俺は耳まで真っ赤になって平伏したまま震えている朝霧へと目を向けたが……。


「あの……朝霧?」

「し、失礼いたひまひゅ!」


 ぽんと煙を立てて、朝霧は消えてしまった。


 それを見た白鷹斎殿が、一瞬呆けてから騒ぎ出す。


「おい、備の! あれは煙遁術ではないのか!?」

「如何にも。……修行も怠っておらぬようで、まっこと、よう出来た孫よ」

「何を涼しい顔しとる! 言え! 出所は何処だ!」


 この状況、一体どうしたものか……。


 俺は大きくため息をついて諸々を棚上げし、そう言えば煙遁は失伝の技だと聞いてたなあと、天井を見上げた。


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