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挿話その三「都びとのそれぞれ」


 松浦家から都に出された書状――仕置(しおき)次第(しだい)御奏上書(おんそうじょうがき)は、甲子丸によって一旦三州美洲津へと運ばれ、三州公直筆の添え状と共に今度は三州水軍の瑞龍丸に乗せかえられた。


 それが都の清澤家当主、刳門(くれかど)の元に届いたのは師走の半ば、雪が舞う頃である。


 いつものように、正室和子の義父となった澤野筥満(はこみつ)、側室静子の実父薄小路(すすきこうじ)信彬(のぶあきら)を呼び、奥の間にて密談と相成った。


「ほ、ほ。あの若造、やりおったようだの」

「図書頭殿の見込み、正に、正に」

「は、ありがたきことにございます」


 本来の手続きでは、公卿の誰かが帝の代理として奏上書を受け取り、直奏の扱いとされるが、何の手配もなく送りつければ、その後の手続きは二年先か三年先か……。


 翌日、和子の実祖父にして派内でもっとも位階が高い刳門が、自ら松浦家の代理として参内奏上することとなっていたが、既に家人の手配によって手続きさえも済みかけている。これも一つの政治であった。


 と同時に、如何に松浦家が矮小たるかの証左ともなっている。


 武州が横槍を入れる可能性はあったが、派閥の争い云々よりも先に、正当な(ゆえ)なく直奏の邪魔をしたと受け取られるのが関の山であろう。


 内裏の内側は武州に覆われつつあったが、名目とはいえ帝の御威光を正面から蔑ろに出来るほどの影響力はまだないと同時に、石高十石の地方大名など本当にその程度の存在でしかないのである。


「して、刳門様。官位官職の方は、如何相成(あいな)りました?」

「従八位上、鎮護(ちんご)少尉」

「……名ばかりではありませぬか」

「すまんな」


 千石に満たない細国大名に与えられる位階は正七位上を最上位とするので、そちらはまあ、細国を安寧せしめた功績としてはこんなものであろうと筥満も信彬も納得した様子だったが、告げられた官職には渋い顔をした。


 鎮護少尉と言えば、元は地方の平穏を守る鎮守府の最下級指揮官の官職名だが、現在の大倭では他の役職ともども形骸化している。

 それを差し引いても低すぎることに、納得がいかないのだ。


 だが刳門は、したり顔で酒盃を満たした。


「……今の松浦の窮状を考えるにな、こちらで手続きに使う(まいない)をそのまま手渡してやった方が宜しかろうと、思うたのよ。さて、(これ)が正しき答えとは限らぬ故、難しいところであるが」

一朝(いっちょう)(こと)あらば役立つ官位官職の利得と、その賄を黒瀬国に投じた場合の隆盛、でございますな」

「如何にも」


 ただあるだけで戦働きの評価が変わってくる官位官職と、届いた報告にあった現在の窮状を多少でも補える金子。


 同じく松浦家を支援するにしても、どちらに傾けたものかと思案した刳門の出した答えが、これである。


「刳門様、少しよろしゅうございますか?」

「図書頭、如何いたした?」

「その金子、(そなえ)の一党に投じては如何でありましょうや?」

「……申せ」


 皆の注目に、薄小路図書頭は刳門の傍らにあった書状を指した。


「松浦よりの相談事、そしてあ奴につけた忍よりの報告、同じく(そなえ)の党首玄貞よりの書状。吾が勘案致しますに、金子を都にて人集めに費やし、(つわもの)、あるいは民人(たみびと)として送るのが得策かと」


 備玄貞は『数日前』に薄小路家を訪れた際、配下の送ってきた書状を見せて、松浦につけた忍小頭(しのびこがしら)が侍になり申したと笑っていた。


 同時に、代金の埋め合わせとなる隠れ里についても内諾を得られたものの、実状が酷すぎて目途が立たず、いっそ、商家の暖簾分けのように新しく忍党(しのびとう)を立てさせるか、思案しているところだという。


「黒瀬の民草は、百余であったか?」

「都よりの忍と女房だけで二割も人が増えた、などと書かれてありましたな」

「諸々に人を宛がおうにも、足りぬどころの話ではない、か……」

「左様で」


 武勇に優れた松浦であれば金は自ら稼ぐことも出来ようが、流石のあ奴も人を増やそうと子作りに励んだとて限度があろうなと、皆で笑う。


 どう頑張っても産まれるまでに十月十日、元服には無論、更に十数年待たねばならない。


 艶笑話でもありながら、労働力や武力の確保にも直結する深刻な問題でもあった。


「……ふむ、図書頭殿の案、悪くありませぬな」

「であるな」

「委細は備に任せるか。図書頭、備にようよう伝えよ」

「ははっ」


 主題の差配は済んだが、刳門らを悩ませているものは、松浦の一件だけではない。


 三人による密談は、夜遅くまで続けられた。





 ▽▽▽





 場所は代わって、備党の都屋敷。


 党首玄貞は、図書頭の使者が辞してより一刻、客間にて瞑目していた。


「……」


 残されたのは、一通の書状と、百両包みの小判が二つ。


 受け取った書状には、万事快諾、隠れ里も忍党新立(しんりつ)も好きにせいと、記されていた。


 小判の包みのうち、一つは黒瀬攻略依頼完遂の代金、もう一つは新たな依頼の前金である。


 図書頭からは、この金子(きんす)を使って人を集め、黒瀬に送れとの依頼が新たに舞い込んでいた。


 実はもう、腹は決まっている。

 新立だ。


 隠れ里にせよ、忍党新立にせよ、道理を重んじ筋を通せば、松浦黒瀬守は申し出を受けるという確信があった。


 そも、隠れ里も忍党も、別に大名や公家の許可など得る必要は全くないのだが……この『道理を重んじ筋を通せば』という条件を、忍からのものであっても受けるだろうところに、松浦黒瀬守の面白さと危うさがある。


 この差配、あるいは我らの未来に繋がるや?


 新忍党の立党は、昨今不穏な陰差す都、特に武州と懇意にある(むらくも)党の台頭に頭を痛めた結果でもあった。


 あのわけの分からぬ忍ずれと正面相打つぐらいなら、伏して忍んだ方が幾らかましだ。

 玄貞はそう結論づけていた。


 正面から敵対しているわけではないが、仕事の跡や受け口を見るに、どうにも……忍から外れた外道に思えて仕方がない。


 確かに忍は陰の者、非道外道も行うが……玄貞の見るところ、どこか異質なのである。


 ふと、奥の(ふすま)に気配を感じ、玄貞は小さく頷いた。

 無論、声を聞く前に、東下に送り出した犬槇――松浦家上士身分御庭番、松下戌蒔の父、都屋敷大頭(おおがしら)犬若(いぬわか)と断じている。


「……(おさ)

「何か」

(かぶら)の長殿が、ご挨拶をと」

「通せ」

「はっ」


 蕪党(かぶらとう)は備党と同じく、帝より拝領した御忍(おしのび)のお墨付きを持つ忍党――御忍五党の一つである。


 党の大小はあれど、御忍五党に序列はなかった。


 互いに争うこともあれば共闘もするが、『帝家に仇為さず』の約定が守られていれば、何が起きようと咎め立てさえない。

 無論、御忍五党以外の忍党も数多く、大名のように、あるいは公家のように、見えぬ争いは絶えず起きている。


 そのような状況ではあっても、備党と蕪党の仲は悪くなかった。

 貴人の警護や戦働きなど、荒事に重きを置く備党に対し、蕪党は草――各地に伏せた陰共を使う謀略に強い。


 その上で、『北に勢力を張る蕪と、南に多くの里を持つ備、組めば力が倍増しになるは自明』とは、双方の先々代が口にしていた言葉だが、争う理由がなければそれも良かろうと、現党首もそれを踏襲していた。


「久しいな、備の」

「よう参られた、蕪の」


 ほどなく案内されてきた蕪党党首、蕪白鷹斎(はくようさい)は、帳面を腰にぶら下げた商人の風体であった。


 妻が茶を淹れて下がるのを待ち、仕事中かどうかは……訪ねたところで無駄かと、玄貞は笑みを浮かべた。


「なんぞ、面白いことになっておるとか?」

「早耳に過ぎるな」


 もう中身まで嗅ぎつけてきたかと、内心で苦笑する。

 噂を流させた……いや、わざと秘匿に注意を払わぬよう命じたのは玄貞だが、それにしても早い。


 清澤家に伏せてあるのはさて誰であろうかと思案を巡らせつつ、茶をすする。


「……のう、蕪の」

「うむ?」

「乗るか? 面白きお方ぞ、黒瀬守様は」


 玄貞は、ふうと息をついて茶碗を揺らした。

 片眉を僅かに上げた白鷹斎が、懐から旅煙管(たびぎせる)を取り出す。


「……よいのか?」

「是非もなし」


 玄貞も煙管(きせる)立てから愛用の一管を抜き、手元の煙草盆を向かいに押しやった。


「条件は?」

「新党、黒瀬守様に仇為さず。里は後々。口利きはさせる」


 しばしの沈黙。

 一服を楽しんだ白鷹斎が、再び口を開く。


「口利きの代価は?」

「不要。ただ……図書頭様より前金で百両頂戴したが、お足は大きく出ような」


 三州の外れまで、数十人を送り込む大仕事だ。

 表向きのままに仕事をこなすなら、百両の残りがそっくり備の利益となる。


 だがさて、最初の一回は便乗にしても、里開きの費用に新たな忍道(しのびみち)の整備、都の仕掛けまでとなると、とてもではないが足りない。


「……折半」

「承知」


 無い袖は振れぬが、こちらも無理を押しつけたわけではない。

 煙草盆を引き寄せた玄貞は、刻みに手を伸ばした。


「軽いな」

「ああ、軽い。……正に我らよ」


 煙草の味のことではない。


 決断の軽さ、命の軽さ、身の軽さ……。


「我ら御忍にて候」

「然り」


 ふむと頷き合って、二人、茶碗に手を伸ばす。


 細部は犬若らに詰めさせるが、新党は備と蕪、双方の肝煎りとなり、手出しもし難かろう。


 元より位置は東下の端、手を伸ばして利があるとも思えぬものの、改めて考えるまでもなく、松浦黒瀬守の正妻は……。


「……のう、備の」

「む?」

「あちらの魚は、旨いかの?」


 珍しくそれとわかる表情を見せた白鷹斎に、こ奴、行く気かと、玄貞はため息で応じた。


 だが、玄貞もすぐに気付く。


 御忍五党の党首が、都を留守にする意味……。


「さて、のう……」

「黒瀬では無理としても、道中にも旨い物はあろう」


 今の都であれば、何が釣れるであろう?

 あるいは、留守をいいことに余所が荒れるか?


 そう遠くない代替わりを睨めば、ふむ、どちらに転んでも、悪くない。


 我も行くかと、玄貞も腹を決めた。


「……蕪の、煎り酒は持参せいよ。あちらでは味噌がせいぜい、それでさえ奢侈とのことだ」

「うむ」

「まあ、米も滅多に食えぬと聞く。それは……我が用立てておこう」

「ほう、では……船は蕪に任せて貰うとしよう」


 いっそ、大仕事頂戴につき依頼御免と、札でもぶらさげておくか。


 玄貞は妻を呼び、まだ明るいというのに、澄み酒を申しつけ、茶州の隠れ里より送られてきた飛び魚の干物を用意させた。


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