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第百三話「師走あれこれ」

第百三話「師走あれこれ」


「鉾屋と言えば、武州商人の中でもかなりの大店でございます。美洲津のように大きな町であれば、また別の(よし)にて店を出しましょうが、これまで美洲津どころか三州に鉾屋の店はなく、出したという話も聞いておりませぬ」


 武州鉾屋のことを聞いた勘内は、屯所に戻ってからも少し考え込んでいた。


 出入りの許状である商人株を持つことは間違いないが、鉾屋は御仁原に店を出しているわけではない。


 では、そこまで儲かるのかと言えば、中小の商人なら商売の屋台骨になり得る商人株も、鉾屋のような大店では、切り捨てるには惜しいが力を入れてまで手を出すものでもないという。


「何故にわざわざ、三州深くの飛び地へ手を伸ばすのか解せぬ、というのが正直なところにございます。余所者には風当たりもきついはず、手前ならば、三州の大店の何処かを選び、売り払うか、恩を着せるか……」

「悩ませてしまって済まない。俺も少し気になっていただけでな」

「お気遣い、ありがたく」


 勘内は、手前でも調べてみますと言い残し、御仁原を発った。刀や具足のことなら頼りになる大店が東津にあるそうで、彼が黒瀬に戻るのは正月を少し過ぎたあたりになるか。


 こちらとしては、勘内が知らずに痛い目を見なければ、それでいい。自ら勝負に出るかどうかには、口出しする気はなかった。


 俺は口を挟めるほど商売に詳しくないし、商人には商人の道や商人の戦場があり、勘内はそこに身を置いている。


「なあ、戌蒔」

「はっ」


 勘内の乗った船を見送りつつ、鉾屋の狙いについて考えを巡らせてみるが、やはり、要領を得ない。


「……黒瀬を狙う為だけに、鉾屋がわざわざ三州の外れに手を伸ばしている、なんていうのは考えすぎだよな?」

「流石にそれは、気の回し過ぎかと思いますが、大商人であれば、片手間に細国を平らげる力ぐらいは持っておりましょうな」

「うん」

「ですが、黒瀬を狙うだけにしては、手間の掛けすぎでございます。単に黒瀬国を潰すのであれば、関船の一艘二艘で足りるものと、普通は考えましょう。あるいは、雲宮様のお命を狙うだけならば、忍の一人二人でも良かろうかと。……殿や我らがおらず、国別帳通りの国ならば、でございますが」


 財力は即ち兵力であり、政治力である。


 わざと黒瀬に難癖をつけてもめ事を起こし、武州の大名に訴え出て利益を示せば。


 あるいは逆に、黒瀬の取り潰しを命じられつつも、余禄を狙って御仁原に手を出しているならば。


「……まあ、悩んだところで差がありすぎて、何が出来るわけもないか」

「動きだけは、気を付けておきます」

「頼む。たとえ鉾屋に黒瀬を狙う気がなくても、情報は欲しいな。……無駄になればそれはそれでよし、御庭番衆には、転ばぬ先の杖となって貰いたい」

「承知!」


 そもそも、豪商が『上』と繋がっていないはずなどないわけだが、これまで手を出されたことなどはない。


 黒瀬のことなど些事と目も向けられていない可能性の方が余程高いものの、どちらにせよ、武州の鼻息ひとつで国など吹き飛ぶわけで、油断は出来なかった。




 さて、次に国許と連絡がつくのは年末、今はとにかく狩って稼ぐのが仕事になる。


 三里を三日、休憩に二里を一日挟むペースで、小判の山を積んでいく。


 今月は前頭の上位に入るだろうと思われたが、大関の重政組など、数日を狩り場の奥で過ごすというのだから、上には上がいるものである。


「お帰りなさいませ、殿!」

「お、弥彦はもう戻っていたか。風呂は済んだのか?」

「はい、今日は先に戴きました」


 会所で稼ぎを換金し、ゆったりと風呂に浸かって屯所に戻れば、俺に気付いた弥彦がふかしていた煙管を掲げ、笑顔を向けてくれた。


 素人仕事の継ぎ当てが入った彼の腹当は、一体いつから使われているのか、信且ですら知らない古い物である。


 具足は発注したものの、当面は今ある古いもので頑張って貰うしかない。


 だが、物事を押し進めれば何処かしらに不具合が出てくるもので、今度は人の手が足りないと、九郎と迪子より進言があった。


「御札衆の使う御札のことなのですが、作り置きの減り具合を考えますと、二人ではとても賄いきれませぬ。昨年の狩りの折は、静子様や和子様にまでお手伝いいただいておりましたので、なんとかなりましたが……」

「捨て鬼にしちまうと、御札衆が御札衆でなくなっちまうからな。……まずいんじゃないかと、俺も思うんだがよ」

「すまん、失念していた。確かにまずいな、それは……」


 女房衆からはもう引き抜けないが、上士の娘あたりか、領民の希望者に話を持っていく事が出来ないか、帰国後に相談することとした。


 また、世話をする女衆も増やした方がよいかどうか、これも案件として持ち帰ることにする。


 ついでに、神社にも日々出入りする迪子の顔を見て、お狐の事を思い出した。


「話は変わるが、迪子、お狐さんの様子は?」

「はい、見回り衆の露払いで、大層な活躍とか」


 お狐は狐なりの強さしか持たず、直接的な戦闘力がほぼない。


 しかしながら、その嗅覚はとても鋭いと聞いている。

 狐のそれに加え、悪溜穢(あくるけがれ)や魔妖どもをかなりの距離から察知してくれるので、不意打ちの回避が出来た。


 おまけに、こちらでも町衆には人気者のようで、神社に油揚げが奉納されているらしい。


「九郎、御札衆の様子はどうだ?」

「悪くはねえ。今日は合わせて二百五十を狩った」

「へえ、出だしにしては上々じゃないか」


 二十名に増えた御札衆は一里塚を全て作り終え、今は一番から四番までの四組にて狩りとお鎮めを行っていた。


 九郎も御札衆について歩ける程度には回復し、昨日今日は久々に狩り場へと出ている。


「疾鬼鱗鬼も札衆任せだが、弥彦や大三郎はいいな。あいつら、もう少し腕を磨きゃ、狩人でもやっていけるんじゃねえか」

「そうあって欲しいものだが……株の取得はともかく、春の狩り夏の狩りで活躍して貰いたいところだ」


 流石に戦力を根こそぎ投入するわけにも行かないが、昔は黒瀬の三十人のみで回していた狩りだ、兵力には余裕がある計算になる。


 特に船侍を含む新津の氷田一党は、練度も装備も申し分ない。他の村も、数人ならまだ余裕があった。


 だが彼らは、同時に村の大事な働き手でもある。


 あまりに御仁原へと人を集めすぎれば、今度は本来の税収が落ちることになりかねない。


「今はまだ、二両一人扶持でもこちらに人を出す方が、村も助かる。それは間違いないが……そのうち、逆転して欲しいものだな」


 当面、御札衆は次の便で来る十人を加えて六組三十人とし、巫女や女衆を含めたバックアップや忍者枠を合わせ、合計四十人の派遣を定数とした。




 狩りの日々は、緊張続きで気が抜けないものの、あれこれと頭を悩ませることもない。


 己の力量に応じて、あるいは疲労などに合わせ、とにかく狩ることに尽きる。


 お陰で年の瀬は、あっと言う間にやってきた。


「一番札小頭、弥彦!」

「はっ!」


 本来なら、年明けに行う論功行賞と俸禄の支給を、前倒ししていた。


 俺は年末の便で黒瀬に戻るが、年明けにももう一度来る予定だったが、その時はその時で、下士足軽の任命などもあって忙しいと思われる。


 小頭四人には俸禄が三両に褒賞一両、御札足軽には俸禄二両に褒賞一両としてあった。


 基本給である俸禄は、一度上げるとなかなか下げにくいものだ。しかし褒賞なら、活躍に応じて追加が簡単に行える。


 ……無論、これは支給する俺の側の論理であって、貰う方の彼らは基本給である俸禄が加増される方が嬉しいだろう。


 ただ、狩人の稼ぎによる『御仁原バブル』は永続的なものではない。

 基礎は黒瀬の税収から計算すべきと、俺は判断していた。


「小頭の任、精励忠勤にして皆の手本となる働きぶり、誠に見事。よって金一両の褒美を取らせる!」

「ありがたき幸せ!」


 俺が思う以上に、彼らはよくやっていた。


 到底黒字とはいかないが、それでも毎日の風呂代と、皆で回し呑みする一升徳利ぐらいは、自前で出せるようになってきた御札衆である。


「御仁原の正月は賑やかだと聞くからな。町衆ほどの贅沢は無理でも、美味いものでも食わせてやってくれ」

「おう、任された」


 女衆にも皆の前で褒美を渡し、ついでに十両ほどを、年始の祝いに使えと九郎に預けておいた。




 瑞祥丸が俺を迎えに来たのは、師走の二十四日だった。


 御札衆の運用に大きな憂いがないお陰で、もう一稼ぎしたかったなという低レベルな未練だけを抱きつつ、岸壁から伸ばされた渡り板に足を掛ける。


 さて、年明けにもう一度来るが、狩りはまたいつになるやら……。


「ようし、出船じゃあ!」

「お殿様、いってらっしゃいませ!」

「皆も狩り場で気を抜くなよ! それから、よい正月を!」


 二十四日、か……。


 クリスマス・イブなど、去年は思い出しもしなかった。


 遠ざかる御仁原に手を振りつつ、我ながら、随分大倭に馴染んだものだと、小さく笑った俺である。


 

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