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第五十二話「その幅、優に二十間」

第五十二話「その幅、優に二十間」


 取水口の西すぐに作られた砦の土台に陣を張り、既に三日。

 水主衆改め足軽衆は毎日交替させていたが、俺は御庭番衆と共に陣中で過ごしていた。


 (むしろ)の上に寝るのは慣れたが、万が一と言わず割にあるという魔妖による襲撃への警戒と即応が理由なので、文句はない。

 昼間の内には川で洗濯や水浴びもできたから、俺に限らず、それほど根を詰めているという雰囲気はなかった。


「いやしかし、魔妖(かえ)しの御札や護摩木(ごまぎ)は凄うございますな。これほど楽が出来るとは!」

「これまではとにかく大火で燃やさねば、どうにもなりませなんだ」


 源伍郎らはしきりに感心しているが、この御札は女房衆の魔法コンビ、陰陽寮の教官である陰陽博士の娘裄子(ゆきこ)神祇大佑(じんぎだいゆう)――神職の娘迪子(みちこ)によるバックアップの賜物である。


 御札や護摩木の威力は俺も知っていたから、その申し出に一も二もなく頼み込んだ。


 彼女達は写本用の紙を使う許可を取ると、和子や静子まで借り出して(まじな)いの書かれた()を作り貯め、あるいは、砦より運ばれた薪用の木から幾種類か使えそうなものを選んで男衆が細く割り、護摩木の元になる白木の束を量産させた。

 これに二人が儀式を施し、言祝いで御札や護摩木を作っているのだが、お陰で魔妖の後始末に時間がかからず、より多くの群を追う事が出来ている。


 昨年までの黒瀬には神主も陰陽師も居らず、薪の残りを横目で見つつ魔妖を狩り、大きな火を焚いて無理矢理焼き尽くしていたという。こちらはこちらで、樵と火元番に大きく人手を割かねばならず、その苦労も並大抵ではなかったと聞いていた。


『私共はまだまだ修練の足りない身』

『出来ることは限られておりますわ』


 裄子と迪子は口を揃えていたが、それまでの無が一になったわけで、大違いである。


 情けは人の為ならず、よくぞ都を出立した時、彼女たちを丸抱えすると即断したものだ。


「しかし流石は殿、昨夜のあれと言い、一昨日の野伏せ桜(のぶせざくら)と言い、見事な腕前であられる」

「まあ、龍神様のご加護、かな」


 俺も足軽と共に出撃していたが、下草が茂って足元の悪い中、この三日で都合七つの茶色い小鬼の群と、二体の大物――夜魔猿(やまざる)と野伏せ桜を狩ることが出来ていた。


 侍二人に雑兵二人で小鬼を狩っていた鷹原に比べれば、侍四人を中心にローテーションを組んで忍者と足軽合わせて十人ほどを毎日狩りに投入していたから戦力は数倍である。


 だが、余裕があるわけでもない。


 南部に位置するここ黒瀬周辺は、環境も良いのか一つの群がやたら大きく、最初の一戦だけでも四百は下していたし、邪鬼も多かったが中ボスとも言うべき存在とも結構な確率で遭遇していた。


 夜魔猿は夜目の効く大きな人食い猿で、夜番の最中、奇声を上げて陣に突っ込んできたところを返り討ち、野伏せ桜は樹木に擬態した魔妖だが、こちらは運良く雉を食べていたところを見つけたので、皆で即席の松明を作って投げ、弱った所を叩き斬っている。


 流石にこの周辺の大ボスである這寄沼や居食い猿虎はともかく、源伍郎らも……かなりの無理を重ねた上に犠牲も多く出たそうだが、夜魔猿や野伏せ桜は倒したことがあるという。


 しかし俺にとっては、小鬼や邪鬼と大きく変わるものではなかった。


 手に持った姫護正道はフローラ様のお言葉通り魔妖に効果を発揮し、槍がまともに通らぬという硬い樹皮を持つ野伏せ桜も、一刀両断である。

 増長や慢心は禁物だと思うが、『強い俺』の前ではやはり動きも鈍く見えた。


「この分では、例年よりも早く狩りを終えられそうですな」

「代わりに持ち帰る薪を増やしましょうぞ」

「春漁との兼ね合いも含めて、そのあたりは任せるよ」

「ははっ」


 無論、狩りの合間には筍を掘り、食用薬用の春草を集め、石罠で川魚を獲っていたことは言うまでもない。




 ▽▽▽




 春の魔妖狩り、その十日目。


 狩りは順調だったが、無論、戦いには違いない。

 今日は人数も増やし、本命だという()の方角――真北に出向いていたが、連戦の影響というものは大きい。


「フン!」

「てやあ!」

「右の数が多い! 源伍郎!」

「承知! 次郎、弥太郎、来い!」

「おう!」


 ため息を気合いで押し隠しつつも、走り回って長柄の槍を振るう。


 これで幾つの群と相対したことになるのか……。


 黒瀬の(つわもの)に死者はなく、怪我人も擦り傷切り傷程度のかすり傷で済んではいるが、連日戦えば気力体力の消耗は避けられなかった。


 例年ならば二週間ほど掛けて、今は砦となった川辺を中心に数里四方――百十数平方キロメートルほどの範囲に渡って魔妖や獣を狩り、春先の出稼ぎとするそうだが、今年は妙に、魔妖が多いらしい。


 だが、いつも以上に狩れたからと、満足して引き上げるわけにも行かなかった。

 最低でも予定していた地域は確認しないと、黒瀬の安全に関わる。


 だが今日で十日、疲労はミスに繋がる。

 足軽は交替で休ませているが、侍や忍者も人の子だ。休養日ぐらいは入れた方がいいかもしれない。


「邪鬼、討ち取ったり!」

「弥彦、見事!」

「討ちもらしはねえか! ようよう確かめろ!」


 そこら中に散乱する小鬼の死体から角を斬り、御札を貼って焚き火にくべる。


「皆揃うておるか? 怪我はないか?」

「護摩の焚き火はそちらの空けた場所に作れ!」


 単純作業とは言え油断は禁物、見張りを立てた上で戌蒔配下の忍を斥候に散らし、急襲だけは避けるようにしていた。


「殿、今日はこの辺りですかな?」

「今日だけでも群四つ、小鬼二千の邪鬼が三十か……」


 両手で小鬼を引きずりながら、皆を見回す。特段、疲労の濃い者はいないようだが、源伍郎の言うようにいい時間か。


「そうだな、疲れきらないうちに帰ろう」

「ははっ」

「それと……明日は休みにしようと思う。砦の周囲の草刈りか、薪拾いぐらいの軽い一日にしておこう」

「承知!」


 日暮れまでには砦に戻りたいので、今日はこれにて打ち止めと宣言、散らしていた忍を集め足軽隊に声を掛けようとしたその時だった。


「殿! 一大事につき直答御免!」

「申樫!?」


 突如、忍の組頭、申樫が目の前に膝を着いた姿で現れた。


「北に百(けん)ほど向こう、巨大な魔妖にございます! 話に聞いた、這寄沼ではないかと!」

「えっ!?」

「誠か!?」

「その幅、優に二十間! 黒々として禍々しい小山のようなものが、ずるりずるりとこちらに近づいております!」

「それは……! 殿、間違いなく這寄沼かと!」


 百間なら二百メートル弱、逃げられる内に逃げるか。


 相当にやばいものだというのは、申樫の表情からも伺えた。


「ご苦労、申樫! 源伍郎、逃げるぞ!」

「承知!」

「荷はいい! 得物だけを持て!」


 騒然とする足軽をまとめ、急かす。

 まだ片付けていなかった小鬼は、打ち捨てて――。


 ばきりと木の折れる音。……そして、何か湿っぽいものを引きずる音。


「殿、もうあちらに!」

「ああ!?」

「げ!?」


 源伍郎の声にそちらを向けば、木々の間から、黒い塊が見え隠れしている。

 幅が四、五十メートルはある黒くてらてらとした粘着質の……ああ、うん、巨大なスライムだ。

 実在するなら、こんなにも気色の悪い姿になるのか、そうか、これが這寄沼か……などと感心している暇もない。


「退け! 退け!」


 俺は足軽達を追い立てつつ、持っていた槍を近くの木に立て掛け、姫護正道を抜き放って殿しんがりについた。


 聞いていた以上に、動きが素速い。

 そのうちと言わず追いつかれることは、すぐに思い至った。


 その点、俺ならばまだ、幾らかはましだ。


 初陣の時と同じく、心は不思議と落ち着いている。

 身体は充実し、手には龍神の刀。

 背中には、黒瀬の民。


 皆を逃がして、俺も適当なところで逃げる。


 ……よし!


「殿!」

「戌蒔、申樫! 離れてろ! 近づけば呑まれるぞ!」


 少し広い場所に立ち止まり、いつでも飛び退けるよう足に力を入れつつ、這寄沼が近づくのを待つ。

 奴は小鬼を飲み込みつつ……いや、倒した木々さえも取り込んでいるようで、所々不自然に盛り上がっていた。


 それに、どこかに目か鼻のような何かがあるのか、触手のようににゅるりと身体の一部を伸ばし、小鬼を選んで食っている。


 さて、頼みの綱は握った姫護正道と、『強い俺』の足だが……。


「う、うわああああああ!!」

「どうした!?」


 逃げろと送り出した足軽が、源伍郎を先頭に戻ってくる。


「殿、南にも這寄沼が!」


 必死な顔で走ってくる源伍郎の向こう、そちらにも黒い巨大な塊が迫ってくるのが見えた。

 この分だと、すぐに囲まれるだろう。


「い、如何しましょう!?」

「……ああ、もう!」


 二匹なんて聞いてないぞと、文句を垂れている時間はない。


 やるしか、ないのか。


 姫護正道には、フローラ様によって魔妖を斬る為の加護が与えられている。

 神頼み――龍神頼みにもほどがあると思うが、他に手はない。


「フローラ様、ご加護を!!」


 俺は姫護正道を手に駆け出し、北の這寄沼へと突っ込んだ。


「殿!?」

「無茶です!」


 まずは一太刀、ヒット・アンド・アウェイだ。


 俺に気付いたのか、べちょりと伸びてきた触手を、横薙ぎに払う。


「……うわ!?」


 相手はどう見ても水分の多そうな粘っこい奴だというのに、手応えが、ほとんどなかった。


 姫護正道の刀身からは、水蒸気のような(もや)が勢い良く立ち上がっている。


「これが、姫護正道の力か……」


 正に、魔妖を斬る為の力。


 斬り飛ばされた触手はぐしゃりと落ちて、僅かに震えていた。中の肉身に、ビー玉のような丸くて青い玉が見える。


 見れば本体の方も、切り口からしゅうしゅうと煙が上がり、嫌なものでも踏んだかのようにうねっていた。


「こっちは行ける! 皆は逃げろ!」


 俺は這寄沼へと飛びかかっては斬り、斬っては跳んで触手を避けた。


 西に向け、道を拓くようにして這寄沼を切り裂き、皆を逃がす。


「戌蒔! お前も逃げろ!」

「ですが!」

「行け!」

「……承知!」


 這寄沼の動きは、小鬼よりも素速い。


 ……自分の足さばきから今の俺は『強い俺』状態であることを察したが、とにかく、切り刻んでいくしかない。


「殿! 後ろを!」

「お逃げ下さい!!」

「ああ、見えている!」


 挟み撃ちにしようとでもいうのか、もう一匹の這寄沼が、俺の背に迫る。


 眼前の触手を一斬りにして、振り向きざまにもう一太刀。


 結果を確認せずに右へと飛ぶ。


「マジか!?」


 距離を取ろうとしたが、それは敵わなかった。

 仕方なしにもう二度三度、姫護正道を振るって足場を確保する。


 その間に二匹の這寄沼は、それぞれに触手を大きく伸ばしていた。


 時折、ビー玉のような――先ほど見えた玉が中で光り、二匹が融合し、境目が分からなくなってていく。


 俺は周囲を完全に囲まれた。


「……それぐらいじゃ、慌てない」


 逃げ場はないが、手には姫護正道。

 周囲には誰もいない。




 つまりは、何処を斬ってもいいという斬り放題である。




 程なく……というには時間が掛かったし、フローラ様の力頼みだったものの、俺は姫護正道を振るい続け、這寄沼を下した。


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