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第百十三話「吉日」

第百十三話「吉日」


 如月二月の半ば。


 都から来た人々の生活が落ち着いたとはまだ言えないが、俺は婚儀の日を迎えた。


「ようよう晴れておりますな」

「空が高うございます」

「うん、気も引き締まるな」


 家老信且と右筆梅太郎を従え、嫁入り行列の到着を待つ。


 今日の婚儀に合わせ、無理を言って天守の広間と、二の丸の客間を空けていた。


 新城への出稼ぎ第二陣募集で領内各村の都人が僅かづつ減ったところに、楔山に寄宿していた者を分散、どうにか形を整えている。


 いっそ延期するかとも考えたが、それはそれでまた、春狩りの時期が近づいており都合も悪い。


「見えて参りました!」

「片寄れー! 片寄れー!」


 先頭、露払いの源五郎が飾り鞘を付けた大槍を高く掲げ、城門に現れた。


 この日のために用意された竹細工の鶴亀や、行李の親玉のようにも見える長持(ながもち)箪笥、松浦家の家紋である二重丸(ふたえのまる)――◎の入った提灯に続いて、嫁入り道具というには見慣れすぎた行李やら箪笥やら桶やらを持った水主衆が、わいのわいのと庭を埋め尽くしていく。


「それ目出度や!」

「やれ目出度や!」


 これがまあ、多いこと。


 真新しい箒や熊手(くまで)を、まるで指物(さしもの)のように掲げた子供達まで混じっていた。


 嫁さん達は、その後ろだ。


 水主衆や御庭番衆が担ぐ竹製の輿(こし)に乗り、女房らに付き添われている。


 先頭の和子とそれに続く静子が平安装束で、いかにも公家の娘らしく、表情を保っていた。


 その後ろ、アンはウェディングドレスで笑顔を振りまき、白無垢の朝霧は注目されることに慣れぬのか、照れた様子で俯いている。


「それ目出度や!」

「やれ目出度や!」


 流石に領国内全てを回ってその晴れ姿を見せて回るような無茶は……準備段階では議論されていたが、現状はそれを許してくれぬという話に落ち着いている。


 ちなみに行列の出発場所は城下の長屋であり、申し訳ないながらも支度部屋として一部屋借り上げていた。




 ▽▽▽




 嫁入り道具は天守大広間にそれらしく配置され、嫁さん達は付き添いの女房が代理の挨拶を献じて、二の丸へと連れていった。


 一応、『昼の部』はこれにて終了である。


「お殿様、おめでとうございます!」

「うん、ありがとうな!」


 準備段階では議論も混乱も多かったと後から聞いたが、儀式的というかしきたりというか、『まだ夫婦じゃない』という事が強調される場面が多々あるのだ。


 しかも、武家の流儀を基本としながらも、東下風に端折られている部分も多く、そこに女房衆の努力と暴走によって都の公家の様式が融合し、何が本来の形か分からなくなっている。


 おまけに時代も混交しており、アンに至ってはドレス姿、それこそ現代日本の和式洋式ごちゃまぜの結婚式に近いかもしれない。


 ある意味、オンリーワンならこれもいい思い出かと、庭に集った皆に手を振り返す。


「おう、祝いの餅はこっちじゃ! 並べ並べ!」

「さあさ、一献どうぞ」


 行列を手伝ってくれた皆には、酒を振る舞って祝いの餅を持たせたが、城下の村では、もう宴会の準備が始まっているはずだった。


 今頃は領内各所でも、似たような騒ぎになっているだろう。


 今日のところは新城の工事も休みで、炊き出しにも酒が付き、豪華にすると聞いている。


 俺は顔を出すわけには行かないが、ここしばらくは忙しかったし、これからも忙しい。

 大名家の慶事なんて、休みの口実には丁度いいのだ。


「さあ皆、祝言の用意を!」

「はい、資子さま!」


 ……代わりに、城の内向きはこれ以上なく忙しいのだが、本日の主役であり、同時に殿様でもある俺は、手伝ってはいけなかった。


 俺に与えられたのは、二の丸の縁側でひっそりと置物になる仕事だ。


 ぱりっとした裃は、慣れない俺が下手に動くと着崩れるので書き物仕事さえも出来ず、余所で何かしようにも随員も動くので他の雑事もこなせないのである。




 夕方になり、今度は『夜の部』、祝言が始まった。


 今度は二の丸の客間にて、俺の介添え役を引き受けてくれた信且ともに、花嫁達を待ち構える。


 城内で唯一の床の間には、都人に混じっていた絵師、山羽(やまは)行雲(こううん)より届けられた『吉祥松竹梅図』と、昼にも嫁入り行列の先頭にあった鶴亀の置物が飾られ、儀式――三献(さんこん)の儀の用意が調えられていた。


「……」


 大きな大名家であれば、足かけ三日間に渡って婚姻の儀式が続くそうだが、村の庄屋と大して変わらない東下の大名家では、一日で済まされる。


 大名家の家格に合わせた差を付けることで、大国や上国の権威をより高める意味もあるが、実際問題として細国では懐の余裕がなかった。


 また、披露宴という言葉こそないものの、祝いの宴席は少し時間を置き、春狩りの直前に行うこととしている。


 こちらは気楽な宴……とはいうものの、領内の主要な役持ちを全員集めることになるわけで、やはり大変だった。


「失礼いたします、ご用意が調いましてございます」

「殿」

「うん」


 板造りの戸襖(とぶすま)が開かれ、介添えの女房に手を引かれた和子、静子、アン、朝霧が順に入ってくる。


 続いて三献の儀――三三九度に使う大中小の朱塗りの酒杯や、酒を入れた一対の銚子を捧げ持った女房が続く。


 これらの道具は、黒瀬攻略が結婚と一括りであったことから、俺が都を出る時に持たされていた。


 一年少々、大事にしまわれていたわけで、申し訳なく思う気分もある。


「……」


 まず、和子が俺の隣に来た。


 互いに小さく礼を交わすと、一の杯が俺に手渡される。


 誰も言葉を掛けないが、手順は幾度も教えられていた。


 小さな一の杯は新郎、新婦、新郎、中の二の杯は逆に新婦、新郎、新婦、最後の大、三の杯はまた新郎、新婦、新郎が順にいただく。


 これは俺の知る三三九度とあまり変わらないように思うが、正式な出陣式などでも、この三献の儀は行われるという。


 出陣式の場合は総大将の俺一人だが、打ち(あわび)、勝ち栗、よろ昆布と、三品を用意せねばならず、当面は行われないか。


 この三品のうちの打ち鮑は、その飾り付けから熨斗鮑(のしあわび)とも言われるが、鮑を産する北の海から取り寄せねばならず、東下では手に入らないそうだ。


 乾物なのだから保存も利くし流通にも乗せやすいだろうにと思うが、熨斗鮑は生活必需品ではなく、贅沢品である。


 まあ、売り手の方も、商売相手にわざわざ貧乏な地域を選ぶこともなかった。だからこそ東下を素通りして、より高く売れる美洲津や都へと流れるわけだと、納得するしかない。

 

 和子が終われば静子、そしてアン、朝霧と、四度の三献の儀を繰り返し、無事『夜の部』は終了した。


 本来ならば、如何に東下と言えども両家の両親のからむその他の儀式を無視したりはしないが、この場に呼べるはずもなく、省略されている。


「皆様、お疲れさまでございました」

「資子殿らもお疲れさまです。信且も、ありがとう」

「東下一の大婚にて介添え役を頂戴するなど、これまた誉れなれば、ありがたき幸せにござります!」


 女房達が茶を入れてくれたので相好を崩し、ふと、嫁さん達の顔を見る。


 ……彼女達の人生、守りきってみせるしかないのだが、この婚姻の儀式は、俺にその覚悟があるのかと問う場でもあった。


 だが、それらにばかり気持ちと時間を割けないのも、国主のつらいところである。


 明日は遠山の神社へ参拝、明後日からは新城のてこ入れと平行して、春狩りの準備もそろそろはじめたかった。


 しかしこれらの差配もまた、彼女達を守る手だて、その一つであり、疎かには出来ない。


「一郎?」

「どうかされましたか?」

「お疲れですか?」

「いや、うん。……今日からは四人とも、俺の嫁さん達なんだなと、気持ちを新たにしていたんだ」

「ふふ、頑張って下さいましね、旦那様」


 ちなみに本日は、この二の丸の客間に五組の寝床が用意される。


 静子以外との子作りは延期と先に宣言してあるが……それはそれとして、話をしながら寝るぐらいは、誰に憚ることはなかった。


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