第百九話「町割と会所」
第百九話「町割と会所」
「鉾屋については、伝をあたっております。もうしばらくお待ちを」
「ああ、頼む」
勘内、喜一を誘い、二の丸の客間に移って茶を飲みながら向かい合う。
喜一は予定外だが、秘密の話をするわけではないから、構わなかった。
「さて、勘内。遠山の北に廃城があるのは伝えていたかな?」
「はい、伺っております。……もしや、居城を移されるのですか?」
「うん。抜き差しならない状況になってしまってな。町ごと作ることにした」
喜一にも黒瀬領内の状況を教え、近日中に一千の民がこちらにやってくることを伝えると、流石に驚いた様子だった。
しかしそれも一瞬のことで、喜一と顔を見合わせ、如何にも心得ましたという風に頷かれる。
「して、その町開きの機会を、手前共にお与え下さると?」
「ああ、いや。話を聞いてくれると嬉しいが、喜一の同席が丁度いいからと、金を無心してるわけでもなくてな」
「……は?」
「喜一ぐらいの大店だとそのような話も多かろうが、細国の黒瀬と去年暖簾を掲げたばかりの勘内だぞ。どちらもまだ、大名や商人としてはよちよち歩きの子供同然、小さな小石で躓いても不思議じゃない。町開きに城の新築なんて大事業、慎重にならざるを得ないんだ」
楽にしてくれと、煙草盆を勧め、俺も茶に添えられたスルメを手に取った。
新たな町の建設は商人にとっても花であり、小さな村とは違い、大名が商人を集めて話を煽るのが通例だ。
その原動力が商人になるのは当然だが、費用も莫大なら、必ず成功するとも限らず、立地、規模、商圏の人口、大名の派閥や羽振り……商人も算盤を弾いてから答えを出す。
黒瀬も無論、勘内や喜一ら商人から金を出して貰えれば楽に町を建設出来るが、これでなかなか、匙加減が難しい。
将来を見越せば町の収入も見込めるが、勘内が中小の商人なら、黒瀬もまだまだ細国で、利益が出る時期まで体力が持たないのである。
町が育つのには村以上に時間が掛かり、それに伴って商人の持ち出しも大きくならざるを得ず、今勘内に無理をさせれば、共倒れになる可能性さえあった。
たとえば、勘内が資金を融通してくれるなら開発は進むが、今度は勘内の店の成長が遅れる。投資した金の回収には、数十年掛かるとまで言われていた。
俺としては現状、店を出してくれているだけでも相当にありがたい。
無論、城も町も領民も大事だが、勘内は転ばぬ先の杖としての重要性も無視できず、ここで無理をさせるという札は切れないし、勘内の店が大きくなれば、それだけ黒瀬も利を得るのが早くなり、結果として町も無理なく大きくなる。
そんな話をすれば、喜一は少し考える顔になった。
「……実際は無理のし過ぎもいいところなんだが、幸い、今の黒瀬の懐具合で、最低限は何とかなるだろうという見込みはある。だからこそ、国の命を繋ぐかもしれない一札は切れないんだ」
「いえ、感服いたしました。うむむ、これが両得の神髄でございますか。しかしながら、目の前にある小利を流し、将来の大利を待つのは、分かっていても難しゅうございます。よくご決断なされましたな」
「そんな大層なものでもないんだが、まあ、あれだ、勘内の店が大きくなれば自然と運上も増えるし、俺だって運上は大きい方がありがたい、ってだけの話だ」
「なるほど、勘内に儲けさせることで、黒瀬国も富む。道理でございますな」
「うん。……それはともかくだ、尾花の礼になるかは分からないが、今なら都合のいい場所も押さえられるぞ、という話をしておこうかと思ったんだ。まあ、数年は店の代わりに長屋でも建てて貸す方が損もないだろうが、喜一も遠慮はいらないぞ」
単に町を開くなら、港のある新津の方が断然楽だった。
しかし、城の基礎となる石垣がそのまま使える点は、手狭な楔山の代わりとしたい俺の都合の他、魔妖に対する拠点――『戦う城』として使う可能性も考慮している。……流石に対武州の備えという話まではしなかったが、勘内には通じているだろう。
「そのうち、近くに村も作るつもりだ。遠山だけでは、どう頑張っても領国内で消費する穀物や野菜を支えきれない。結局は余所から買うことになって、また出ていく金が増えてしまう」
農産物を大量に『輸出』出来るぐらい遠山の開発を押し進めてもよかったが、一気に来る人数が多すぎる。
当面は新城の開拓と町割に専念するが、町に八、新たな農村に二、そのぐらいの振り分けでどうかと、仮の案は用意していた。
「黒瀬守様、今少し、返答に時間を頂戴したく思いますが……」
「ああ、構わない。道が通じるのに、まだ半月やそこらは掛かるはず。その後は逃げ込み先になる陣を作るから、実際の町割に手を付けるのは更にその後になるな」
俺は信且に、町割の素案を二人に見せるよう申しつけた。
「そうだ二人とも、町割を見て疑問に思ったら、遠慮なく口にしていいぞ」
「何ですと!?」
「殿、それは……」
「俺や信且、戌蒔だと、どうしても戦のこと、城のことを先に考えてしまうからな。商人として、実際に町暮らしをしている二人の意見は、取り入れた方がいいだろう。……その提案が、勘内や喜一を利する町割であっても、一考の価値はある」
「……そこまでご承知でいらっしゃいますのならば、回りくどいことをせず、手前共に町を作れとお命じになられて宜しいのでは?」
不思議そうな喜一に、それが出来ない理由を話す。
「こちらに流れてくるのは浪人や村を潰された民で、こちらが世話してやらねば野垂れ死んでも不思議じゃない。つまりは、儲け話だとはとても思えないんだが、それを他人に勧めるのは、どうもなあ……。まだ勘内からの信頼を買う方が、損しないだろう?」
「黒瀬守様は、義理難くあられますな」
なに、共倒れが恐いだけだと笑い飛ばし、俺は信且に後を任せて客間を出た。
▽▽▽
だがその日の内に、町割の下絵は一変していた。
夕餉の後、戌蒔らも呼んで小さな酒席を設けたのだが……。
いっそ露骨にやってしまえと俺が口にしただけあって、町割には大胆すぎる改変が為されていた。
「町割については、都を参考に致しました。また、戦う為の城とも仰られておりました故、町と城を分けるが宜しかろうと、案を出させていただきました」
「ほう……」
最初、信且らと考えていたのは、城があってその周囲に町という至って普通の城下町だった。奇をてらってもしょうがないし、まずはこちらに来る千人の受け入れが目的だ。
ところがこの絵図では城が独立しており、その西に、少し距離を離して町がある。
その町も、碁盤の目……というには大きすぎる通りが小さな町を隔て、都の縮小版とでもいうべき町割になっていた。
城寄りの幾つかは大きく取られ武家屋敷に、その他の方向に、町人の『町』がある。
ついでに北から東にかけて幾つか矢印が描かれ、見張り所を作るべき位置についても戌蒔の字で書き入れてあった。
「町を西にしたのは魔妖対策か?」
「それもございますが、こちらの方が起伏が少ないと、松下様よりお伺いいたしました。また、多少なりとも川が近ければ、井戸も水の出が良いかと」
「なるほどな。しかし、通りが広すぎないか? 絵図には十間と書いてあるが……」
十間といえば十八メートル、片側二車線計四車線の国道に近い。
その大きな通りが、幾つかの区画を分かりやすく割っていた。
「都の大路を参考に致しましたが、火事の延焼を防ぐものでございます。ですが、大荷物を乗せた荷車の行き来にも丁度よいので取り入れました」
「ああ、それは分かるかな……」
楔山でも荷車は使うが、城への坂道は特に狭く、上り優先の約束事があった。
「信且、戌蒔。……どうだ?」
「ははっ、城を離す勘内の案、良きことかと存じます」
「某も賛成致します」
「うん、いいだろう。良い知恵をくれたな、勘内、喜一」
「いえ、お認め戴き、ありがとうございます!」
まあ、多少暴走したところで構うまい。
実際、大路の防火機能については、重要なことながら思いつかなかった。
「それからですな、黒瀬守様」
「どうした?」
「やはり多少は出させていただかねば、商人の名折れ。さし当たっては、小町の一つでも、手前共二人に各々任せていただけませぬか?」
「ご家老様とも相談させていただきましたが、具体的には……黒瀬守様のお言葉通り、長屋を並べてみようかと考えております」
「それは助かるが……」
「黒瀬守様は儲からぬと申されましたが、手前と勘内、これは儲け話と見ておりますぞ」
「ん?」
笑顔の喜一が言うには、小町――区画一つの差配とはいえ、全く儲からぬというわけでもないそうで……。
勘内も頷いているが、懐は大丈夫なのだろうか?
「百人の村には百人の、千人の町には千人に合わせた商いというものがございますれば、万事お任せくだされませ」
「無論、無理は致しませぬ」
「……むう」
「殿」
「どうした、信且?」
「二人と町割について話しながら考えておったのですが、先に会所を組織させ、一任しては如何かと。後々は、甲泊のように代官か町奉行を置かねばならぬでしょうが、その……」
「ん?」
「憚りながら、町開きの差配を任せられる者が、黒瀬にはおりませぬ」
新城に関しては、俺、信且、戌蒔で無理に回しているが、国主の俺と家老の信且には他の仕事も多く、戌蒔にも御庭番衆に加え、兎党のあれこれもある。
信且の言葉も、もっともであった。




