第三話「お世話になります」
角を切り取った小鬼の死体を二兵衛さんと二人、リヤカーを小さくしたような木製の荷車に載せていると、日が暮れかけてきた。
槍はそのまま持っていろと言われたので、荷車に載せる。
「ちと急ぐぞ」
「うん」
数が多いし荷台も小さいので、一度じゃ乗せきれない。
取り敢えず半分ほど載せたところで諦め、先導する二兵衛さんの荷車を追いかけて同じように車を曳く。思ったよりは荷が軽くて助かった。
「おう、そこ曲がったとこだ」
「あれかあ……」
焼き場まではすぐだった。
先に出た与平さんが大きめの穴を掘っている。
「もう来ちまったのか」
「一郎は牛や馬並に足腰が強いらしい」
「そうかな?」
あまり自覚はないが……もしかして、力が強くなってたりするのか。
村から百メートルほどのこの焼き場まで、大して時間は掛からなかったし、小鬼相手に走り回って槍を突き刺していたのに、まったく疲れてもいないことに気付く。
大体、状況も何もかもが色々とおかしいことは、この半日だけでもよく分かっていた。
足の裏は陸さんの言うように拾われて丸一日で完治していたし、槍なんて使ったことのない俺が初めての小鬼退治で大活躍、おまけに……その死体を片付けているというのに大して何も思わず、恐怖も驚きも『普段と同じように』感じていながらも、平常心を保てている。
子供の頃にホラー映画を見せられたときの方が、まだ恐かったんじゃないだろうか。
……などと考えている最中でも、身体は止めずに死体を荷車から降ろしていくのだから、そんなもんだろうと思うしかない。
「おし、もう一回で運びきるぞ」
「うん」
もう一往復して焼き場に小鬼を降ろしている最中、後ろから声が掛かった。
「おーい、作楽様ん来て貰うたぞ!」
「おお。
一郎、ほれ、お前も挨拶しとけ。
こん村の宮司、作楽様だ」
さっき一緒に戦った正次郎さんが、白い着物の老人を連れてきた。……一瞬、幽霊かと思ったのは秘密である。
「はじめまして、幸さんの家で世話になっています、一郎です」
「おー、おんしか!
昨日、珍しい言うて騒ぎになっとったからのう、知っとる知っとる。
まあ、元気になってよかったの。
おお、すまんすまん、儂はこの谷端のお社を任されとる、作楽っちゅうもんじゃ」
二兵衛さんたちの態度から、作楽さんが村の偉い人らしいとあたりをつける。
着ている物も単に白いわけではなく、神職の人が祝詞か何かを上げるときに着る白装束とか、そういうものなのだろう。一見して、作りも上等だった。
「ほんじゃ、始めるかの」
「へい。
一郎、こっち手伝え」
「はい」
火の準備をしている正次郎さん達の邪魔にならない場所に、二兵衛さんと組んで小鬼を立たせる。
作楽さんは懐から小さな鐘……というか、手の平サイズの銅鐸っぽいものを取り出した。
トンカチのような鐘撞きで叩くと、甲高いくわーんという音が響く。
「呪鬼、此の心悪しき者滅びて……」
聞き取りにくい難しい言葉が終わると、作楽さんは小さな紙を小鬼の口に押し込んだ。
再び、銅鐸をくわーん。
「一郎」
「うん」
この小鬼の分は終わったらしい。
言われるまま、いっせいのせで、炎の上がる焼き場に放り込む。
「……あ!?」
「ほれ、次だ次」
「……うん、ごめん」
小鬼は一瞬で炎に包まれ、あっと言う間に燃え尽きた。
直前までは間違いなく、血や肉……冷たい嫌な感触が手に伝わっていたし、重みもあったはずだ。
……どうやらこの世界、魔法まであるらしい。
全部で三十二匹の始末を終えて作楽様を送り出し、焼き場を埋め戻し……。
気付けばかなり暗くなっていた。
荷車を曳きながら、皆で集落へと戻る。
「はあ!?
小鬼見たの初めてだったって?」
「うん。……うちの方にはあんなの居なかったよ。
たまに、熊や猪が街に降りてきたって、ニュ……話題になることはあったけど」
「熊もなあ、猟師衆や若衆のおらん時に来よったらえらいことになるからな」
「実入りはええんじゃがの」
言葉も選ばないと通用しないだろう。
多少気を付けた方がいいかと、心の中にメモをする。
「二兵衛さん、ちょっと気になったんだけど、柵とかないの?
小鬼みたいなのが時々出るんなら、不安なんだけど……」
「そりゃ、あったらええなと俺達も思うが……」
若菜より小さい子供も見かけたし、ちょっと心配だ。
「村っちゅうてもこの谷端の村は集落三つの寄せ集めで、その集落も家がそれぞれ離れすぎとるし……」
「金も手間もかかるしなあ。
小鬼もなあ、出だしたのは、今年に入ってからじゃもんな」
「こん間、庄屋さんに頼んでお城にお届けを出して貰うたが、どこまで聞き届けて貰えるやら……」
ああ、やっぱりお城があるんだなと、俺はため息をついた。
……きっとこの世界のどこかでは、ちりめん問屋のご隠居も旅をしているに違いない。
「……ただいま、幸さん」
「おー、お帰り。
どじゃった?」
「うん、二兵衛さんたちは無事だったよ。
作楽さん……じゃなくて、作楽様にも挨拶したし」
「ほうか、ほうか」
荷車を返した後、二兵衛さんに槍の手入れを教えて貰ったのと、風呂代わりに小川で水を浴びていたので、幸さんの家に戻る頃には日が暮れていた。
「この槍、ありがとう。
元の処に掛けておけばいい?」
「うんむ。
とりあえず、食え。
腹あ減っとるじゃろ?」
「ありがとう」
寝かされていた部屋の隣、囲炉裏のある大部屋の方に上がらせて貰う。
昼と同じ様な冷たい麦飯と熱い味噌汁に、干した鮎を炙ったのが添えられていた。
……ちなみに飯が冷たい理由が朝にまとめて一日分炊くからだと知ったのは、翌朝のことである。
当然、電子レンジや保温のできる炊飯器なんてあるわけない。冬場は冷やご飯を湯漬け――白茶漬けや、芋や豆を足した雑炊にして、暖を取るそうだ。
「そじゃ、一郎」
「なに?」
「明日からはどうする?」
「……出来れば家に帰りたい。
けど、どっちが家かもわからないし、たぶん、歩いて帰れそうにない」
……どうやっても自力で帰れそうにないなということは――直感と言い切ってしまうには根拠もないが――もうわかっていた。
昔の日本なのかと思っていたが、そうじゃない。飛ばされて迷い込んだにしても酷すぎるほど、日本とは時間と距離が離れているはずだ。
「……じゃろうなあ」
幸さんの相槌に、俺は、一瞬だけ目をつぶった。
諦めが良すぎる……ってわけじゃない。
努力と根性で異なる世界を渡れるなら、何だってやってやる。
だが、きっかけも、努力の方向も、どうやっていいのかも分からなかった。
幸さんの言うように、もう一度飛ばされる可能性も……あるかもしれないが、望みは薄いだろう。先ほども、珍しい珍しいと口々に言われた。
結局、神様の気まぐれぐらいしか期待できないのだが、それまでどうするのかと言えば、ここで暮らしていくしかなかった。
「だからせめて、何か……仕事を探したい」
昨日今日は仕方ないにしても、このまま幸さんのヒモというのは、余りにも情けなさ過ぎる。
二、三日で帰れるとわかっているなら、幸さんの手伝いや村の手助けぐらいが丁度いいだろう。
だが、年単位となると、流石にそのままとは……いや、帰れない可能性の方が高いのか。
「……そのうち、手がかりが見つかるかもしれないけど、このまま幸さんの家で居候っていうのも情けないし、力仕事ぐらいなら出来そうだし、どっかで雇って貰えないかな……って、勝手に思ってるんだけど……」
「まあ、寝床ぐれえならしばらくと言わず貸してやるが、今ん時季なら……そうじゃの、明日、長様……庄屋んとこに連れてってやるで。
何かしら、一つぐれえはあるじゃろ」
「何から何までお世話になります」
ひゃっひゃと笑う幸さんに、頭を下げる。
当分は、何とかなりそうだ。
……いや本当に、幸さんに拾われて良かったと思う。