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第百十六話「二年目の充実」

第百十六話「二年目の充実」


 春狩り開始、六日目。


「やあああ!!」

「団三郎、見事!」


 新城での狩りは、順調な滑り出しを見せていた。


 足軽大将に指名した近次郎の采配の元、東備大将に剣豪倉本験三郎を置いて東方を、同じく西備大将に元衛士北御室正邦を置いて北方を各々任せ、二部隊八十余名を交替でやりくりしている。


「見張りは勝太郎の組に任せる!」

「ははっ! 皆、散れ!」

「他の者は鬼を集め角を切れ!」

「護摩木の用意をせよ!」


 昨日は西、今日は東に同行しているが、両備ともにしっかり『組織』として動いており、俺が手を出すまでもなかった。


 城の新築を決めた頃から物見は出していたが、これまでのところ大物は見つからず、戦力過多かと思わないでもない。

 いや、これまで三十人で回していた狩りに、五倍以上の人手を投入しているのだから当然か。


 だが、今後は徐々に奥地へと入る予定で、今の内に兵を慣れさせる意味合いもあった。余裕はあるが油断は禁物である。


 俺はと言えば、総本陣として戌蒔と梅太郎を従え、戦う(つわもの)どもを督戦していた。


 まあ、名目は督戦だが、実質は万が一の際の予備兵力である。


「皆、気合が入ってるな。いい緊張感を保っている」

「はっ」


 手を出さないのにはもう一つ意味があって、手柄が褒賞に直結する兵らの邪魔をしないよう、自重しているのだ。


 事あらば率先して動けるよう、尾花は抜き身で手にしているが、基本は泰然と構えて戦場を冷静に見渡し、必要があれば指示を出すのが仕事である。


「しかし、こちらはやはり、御仁原に比べて群一つあたりの数が多いですな」

「だなあ」


 これまでは全軍と言えども人数が少なすぎて、俺自身も戦力として数えざるを得なかったが、今は総大将として戦に望まねば、部隊が混乱することになりかねなかった。


 それ以外にも、新城方面に投入されているのは浪人、つまりは戦いの経験を少なからず持ち、己の腕っ節で食える自信を持つ者達でもあったから、小鬼や疾鬼程度では動じない。


「だがやはり、戦力過多かな? 這寄沼(はいよりぬま)や居食い猿虎のような奴がいるかと警戒していたが……。いや、油断は禁物か」

「奥地に()ってよりが本番、とは申しますものの、物見より、小鬼の群は多いものの、大物の気配なしと報告が上がってございます」

「……今年は楽に済ませたいものだな。流石に這寄沼はもう勘弁だ」

「……はっ」


 御仁原まで含めれば三方面、二百人の軍隊とはそういうものなのだと、今更ながらに気が付いた俺だった。




「殿、近次郎様、お帰りなさいませ!」

「ご苦労、迅吉」

「今日もいい稼ぎであったぞ!」

「ははっ!」


 新城の陣幕に帰還すれば、こちらの留守居を任されている氷田一党の迅吉――新たに家名を許された凍田(とうだ)迅吉が、俺達を迎えてくれる。


 人足らも多いので、甲泊の港なみに賑やかだ。


「おう、皆の衆はこちらに並んでくれ!! 五十吉(いそきち)!」

「今日の給金じゃ! 行儀よう一列に頼むぞ!」


 まずは雇われ浪人らに給金を配るのだが、名を書き入れた帳面が用意されていて、記帳と引き替えに日当が手渡されるシステムになっていた。


京南(きょうなん)浪人、西山安大(やすひろ)!」

「ご苦労!」


 貰ったそばから、屋台に向かう浪人達である。


 銀一匁、八十文なら、半分を貯め込んでもそれなりに飲み食いができた。


「葛餅、くずーもちー、水飴黄粉のくずーもーちー!」

「遠山甘焼き、遠山甘焼き、ほぉーい! ほぉーい!」


 他にも蕎麦や天麩羅の屋台、酒売りなどがいて、そちらも賑わっている。


 また、飯の用意とは別に石組み炉が幾つか作られ、暖をとるもよし、竹に酒を入れて燗するもよし、魚売りから買った干物を焼くのもよしと、くつろぐ場にもなっていた。


「殿、準備が整いました!」

「おう。梅太郎、尾花を頼む」

「はいっ!」


 さて、俺自身に出番はないが、帰着してからは手合わせを望まれる。


 新城の陣幕では、腕を披露して殿のお覚えがめでたくなれば、足軽に取り立てられるというような噂が流れていた。


「いざ!」

「おう!」


 我も我もと手合わせに来る人数が余りにも多いので、一日十戦まで、一度挑戦したら最低三日は間を空けるようにしている。


 但し、流れる噂そのものは、肯定も否定もしていない。

 本当に腕のいい浪人が見つかったなら、取り立てるつもりでもあった。


「それまで!」

「う、参りました……」

「もう一歩二歩、踏み込みがよければ俺の方が危なかったかもな。次回に期待しているぞ」

「ははっ!」


 膝をついた浪人に手を貸してやりながら、さて次はと、審判役の戌蒔に目で合図する。


 丁度いい娯楽になっているのか、夕飯前のその時間、城跡の一角には人だかりが出来るようになっていた。


「殿の仰るように、踏み込みは大事だ。良き踏み込みにて、力も早さも乗る。しかし、それにばかり気を取られても、切っ先が明後日を向く故、体に覚え込ませるのが常道であるな」

「なるほど……」

「某も子供の時分、師範代殿からようお叱りを(もろ)うたものだ。……鍛錬あるのみよ」


 近次郎などは、見取り稽古と称して手勢や浪人を相手に、あれやこれやと論評していた。


 飯の後や休憩日には、流派入り乱れた青空道場が開かれていて、交流の場にもなっているそうだ。


 各々の得物も統一性はなく、刀や槍だけでなく、野太刀に薙刀、(まさかり)と、バラエティに富んでいる。


「次! 十人目!」

大前田(おおまえだ)流槍術、寒州浪人、永坂恒盛(つねもり)! 一手、お頼み申す!」

「ほう、槍の使い手か。……よし、いつでも!」

「参る!」


 広い野外の場合、刀と槍ではそのリーチの差から、槍が有利と言われている。


 無論、各々の腕前、物の善し悪しなど、条件次第で簡単に覆る差だが、雑兵に槍を持たせることが多い理由の一つでもあった。


「……ぬん!」

「おっと!」


 どこから仕掛けるか考えていたところに、間合いの外からびゅんと槍が飛んできたので、身体を捻る。


 踏み込みと突きの速度は、東備の副将槍使い源田義助を上回るだろう。


 だが、惜しかった。


 必殺の筈はずの突きがかわされて慌てたのか、二の槍に繋げる動きがなっていない。


 俺は引き戻される槍に合わせて恒盛に詰め寄り、木刀の先を首元に当てた。


「それまで!」

「む、無念……。参りました!」

「初手の突きはかなりよかったぞ、恒盛」

「ははっ!」


 恒盛の腕は、悪くない。

 手合わせで実際に見た体捌きや、人物調帳(しらべちょう)――御庭番衆の報告から考えれば、平均的と見ていいだろう。


 しかし申し訳ないことに、黒瀬の国力ではそろそろ召し抱える人数を制限する必要が出てきていた。


 贅沢な悩みだなと嘆息してみたものの、根本的な問題の解消には新城の発展を待たなければならない。


 出稼ぎは当然ながら一時しのぎであり、寄りかかってはならないのだ。


「十番勝負、本日はこれにて打ち止めにござる! 一同、礼!」


 皆で一礼して解散すれば、そろそろ飯の時間となる。


 あれやこれやと口々に武を語りつつ、陣幕へと向かう。


「やはり殿はお強いのう!」

「あの身のこなしにあの体躯、勝てる気がせぬ……」

「殿、手ぬぐいをお持ちいたしました!」

「おう、梅太郎、すまん」


 小袖を半脱ぎにして、汗を拭う。


 戦地にて当然ながら風呂はないが、川もないので水浴びもできない。

 休憩日に新津の町まで行く者も多かった。


 井戸は幾つか見つかっていたが、今のところ整備が終わっているのは一つきりで、北東に流れる川か、あるいは遠山の上流から水を引く話も持ち上がっている。


 数千人程度の『飲み水』には十分だが、生活用水の必要量となると、千人でもきつい。


 近日中に計画を練ってから、フローラ様にお伺いを立てる予定だった。


「お殿様、お帰りなさいまし!」

「今日はこちらか、小吉?」

「はい、昨日の船で材木が届きましたので、今日は三度も往復いたしました」


 黒松屋の小吉は、新津に届く荷と新城の町割りを同時に差配していて、俺とは比較にならぬほど忙しい。


「飯がまだなら一緒にどうだ?」

「はい、ありがたくご相伴に預かります!」


 戌蒔に近次郎、両備の大将副将ら主要な幹部も誘い、本陣の前に筵を広げてそこに車座を作る。


 本日の献立は、炊き立てでまだ熱い雑穀飯に鯵の焼き物、小海老の味噌汁、そこに東下菜の漬け物が添えられ、濁り酒がついていた。


 飯は朝炊いて夕方は冷や飯を食うのがこちらの普通だが、この人数であれば夕方にも炊いて暖を取るという選択肢もある。


「数日中には長屋の棟上げにこぎ着けられそうで、はい」

「そうか、こちらも負けてはおられんな」

「はっ」


 夕餉の時間は、楔山よりも幾分早く、まだ外は十分に明るい。


 灯りの都合もあるが、配食人数が人足も含めて二百人近いので、片付けにも翌朝の準備にも時間が必要で、それに合わせてあった。


「明日からは奥地に陣を張るが、験三郎や正邦には、特に注意して欲しいことがある」

「と、申されますと?」

「こちらの誰かから聞いているかもしれないが、対処のしようがない大物と出くわす可能性も、なくはない。その時は何もかも放りだして、一目散に逃げていい。他の誰かに笑われようと、構うな。俺が許す」

夜魔猿(やまざる)や野伏せ桜はともかく、這寄沼は殿でさえ命を危うくされたほどの大物。……見事退治なされたが、この世に一匹とは限らぬ」

「春の狩りは重視しているが、適度に儲けて、危なくなれば逃げを打つ、それでいいんだ」

「肝に銘じておきます」

「……はっ」


 命あっての物種、本当に無理をする必要はない。


 その上で、万が一大物に出くわしたならば、十分な対処――全軍を新城に召集して防備を固め、俺も姫守正道を手に、万全の体制で迎え撃てばいいだけのこと。


 御庭番衆には負担を掛けるが、存在するかどうかも分からないながら、出くわせば大事となってしまうだけに、物見には結構な人数を投入していた。


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