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第百六話「年始評定」

第百六話「年始評定」


 一日の正月宴会と、二日に急遽入った初詣はともかく、正月三が日は、割に忙しい。


 四日に控えた新年御挨拶の準備で、不在のため滞っていた書類、特に各地の責任者から推挙のあった下士足軽推薦者のチェックに追われた。


 家の名については、親族で同じものを名乗っている者もいれば、兄弟で別の名をつけた者もおり、バラエティにあふれている。


 流石に近隣の大名家や代官の名は避けるように頼んでいたが、足軽の名字は私称であり、奇特な名でも特段とがめたりする必要はなかった。但し、何かあるたびに書くのは面倒だぞと、釘は刺しておく。


「……これはどうしたものかな」


 ただ、同じ名字で下の名まで同じとなると、非常に面倒くさい。


 どうにも俺の名字である『松』の字は人気が高いようで、楔山の水主(かこ)次郎と、遠山の腕自慢次郎は松山を、新津の弓手新太郎と浜通の親仁(おやじ)新太郎が松波を上申していた。


「各々を呼んで、話し合うように申しつけるか、公平に(くじ)引きをなさってはどうです?」


 右筆を頼んでいた静子が、苦笑しながらも四枚の紙を横によけた。


 こればかりはどちらが悪いわけでなし、偶然よりは高い確率で起きる理由もある。


「……それでいいか」

「はい、ではそのように」


 ばさりと残りの申請書類を束ね、もう一度、問題がないかを考えつつぱらぱらとめくっていく。


 一度侍に身分を引き上げてしまうと、俸禄の支払いが毎年ついて回ることになる。


 人数については信且らと幾度も検討を重ねていたが、これも殿様の負うべき責任の一つ、これまでの無禄が酷すぎただけで、徐々に是正して本来あるべき姿にしていくのが、俺の大事な仕事だった。




 ▽▽▽




 明けて四日、楔山城の大広間には、上士の全員が揃っていた。


「殿、あけましておめでとうございます」

「善き哉」


 信且から席次順に、新年御挨拶言上が続く。


 黒瀬国家老、柱本信且。

 浜通城代、帆場松邦。

 飛崎城代、小西公成。

 新津奉行、従八位上氷田近次郎総隆。

 遠山代官、瀬口道安

 黒瀬国水軍奉行、深見源伍郎。

 御庭番衆筆頭、小初位下松下戌蒔。

 御伽衆、従八位下米本六六斎(むろくさい)


 六六斎殿は元大名ながらも一番最後だが、御伽衆という立場であったから、別格の家臣として挨拶の〆を担って貰う。


 堅苦しいがこれもけじめ、勝手な解釈ながら、責任と気持ちを新たにする意味もあるのだと思うことにした。


 続いて各地の報告などを聞き取り、最後に俺が今年の抱負を口にする。


「この一年、皆の頑張りもあって、何とか食う分には不自由しなくなったと思う。次は暮らしぶりの向上を目標にしたい。だが、そちらに邁進しすぎて、食えなくなるのは本末転倒、無理も禁物だ。……いいか?」

「ははっ。殿のお言葉、我ら一同、感じ入りましてございます」

「うん、皆、頼むぞ」


 一応、これで儀式としての新年御挨拶は終わりだが、幹部である上士全員が集まるなど、基本的には正月か、俺が特に申し付けた時だけである。


 ついでは沢山あったし、顔を合わせて各々が話をするだけでも、結びつきと情報交換、その両得が得られる機会でもあった。


「さて。皆、楽にして、座布団ごと寄ってくれ」

「ははっ」


 年初の顔合わせも大事だが、今年は特に士分足軽の大量昇進について、皆も注目していた。


「梅太郎、士分人別帳の写しの『書きかけ』を皆に回してくれ。それから、二の丸に茶を頼んでくれるか?」

「はい、すぐに!」


 黒瀬国士分人別帳……今は帳というほど厚くも長くもないが、士分全員の名前と役職が書かれた巻物だ。


 皆に配ったのはその簡易版だが、ページをめくる帳面仕立てよりも、巻物の方が作るのが簡単かつ材料が少なく済んだ。


 こだわらなければ、軸は細竹、紙面は裏打ちなしの半紙を糊で繋ぐだけでいい。

 本に仕立てると、糸閉じにしても糊貼りにしても、製造に手間がかかりすぎる。


 一部分だけを読みたいなら帳面仕立ての本の方が便利なのだが、この簡易版は年に一度、上士身分のそれぞれに配布し、その部下達に見せる意味もあった。


 ある種の権威付けではあるものの、部下にしてみれば、上役がお殿様から下賜された人別長に自分の名があるという安心感は、なかなか無視できないそうだ。


「基本的には推挙を受けた者と、こちらで名指しした者になるが、特に差をつけるつもりも、その必要もない。ただ、最初に『書きかけ』と断りを入れたように、四名の足軽の名字が空欄になっている」


 梅太郎から別にしてあった四枚の申請書類を受け取り、皆の前に並べる。


「名前被りは、まあ仕方がないというか、俺の方でも予想しておくべきだった。この四人には申し訳ないことをしたな。そこで、話し合いか籤引きか、どちらにしても四人の不利益にならないよう公平に決めたいと思うんだが、どうだろう?」

「殿、そこまでお気にかけていただかずとも……」

「しかし、一生どころか、子孫にもついて回るものですからな」

「それは、しかり」

「殿から名を下賜していただくなら、どこからも文句は出ないのでは?」

「いや待て、それならば自分で名付けたものが、僻みはせぬか?」


 面白がっているわけでもないのだろうが、皆それぞれ、好き勝手に意見を言う。


 まあ、これも一つの楽しみか。

 去年はまだ、水路も引いたばかりで暮らしぶりにも余裕がなく、もう畑か漁に出ていたように思い出す。


 結局、四人を集めて話し合いをさせ、それで決まらぬようなら揃って葉舟神社に向かい、籤引きをすることになった。


「失礼いたします、お茶をお持ちいたしました」

「ああ、すまない」


 間を見計らった女房達によって、茶道具を入れた取っ手付きの箱や湯入れが持ち込まれ、その場で茶が点てられる。


 慣れない作法を習わされた時の事を思い出しているのか、居並ぶ皆に若干の緊張が走ったが、まあいい。……俺も似たようなものだ。


「どうぞ、殿」

「うん、ありがとう」


 俺に手渡されたのは、素朴な土色そのままの茶碗だ。厚みがあって重く、知らなければ高級な骨董品に見える。……いや実際、俺の知る現代日本でなら、江戸や室町の日用品や普及品が後世には名品と伝えられることもあるのだから、全くの間違いというわけでもないのか。


「……ふう」


 この場にある茶碗や茶道具も、多くは黒瀬で作られたものだ。添えられていたのは葛餅で、黄粉と水飴が掛かっていた。


 小さな戸棚のような茶道具入れは遠山の大工久太郎の手によるもの、茶碗や菓子皿は陶工の万吉の作である。


 茶筅や茶杓(ちゃしゃく)は新津の竹細工師、徳蔵が頑張ってくれた。


 これらは城への献上品だと言われたが、流石にただ働きはよくないだろうと話を聞けば、お殿様やお城で使っていただけるなら、作り手も張り合いが出るらしい。ついでに市売運上――税がないのも落ち着かないし、周囲に仕事をしていると宣伝にもなるので、来年も何某かを献上いたしますと、皆張り切っていた。


 こちらの慣習にも即しているので俺も大きくは反論できず、報いるにしては小さいが、感状を用意している。


 今日の新年御挨拶の後、足軽の任命も兼ね、数日掛けて国内行脚をする予定だったから、その時に手渡すつもりだ。


 無論、茶道具だけではないが、日用陶器や木工品は、既に黒瀬領国内で取り引き、あるいは物々交換される他、勘内の店を通して外にも売り出されているという。


 代わりに稲藁や鉄材など、国内で手に入らない品の輸入も増えているので、全体を見れば利益は薄いが、出だしにしては悪くないとのことだった。


 少なくとも、物流は回りだしはじめたわけで、弾みをつけたいところである。


「どうぞ、ごゆるりと」

「ごちそうさま」


 抹茶と葛餅が片付けられると、湯飲みに入った煎茶が配られて女房が退出、顔を見合わせ、今度こそ一息つく。


「ふむ、我らはまだまだ、精進が足りませぬな」

「六六斎殿、それについては一つ、考えておりまして……」

「ほう?」

「しばらく先になりますが、茶道具一式、上士の者には配布するつもりでおります」


 茶碗は相手のことも考えて三つ四つ、後は茶を入れる(なつめ)に茶杓、茶筅と、最低限の茶道具になるが、家でも練習できると同時に、配下を労うにもいい。


 名品逸品には遠くとも、最低限の茶道具が国内で揃う、これは驚くべきことだ。


 これを利用しない手はないし、大商いには遠いが実際に注文を出すことで、職人達も喜んでくれるだろう。


「それは良きことかと。某も茶飲み仲間が増えれば、楽しゅうございます」

「お手柔らかに願いますぞ、六六斎殿」

「なに、某もまだまだですからな、柱本殿」


 最近は、同じ遠山の陶工の万吉の窯に出入りして、自ら陶土を捻っているという六六斎殿であった。


 遠山衆も、当初は元大名と遠慮していたようだが、養育している佐吉やお詠の事もあり、住居たる夢鹿庵(むろくあん)に出入りするうち、うち解けたらしい。

 今は夢鹿のご隠居として、村衆の相談役のような立場になっていると道安が口にしていた。


 悠々自適で大変結構、六六斎殿には、是非ともその調子でセカンドライフを満喫して貰いたいところである。




 その日は雑談ついでに各集落の今後の展望と春狩りの前準備、特に御仁原へと出稼ぎに出ている中、戦力確保に問題がないか話し合われ、数人の手練れについてはこちらに戻し、御庭番衆で補いを付けることが決まった。


「次に全員が揃うのは、殿のご婚礼ですな」

「いや、めでたい!」


 揚げ物を主体にした夕の膳に箸をのばしつつ、皆の苦労をねぎらっていると、もう夜半だ。


 明けて五日は、上士全員と嫁さんらを連れて遠山に詣でた。俺とアンには二回目だが、そこはもう口にしても仕方がない。


 その翌日からは、船も使っての国内行脚である。


「松田銀太郎、これに」

「ははっ!」

「下士身分足軽格、俸禄二両三人扶持とする」

「ありがたき幸せ!」


 扶持の方は独身か家族持ちかで変わるが、暮らしの方はほぼ今まで通り、名字が名乗れる以外に大して役得はない。


 しかし、先月末の狩人の稼ぎから、認め状の他に俸禄分の金子もその場で手渡したお陰……だけでもないのだろうが、皆喜んでくれている。


 大小の刀は勘内待ちだが、普段は漁に出て、季節には魔妖を狩る暮らしは同じでも、やはり侍として認められることは格別なのだという。


「これまで通り、皆の活躍を期待している」

「ははっ!」


 これを人数分だけ繰り返すのだが、無論、全ての集落を巡った後に、船を仕立てて御仁原へと向かった。


 あちらで働く黒瀬御札衆には足軽が集中しているだけでなく、代官殿への新年の挨拶も大事な『お仕事』なのである。


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