第百八話「秋草七刀と三方千両得」
第百八話「秋草七刀と三方千両得」
「いっせいの、せ!」
「よっと!」
一千の民を迎え入れる無茶は、今更何故とは言うまいが、考えてばかりもいられない。
ともかく、出来ることから手を付けねば、本気で国が潰れる。
幸い、忙しくなる春先にはまだ遠い。
武装して周囲を見回る組、道幅に棒を立てる組、盛り土を運ぶ組、道の補強に木を切り出す組……。
各村の若い衆を中心に、合算して総勢二十名を投入、新津から北に道を延ばしていくことにした。
御仁原御札衆に四十名弱を出した上で、この人数が無理なく集められる今の黒瀬は、本当に大した国になったなと自画自賛する。
「おーい、飯が届いたぞ!」
「よし、物見は交替、組ごとに集まれ!」
今日の昼は、新津から届いた握り飯と、現場で作った魚介の味噌汁だ。
日当は一人に銀一匁、麦米半々の握り飯は新津の女衆を雇い、こちらで用意している。
甲泊で新たに手引きの荷車や農具工具などを購入したお陰で、初期投資には百両もかかっていた。今も日当その他が嵩み、日に一両は消えていく。
……人数が一気に増える都船の到着後が、恐い。
「殿、どうぞ!」
「おう、すまん」
半分ぐらいの者は、握り飯を汁碗に入れて雑炊風にしている。残りの者は、その辺で拾った棒を削って刺し、焼きおにぎりにして頬ばっていた。
その顔を見比べ、これも地域の好みなのかもしれないと気付く。
新津、遠山の者は雑炊、東下育ちの者は焼きおにぎり派が多かった。
そう言えば、混ぜご飯はあるが、炊き込みご飯はこっちに来てから出されたことがないなと思い出す。
ついでに、丼の類も見かけない。……いや、丼は贅沢品になるか。
「む!?」
「新城から人が来るぞ!」
「あれは、御庭番衆のどなたかですな」
見回りに出ていた忍から異常なしの報告を受け、彼らにも飯を勧める。
俺が新たな町の中心と決めた廃城には、名前がなかった。
元の地名や城、陣屋の名は不明で、これは仕方がない。無論、都であれば記録も残っているのだろうが、調べる労力を考えるまでもなく無駄だろう。
『良い名を名付けて、気分だけでも……とは思うが、あまりに仰々しいのもな』
『ははっ』
色々話し合い、由来は楔山城を造営されたという武良親王殿下より、良の一字を頂戴する……としたまではいいが、『ら』『りょう』『よし』、どうにも他の字と重ねると、読みの据わりが悪くなる。
だからと武の字を借りる気は、まったくなかった。『武』は武州にも通じるから、俺にとっては縁起が悪い。
『誰か、いい知恵は持たないか?』
『殿もご一緒にお考えくださいませ』
しばらくは、ああでもないこうでもないと、議論にもなっていない議論が続いたのだが……。
『殿、新城の縄張りについて、報告が上がっております!』
『新城への道なのですが、中間となる一里に小屋でも設けては如何でありましょうか?』
最初は新しい城とのことで、仮に『新城』と呼んでいたのだが、そちらで定着してしまった。
まあ、名付けの由来としても、新の字はめでたく、悪くない。
新城という地名は、新町、新田と並び、あちこちにあるらしく、他所から呼ばれる場合には、黒瀬新城と呼ばれることになるだろう。
▽▽▽
先に道を作り始めたが、町割も廃城の整備も、下絵だけは作っておかねばならない。
廃城にまずは避難所としての機能を与え、拠点とする。これは何処かで新たな陣を張る、あるいは開拓する場合でも同じだった。
次に……普通なら防壁となる石垣や掘の修繕だが、規模が大きすぎて本格的なことは行えない。一旦は、小鬼あるいは邪鬼に対する防えが十分であれば問題ないとしていた。
他には、町割の縄を張りつつ荒れた原野を切り開き、楔山と同じように警戒線を張ること、荷を置けるよう蔵を建てることを優先する。
人が増えるのに矛盾するようだが、長屋はその後としていた。材木の切り出し場所となる林が遠く、大人数が割けるようになってからでないと手が回らない。
「井戸の整備は済んだから、最低限ながら使えなくはない、か……」
「遠山の陣の出だしに比べ、陣の基礎となる廃城が大きゅうございますからな。常駐の人数も、当初より多くを出すべきかと」
「そうだな。だが、第一陣で来る者のうち、何人を普請に振り向けられるかも分からん。……ああ、五十、百、二百の場合で、仮の数字を出しておくか」
「ははっ」
受け入れの準備も各村任せとはいかず、食料や日用品をすぐに送る手配、あるいは新城方面の普請の差配、時には二の丸から婚姻についての相談……というか、逆らえない御意見もやってくる。
「殿、廻船が見えました! おそらくですが、黒松屋の船かと!」
「おお、勘内が戻ったのか」
気分転換に話を切り上げ天守に上れば、見たことがあるような廻船が、港に近づきつつあった。
「本年もよろしくお願いいたします、黒瀬守様」
「こちらこそ、よろしく頼むぞ。割と冗談抜きで、頼りにさせて貰うと思う」
「ははっ、これ正に商人の誉れ、一層精進いたします!」
やってきたのは違うことなく勘内で、松の内からは外れていたが、まだ正月一月ということで、新年の挨拶を交わす。
「まずはこちら、ご注文をいただきました品の目録にございます」
「ああ、助かる。面倒をかけたな」
打刀、並上中古品手入済、二。並新品、二十三。並中古品手入済、二十五。
脇差の五十、腹当の三十も、並の上から並品の中古や新品が、似たような割合で書かれていた。
ここまでは俺からの注文品で、まずは数を揃え、これまで使っていた中古と呼ぶにも憚りがある武具と入れ替えるのが目的である。
「ほう! 頑張ってくれたんだな、勘内!」
注文以外は余禄なのだが、素槍、篭手、脚甲、鉢金に……なんと、兜まである。
それぞれ一点から三点、元より買えるかどうか微妙な金額しか勘内には渡していなかったのだが、特に素槍はありがたい。御仁原の九郎からも、できれば欲しいと言われていた。
「いえいえ、大商いでございますればこの勘内、踏ん張りました。……と申し上げたいところながら、まあ、『折半』というあたりでございまして」
「ん?」
「取引相手とした東津『誉屋』より、黒瀬守様に手紙を預かっております。それが条件と、誉屋が向こうから値を下げて参りまして。……ただ」
「どうした?」
「手前も誉屋の話を聞き、乗り気にさせられてしまいました」
何のことかよく分からないが、早速手紙を開いてみれば、伝え聞く俺の体格と武勇を褒める言葉がつらつらと並び、格別の品を勘内に預けるので、試しに使ってみて欲しいと書いてある。
「格別の品……?」
「はい。武具でございますれば、お許しなく持ち込むのも問題かと、船に残してございます。……誉屋の主人と一緒に」
「こちらに来ているのか!?」
「はい」
出入りの商人が、大名の居城に断りなく同格かそれ以上の商人を連れて行くことは……なくはないが、余程の懇意か、危急の折に限られる。
通例は、今の勘内のように、伺いを立てるのが正しいとされていた。
来ているというのなら会ってみたいし、そもそも黒瀬に足を運んでくれる商人は、まだ貴重だ。もちろん、その武具というのも気になる。
俺の許しが出てすぐに、誉屋の主人が長物を包んだ袋を携えた手代を連れて現れた。
「手前、東津にて武具を扱います誉屋主人、誉屋喜一と申します。この度は大口のお取り引き、まっこと、ありがたく」
「松浦黒瀬守だ。今回は無理を聞いて貰ったようで、こちらこそありがたく思う」
喜一は見かけ五尺もない小男ながら、川口九郎と同じ様なすばしこい雰囲気を身につけていた。誉屋はそこそこの大店と聞いていたし、勘内とも懇意なら、さぞや目端の利くことだろう。
早速ですがどうぞと、喜一が長物の袋を俺に差し出した。
丁寧な包み方に多少苦労しつつも中身を取り出せば、長い柄に大きな鞘を被せた大物が現れる。
「これは……薙刀か? いや、それにしては、刀身がえらく長いな!?」
薙刀なら勲麗院様の乳母鑑で見慣れていたが、どうも造りが違う感じがした。
刀身は三尺余、柄はもう少し長いが、薙刀にしては身が長すぎる。
鞘は黒漆、金の蒔絵で草花が描かれ、柄も黒糸と金糸で巻かれていた。
「三州ではあまり見かけぬものと存じまするが、そちらは長巻と申します」
「……聞いた覚えはあるような、ないような、だな」
何かのゲームで、名前を見たような気がする。
簡単な説明を聞いたが、より振るいやすいよう柄を長くした大太刀だと思えばいいらしい。
なるほど、柄は槍のような金具に塗りの造りではなく、刀と同じく糸が巻かれ、楕円の断面をしていた。
「その長巻でございますが、豊州の『刀聖』香田一貫の作、秋草七刀の一、銘、七ノ二『尾花』、その写しでございます。本来の銘の代わりに、茎には『豊州木和国 仁誠写 尾花』とありました」
幽霊の正体見たり枯れ『尾花』。
その尾花かと、頷く。
喜一によれば、秋草七刀は、名匠が名を連ねる香田派の祖、香田一貫の作刀による一連の作品であるという。……いわゆる『シリーズ物』だ。
七ノ一、大太刀の『萩』に始まり、二番目の長巻『尾花』、三の忍刀『葛』、四の薙刀『撫子』、五の短刀『女郎花』、六の脇差『藤袴』、七の打刀『桔梗』と続く。
本物のうち、萩と女郎花は御物として帝の元に、撫子は嶺州の大社に奉納されているが、他の所在は不明、しかしながら、別に妖刀だとかそういうこともなく、写し物は数多く出回り、上質の桔梗の写しなどは、一振り千両の値も希ではないそうだ。
ちなみに写し物は、本物ではないものの、単なる偽物ではない。
数打ちに偽の銘を入れた贋作とは違い、名工が本腰を入れた写しなどは、それこそ滅多なことでは出回らず、写し銘に加えて二つ名がつくほど価値があるものとされていた。
「手前も長く武具を商っておりますが、ここまで見事な写しは、そうもお目にかかれませぬ。しかしながら……」
「ん?」
「どうにも、売れませなんだ。……並の侍では器量及ばずと、東津武士団よりお墨付きが出たほどで」
これが打刀の桔梗や脇差の藤袴であれば、すぐに売れただろう。
いい物だから買ってくれと方々に頼んで回ったが、並の大太刀や長巻でも大概重いのに、この尾花は二貫近い超重量級だった。
お陰で力士の持ち上げる神社の力石の如く、腕試しに使われたらしい。
「どうぞ、お手にとってようようご覧下さいませ」
「あ、ああ……」
しっかりと柄を握ってその力強さを味わい、鞘を払う。
三尺の刀身は刃紋も美しく、同時に深みを感じさせた。
流石に広間で振り回すわけにもいかず、庭に出る。
左右の手を一尺ほどあけて握り直し、軽く一振りして……驚いた。
打刀と比べて力の伝わりが段違いによく、槍よりも短いながら、手の長さプラス踏み込みで確保できる十分なリーチは、使い勝手がよさそうだ。
しばらく振り回してみたが、軽くはないが見かけ通りの重さ、まあ、こんな物だろう。……で、済ませてしまえるのは、葉舟様のお陰である。
だが、喜一も勘内も、驚きで目を見張っていた。
「この尾花を手に入れて十余年、黒瀬守様が振るわれるお姿を見て、今日この時の為に、手前の元に来たのだと確信いたしました! 何卒、何卒お納め下さいませ!」
「むう……」
平伏する喜一だが、この物入りの折、いい武具だからと買う余裕はない。
もう半月早ければ、喜んで買い取り、そして……今以上に頭を抱えていただろう。
「黒瀬守様」
「勘内?」
「手前、先ほど『折半』と申し上げましたように、代金は手前と誉屋の折半にて、お預かりした一千両に尾花のそれも含まれておりますれば」
「……は?」
この名品が、ただはないだろう。
あまりこちらに入れ込まず、店を大きくする方に力を入れろと、先日も注意したような気がするのだが……。
そんな俺の内心など知らず、勘内は嬉しそうな顔で俺と尾花を見比べた。
「からくりを申しますと、手前には黒瀬守様のご活躍と黒瀬国の隆盛が、そのまま店の繁盛に繋がりますれば、損はございませぬ。誉屋はご覧の通りですが、『あの』有名な尾花の写しを手にするに相応しいお侍をようやく見つけ、売ったとなれば、これまた店の評判となります」
「なるほどなあ……」
「もちろん黒瀬守様は、尾花を遠慮なくお振るいくださいませ。より一層のお手柄を立てられると、手前は存じておりますれば……これぞ、『三方千両得』でございます」
ああ、いつぞやの仕返しかと、気付く。
得意げな勘内に、にやりと笑い返し、ならば遠慮なくと、尾花を受け取ることにした。
……まったく、義理堅い商人である。
「どうかなさったのですか、殿? 随分と楽しそうでいらっしゃいますが……」
「うん。勘内にな、見事にしてやられた」
庭での騒ぎを聞きつけたのか、静子が二の丸から出てきた。
尾花と三方千両得の話をすれば、それはようございましたと笑顔を向けられる。
「私にも馴染みの深い名ですから」
尾花の別名は薄、彼女の実家薄小路家の名の由来でもあった。




