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サカナじゃないけど出世魚  作者: 大橋和代
飛ばされ者編
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第十九話「ゆめうつつのまくら」

 ビールを久しぶりに飲んだ翌日は丸一日葬儀の準備に費やして通夜を行い、翌朝は棺桶――座棺という桶のような形の棺桶だった――を担いで、何度も城と墓場を往復した。

 小川様を筆頭とする三州のお侍や雑兵も手伝ってくれたが、葬儀は姫様が立ち会い、静子様は墓場での仕切、俺は力仕事と分担せざるを得ない。


 小鬼と同じ……と言っては失礼だが、墓場では神主さんの手で棺桶にお札が貼られ、榊と共に祭詞(まつりごと)が奏上されて、儀式の終わったものから注連縄(しめなわ)で囲われた墓穴へと納めていく。


 火葬はあまりしないそうだ。

 ……鬼の死体を放っておけば悪霊がとりついて幽鬼(ゆうき)という厄介な魔物になるのと同様に、人もまた魔物になることもあるが、きちんと儀式と埋葬が行われてるなら『問題ない』らしい。戦場では仕方なく行うことも多いが、あまりに大量の遺体は持ち帰れないという実情に即したもので、特例であるという。


 確か昔は、日本でも土葬が普通だったっけと曖昧に頷いておく。日本史の授業でやったような気もするが、既にうろ覚えである。


 小鬼を焼いた時の話をすると、あれは葬るのも面倒だし、村の焼き場も火葬場ではなくゴミや鬼などを焼くためのもので、村の側で火を焚くと火事が恐いから離してあるだけのものだろうと教えられた。


「名の分かる者だけは、遺髪を貰い受けました」

「……はい」


 その中には妹、清子様の分も入っているのだろう。

 数えるほどしかないその紙包みを大事そうに抱えた静子様を気遣いつつ、城に戻って身を浄め、姫様の元に集まる。


「苦労を掛けましたね、二人とも。

 特に清子のことは、残念でなりません。とても、わたくしに……よくしてくれました」

「……ありがとうございます」


 その直後に行われた、神主さんや葬儀を手伝ってくれた人への御礼と労いも兼ねた直会(なおらい)という葬祭の最後を締めくくる酒席の用意さえ三川家頼りだったが、これも仕方のないところだった。




 だがその翌日、後は野盗退治の連絡を待つばかりとなった筈が、小川様が持ってきた書状一つで、全てがひっくり返ってしまった。


大社(たいしゃ)より、先日願い出ていた夢現枕(ゆめうつつのまくら)返詞(へんじ)がございました。

 どうぞ、お受け取り下さい」

「……ありがとうございます、お手間をかけました。美河守殿にはよしなにお伝え下さいませ」

「ははっ」


 夢現枕って何だろうと静子様に聞いてみると、各地のお社の内でも大社と呼ばれる大きな神社には互いの見る『夢』を繋げることの出来る巫女がいて、大社同士なら連絡が取れるのだという。

 便利かというと微妙だが、ある意味、電話やネットよりすごいかもしれない。


「各地の大社を一夜で繋ぐことが出来るのは大変結構なのですが、御礼も高くつきますし約束事も多いので、そうそういつでも使えるものではないのです」

「なるほど……」


 今回は流石に火急の用件と三州公を頼ったそうだが、繋げて貰った大社と相手先とを早馬なり飛脚なりで往復しなければならないし、その金額も一度の依頼で大凡(おおよそ)百両以上、間違っても庶民には頼めない金額になるらしい。


 それはともかく、姫様に返詞の中身を見ていただくと……。


「なんと……」


 見る間に姫様の顔色が変わり、大きなため息が漏れ聞こえた。


「静子……」

「はい、姫様?」

「帝は大変御心配召され、都へ戻るよう(のたま)われた、と書かれてあります」

「それは……」


 やはり静子様も、大きなため息である。

 せっかく逃げてきたのにまた戻れとは酷い話だが、こちらでも襲われたのだから、まだ手元に於いておく方が安全……とでもいうのだろうか?


「都から逃げてきたようにお聞きしたと思いますが、この場合は……戻った方がよいのですか?」

「難しいところですね。

 都であれば今上よりの庇護も得やすい、確かにそうとも言えますが……月子様との距離も同じく近くなります。

 このまま行方知れずとなる方がよいのでは、とも思えてしまいます……」


 姫様は手紙を何度も見返して、考え込まれている。


 あまり俺が口を挟める事じゃないのは分かっているが、自身のこれからというか行く末にも関わりのあることなので、幾つか聞いてみることにした。


「そういえば……都は遠いのですか?

 俺、何処にあるのかも知らないんです」

「ここ三州からならば、街道旅で三月(みつき)ほどはかかります。

 後で簡単な地図を書いてあげますから、一郎も覚えましょうか」

「お願いします。

 それと――」

「御免」


 廊下から声が掛かり、皆で振り向けば、去ったはずの小川様が戻ってこられていた。


「某は先触れにて……大殿が、間もなくこちらに参られます」

「はい、承りました。よしなにお伝え下さいませ」

「ははっ」


 一旦話を置き、三州公を迎える準備をする。


 一郎はそちらにと、俺は姫様のいる上座のすぐ手前、静子様の反対側に座らされた。

 雑用係にしてはいい扱いだが、同時に気楽さも減ったような気がするので今ひとつである。


「失礼いたしますぞ」


 しばらくしてやってきた三州公は慌てた様子で、やはり手には書状が握られていた。同じく大社からの返詞だという。


「雲宮様の御帰京をお助けするよう、今上より御宣詞(おことば)がございました。……如何されましょうや?」

「……そうでございますか。では、よろしくお願いします」


 悩む暇もなく、逃避行は封殺されてしまったようである。

 帝より依頼があったという三州公の体面もあるし、これは……姫様もこのまま逃げるとは言い出し難いだろう。


「……しかし、本当に宜しいのですか?」

何処(いずこ)にても同じならば、手を尽くして下さった美河守殿に迷惑をかけぬだけ、ましというものでしょう」

「それは……お気になさらずとも良いのでは?

 この三州、端くれとは言え九大大名家の一家でございますれば……」

「正に。

 であるからこその、今上の御宣詞でありましょう」

「ははっ」


 だが三州公も姫様も、両者それぞれの立場を分かり合っているようで、互いに苦笑いも含んでいた。……というか、姫様がすごすぎる。見かけからして十二、三だと思うんだが……。


「すぐに船の用意をさせましょう。明日の夕暮れ前には、必ず」

「重ねて御礼申し上げます、美河守殿」


 三州公が辞した後、今日のところは出立の用意を済ませてゆっくりなさいと姫様に言われてしまった。


「いや、それが……」


 だが俺は、それぞれのお殿様からから貰った――拝領した姫護正道と今着ている小袖ぐらいしか私物がないわけで、用意は整っているも同然なのである。

 お姫様と静子様も町娘に扮して逃げた後に城へと迎え入れられたので、結局お茶を飲みながら物知らずの俺に色々教えて時間を潰そうということになった。


「よいですか、一郎。ここが三州、私達は海路ぐるりと西を回り、都を目指します。

 三州を出て蓮州(れんしゅう)を通り、豊州(ほうしゅう)を経て茶州(ちゃしゅう)を抜けた先、京の都はここです。船ならば、季節によりますが一月(ひとつき)二月(ふたつき)になりますね」




挿絵(By みてみん)




 新幹線や飛行機ならあっと言う間だろうが、鷹原からここ三州美洲津まででも数日掛かっている。

 船なら多少は楽も出来るとは思うが、大変は大変だろう。


「名を入れたのは九大大名家のみですが、どれほど広いかわかるでしょう?」

「ええ、まあ……」


 世界地図を思い出しながら、曖昧に返事をする。

 もちろんこの『大倭(おおやまと)』、日本に比べたら広いんだろうが、大陸の一角だけという気もした。静子様によって描かれたこの地図も、一部が見切れていてそのことを示している。


「これらの大大名家は、分家や直臣も含め、近隣にある数百から数千の諸国を従えているのが普通です。そのそれぞれが幾千幾万もの(つわもの)を抱えるのですから、一度(ひとたび)大戦(おおいくさ)が起これば、とても酷いことになります。

 百年ほどの昔には、都さえ大火に包まれるほどの大きな戦もありました。その時の不仲が今も尾を引いている家々さえありますが……それはまあ、今はいいでしょう」


 そしてと、静子様は京と書かれた一つの都市を指さした。


「ここが京、大倭の都です。

 今上の御所もございますが、公家(くげ)の領域でもあります。

 武家が武を以て帝にお仕えするなら、公家は文を以てお仕えするのが本分。……とは言え、権勢の強い家は大抵有力な武家と繋がっておりますから、武が本分でないからと侮ってはなりません」

「静子様のご実家も公家ですよね? それも、娘さんが従五位下の位を得られるような……」

「一郎、薄小路家など、古くから続く舎人の旧家とどちらがましかという程度です。

 武家の当主の従五位下ならそれなり以上の地位ですが、公家の従五位下など、宮中ではあってないようなものですよ」

「はあ……」

「そも、意味合いが違うのですよ。

 同じく御殿への昇殿を許される従五位下ではあれども、殿中の清掃や姫様方のお世話などを任される雑官も、昇殿しなくては仕事になりませんから」




 静子様の説明をかみ砕けば……御所は二重の構造になっているらしい。


 まず全体は御所や宮と呼ばれ、この中に入れるのは帝家に連なる貴人を除けば、官位を持つ官人のみである。つまり、官位のない俺は入れない。


 この御所には官庁に相当する省や府が置かれ、大倭の政治の中心となっている……とされているが、実働しているのは極僅かな部署のみで、省府の官職も御所内ではほぼ意味を為さず、単なる上下関係の指標、あるいは名誉ある恩賞の一つとして数えられるのが関の山らしい。


 それでも皆が――特に武家が官位と共に官職を得ようとするのは、自身の権勢を誇ると同時に、より良い立ち位置を確保しやすいからなのだという。……大きな戦などが起これば大大名の元、官位職位が高ければ嫌な奴の風下に立たなくても済むわけで、まあ、納得は出来るが面倒が先に立ちそうだとも思う。


 御所の中心部には、内裏(だいり)と呼ばれる区画があり、ここは特別な意味合いを持つ。


 従五位下の位は、内裏にある御殿への昇殿――政や儀式の行われる大極殿(だいごくでん)や、帝の住まいである紫宸殿(ししんでん)、帝の家族が住む後宮などの建物へと入るのに必要な最低限の『資格』であり、これは形骸化せず今も厳しく守られているそうである。


 また大極殿で行われる朝議(ちょうぎ)は今も『生きて』おり、武家の息が掛かった公家の主導ながら――官位官職の任免や褒賞の授与、諸法度と呼ばれる法の決定や改正だけでなく、時には帝の勅が発せられることもあるという。




「公家の上下は朝議に人を出せるか、家業が認められているかで大凡が決まります。どれも古くから家の権利として付随するものですから、ほぼ動かしようもありません」


 帝の開く朝議に出られるのは大臣や納言、参議の位を与えられた極少数で、これは権勢と家格の両方を持つ家しか出せないらしい。

 家業を持つ家は、茶道や香道、神楽、歌といった技芸を宗家として伝えることを許された家であり、武家で言う家禄に近い知行(ちぎょう)――帝からそれぞれの家に与えられる領地や年金――以外の収入源が保証されている強みがあり……特に茶道については武家が手を出しやすいこと、茶道具そのものにも広く価値が認められていることなどから、茶道の宗家は隆盛を誇るという。


 ついでに教えられたところに因れば、和子様の母の実家は和歌を家業とする家の一つで中の下ぐらい、静子様の薄小路家は図書館の親戚のような図書寮(ずしょりょう)(かみ)職――長官職を世襲する家……と言えば聞こえはいいが、本当に大事な国書や文書、目録を管理するのは別の部署で、古すぎて使い道もないが捨てるにも惜しい古文書の虫干しや修繕が仕事の大半という権力中枢とは縁遠い家らしい。


 ぶっちゃけると、権力と金のある家は強いとなるわけで、身も蓋もないが、それはそれで正しいような気もしてしまう俺だった。




「無理をせず、徐々に覚えていけばよいのです。

 それよりも一郎には、姫様の御身を守ること、これを何よりの第一として貰わねばなりません」


 後は船の中でじっくり学びましょうと、静子様が微笑む。


 都までは順調に行っても一ヶ月半の船旅が確定していたから、時間はたっぷりと使えるのである。


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