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第百二十二話「下準備」

第百二十二話「下準備」


 新城では、まだ人が入る前の新築長屋を一つ借り上げ、代官花房諸使様一行の宿場とした。


「しかし五十間四方か、東下随一の大城になることは間違いなかろうな。場合によっては借り受けることもあろうかと思うが、その節は頼むぞ」

「ははっ」

「それから、馬もそろそろあった方がよいのではないか?」

「それがなかなか、手を出しにくいところです」


 諸使様の馬は楔山城で預かっていた。

 馬小屋どころか(まぐさ)さえなかったが、毎日城の周囲の草を刈って凌いでいる。


 ……機会屋守様を迎える本番では、慌てぬようにしておきたい。


「酒肴をお持ちいたしました。富禮の盛り合わせでございます」

「うむ!」


 多少無理をさせてしまったが、近隣を統べる代官が来訪することの意味は、俺以上に会所の面々の方がよく分かっているようで、こちらが何か口にする前からあれもこれもと提案が飛び交っている。


 お陰で面目は施せたが、諸使様のこちらを見る目は、期待交じりの呆れ度合いも増すばかりだった。


 新城の人口は出稼ぎを含めれば五百余に膨れ上がり、既に甲泊の町に並んでいる。


「あの戦役に於いては、勲麗院様も黒瀬守を高く評価なさっていた。まあ、悪いようにはならぬだろう」


 一応、石高が一千石に乗れば報告せいと投げ遣りな調子で言われたが、真なる石高である小物成については、諸使様も口にはしなかった。




「ほほう、甲泊にも富禮屋台を出してくれるのか! これはありがたい!」

「当面はお試し、儲かるようなら本格的にと、考えております」

「うむ、是非に」


 楔山への道中に飛崎、浜通、その後に新津、新城、遠山と、黒瀬国内を一通り巡った諸使様は、上機嫌で陸路代官陣屋へと戻っていった。


「このぐらいで済ませて貰えたのは、良かったのか悪かったのか……」

「諸使様は飾らぬお方、過不足なしと見てよいのでは?」

「そんなものか」


 信且と顔を見合わせてため息をつくも、無論、代官様が帰ったからには、本番が待ち構えている。


 近日中の機古屋守様御一行来訪の報せは、皐月五月の初旬と日時が知らされたことで、本格的に動き出した。


「御一行の人数は、国の格に合わせて最低でも十人は超えるかと。また、近隣諸国の大名が同道するなら、更に膨れ上がりましょうな」

「長屋だけでは足りない、か……?」

「黒瀬の格付けは間違いなく細国なれば、供回りの方々には野張りの天幕で我慢していただいても、そこまでの失礼には当たらぬかと存じます」

「……足掻くだけ足掻いてみるか。現地にも相談してみよう」

「ははっ」 


 大凡は数日掛けての黒瀬国内行脚だが、今度は巡察ではなく上客の歓待である。


 代官殿の巡察で露呈した問題点を潰した上で、多少ならず賑やかにするべきだろう。


 まずは新津の近次郎に、鷹羽丸の運行を要請する。


「甲泊へのお迎えであれば、日取りだけの問題。見事やり遂げてみせましょう」

「うん、頼むぞ」

「ははっ!」


 掃除ぐらいはしておきましょうと近次郎は気軽に請け負ってくれたが、日取りに合わせて漁に出ている水主を呼び集め、支障のないように補給物資を手配するのは、それだけでも大変だ。


「しかし、こっちも蔵に長屋に……人も増えたか?」

「郎党はむしろ、出稼ぎにて減っております。まあ、あちこちから来る者は、それなりに、というところですな」


 しかし当代機古屋守は数えで五歳、大きな関船が迎えに来て乗れるとなれば、それだけで喜んで貰えるように思う。

 勲麗院様には、お陰さまで黒瀬は益々隆盛しておりますよとの、メッセージになればいい。


 彼のお方と懇意である静子の夫として、虚勢交じりでも多少ならず見栄を張りたいところも含まれていた。


「さて、行くか」

「ははっ」


 新津を訪ねたその脚で新城に向かい、ますます開発の進む町を眺めつつ、会所が仮の本拠としている長屋を訪ねる。


 通りから城を見やれば、大勢の人足が出入りしていて、大きな材木をころ(・・)で引く姿もあった。


 運よく喜一がいたので、職人待ちで内装に手が入っていない長屋の一室を借り、笹茶を片手に現状を確認していく。


「三州公の姪御様といえば、民思いの女傑と噂に高い大人物。……幾ら歓迎の為とはいえ、下手な小細工などなさらぬ方が宜しいのでは?」

「ああ、喜一は鋭いところを突くなあ」


 それもそうだと頷きそうになったが、全くの無手でお迎えするというのも情けない。


 そんな俺の様子を見た喜一は、多少の補いならばと、笑って請け負ってくれた。


「城の落成は間に合わぬでしょうが、町屋なら急がせることは出来ましょう。職人も黒瀬守様の為ならばと張り切ること請け合いにて、万事この誉屋喜一にお任せくだされ」

「そうか、助かる!」


 丸投げとは行かないだろうが、喜一と会所の協力は、俺を安堵させた。




 無論、城の方でも騒ぎになっている。


 少しばかり国内を駆け回って楔山に戻れば、あれやこれやと嫁さんや女房衆から食いつかれた。


「資子殿、予算はこのあたりでなんとか……」

「殿、三州の時姫様をお迎えするのであれば、気を遣って遣いすぎということもございませぬ。あのお方は、ほんに特別でございますよ」

「わたくしも、お噂は存じております。殿の御為(・・・・)にもなりますから、是非」


 静子や資子殿はともかく、和子にまでせっつかれては、仕方あるまい。


 御一行の接待には、城の金蔵に貯め込まれていた予備費の半分、二百両が投じられることに決まった。


 これを楔山と遠山に百両、新津と新城で百両に割り振る。


 無論、新城には町会所があり、喜一があれこれと指図していた。


 幸い、戌薪の配下が機古屋と常時往復しており、一行の人数は全て含めて二十名に馬四頭と、確認が取れている。


 主たる客人は勲麗院様を筆頭として、従六位上機古屋守様と、戦役以後は機古屋にて養育中の正七位下帯山守、一行の露払いたる従八位上結城守の三名となっていた。


「では、よろしくお願いいたしますわね、殿」

「お手柔らかに頼むぞ、静子」


 女房衆の逸脱と暴走は今に始まったことではないながら、その結果は常に俺と黒瀬を潤している。


 茶器の選別から土産の用意まで、あれこれと口にしながら西の丸に引き上げる彼女達を見送り、俺は無言を貫いていた信且と共に肩をすくめた。


「二百両は大金ながら、そのぐらいならばと内心で頷いた己に、驚いておりました」

「ああ、百両あれば一年食えた黒瀬は、もう遠くなったな……」

「はっ……」


 ふむと、信且が書き付けていた春漁のまとめ書きを受け取る。


 春漁は、干鰯(ほしか)にして売りに出す鰯がメインだ。


 これが例年に数倍する勢いで……とはいうものの、期間は去年の倍、漁に出ている船も三倍で、加えて新津の近次郎は七、八艘の小船を持ち込んでいた。


 春の狩り同様、投入戦力が増えれば、自ずと成果も積みあがるのである。


 特に飛崎、浜通の両村には、大きなてこ入れとなったことだろう。

 人が増えた補いなど、送り付けた麦俵と金子だけでつくはずがないのである。


 同じく、この時期に良く獲れる鰤と鯵は、刺身や焼き物、あるいは雑炊にして食うが、今は『商品』として、新津から新城に売られていた。


 距離は二里で急げば片道一刻、足が早すぎることもない生魚なら、新城に持ち込める。


 これも現金収入として、大きく新津を潤していた。  


 鷹羽丸の維持費など手当てをしたこともない俺としては、近次郎に多少なりとも報いることが出来ればと思っている。


「信且、春の漁期は来月半ばまでだったな?」

「このまま好天が続けば、歓待に要する費用の半分ぐらいは補いがつくかもしれませんな」

「各村も畑を増やしているから、国全体で見るならば、出て行く金子も辛うじて減る方向に向かっている。今年の収支を基礎として、来年を見越した数字も出しておくか。……侍も大勢増えたからなあ」

「ははっ。……しかしながら、殿」

「なんだ?」

「いつ都の船が大勢の民を乗せてくるか、分かったものではありませんからな。どの程度、新たに蔵の金子を積み上げたものかと」

「ああ、それは……」


 移民はそろそろ落ち着いて貰いたいものの、黒瀬隆盛の原動力でもある。


 もういらないとも、小分けしてくれとも言えず、黙り込んでしまった俺である。




 春漁に加えて歓待の準備と、忙しかった卯月があっという間に終わり、明けて皐月五月。


「機古屋守様御一行、無事、甲泊に到着されましてございます」


 戌薪の報告が、楔山の城に届いた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 細国の扱いのままだとしても 周辺取りまとめには成りそうよね ここは接待に奥様方パワーがひつようかな
[一言] 久々の武芸にも秀でたオバチャンならぬ、勲礼院様のご登場!! その目に一郎達はどう映るのか。 本当に楽しみです! しかし、お子様が5歳とは思わなかったです。 遅くに出来たお子様なんでしょうか…
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