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サカナじゃないけど出世魚  作者: 大橋和代
飛ばされ者編
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第四話「似ているようで、少し違うそれぞれ」

 小鬼が騒ぎを起こした翌日、俺は幸さんに連れられて庄屋さんを訪ねることになった。


「同じ谷端でも上郷(かみごう)は十軒もない集落じゃからの」

「盆地になってるから、冬は大変そうだなあ……」

「まあ、食い物と炭だけ切らさにゃ、後は何とでもなるもんじゃ」


 昨日は慌てていたが、今日はのんびりとしたもので景色を見渡す余裕もあった。

 小さな盆地の真ん中あたりに家が並んでいて、その周囲は少しばかり傾いた畑が散在している。

 作物は……麦ぐらいしかわからないが雑穀が主体で、水田は見あたらない。あとは野菜の類だろう、畝には小さな葉のついた苗がいくらか目についた。


 ちなみに今日は、幸さんに借りた浴衣のような着物を着せられている。

 無論、丈が足りなくて膝も肘も出ていたが、とても贅沢は言えない。……(ふんどし)も借りているが、黄ばんでいないだけありがたいし、この状況じゃ、まあ、うん、しょうがないと受け入れた。もちろん、履き方は適当だ。

 足下は裸足に草鞋で、掛け紐の巻き方がわからずこれもちょっと苦労した。長距離は勘弁だが、土の道ならかえって歩きやすいかもしれない。但し、俺には少し小さくて、指とかかとが少しづつ出ている。


「おう!

 おはよう、幸婆さん、一郎」

「おはようございます、迅八(じんぱち)さん」

「うんむ。

 ……昨日のかの?」

「おう。

 まあ、昼には終わらあ」


 朝から家の壁板を修理していたのは、この郷のまとめ役、組頭(くみがしら)の迅八さんである。

 二兵衛さんと同じく猟師の迅八さんは、昨日の夕方、小鬼の始末が終わった頃に山から下りてきたので悔しがっていた。


「一郎、昨日は世話んなったな。

 お陰で怪我人が出ずにすんだ。

 組頭としちゃ、ありがたいどころの話じゃねえ」

「いや、あれはたまたま運が良かっただけで……」

「半分は一人で倒したと聞いたぞ?」

「ほう、ほう!

 一郎、おんしそんなに強かったんか!?」


 迅八さんはやたら機嫌が良く、幸さんまでえらい喜びようで、こちらとしては照れて頭を掻くしかない。


「今日は本郷(ほんごう)長様(おささま)んところ行くで、またの」

「……ああ、一郎んことも通しとかねえとな」

「うんむ」

「失礼します、迅八さん」

「おう、またな!」


 集落を出て、畑の草取りをしている子供混じりの村人たちと挨拶を交わしつつ、峠道へと出る。

 ……一緒に小鬼を退治した数人と二兵衛さん一家しか名前を覚えていないのは内緒だ。


一里(いちり)もねえで半刻はかからん。

 話が拗れんなら、昼過ぎには戻れるじゃろ」

「一里かあ……」


 昨日も身長を『尺』で比較されたし、距離の単位ももちろん違う。

 一里は……昔の日本そのままとは限らないが、4キロメートルぐらいだっただろうか。

 半刻も何分か何時間かわからないが、こちらの常識もしっかり覚えていかないと、後々苦労するはずだ。


 俺は幸さんに村のことやこちらのことを聞きながら、土の峠道を歩いた。




 谷端村の本郷までは、小一時間もかからなかった。

 家の数は倍以上で、こちらは盆地ではなくなだらかな山裾になっていて、遠くには大きな川や水田も見える。

 一際大きいのが、たぶん目指す庄屋屋敷だろう。

 幸さんと挨拶を交わす村人に軽く会釈しながら、鶏も飼われているんだなと古民家の軒先をのぞき込む。


「庄屋さんの家、大きいね」

「そら、庄屋はどこでも村の長だでな」


 幸さんの家十軒分……は言い過ぎかも知れないが、建物自体がとにかく大きい。

 近づけば立派な門構えに広い庭が広がっていて、馬小屋や倉まである。相当な豪邸だろう。


「すごい豪華だなあ……」

「お客もよう泊まるしお殿様の使いも来るけえ、大きゅうなきゃあ仕事にならんのじゃ。

 代わりに家屋敷と門構えの普請も仕事の内じゃけ、長様もいつでんぴいぴい言うとる」

「……そういうことか。

 大変そうだなあ」


 そのまま門をくぐる幸さんについていくと、庭掃除をしている二十歳前後の娘がいた。

 なかなかの美人で、失礼ながら俺が居着いている上郷の奥さん娘さんよりはあか抜けている雰囲気だ。


「あら、幸さま。

 おはようございます」

「邪魔するぞ、お初。

 長様はおいでかの?」

「はい、ただいま」


 ぱたぱたと大きな屋敷に入っていくお初さんを眺めていると、幸さんはにんやりと笑って俺をつついた。


「一郎、あげなのが好みか?」

「いや、まあ……嫌いじゃないよ?」

「まあ、お初はやめとけ。

 独り身じゃが、長様んお手つきじゃからの」

「……お妾さん?」

「ほうじゃ」


 俺はずいぶん大っぴらだなあと、屋根の高い屋敷を見上げた。

 いい加減というわけでもないのだろうが、妾というからには奥さんもいるはずなのに、同居して大丈夫なんだろうかと首を傾げる。


「おんしも妾が欲しいなら、懸命に働いて出世するこっちゃな。

 わしにゃわからんが、男子の本懐なんじゃろ?

 まあ、嫁が先じゃろうし、せめて家持ちでねえとどうしょうもねえがの」


 ひゃっはっはと笑い飛ばされ、尻を叩かれる。

 彼女もしばらくいなかったのに、二人目なんてどうしろと……。


「お待たせしました、どうぞこちらへ」

「うんむ」

「お邪魔します」


 ……お妾さんの事は横に置いておこう。

 広い玄関で手間取りながら草鞋を脱いで、横に折れた廊下を進む。

 床はかなり分厚い板で出来ているのか、ぎいと重い音が鳴った。


「幸殿、お久しぶりだの」

「長様も元気そうで何よりじゃ」


 どうぞと案内された先はやはり板の間で、その奥に四十頃の男性がにこやかな表情で座っていた。

 藁編みの座布団が俺の分まで用意されていて、促されるままに座り込む。……自分の立ち位置が分からないので、幸さんと同じ正座にしておいた。


「隣はどちらのお方かの?」

「これは遠国(おんごく)から飛ばされてきた無宿者(むしゅくもん)でな、名は一郎。

 そのことでちと相談があっての。

 ほれ、一郎」


 幸さんに促され、俺は……就職の模擬面接を思いだして、深く頭を下げた。

 よく考えなくとも、これから仕事の世話をして貰う相手だ。礼儀に気を使いすぎて悪いこともないだろう。


「はじめまして、一郎です。

 幸さんの家でお世話になっています」

「谷端の庄屋、正造だ。

 幸殿、お武家さま……じゃあないんじゃの?」

「うんむ。

 本人が違うて言うとるし、わしがタメで口利いてもほんに気にせん。

 それにの、うちの飯を美味い美味いて食うとった」

「まあ、幸殿の腕前が郷一番言うても、お武家さまの口には合わんじゃろな」

「おうよ」


 二人が苦笑いする。

 俺には美味かったが、麦の飯は上等じゃないらしい。

 いや、もちろん米の飯も普通に美味いと思うが、侍なら鯛の乗ったお膳が出てくるんだろうか……?


「じゃが、腕っ節は迅八も褒めとったぞ。

 昨日出た小鬼、半分は一郎が一突きに仕留めたっちゅう話じゃ」

「ほう?」

「うんむ。

 前に拾うた飛ばされ(もん)は家が近かったけんど、一郎はどうしょうもないほど遠国から飛ばされたらしゅうての。

 見ての通りの六尺男で力も強いけえ、なんぞ仕事でもありゃせんか?

 まあ、なきゃあないで上郷で預かって山仕事でも仕込むがの、一郎はそんな小せえ器じゃねえ気もするんじゃ」


 なるほどのうと、庄屋さんは俺を眺めた。

 しばらく考え込んでから、うんと頷かれる。


「……幸殿、戦働きでもええかの?」

「……あるんか?」

「うんむ」


 戦働き……戦争でもさせられるのかと、唾を飲み込む。


「ほれ、こん間、小鬼が出よるてお城にお届け出したじゃろ。

 あれの返答が……いや、返答かちゅうと微妙なんじゃが、山狩りの勢子(せこ)集めをするにしばし待てと、報せが来ての。

 ついでに募集のお触れも来たが、御手当は日に銀二(もんめ)で飯は向こう抱えと、あんまり気の進まん内容じゃった」

「ふんむ。

 命張らせて、大工ととんとんか」

「勢子ちゅうても名ばかりで、戦働きさせられるんは間違いなかろ。

 ……ここらは村も殿様も貧乏じゃからの」

「ひゃっはっは、(ちげ)えねえわ」


 勢子と言う仕事は、山狩りなどをする時に獲物や敵を追い立てる役目で、山野森林を駆け回るので大変だし、たまに逆襲を受けることもあるらしい。

 大工の日当と変わらないなら大工仕事の方がいいような気もするが、たぶん、引き受けることになるんだろうなあと、俺は心の中でため息をついた。


 1刻=概ね2時間

 日の出より日の入りを六分割、日の入りより日の出を六分割する為、季節で長短がある


 1里=約4km


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