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第三十八話「海路の果て」

 のんびり話し込むという状況でもないので、手早く処遇を決めることにする。


「甲子丸の方はなんともありやせん。二、三本、矢が突き立ったぐらいで、へい」

「じゃあ、そちらはいいかな」


 勝ち戦だからと、調子に乗ってあれもこれもと要求を増やしたところで、恨みを買うばかりで大したメリットもないだろう。


 それに氷田殿は、武州派の豊州ではあるが今も変わらず帝家の血――和子には、それなりの敬意を持ってくれているようだった。俺達とやりあうつもりも、あまりないようである。


「武州の本流は帝家に成り代わりたい様子が見え隠れしておるが、豊州は隆盛こそ望んでいるものの、そこまで大それた野望は抱いておらぬ」

「……そんなことまで口にしていいのか、氷田殿?」

「某、今は囚われの身でござるし、なに、船の上の事よ」


 まったく、やれやれだ。


 だが、こんなところだろうか。

 とにかく、この襲撃は一件落着と見てよさそうだ。


 他の追っ手が来たら、またその時に考えたい。

 ……船の上とは限らないのだから。


 しかし、何もなしで放免というのも軽く見過ぎているかなと思案していたところ、犬槇より申し出があってこれ幸いと俺は頷き、弓を二張りと矢だけは頂戴して行くことにした。


「他は……そうだな、氷田殿と鷹羽丸には申し訳ないが、思ったよりも甲子丸の船足が早く、切り返し合戦の末に逃げられた、とでもして貰おうか」

「その程度でよろしいのか? この者等を助けて貰えるならば、某、人質ぐらいにはなり申すが……」

「別にいらないかな。失礼ながら、氷田殿が乗っているからって理由で、襲われなくなるとは思えない」

「それはそうだが……いや、恩に着る!」


 襲われた相手に恩情を掛けるとは、人間の出来た奴! あるいは、なんと甘い奴。……とでも思って貰えるなら上々だ。


 人質なんて取っても、食事と寝床どころか見張りの面倒が増えるだけだから、というもっと失礼な本心を俺は秘めていたのだが、こちらは黙っておこうと思う。




「一郎、見事でした」

「大丈夫だって、思ってたよ!」

「わたくしは……少し心配しました」


 甲子丸に戻れば、笑顔の三人が俺を迎えてくれた。


 彼女たちの無事こそ、第一である。


 だから、これでいいのだろう。




 ▽▽▽




 氷田殿と別れてより二ヶ月、双帆の瑞龍丸に比べれば速度こそ出ないものの、甲子丸は順調に航海を続けた。


 旅の前半は、忍や女房らも船酔いで苦しんでいた様子だが、波切崎を越える頃にはけろりとして船旅を楽しむ様子を見せていたのは幸いだ。


 茶州、豊州、蓮州と無事に抜けたが、襲撃や変事とは出会わずに済んでいる。


 合間の釣りは以前ほど上手く行かず、三日に一度、小さな鯖でも釣れればいい方で、その点だけは俺も不服だった。


 まあ、そのぐらいにはのんびりとしていられた、ということだ。


「遠くからで申し訳ないけれど……」

「ええ、構いません」


 当然、懐かしの三州へも戻ったが、俺達はやはり素通りしていた。


 三州美河、河口の沖合から、清子殿の墓を思い浮かべつつ、合掌する。


 義三郎殿が知恵を絞り、旅程の後半は大きな港は極力使わず、飛び石のようにして小さな漁港や入り江の舟溜まりを補給地として経由し、目立たないようにしてくれていた。

 その努力を無駄にするべきではなかったし、寄れば挨拶に数日が潰れてしまう。


 墓参りだけでなく、備の玄貞殿や龍神フローラ様からも神社を訪ねるように言われていたし、鷹原のお殿様や幸婆さんにも挨拶したい。

 この騒動が落ち着けば、機会を作りたいところである。


「いよいよ、か……」


 龍神のご加護か、はたまた日頃の行いか。


 俺達はこの時期に多いという時化(しけ)や台風に遭うこともなく、東津の港へと入っていった。




 ▽▽▽




「義三郎殿、今のところは予定通り、明日まで停泊で頼みます。聞き込みの中身次第じゃ、伸びるかもしれませんが……」

「へい、そのように」

「じゃあ犬槇、頼んだよ」

「承知!」


 荷の仕入れと情報収集を兼ねた犬槇達を送り出し、甲板に寝転がる。

 義三郎殿も賄いの少年だけを残し、水主を連れて上陸していった。


「静か、ですね」

「ああ」


 俺と嫁さん達、女房衆、それに護衛のくの一は、上陸しない。


 朝霧や犬槇からの強い進言も当然だが、俺自身にも不安の心当たりがあった。


 長旅の疲れもあるだろうし、たまには羽を伸ばさせてやりたいが……先回りで罠を張られている可能性が、とても高いのである。


「わたし達も寝転がりましょう、アン」

「ええ、そうね!」

「和子殿!?」

「大丈夫よ、静子殿。何かあっても松浦殿が守ってくれますから」


 例えば、甲子丸の速度では都から東津までは約三ヶ月掛かっているが、徒歩の旅行者だと四から五ヶ月となった。


 これは、普通の旅では急ぎの範疇だが、飛脚、あるいは早馬だとひと月以内、三州までを大社の巫女による『ゆめうつつのまくら』経由で結んでやれば、もっと早くなる。

 大社は悪事に荷担しないだろうが、少々怪しくとも和歌なら送る。……帝の御製のように、暗号でも組んであれば、中身までは分からない。


「あの、わたくし達もご一緒してよろしいですか?」

「その、今なら、資子様もお休みなので……」

「ふふ。ええ、静かにね」

「貴女達まで……」

「ほら、静子様もどうぞ。気持ちいいですよー」


 東津は街道の終着点、三州公の影響力の下だから大丈夫だろう、とは、誰も考えなかった。

 この近辺では一番大きな町だし、俺達が必ず寄るだろうと判じられる可能性が高い。


 第一、襲撃ならば経験済みなのだ。




 結局、昼は甲板でひなたぼっこと釣り、夜間はくの一と交替で俺も夜番をしたが、特に変わったことはなく、犬槇らは無事に食糧や小物、情報を仕入れ、義三郎殿らも命の洗濯を済ませてきたようである。


「ご苦労さま、犬槇」

「お気遣い、有り難く。……松浦様、どうにも妙な噂が流れております」

「ん?」

「黒瀬の隣国、飛崎国(ひのさきのくに)が海賊衆に手酷くやられ、今や国としての体を為しておらぬとか……」


 犬槇が配下の聞き込みをまとめ、当地の忍党へと繋ぎをつけたところによれば、しばらく前にここ東津から見て黒瀬の一つ手前、飛崎国の城が件の海賊に襲われ落城し、大名は討ち死に、民は散り散りに逃げ伸びたという。


 海賊衆は三艘の小早に分乗した三十余名、飛崎にも当然、侍や兵は居たようだが、鷹原の状況を思い出せば、確かに城が落ちても不思議はない戦力である。


「また、市中も特に怪しい様子はありませんでした。幸い都よりの影もなく、杞憂であったようです。……どうぞ、地図です」

「うん、ありがとう」


 今日の内に作り上げたという付近の地図を手渡され、思案する。




挿絵(By みてみん)




 妖魔の領域に対して黒瀬は端も端、最前線だが、地図にはその沖合を通る航路が書き入れられていた。


 しかし、一国をやっつけたとなると、大したものだ。

 国盗りの後のことも心配になるが……いや、それは後でいいか。


「この黒瀬の側を通る航路は、やっぱり止まっているのかな?」

「いえ、特には」

「え?」

「海賊衆が襲うのは海に面した村落、それも南香(なんごう)から飛崎の間に限られている、と」


 船じゃなくて、村?


 ……ああ、歴史で習ったような気がする。


 海賊にも幾つかのパターンがあって、船を襲って積み荷や人を奪う海賊の他に、海路の要衝を根城にして普段は通行料のみを取る海賊や、もちろん、上陸して村や町を襲うのが専門の海賊なんてのもあったはずだ。


 都でも、海賊程度は自らはね除けねば大名は白い目で見られると、出立の直前に言われたような覚えがあるし、当地の大名達にも上奏は苦渋の選択であったはずだ。

 立ち位置のせいもあるだろうが、被害が田舎の一定地域のみで大きな利益を生む主要航路に影響が出ていないなら、三州公の腰が重くなるのも当然だろうし……。


 もしかすると、この黒瀬の海賊衆、頭が切れるのでは……?


「うん、助かったよ、犬槇。地図、借りていてもいいかな?」

「はい」


 時期から考えて俺や和子を誘うための罠ではないだろうが、別の意味で頭が痛くなってきた俺だった。


 だが、後には引けない。


「出船じゃあ! 気張れ気張れ!」


 義三郎殿の大声に、おう! と、水主達の返答が響き渡る。


 桟橋から離れた甲子丸の船縁に手を掛けて港の景色を眺めつつ、俺も小さく、気合いを入れた。

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