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第二十四話「薄小路図書頭」


 都に到着した次の日、矢野見家で付けて貰った家人に案内され、俺は都の通りを歩いていた。

 俺の背丈もあるのだろうが、旅道具の他にも御所に持ち込む予定のないお姫様方の荷物などを背負子の上に積み上げていたから、随分と目立つのか道行く人々から振り返られる。


「松浦殿は力持ち、とは伺っておりましたが、驚くほどですね。……衛士府(えじふ)にでも仕官なさるのですか? あるいは、どこかの大社の角力に?」

「どうでしょうか。薄小路家を訪ねるようにとだけ、伺っています。都に来たのも初めてですから……」


 あまりべらべらと内情……というか姫様の離京のことを喋るわけにも行かないし、実際、知らないことが多すぎて、俺も少し戸惑っている。


『動きようも覆しようもなくなれば、そのまま知らない振りをしてどこかに仕官するのですよ。再会できるかもわかりませんが……生きてさえいれば、何とかなるものです』


 ……と姫様からこっそりと命じられているが、それはそれで後味も悪く、何とか上手く立ち回りたいところだった。


 幾度か曲がった先で出くわしたのは、これまでで一番大きな通りだった。道幅はおよそ五十メートルにもなるだろうか、荷車や棒手売(ぼてふり)らも行き交っているが、とにかく人の数が多い。


 娘さん達だけでなく、男衆の着物もどことなくあか抜けている。

 それに何より、活気が違いすぎた。


「この真正面が、御所になります」

「随分遠くに、何か見えるような、見えないような……」

「ここからでは、優に二里はありましょうが、天気の良い日などは朱雀門(すざくもん)もよう見えまする」


 朱雀門とか御所とか……。

 歴史の授業で習ったような覚えはあるが、近日中にその門をくぐって中に入らなければならないなど、二十年と少しの人生でも、先は分からないものだ。


 船で別れてから、和子様にも静子様にも会っていない。

 繋がりは、懐に入れた書状のみだった。




 大小様々、碁盤の目のように東西南北を走る通りや小路を半日ほど歩いて、俺はようやく薄小路家本邸の門前へとたどり着いた。


 正直なところ、門構えを見てこれは大丈夫なのかと首を捻った俺である。


 敷地は谷端村本郷の庄屋屋敷と変わらぬ広さで、昨日泊まった矢野見家別邸の十分の一もなかった。門はよく手入れされているが綻びを継いだ後があり、白塗りの壁は俺の背よりも低く、ところどころ剥がれて中の土壁と竹の骨組みが見えている。


 もちろん静子様からは、うちの実家は宮中の下働きをする舎人の家と比べてどうかという程度……とは聞いていたが、権勢や家業でここまで異なるのかと少し驚いた。いや、同じ大名でも数百万石の三川家と一千石の橋本家という実例を見てきたばかりだ、公家も似たようなものなのか。


 ちなみに矢野見家は最上流に近い家で、現当主が中納言の官職にあるという。武家と相性のいい弓を家業とするので三川家以外にも懇意の大名家が多数あり、羽振りもいいそうである。


「こちらです、松浦殿」

「はい。……ご案内、ありがとうございました」

「では、失礼いたしまする」


 挨拶も取り次ぎも、案内についてくれた矢野見家の家人が済ませてくれたお陰で、俺は荷を薄小路家の家人預け、庭の見える部屋に通された。


 部屋まで案内してくれた男性が家人頭の根深(ねぶか)清行(きよゆき)殿、茶を出してくれた女性がその妻で(きぬ)さんで二人とも三十手前頃、根深家はこの屋敷に代々仕えている家なのだという。


「御当主も若君も、本日は出仕なさっておられます。お帰りは夕の刻でございますれば、それまでゆるりとお過ごし下さるよう、御台(みだい)様より言付かっております」

「はい、重ね重ねお世話になります」


 静子様の母上――御台様はおられるが、客扱いながら身分差もあって、公家の奥方様が当主を差し置いて会うわけにも行かないらしく、伝言ゲームのようにお言葉だけを頂戴する。


「今日も大荷物を担いでこられた上、船旅続きだったと伺っております。もしもお疲れでしたら、布団の用意を致しますが……」

「いえ、お構いなく。床が冷たくて気持ちよさそうです」


 部屋は四畳半ほどの板間で、茣蓙(ござ)と綿入りの座布団が用意されていた。

 船で旅するうちに季節は変わって盛夏の直前、清行殿に断りを入れてごろんと寝転がれば、ひんやりとして気持ちいい。


 そう言えば、都に着いたら安くていいから袴を買うように静子様から言われていたが、明日にでも店を聞いてみようか。


 うつらうつらと考え事をしながら目を閉じていると、気付けば夕方になっていた。




 ▽▽▽




「松浦殿、失礼致します」

「清行殿」

「御当主がお帰りになられましたので、どうぞ座敷の方へ」

「ありがとうございます」


 寝癖になったか、ぴんと立ってしまった毛を撫でつけながら、姫護正道と木刀を身につける。

 石と苔と木々が配された庭を半周するようにして廊下を曲がり、どうぞこちらにと奥の座敷へと通された。


 畳敷きのそれほど広くない座敷には、座布団が三枚。

 下座を示され、待つことしばし。


「……」

「……」


 静子様のご両親だろう、老境に近い年の夫婦が現れた。

 二人ともそれほど背は高くないが、御台様の目鼻立ちは、静子様にとても似ていた。


 小さく黙礼をされたのでこちらも返したが、表情は硬い。


「……お待たせした」

「いえ、こちらこそ。

 ……お初にお目に掛かります。三州は鷹原谷端の出、浪人、松浦一郎と申します」


 三州を強調し、平伏する。

 どうとでも取れる微妙な名乗りだが、鷹原だけでは通じないし、和子様の正式な家人ではないからここは仕方なかった。


(われ)は薄小路家四十四代、従五位上図書頭(ずしょのかみ)、名を信彬(のぶあきら)と申す。こちらは莢子(さやこ)

「はい、よろしくお願いいたします」


 早速失礼しますと、懐から書状二通を取り出し、捧げ持つ。それぞれは和子様、静子様からのもので、特に静子様からの一通はかなりの厚さである。


「……確かに、頂戴致した」

「……」


 信彬様も莢子様も、表情は硬いままだ。

 しばらくして、瞑目した信彬様が口を開いた。


「昼に……」

「はい?」

「三州三川家の使者殿が、図書寮を訪れてな」

「……」

「静子と、清子の……ことは、聞いた」


 俺は……言葉の返しようを思いつかず、ただ、頭を下げるしかなかった。




 お二人が書状を読む間、俺はじっと座っていた。

 娘さんが亡くなって悲しくないはずはないだろうが、俺が清子様の棺を担いだことが書いてあったのか改めて丁寧な礼を言われ、姫様の離京だけでなく、俺の叙位も含めた助力を約束された。


「ほう、木刀で五人を……。刀を抜かずに済ませたのは、腕に覚えがあってこそか?」

「いえ、その時は雑兵で、帯刀を許されていなかったのです」


 莢子様が退出してしばらく、運ばれてきた一汁二菜に酒のついた夕餉を戴きつつ、三州でお姫様を助けたときの話などを聞かれる。


「いや、十分見事なるぞ。

 他は冷静な語り口であった静子の書が、そなたの事だけ感情豊かに筆致が揺らいでおったわ」

「……。

 それもこれも、橋本の若様が背を押して下さったからこそです。自分一人では、躊躇いで間に合わなかったかもしれません」

「謙虚なことよの。……ほれ」

「はい、頂戴します」


 その他にも、三州や船旅のことを話しつつ、にごり酒のお代わりを戴く。

 三州で飲んだそれよりも甘く、香りも良い。


 息子さんで嫡男の邦彬(くにあきら)様は外せぬ用――他家で催される歌会の前準備の手伝いがあるそうで、今夜は帰ってこないらしい。横の繋がりも大事なのは、武家でも公家でも、それこそ現代日本でも変わらない。


「それから、の」

「はい」


 信彬様は半ば白い髭を整えつつ、俺に向き直った。


「明日、吾の参内に付き合うように。

 当面は……そうであるな、御所への出入りを許されるよう取りはからうが、正規の官職までは用意できぬ故、図書寮の下働きとして走り回り御所内の要所を覚えるようにせよ。

 それ以上となると、当家では難しゅうてな」

「ありがとうございます」

「それから……静子もなにやら『画策』しておるようでな、急な呼び出しを心得よ」

「はい。伺っております」

「うむ、ようようやれ、松浦一郎和臣(かずおみ)


 明日俺は、少初位下(しょうそいげ)の位――一番下だが、官位は官位――を貰い、松浦一郎和臣と名が変わる。


 推薦者が三州三川家、矢野見家、薄小路家と、十分に準備期間と資金を用意して無理を通すなら昇殿格の公家さえ立てられると信彬様は笑っておられたが、資金なしでも一番下の官位なら目を瞑っていても推挙できるという。


 無論、和臣という名は『和子一臣(かずこがいちしん)』、和子様と静子様の合作による名付けだ。書状にお記しだったのだろう、信彬様には一足早いお披露目となったわけである。


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