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第三十九話「黒瀬の城」

 東津を出て三日、ここまではまだ襲われていないという手前の甲泊(こうどまり)に入港した俺達一行は、事前の打ち合せ通り丸一日を休憩と聞き込みに費やした後、地上から探りを入れ影から援護する犬槙の組と、真正面から仕掛ける甲子丸――俺とに分かれた。


 甲泊は海路の要衝であり、東津ほどではないが船も多い。

 五百石や千石といった大きな船が大半を占めているが、この先は主となる寄港地の少し遠い、南の添島(そえじま)や草州の南端である御木原(みきはら)との航路となった。


 それらを見てあれこれと意見を交わすのはまた今度、俺が大名になった時の楽しみにとっておこう。


「では松浦様、行って参ります」

「うん、犬槙達も無理はしないように」


 犬槇が身にまとった柿渋染めの忍装束が、いやが上にも緊張感を誘った。

 だがここから先、俺も俺の役目を果たさないことには誰に対しても顔向け出来なくなるからと、気合いを入れる。


 ……いや、これからもずっと、か。


 挨拶ついでに、こっそりと耳打ちする。


「『内緒話』の方が大事だからね。頼むよ」

「……承知」


 犬槙には『内緒話』――俺が黒瀬国攻略に失敗した時の手配も頼んでいた。


 具体的には、都への連絡や甲子丸の退避など、俺が死んだ場合のことである。


 心底無駄になればいいと思うが、勝てばいいんだ……などと、何も考えずに後のことを放置するのは、流石に夫として無責任すぎた。


 暗闇にすっと消えた忍達を見送り、俺も船倉へと戻る。


 こちらの出発は明朝、黒瀬への到着は明々後日の朝の予定だった。




 

 甲泊を出航して二日。


 すれ違うのはやはり大船ばかりだったが、航路は止まっておらず、海賊が居座っているとしても、問題にされていないことが確認できた。


 滅ぼされたという飛崎も検分してみたかったが、そちらは夜に通過するので、犬槇に任せている。


 幸い、黒瀬の海賊とおぼしき小早などは見かけなかった。


「あれですな。東津で聞いたまんまです」


 磯釣りによさげな岩場続きのその向こう、僅かながら高台となっている天辺に石組みと白壁の建物が見える。


「黒瀬楔山(くさびやま)城、か……」


 もっとも、城の足元にはもう一つ長めの城壁が見えていて、櫓が幾つか建っていた。


 建物こそ小さいが、細国の城にしては二重の構造と、立派すぎる造りだ。


 この黒瀬国は、魔妖の領域と接する最前線でもあった。

 そのあたりも、何故そんな場所で海賊をと、俺に疑問を抱かせる原因だったのだが……。


「さあ、準備だ。……皆は船倉へ」

「はい」

「ご武運を、一郎」

「頑張ってね!」


 道中、預けておけるような先が三州公しか思いつかず、あまりにも遠いかと連れては来たが、女房衆どころか俺の嫁さん達にさえ悲壮感がないのは、先日関船を瞬く間に下したせいか。


 信用は嬉しいが……いや、俺にこそ『細国の城一つ程度なんとでも!』という自信、そして『何があろうと彼女たちを守り通す』覚悟が必要なのだろう。

 根拠や裏付けなど、後から付け加えるぐらいでいいのかもしれない。


 彼女らと入れ替わりに、朝霧がやってきた。既に忍装束である。


「万事、調いましてございます」

「ありがとう」


 こちらから上陸するのは、俺、朝霧に護衛の忍が二人の計四人だけだ。


 ……奇襲でもかけた方が楽だろうな。


 戦には素人の俺でさえ思うが、昼の日中(ひなか)に海賊の城へ向かうのは、(ひとえ)御成敗(ごせいばい)の許状を堂々と示す必要故だった。


 朝廷から託された正当な権限に基づいて、悪党舵田黒瀬守を成敗しに来たぞと、大声で主張しなければ、単なる不審者扱いにされて俺の方が正当性を失う。


 組まれた手順を無視すれば、後から突っ込まれたときに困るのは俺だ。


 城の一つ手前の低い岩場を迂回すると、全容が見えてきた。


「松浦殿! 入り江に港が!」

「え!?」


 頂上に城、麓に集落、それを囲うようにしてもう一重、城壁が巡らされていた。

 城の足元、奥まった場所には石造りの船着き場があり、矢盾を並べた小早が浮いている。


 ついでに、慌てる人影も見えた。


 やはりここも、細国に似合わない充実した設備だ。綻びはあるが、立派なものである。


 だが、小早は少しくたびれているように見えた。


「……濡れずに済むだけ、ましだと思うことにするよ」

「へい!」


 甲子丸は行き足を緩め、停泊していた小早の横へと滑り込んだ。


 舳先に弓を持たせた忍を警戒に立たせ、渡り板をばたんと掛ける。


「誰か、いないか!!」


 俺は万が一の矢に備えて腰の姫護正道に手をやりつつ、大声で叫んでみた。

 だが人影はもう、見えなかった。




 港は外側の城壁の内にあり、板葺き屋根のあまり上等でない民家が並んでいた。


 その真ん中を通った先、城までは折れ曲がった坂道が続いている。


 人の気配は……あるな。


「誰も出てこないな」

「それは……戦になるかもしれませぬのに、出てくる者はおりませぬ」

「それもそうか」


 まあ、俺もわざわざ見には行かないだろうなと、間近に迫った城を見上げる。


「……行こうか」

「はい」


 俺を先頭に奇襲を警戒しつつ、無言で集落を通り抜けたが……やはり、誰一人出てこなかった。


 一列になって前、左、右、後ろをそれぞれ警戒する。


 途中、ふと振り返れば、西側の櫓の中にいた男と目が合った。


 小袖のみで、武具すら身につけていない。


「……」


 弓でも構えられていたのなら別だが、石などを投げられたとしても、こちらにも甲子丸にも届きそうにないし、じっと見られているだけなら……まあ、放置でいいだろう。


 そのまま坂道を登れば、大八車か何かの(わだち)が幾重にもついていて若干歩きにくい。


 短い坂道はすぐに終わり、見えてきた城門は……堅く閉ざされている。

 城の天守そのものは、大きさも高さも鷹原のそれと大差なかった。


「……朝霧」

「はい」


 朝霧には、俺の影に隠れて貰う。


 奇襲への対処、特に背中は俺にも見えないし甲子丸にも気を配らなくてはならないから、俺が朝霧の盾となり、朝霧は俺の目となる作戦だった。


「……」


 近づいてみて分かったが、城はどこもかしこも修理の手が行き届いていない様子である。


 海賊をやるぐらいだ、これも仕方のないことか。 


 俺は懐から書状を取り出して掲げ、大きく息を吸い込んだ。


「舵田黒瀬守、上意である!! 開門せよ!!」


 しばらくして、城内より慌ただしい物音が聞こえ出す。

 居留守は選ばなかったようだ。


「何奴!」

「某は従八位下、松浦一郎!

 上意により、海賊の悪行を為す舵田黒瀬守を成敗しに参った!!」


 さて、どう出てくるか。


 俺は僅かに振り返り、朝霧と目を見交わした。


 しばらく、またばたばたと人の動きがあり、門が僅かに動く。


「開門! 開門!」


 いきなり矢でも射ってくるのかと思えば、素直な対応に驚かされる。


 ……まだ油断は出来ないが、今のところ、戦をする気はないらしい。


 俺達は立ち位置を菱形に変え、門が開ききるのを待った。


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