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サカナじゃないけど出世魚  作者: 大橋和代
躍進編

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第百二十話「忙しき春」

第百二十話「忙しき春」


 さて、心のうちを語った喜一だったが、どうするのかと思えば、合い争う支配人格番頭に宛てて『黒瀬守様より、正式に御城御普請の名誉を賜った。当地に集え』と手紙を送り、黒瀬新城に呼び寄せた。


 半月ほどしてやってきたのは、喜一が紐付き(・・・)と断じた三人である。


 この間、喜一は新津に借りた長屋の一室に閉じこもっていたが、城の縄張り(配置図)を描き付けていたらしい。


 途中で意見を求められたこともあり、俺も既に見ていたが、絵図ながらなかなかに立派な城であった。


 ……でかい城と言えば、実際に起居した段坂の機古屋城や廃城同然だった帯山城あたりか、それを大きく通り越した三州公の三州美河(みかわ)城ぐらいしか思いつかず、そうとしか表現のしようがないのである。


「喜助、喜平、喜新。我が誉屋はこれなる黒瀬新城を御普請するが、天守、二の丸、石垣、大手門、櫓に蔵に庭に……各々の請負方(うけおいかた)、この喜一より落札してみせい。なお、落成後に順位を付ける故、ようよう気張れ!」


 最後の一言で、番頭らの目つきが変わった。


 喜一によれば、現場の割り振りが競られるのは一見不公平に見えるが、番頭各々の得手不得手、支店の規模や売り上げ、あるいは背後に見え隠れする()までを考慮すると、悪くない手だという。


 敵と断じた鉾屋に繋がる喜平に大事な部分の請負を競り落とされても大丈夫かと、少々不安も残るものの、魔妖はともかく、武州が攻めてくる時点でどのみち終わりだと気付き、後は喜一に任せることにした。




 ……実際には落成後、戌薪と兎党が隅々まで手を入れ、正面からの城攻めはともかく、三州屈指の忍城(しのびじょう)として裏の世界で知られていくのだが、それはまた別の話である。




 ▽▽▽




 時は少し遡る。


 春狩り後半、俺は再び新城東北の宿営地に戻っていた。


 築城は喜一任せだが、すぐに動き出すということもない。

 資材を集めて新城まで運ぶだけでも、一体どれだけ掛かるやら、である。


「こちらはどうだ、近次郎? 変わりないか?」

「はっ、狩りは順調、怪我人もほぼおらず、予定の区割り全てを狩り終え申した。お陰で成果は減る一方、獲物となる魔妖がもうおらんと嘆いておる始末でございます」

「そうか、ご苦労」

「ははっ」


 今は北と東を中心に、十人程度の小部隊を複数派遣、狩り残しがいないか確かめているらしい。


 大物にも出会わず、雨で出陣を中止した分を差し引いても、ほぼ予定通りに狩りを終えられたのですと、近次郎は胸を張った。


 狩った範囲は全ての方角に対し概ね二里から三里、新津、遠山も含めた周辺の安全は、一時的ながら確保できたと見ていいだろう。


 倒された這寄沼や居食い猿虎の後釜(・・)に大物が寄って来やしないか気になるが、こちらでどうこうしようもない。


「戌薪、そちらはどうだ?」

「北に送った物見が明日、東の奥が明後日、それぞれこちらに戻る算段。それまでは、こちらの宿営地を維持して戴きたく」

「分かった、それで頼む」


 御庭番衆はその脚力と忍術で、普通の物見が入り込めない魔妖の領域の奥深くの情報さえ持ち帰る。


 それは即ち、その距離と情報の分、黒瀬国の安全が確保されるとも言い換えられるのだ。


 待たないという選択肢はなかったし、御庭番衆のお陰で国が保たれている部分は大きい。


 現状では可能性が低いながら、悪い報せが運ばれてきた時、手元にまとまった戦力があるかどうかは、非常に重要だった。


 その物見の忍は無事帰着、これで春狩りも終わりかと、少し肩の力を抜く。


「北に六里。大物、大群れ、共に見ず。野伏せ桜、やたら多し」

「東に九里、同じく大物なし。小川を一つ、六里先に見つけました」

「そうか、ご苦労だった。十分に休んでくれ」

「ははっ!」


 正確な成果は源伍郎に任せた西面とも合算する必要があるが、今後ここには番所――見張り場を置くことにしていた。


 持ち込んだ道具や食料の幾らかと同時に、御庭番衆を含む十人ほどを残して引き上げの準備を行う。


「無理はするな。逃げて報せるのも仕事のうちと心得よ」

「ははっ!」


 井戸を備えるこの宿営地は、御庭番衆が行う深部探査の中継地としても重要だが、場合によっては新村開拓の候補となる可能性もあった。


 第一の新村は遠山と新城の間、第二は新城と新津の間が候補に上がっている。


 こちらは無論、黒瀬国が金子を出せねばならないわけで、落ち着いたらまた御仁原まで出稼ぎに行くかと、足軽らを労いつつ、俺も準備に加わった。




 ▽▽▽




 宿営地から引き上げた三月の月末、新城は活気に溢れていた。


「雨が降らねばもう半月、というところです」

「うん、こちらも見事なものだ」


 会所――新城町会所の寿助が自慢げに指差すのは、掘りかけの細い水路である。


 大勢が住む町にはやはり大量の水が必要と、寿助らは早期に断じていた。

 投入されている人数は百余名、長屋を建てる人手から半分を割き、こちらを優先したそうだ。


 遠山のお社で龍神様にお伺いを立て、榊殿から掘るべき場所の指示まで貰って来たという。


「その折、お城のお堀を広く深くせよと、御神託(おことば)を頂戴いたしまして」

「ん?」

「なんでも、ため池にもよいが、町の近くなら火難の際にも役立とうと」


 楔山の水路のように、まずは細いものでもいからとにかく通してしまい、後々ゆっくりと町の規模に合わせて幅を増やすらしい。


 無論、百人が一塊になって一ヶ所を掘るようなことはなく、五人一組で指示された場所を掘っていくそうだ。


「城の普請が始まれば、出稼ぎ人足がまた増えそうでして」

「ああ、競り合うんだったな」


 わずかに完成している長屋の他は、掘っ立て小屋と天幕が大半だったものの、町らしい雰囲気は既に出来始めていた。


 長屋の完成に加え、物売りなども増えていて、新津に居つく人々も二百に届きそうだと聞かされ、驚く。


「住処の余裕を見つつ、領国内より三人五人と引っ張っておりますが、近隣の出稼ぎ者もたまにやってまいります」

「殿の申された東下に金を回すという意味、我らもよくよく含んでおりますれば、はい」


 甲泊や近隣諸国からの出稼ぎについては、黒瀬を優先するのは当然だが、多少なりとも周辺の金回りがよくなれば、将来の布石にもなるだろう。


 まあ、しっかり働いてしっかり稼いで貰い、ついでに土産でも買って行って貰えれば……。


深押(ふかおし)守殿!?」

「おお、見つかってしもうたか! うおっほん、今の某は、出稼ぎに来ておる深押十人組の用心棒、大二郎(・・・)にて、よしなにな!」

「は、はあ……」


 継ぎのあたった袴に野良履き、流石に刀は二本差しだが、浪人者にしか見えない深押守が、通りの屋台で濁り酒の入った茶碗を手にして笑っている。


 深押国は浜通から見て西北、南香国のすぐ北にある。深押守とは先日の戦役以来だが、逢えば雑談ぐらいは交わしていた。


 まあ、うん。

 大名本人が出稼ぎに行くことについて、俺がとやかく言えるわけがない。


「あー……大二郎殿、隣はよろしいですか」

「おお、無論!」


 俺は大きなため息をついてから、隣に控えた戌薪や困惑する近二郎に頷いて、深押守の隣にどっかりと腰掛けた。


 供回りにも何か頼めと財布から幾らか渡し、女将に濁り酒とイカの一夜干しを頼む。


「……お国を空けても、大丈夫なのですか?」

「なに、深押は内陸国故な、冬から春はいつも出稼ぎよ」


 近隣は似たり寄ったりの経済状況なので、例年、少々遠方ながら大きな町――東津や草州の御木原(おぎはら)まで稼ぎに行っていたという。


 船賃や国許との距離、出稼ぎの間の生活費を考えれば、この黒瀬新城はかなりの好条件になるらしい。


「いいなあ、ここは」

「はい?」


 賑やかな通りを一瞥して、深押守は美味そうに茶碗の濁りを呷った。


「稼ぎの半分は溜め込むように言うておるが、皆に毎日、酒を飲ませてやれる」

「……はい」


 新城と新津は特別で、他の村はそこまで恵まれているわけじゃなかった。


 流石に毎日は無理である。


 ただ、兎党の蕎麦屋台、遠山の甘焼き、楔山の富禮売りなどが巡るようになって、数日に一度ぐらいは飲むことも出来るようになっていた。


 御仁原や新城への出稼ぎ、長屋を建てる大工の日当、例年よりも早く規模の大きな春漁……。


 うん、金は確かに回っているなと、俺も濁りを飲み干した。


 物売りは、代金を払わねば物を売らない。


「そう言えば黒瀬守、嫁を四人も貰うたらしいな?」

「ええ、はい」

「この新城を見せられては、抱えきれんだろうとからかいも出来ぬがな」


 地域格差を減らすことは、民心の慰撫に繋がる。


『噂話の聞き込みや、民人の様子を見ることも含め、これも我らが忍仕事の一つなれば』


 人の数が増えたので、ようやく本来の忍党らしい仕事を割り振れておりますと、戌薪は誇らしげに笑っていた。


 木を隠すなら森の中。

 人を隠すなら、さて……。


 これまでは民人の数が少なすぎて、潜り込みようがなかったらしい。


「明日の論功行賞、某も楽しみにしておるでな。もう取り立てる者は決めたのか?」

「いいえ。今晩、これから話し合います」


 東を任せた大将の近二郎が既に大方の数字を出し、人選も済んでいるものの、最終確認はお殿様の仕事なのである。


 無論、西面はまた別に、源伍郎の報告を聞いて軍議を開かねばならない。


 もうしばらくはこちらで稼ぎ、帰りに遠山の夢鹿庵を訪ねるつもりだと、深押守は最後の一滴まで茶碗の濁りを舐めてから、郎党を引き連れて通りを戻っていった。




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