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第四十四話「問題点の洗い出し」


 さてもとかくも。

 黒瀬松浦家は無事スタートを切ったわけだが、問題だらけで色々と手を着けたいことも多い。


 当面の金策はもちろんだが、大きく動けるのは第一の外交となる近隣諸国への挨拶次第となるので、数日は間があった。


「えいや、さ!」

「ほいや、さ!」


 今日は城詰めとなっている太平丸の船頭瀬口道安(みちやす)と水主八人に加え、御庭番衆から四人を連れ、周辺の魔妖討伐……と言えば格好もつくのだが、城の櫓から見て視界の邪魔になる灌木や丈の高い草を切り、ついでに煮炊きに使う薪や焚き付けを持ち帰るのが仕事だ。




 挿絵(By みてみん)




 改めて信且らに聞くまでもなく、燃料確保の重要度が高いことは、俺にも理解できる。無論、草刈りによる視界の確保も安全に繋がるから、こちらも疎かには出来なかった。


 嫁さん達もいってらっしゃいと見送ってくれたが、四半刻――三十分も歩いていない距離である。場所も城から北にすぐで、振り返れば天守に誰か要れば顔が分かるほど近い。


 交替で休憩を兼ねた魔妖の見張り役にも人を宛っていたが、俺も含めた十数人で低い木に斧を振るい、枯れた下草を鎌で払い、またある者は葛の根を掘り起こしていた。


 葛の根は、乾燥させれば煎じ薬の元になるという。

 ならば売れるんじゃないかと聞いてみたが、何処にでも生えているので、皆で使う分はともかく東下では商売にならないそうだ。


 都へでも運べば売れるかと考えて見るが……葛は、本当に何処にでも生えている。運賃を考えれば、自分たちで使う分だけ採るのが一番か。


 また、葛餅の元になる葛粉(くずこ)や、蔓の繊維を取り出して編んだ葛布(くずふ)に加工すればそれなりの値がつくものの、大量の水を必要とするので、こちらも黒瀬では不可能だとのことである。


 水の確保は、農作業にも影響していた。

 十五石の雑穀と僅かな野菜は、あれでも黒瀬の限界に近いのだ。


 井戸はもう一つ掘ればいいというものではなく、水源が同じなら利便性は上がっても水量の確保という点ではあまり意味がないらしい。


 雨はそこそこ降るそうなのでため池でも作りたいところだが、そちらは井戸掘り以上に人手も予算も掛かるわけで……ああ、ここでもやはり金に行き着くのだなと、俺は青空を見上げた。


 いい天気で空も高いが、霜月――十一月という気はしない。

 涼しいが、いつもの小袖にわらじで十分だった。……代わりに夏は、相当暑いと思う。


「ふう……」


 古い手斧を使って見よう見まねで薪の長さを揃え、背負子に山積みしてくくりつける。


 ……これらの道具は城の蔵から持ち出したが、使い古しが殆どだ。


 それでも、力仕事なら俺の出番、今日は人数も多いし殿が力持ちなので、いつもより数日分余計に薪が確保できそうだと、水主達は笑顔だった。


「それにしても、鰹節もどき……じゃなくて、干し鰹は惜しいなあ」

「将来の楽しみ、ですな」


 相談の結果、鰹節もどきの生産は先送りにせざるを得なかった。

 漁で鰹は手に入っても、機材を揃え燃料を確保する余裕がないのだ。


 薪も黒瀬では今切り倒しているような灌木の類を使っているが、煮炊きに使うには十分でも、鰹を燻すなら木の種類を選ぶ必要があった。……確か、桜やクヌギが良かったように思うが、それもうろ覚えである。


 試行錯誤するにもやはり金が要るだろうことは、俺にもよく分かっていた。


 奥手には深い森があるので、切り開くか、里山のように手入れしてやれば、薪ももっと入手しやすくなるのだろうが、魔妖の討伐とセットになるので『今はまだ』手が着けられない。


「よっこらせ、と。……一度戻ろうか」

「へい!」 


 ……もしかして、寝穢(いぎたな)いほど金にこだわらないと、国を広げるどころではないんじゃないか。


 そう思いかけている俺である。




 今日は幸いかどうか、魔妖の姿は見なかった。


「飛崎に攻め入る前、後顧の憂いを断たんと、北の森の奥までを狩り場として、結構な数を討ちました故……」

「そっか……」


 無論、それらも舵田殿の差配――命令だったという。


 そこまでの切れ者なら、自らを死に追い込まずとも、何か手があったのではないかと思ってしまうが、それもまた侍の矜持か。

 俺ならどうしただろうと考えてみるが、答えは出せなかった。


 日の落ちる前に城と数度往復したが、大量の薪と葛根(かっこん)、ついでに掘った美味くもないが食えなくもないという浜芋(はまいも)が本日の収穫である。


 皆で道具を片付け城に帰れば昇陽丸が戻っており、昨日と同じようにイカを捌く奥さん衆と船を片付ける水主で賑わっていた。


「殿、今日は大物ですぜ! 寄ってきたとこを(もり)で一突きでさあ!」

「これは、カジキ……でいいのか? すごいな」

「へい、上手いこといきやした!」


 立派な背鰭と鋭く尖った口先ぐらいは、なんとか覚えていた。……図鑑やテレビの知識だが。

 俺の背丈と同じぐらいだろうか、見事な大物である。生きのいいカジキは、昆布〆と焼き物が特に美味いそうだ。


 風呂に使うほどの薪はなく……そもそも風呂桶どころか釜の風呂もないので、港の外れにある海際の岩場を掘り下げた洗い場へと降りる。


 男女の区別さえないので嫁さん達や女房衆は戸惑っていたが、見張り役を立てて誰も使わない昼間に身体を洗っているそうだ。


 もちろん、そのままでは乾いて肌に塩が浮くので、汗をしっかり流したら最後に井戸水でさっと頭と身体を流すのがここでの流儀である。


「ご覧の通り、絶景だけが取り柄でさあ」

「うん、確かにいい眺めだ」

「その昔、魔妖退治に東下までいらした親王様がこの城をお造りになった時、一緒に掘らせたのだと聞いとります」

「へえ……」


 ……領国の規模や収入の割に城が大きいのは、そのせいかもしれない。


 黒瀬楔山城は、(うまや)こそないが二の丸や蔵もあって二重の石垣や港を持ち、内城の総面積と建坪は一千石を誇る鷹原の城より広いほどで、俺を含めた都からの一行が雑魚寝含みでもしっかり寝泊まりできるのだ。




 ▽▽▽




 大名となって数日は草刈りや城の掃除、家臣からの聞き取りなど、あまり金の掛からない仕事をこなしつつ金策の為に頭を巡らせていたが、使者に出していた御用人松邦の一行と、買い付けを頼んでいた甲子丸がほぼ同時に戻ってきた。


「こちらの相場は都よりもかなり安いようで、へい」

「いや、無理を聞いて貰って助かったよ」


 甲子丸には麦――麦飯にする大麦を中心に、蕎麦、大豆、粟など、雑穀が約二百石、加えて食器、雑貨、反物、藁束など生活用具や材料の類がおよそ五十両分と、俺の頼んだ荷物がたっぷりと積み込まれていた。


「では、こちらの方もよろしく頼みます」

「へい、お殿様もお元気で」


 船頭の義三郎殿には、心付けと共に都と三州に宛てた書状の束を預ける。

 

 返事がいつ来るかは分からないし、何かあってもメールや電話と違い相当遅れての報せになるが、これで一つ、懸案が片づいたと言えるだろう。


 潮の具合がいいからと、甲子丸は荷を降ろしてすぐ、黒瀬を出航した。

 とりあえず、麦俵の一部は集落で開けさせて一人五合の割合で振る舞い物とし、見張りの水主衆まで集めて城の蔵に収めれば、もう夕暮れである。


 今日は城の賄いも麦の飯……とはいかなかった。

 白米とは違い、炊く前に半日以上は水に浸けないと、炊きあげても固くごわごわとして食えたものじゃないらしい。


 結局、今日も夕餉はいつもの雑穀の粥にカジキの味噌汁と、大根の漬け物になった。

 無論、カジキの刺身も出てきたが、醤油ではなく刻んだ東下菜を混ぜ込んだ味噌が添えてある。


「松邦、近隣大名家の様子はどうだった?」

「訪ねた先の皆様は、無論お嘆きのご様子でしたが、万事、理解されておいででございます。

 また、松浦黒瀬守殿のご来訪を心よりお待ち申し上げると、お言葉を戴きました」

「うん、ありがとう。

 さて……食べながらでいいから、耳だけ傾けてくれ」


 俺は夕飯を食うついでに皆を集め、今後について方針を示し、意見を聞くことにした。


 本来は立場が、慣習が……と言うべきだが、俺には今更である。


 今日は特に、三人の嫁さんと資子殿にも天守の広間へと来て貰っていた。


「まずは状況を整理したいと思う。

 ……これまで黒瀬の国は十五石の雑穀と僅かな野菜、漁による魚、金百両の小物成、そして魔妖討伐で得られる僅かな収入で、百人の人々が暮らしてきた。これは間違いないな?」

「ははっ」


 現地をよく知る家臣団と、元は大倭の中枢にいた才女達、加えて世渡りをした俺とアン。

 考えも立場も、生まれも違うそれぞれだ、何某か解決の糸口になればと思っている。


「だがそこに、二十人の人間がいきなり増えたわけだ。幾らか金も持ち込んだが、焼け石に水だろう。

 努力は当然だが、このままでは数年の内に破綻すると、俺は判断した」


 ごくりと、誰かが息を呑む音が、広間に響いた。


 思いついたからと全て実行できるわけもないが、否定であれ肯定であれ、話し合う内に何か思いつくかもしれないし、小さな積み上げが後に大きな山の礎となるだろう。


 女房衆は写本生産による自活を目指してくれるというが、効果が現れるのは相当先になるはずだった。

 また、東下近隣の識字率は都とは比べ物にならないほど低く、多売は期待できない。


「とにかく黒瀬国、そして松浦家に金がないことは、俺よりも皆の方がよく分かっているだろうが、今後の方針について、俺の考えを聞いて欲しい。

 その上で、皆からも意見を聞きたい」


 教授の真似事だが、基礎となる情報や認識の共有は、とても大事だ。


「この数日、戌蒔には、黒瀬やその周辺の地理、経済などについて、俺の代わりに調べさせていた。彼は調べ物をまとめるのが得意でね、あれこれと聞かれた者も多いと思う」


 戌蒔は俺よりも大倭の常識に詳しく、また調査なら忍者の専門分野である。

 当たり前だが、黒瀬の人々の秘密を探らせたわけではなく、大倭にも黒瀬にもまだ慣れていない俺にも分かるように、皆が知る情報をまとめて貰っていた。


「その中身は、何処に魔妖の大物が住むとか、いつの季節はどの魚が少ないとか、昔から黒瀬に住む皆が知っていても、俺や戌蒔らこちらに来たばかりの者が知らない、大事な大事な情報だ。

 しかし、手間を掛けたお陰で、ようやく目指すべきものが一つ、見えてきた。

 俺が出した結論は、水不足の早急な解消だ」


 とにかく、これが黒瀬で一番の問題だった。

 俺が風呂に入りたいからなんて、下らない理由じゃない。


 一国の真水の供給先が細い井戸一つなんて、冗談事では済まされないのだ。


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