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第四十七話「アンの魔術」


 早速、実地を確かめつつ、水路入り口の縄張り――概要について、頭を巡らせる。


 専門家など居ないので、なるべく手間の掛からず楽そうな部分を探して川岸を掘り抜く予定だったのだが……。


「天然の堤防、か」

「改めて見ますれば、大きな段になっておりますな」

「上流の方が、少しはましかな?」

「は、そのようで」


 曲がり口には砂が溜まって押し上げられたような堤があり、掘り抜くのは困難に思えた。

 多少でもましに見える上流から掘り抜くのが、正解のような気もしてくる。


 ああ、取水口はもう少し上流にして、上流と下流でわずかに違う水位を利用して、溢れた水を返すようにすればいい……のか?


 いや、そんな面倒は後回しだ。

 最初から水浸し覚悟の水源探しなのだから、必要最小限から始めていけばいい。


「一番低そうな場所は……あそこか」


 上流五十メートルほど先に、一段低くなった堤の切れ目があった。川の流れは直線に近いので、横向きに強引に掘ることになるか。


 ゆっくりと皆で近づき、周囲を確認する。


「森の中、だな」

「下生えも多うございますな」


 腰ほどの草や笹に覆われ、もさもさとして分かりにくいが、先ほど通ってきた獣道と大して変わらない平坦な土地と見ていいだろう。


「この周辺を掘って、後は水に任せよう。幅は……最初は狭い方がいいか」


 人間が両手を広げた幅は一尋(ひとひろ)とされているが、俺の腕の長さを考慮して約二メートル、一番低そうな辺りに目星を着け、目印代わりに石を幾つか並べる。


 だが、川の方がやはり低い。


 せき止めて水位を高くすれば、なんとかなるが……ああ、逆にわざと頼りないダムにして、水の多い時期には勝手に崩壊するようにしておけば、黒瀬の被害が少なくなるか。

 毎年の手間になるが、初年度の労力は最低限で済む。こちらも余力が出来てから考えよう。


「よし、試しに少し掘ってみる。皆は見張りを頼む」

「いや殿、流石に我らも手伝いますぞ!?」

「こちらは急がないぞ。……ああ、それなら芋掘りや魚取りのような、黒瀬で待つ皆の土産になるようなものでも探してくれ。……いや、この時期ではきついか?」

「今の時期でござれば、このあたりでも赤芋根(あかいもね)ぐらいは、はい」


 少し前に魔妖は根こそぎ退治されているというが、念のため見張りの範囲を広げ、芋ほり組と見張り組に別れて貰う。

 ……こんな思いつきで怪我人でも出ては、何のための土産探しか分かったものではない。


「一郎、ここを掘るの?」

「うん」

「じゃあ、魔法で掘ればいいよ」

「……いけそう? 結構固そうだよ」

「うん、大丈夫だよ」


 この周辺は無論、人の領域ではなく、誰も掘り返したことがない堅固な大地だ。

 だがアンは、帝の前で光の魔法を使った時のような気軽さで、請け負った。


「えっと、この幅でいいのね? 奥は?」

「ん……適当でいいかな。じゃあ、俺の身長五人分ぐらい」

「はーい」


 アンは楽しげに魔法杖を構え、目を閉じた。


「......【terra fodere subito】」


 見物だった。


 大地がゴリゴリとめくれ上がり、両脇へと盛られていく。

 十も数えないうちに、堀が出来上がってしまった。


 俺だけでなく、その音で驚いた家臣らも、ぽかんとしている。


「……え、いや……え!?」

「土の魔法はあんまり得意じゃないの。炎と、今は水が得意よ」

「あ、うん。ありがとう、アン……」


 見る間にも川の水が流れ込んで堀を満たしたが、堀の先から、ちょろちょろと流れていく。これならば、せき止めダムも必要ないだろう。


「竜神様のお力に、我ら一同、感服してございます!」

「あの、丁寧に教えてくださったけれど、これはフローラ様のお力じゃないの……」


 集まってきた皆が平伏しているが、俺だって許されるなら平伏したい。


 お陰で、今日の予定どころか、数回掛けて行うつもりだった工事が、一瞬で終わってしまった。


「とりあえず、様子見としようか」

「はい、殿!」


 流量が変わらないか心配なのと、最初から水量が多すぎても困るので、取水口に岩を幾つか沈めて流れを緩やかにする。 


 気が抜けたせいもあって、土産集めは危険と判断して取りやめ、帰りはゆっくりと歩くことにした。


「あのぐらいなら、毎日練習してたから、もっと頼ってくれてもいいのに……。こちらの人は、魔法とかってあまり使わないのかしら? フローラ様からは、神通力とか法力とか、えっと……オンミョー術? があるって教えて戴いたけど、全然見ないわ」

「うん、俺も滅多に見ないなあ」


 実際に見たのは、アンの光魔法以外だと、戦働きと葬式の時ぐらいか。


 便利だからと彼女に頼りすぎるのはどうかという気もするが、役立つことも間違いない。

 自分の得た力ならば、いくらでも使ってやろうと思うが、いささか気が引ける。


 だが、それらは魔法や神通力のない世界で育った俺の偏った考え方のようでもあった。


「お仕事している人もいるのに、使わないの?」

「まあ、そうなんだけどね」

「倒れるほど使え! ……って言われたら困るけど、わたしも何か、一郎のお手伝いしたいのよ」


 練習の代わりにもなるから沢山使ったほうがいいしと、アンは笑ってくれた。




 ▽▽▽



「殿! 殿!」


 昨日の帰り道では水の流れに出会わなかったが、翌早朝、小さな流れが出来ておりますと、見張りの者に起こされた。


 数名連れて東の原野に出てみれば、川と言うには心細いが、確かに水の流れが出来ている。


 ぐねぐねと曲がっているが、水の流れには違いない。

 運がいいのか、三方に分かれた流れのうちの一本は、城からさほど遠くなかった。


「殿、上流に幾つか水溜りを見つけましたが、幸い大湿地にはなっておらぬようです!」

「よし、二、三日様子を見て、大丈夫そうなら皆が使う小さな水場だけを作ろう。夏の大雨が来るまでは、予定通り城の西側のみ、開墾を許可する」

「ははっ」


 覚えているうちに、海同様に子供が水難に遭わぬよう皆で注意する旨、お触れを出させる。

 浅くとも水は水だし……子供などというものは、新しいものをみつけると、必ず遊び場にしてしまうと決まっているのだ。


「お殿様! この水、わしらも使ってもよろしいので?」

「もちろん。水利は城が持つこととするが、今は好きにしていい。皆で譲り合うようにな」

「ありがとうございます!」


 朝から大騒ぎしていれば、当然、村の衆も集まってくる。

 だが、水は本当に命をつなぐものなのだから、お祭り騒ぎになってしまうのも仕方がない。


 これまでは、畑に撒く水にも苦労していたのだから、喜びもひとしおなのだろう。


「殿、水があれば葛布(くずふ)が作れると、うちの母ちゃん、ではなく、女衆より嘆願が出ております!」

「いいぞ。ああ、いっそ、手の空いているもの皆でやるか」


 子供の着物の穴あきは俺も気になっていたし、幾ら雪が降らない地域でも、冬はやはり寒かった。

 

 とりあえず朝飯にしようと、皆で城や家々に戻る。


「一郎!」

「ああ、おはよう、アン。アンのお陰で、皆喜んでいるよ」


 城門をくぐれば、ぱたぱたと走ってきたアンに捕まえられた。


「あ、はい。って、そうじゃなくて、今朝方、フローラ様が夢枕に立たれて、小さくてもいいからお社を建てるようにと仰られていたの」


 だから作って、と言われたが……さて、どう対処すればいいのやら。


 余裕が出来れば建てようとは思っていたし、お礼になればいいなあとは考えていたが、竜神様直々のご要望であれば、後回しには出来ない。


「よし、なるべく早く建てよう。場所のご希望はあるのかな?」

「……今晩、お伺いしてみるね」

「うん、お願い」


 無論、水が引かれてすぐだし、今後の水害も怖いので、建てたほうがいいんじゃないかなという気になってくる。


 だが、誰に相談したものか……。


 俺は少し考えてから、朝議の議題として、皆の知恵を借りることにした。


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