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第百十八話「新城評定」

第百十八話「新城評定」


「え、殿!?」

「おう、急な戻りですまん」


 戌蒔、梅太郎ら数名のみを伴い、誉屋と黒松屋が相乗りで運航している栄福丸に便乗して黒瀬に戻った俺は、随分と驚かれた。


 春狩りの終わりまでは新城に滞在の予定だったから、これは仕方ない。


「あちらで何か、ございましたか?」

「相談事が持ち上がってな。ああ、新城もその先の宿営地も、皆のお陰で万全だ、安心してくれ」

「ははっ」


 皆の様子などを聞きつつ城に戻ると梅太郎を使いに出し、信且、戌薪らに加え、和子ら嫁さん、資子殿にも評定への参加を要請する。


 風の都合で新津を出たのが前日昼、到着が翌早朝のこととあって、皆、城中に居たのは幸いだ。


「急ぎ集まって貰ってすまん。実はな――」


 誉屋の申し出を話し、意見を聞く。


 一城の新築ともなれば、流石に皆、驚いていた様子だった。


「誉屋も思い切りましたな」

「ですわね」

「しかし、誉屋はそこまで大きゅうございましたかな? いや、この近隣では十分な大店(おおだな)かとは存じますが……」

五十間(ごじゅっけん)四方の大城、必要な金子はどれほどでしょうな?」


 あれこれと意見を聞きつつ、俺ももう一度、考えてみることにした。


 城下町の整備優先は変わらないにしても、城があれば緊急時の対応に余裕が出来ることは間違いない。


 今後の主戦場たる魔妖の領域に近いことも、好材料となるだろう。


「誉屋の主人喜一は、特に悪い噂を聞くような人物ではござらんが……」

「昔ながらの三州商人、という印象ですな」

「義理で帆掛けて人情の櫂を操り、商いの海を渡る、などと申します」

「勘内とも相通ずるものがありますな」


 しかし……近次郎と戌薪が頷いた御城御普請の名誉、これもまた真実ではあろうが、先日も尾花を献上されたばかりである。


 誉屋喜一の財布と気持ちは、さて、どちらに向いているのやら。

 疑ってかかるのも東下黒瀬の貧乏人根性、仕方あるまい、と言ってしまえばそれまでなのだが、上手い話には裏があっても不思議ではない。


 自分の金なら、あるいは都からのてこ入れならば躊躇わないが、借財を抱えるだけの結果が待っていないとも限らず、今ひとつ、誉屋が英断を下した理由にたどり着けていない気もしてしまうのだ。


 ただ……。 


「基本的には受けるべきかと、思っている」

「はい」

「ですな」


 黒瀬の財布には、城一つ建てる余裕など、どこにもない。

 

 そして新城の築城は、そこそこ喫緊の課題であると、俺達全員が受け止めていた。


「あの、殿」

「和子?」

「都にも報せを出されてみては?」

「……ああ、それもあったな」


 どちらにせよ、支援の礼状は送らなくてはならない。


 忘れていたわけではないのだが、春狩りの終了後、収穫でも持たせてこちらの充実振りを報告しておきたい気持ちもあった。


 返事が来るのは半年後だが、何も告げないよりはいいだろう。

 運がよければ更なる支援か、そうでなくとも何がしかの知恵ぐらいは届くはずだった。


「某も、東津の(あかね)党、美洲津の(はまぐり)党に配下を送りまする。……御仁原の鉾屋の件もあります故」

「うん。頼んだぞ、戌薪」

「承知」


 添島御仁原の武州鉾屋と大野屋ら三州商人の争いも、やはり気になる。


 今のところ黒瀬への直接的影響はないが、鉾屋は件の大店誉屋が霞むほどの豪商であり、早々に状況が落ち着いて欲しいところだった。


「ともかく、喜一、勘内が来たら、一度話をしてみるべきか」

「ですな」

「では、その心積もりをしておいてくれ」

「ははっ」


 それはそれとして。


「和子様、五十間四方ものお城であれば、三の丸ぐらいまで建てていただけるのでしょうか?」

「そうですわね。広いと皆が逃げ込んだ時にも暮らしやすくなるから、その方がいいのだけれど……」

「せめて、奥方様お一人に一つの間ぐらいは欲しゅうございますわね」

「いや、それよりも殿の御寝所を先にせねばならんと、某は考え申す。今は憚りがあるどころではござりませぬ」

「しかし新城周辺、楔山よりはたんと魔妖がおると聞きます。まずは防備を固めねば、安心してお住まい戴けぬかと」


 解散を告げて皆の顔を見やれば、それぞれに城の新築は楽しみでもあるようで、新たな城への思いを口々に話していた。 




 ▽▽▽




 城に戻れば戻ったで、無論、のんびり上げ膳据え膳とは行かない。


 多少は人が減ったお陰で、二の丸の客間を政務に宛がえるようになっていた。


 俺と信且が文机を前に悩み、梅太郎や犬薪、時に静子や資子殿が紙束を持って行き来する、いつもの天守広間の光景に近い。


「こちら、一昨日までの西面戦場(いくさば)覚書(おぼえがき)でございます」

「ご苦労」


 船が頻繁に行き来していることもあり、浜通や飛崎からの報せはほぼ二日に一度届いているという。


 さらっと流し見れば、下した群は一日に二つ三つと、昨年の春狩りに近い数字が並んでいた。


 春狩りもまだ序盤から中盤、今年の戦果が見えてきたとは言わないが、ここに主戦場たる東面の戦果が乗るわけだ。

 幾らかは黒松屋と誉屋に儲けさせてやらねばならないが、増えた侍の俸禄の補填ぐらいは十分期待できた。


「そうだ、信且」

「はい、殿?」

「新城はともかく、楔山城の縄張りは、どうしたものかな。……いや、手を付けられるのは相当先にならざるを得ないか」


 縄張り、つまりは再開発の計画だが、手狭な楔山城も手を入れてやれば、それなりの城になるだろう。


 ……ほぼ新築の上、町衆を守る城壁にこそ気を遣わねば、何の為の再開発か分からなくなるか。 


 以前、水路の堤を築いた時に、あちらは里山こちらは畑、などと皆であれこれ口にした覚えもあるが、既に状況が二転三転、当時百二十人だった人口が今や二千に(なんな)んとする勢いだった。


「しばらくは、お忘れになられてよいのでは? あれもこれもでは、流石に手が回りませぬぞ」

「……そうだな、すまん」


 信且の手元は各集落から上がってくる春漁の集計を書き付けていたが、一旦まとまったのか、御検分願いますると俺の方に差し出される。


「随分と数字が……。これでは、比較して検討するわけにもいかないな」

「はっ。楔山も例年ならば狩りの最中(さなか)で漁に船を出せぬところ、雇い入れた都人、いやさ、民人(たみびと)のお陰で、毎日二艘を沖に出せまする。これもまた、新たな躍進かと」

「うん、ありがたいことだな」


 去年はもちろん、船頭も水主も春狩りに掛かりきりで、春狩りの終わりが春漁の始まりとなっていた。


 だが今は、その人手を的確に回さねば、破綻するのである。


 以前と現状の労働力割り当てを比較すれば、俺にもわかり易い。


 昨年ならば、俺や忍を含めた主たる働き手の男達約四十人のうち、三十が春狩りに投入され、残りで日常業務を回していた。船は出せず、春狩りの最中は休漁だ。


 今年は二百が戦場に向かい、二百が各地で普請を行い、残る二百余のうち、百が漁師仕事、五十が農業や林業で、残りは職人や商人(・・)としてほぼ自活している。

 もちろん女衆も、畑や海産品の加工に忙しい。


 後から気づいたが、兼業ながら黒瀬商人は意外と多いのだ。


 海際の集落で獲れた魚介を、新城や遠山で売り歩く漁師。


 黒松屋に半ば雇われるようにして、届いた酒や小物を売る都出身の行商。


 あるいは、遠山の甘焼き売り、楔山の変わり天ぷら――富禮(フライ)売り。


 夫が作った道具を売る妻も、広い意味ではこちらに数えていいだろう。


「……そうだな」

「殿?」

「多少不都合があろうが、やはり、城は建てて貰わないと、詰むな」

「ははっ」


 先年あった段坂帯山への魔妖襲来、あの戦に耐える城はやはり必要だと、結論せざるを得ない。


 黒瀬は魔妖跳梁域の最東端に位置しており、数年から十数年に一度は、魔妖との戦役を覚悟しておかなくてはならなかった。


 必ずこちらに来るとは限らないが、確率の問題だからと高を括り手配を怠っては、全てが無に帰すだろう。


「殿!」

「どうした、梅太郎?」

「黒松屋と誉屋が、揃ってご機嫌伺いに参りました。如何致しましょう?」


 信且と顔を見合わせるも、場所はここ、二の丸の客間しかない。


「梅太郎、資子殿に茶を頼んでくれ」

「畏まりました!」


 俺は政務の片づけを命じ、来客を迎える為、袴を取りに行った。


 しかし、このタイミングで……いや、俺が新城の陣幕にいたことは、二人も知っていたはずだ。


 御城御普請の申し出を先に送り、新城に向かうなら、丁度いい頃合だっただろう。

 だが寄港した楔山に、たまたま俺が戻っていたというあたりか。


 楔山城下には黒松屋の小さな支店があり、春狩りだけでなく前倒しした春漁の成果、あるいは職人が踏ん張っている遠山の好景気もあって、行きに雑穀や雑貨を積み、帰りに干鰯(ほしか)の詰まった俵や陶器、木工品をたんと載せて行く甲泊と新津を結ぶ船便は、昨今、欠かせないものとなっていた。


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