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第百二話「三里の狩り場と千両の商い」

第百二話「三里の狩り場と千両の商い」


 俺達黒瀬組は様子を見つつ、また九郎の言葉に耳を傾けつつ、二里で体と技を慣らし、二里半で危なげなく魔妖を下し、三里に足を進めた。


 三里の深部で狩りをするならば、往復に三刻はかかる。


 狩りに使えるのは一刻から二刻だが、すぐに集中力の消耗を自覚した。


「半刻でこの数か……」

「二里半までとは段違いですな。……滅!」


 いきなり魔物の圧力が強い南西に向かうのはやめておけと言われ、三里の狩りの初日は比較的ましだという北西に向かったが、なかなかどうして、手応えがありすぎる。


 命の危険を感じるかと言えば、段坂帯山で赤鬼頭や高岡軍曹の屍鬼と相対した時の方が余程緊張感はあったものの、連戦による気疲れが酷い。


「明日は休憩半分、二里までとしよう。……でやっ!」

「承知!」


 数で押してくる大角鬼や鱗鬼疾鬼だけなら、確かに今の俺達でも対処できるだろう。

 現に今も、雑談を挟みつつ狩れている。


 問題となるのは、想定外の数と不意打ち、特に大物が現れた時だ。


 体勢を崩されると、手練れでも余裕を奪われて命を落とすことに繋がるのだろうなと、九郎の助言を思い返した。


 この三里で厄介なのは、鉤爪(かぎつめ)鬼である。


 大角鬼より一回り大きく、その手の鋭い鉤爪は、刀や槍を受け止める力を持っていた。


 一度に出会う数は少ないし極端な強さこそないが、一匹に二人で掛かった方がいいだろうと思うには十分で、倒すにも手間が必要だった。




 結局、三里の狩り初日は一刻ほどで切り上げたが、二里や二里半とは比べものにならない収穫が得られていた。


「大角鬼の角八十六、同魔ヶ魂四十三、鉤爪鬼の角、爪、魔ヶ魂、四揃い……」


 会所の帳場にて、道中に狩った鱗鬼疾鬼の分なども合わせ、百三十両余が渡される。


 二里で八走(やつはし)が狩れるならこの金額に匹敵するが、毎日出会う筈もない。


 やはり、それなりの苦労に見合う金額となっているようで、命の危険と収穫の天秤はバランスが取れていた。


「まあ、うまい話はそうそう転がっている筈がないわけだな」

「……大した怪我もなしに初日からしっかり稼いで、それを言ってのけるお殿様がすげえよ」


 屯所へと戻り、詰所の九郎にそんな話を振れば、大いに呆れられた。


「御札衆の方はどうだった?」

「今日も一つ塚を作って来たが、稼ぎは風呂代が出るか出ねえかってところだな。ああ、小鬼は三百ほど狩って鎮めたと聞いてる」

「なら、十分だ」


 疾鬼の角は会所で換金しているが、小鬼の角だけは貯め込むよう指示している。


 こちらで売れば二文だが、三州美洲津と行き来する勘内に預ければ、手間賃を折半としても、もう少しましな値になるだろう。

 そろそろ黒瀬に戻るはずで、一度こちらに顔を出すよう国許には伝言を頼んである。


 儲け話ってわけでもないが、御札衆の使う具足、これらは絶対に新調が必要だ。

 出来れば少々高くついても、早期に仕入れて貰おうと思っていた。


「殿、お帰りなさいませ!」

「おお、弥彦もご苦労だ」

「飯の支度が出来ておりますが、こちらの詰所でお召し上がりになりますか?」

「いや、いつもの大部屋に頼む。皆の話も聞きたい」

「ははっ」


 九郎にも手を貸してやり、食堂兼会議室兼休憩所となっている大部屋へと向かう


 今日の飯は麦飯に秋刀魚の塩焼き、それから東下菜の漬け物に……。


「へえ、豆腐の味噌汁か」

「豆腐は甲泊に泊まった時ぐらいにしか食べられぬので……」

「おらも豆腐は久しぶりだな」


 豆腐を黒瀬に持ち込むとなると、日持ちに難もあれば、船に乗せて水ごと運ばねばならないという重さの問題もあり、なかなか皆の口に入ることはなかった。


 元より豆腐は庶民の食べ物で、ここ御仁原でも値段はそれほど高くはない。


 西の通りにある豆腐屋に行けば、一(ちょう)が百文で買える。


 但し、こちらの一丁は俺の知る現代日本のそれより大きく、この場の十数人で味噌汁にして分けるなら、かなりの具だくさんになった。




 ▽▽▽




 勘内が御仁原に現れたのは、なんだかんだ言いながらも三里の狩りに慣れ始めた、師走半ばのことである。


 丁度追加の人員を運んできた満福丸と入れ違いで、屯所の御札衆も二十人に増え、賑やかになっていた。


「黒瀬守様、お呼びにより(まか)り越しました」

「呼び立ててすまなかった、勘内。……再び会えるのは暮れのぎりぎりかと思っていたんだが、随分早かったな?」

「ははっ、これ全て、黒瀬守様のお陰で御座います」

「ん?」

「頂戴致した千両にて、東津のお(たな)を一つ、抱えて参りました」

「何っ!?」


 独立する前、勘内は東津の店を任されていたが、美洲津に向かう途中に寄港したところ、懇意であった商人仲間の一人が店を畳むというので、東津の座や当人とも話し合い、借財込みの七百両で店ごと買い込んだのだという。


「災難と申しますか、運悪く二つ三つと立て続けに船が海賊に襲われ、立ち往かなくなったそうで……。硯州の海は儲かるのですが、海賊もまた多く、悩みの種となっております」

「海賊か……」


 たしか、硯州は鰹節の産地だったように思い出すが、こちらの陸とは離れていて、ほとんど話題に上らない。


 店はそのまま元主人に任せ、路頭に迷い掛けていた雇われ船頭には、別の船を用立てて貸し与えたという。


 流石に硯州との商売は諦めさせ、美洲津と黒瀬を結ぶ商売に切り替えるよう計らってきたそうである。


「そうか、期待している。……話は変わるがな」

「はい」

「ここに千両ある。これで刀と具足を揃えて欲しい」

「!? ……は、ははっ」


 三里の狩り場の稼ぎは日に百両から二百両、半月積み上げればこの金額となった。


 これぞ千両の大商い、と胸を張りたいところだが、最近はどうも、金銭感覚が麻痺してきたような気もする。


 年数百両の儲けに対して、千両を投じる価値があるのかと言えば、実に微妙だ。数年掛けて回収するにしても、当初の金額が国力に比して大きすぎる。


 しかし目的を代価の回収ではなく、黒瀬の国力の充実とするなら、その価値は十分にあった。


 春狩り夏狩りも多少ならず楽になるだろうし、被害も抑えられることを見越せば、損はない。


「並の数打ちで十分なんだがな、打刀と脇差だけは五十ほど欲しい」

「畏まりましてございます」


 詳細というほど細かくはないが、今回は品質よりも数、今使っている古い具足を置き換えたいこと、色や形、多少の大きさ違いは気にしないなど、幾つか条件を並べた。


 足軽一人分でも、具足を揃えるとなると安く見積もっても二十両が必要だ。


 打刀なら数打ちの並品で七、八両から十両、同じく脇差が五両ぐらいから手に入る。……無論、上を見ればキリがない。


 これに加えて安物の腹当でも打刀と同じぐらいはするわけで、まとまった人数の軍備を調えるのは、本当に大変なのだ。


 無論これらは全て、御仁原の外での相場である。


「腹当は……そうだな、取り敢えず三十もあればいいか」

「黒瀬守様、刀と鎧の数が合いませぬが……何か、意図されておられますので?」

「ああ、腹当はここで使うが、大小の刀は新たに下士足軽となる者にも支給する予定でな」


 俸禄さえまともに支払っていないのに、自分で買えなどと言えるはずがなかった。


 予算は余裕を見込み、大小の刀五十に七百五十両、腹当三十に二百五十両としておく。


「余ればでいいが、こちらで使う槍の他、鉢金、籠手、脚甲など、何でもいいから買い込んでくれ。揃わないようなら、麦俵で頼む。……ただ、麦はいずれ必要になるのは間違いないが、不足しているわけじゃなくてな、百石くらいまでなら数は問わないが、あまりに相場が高いようなら買わなくていい」

「承りましてございます」

「ああ、相場を荒らしたり、商売相手に無理を押しつけたりはしなくていいからな。あと、利益はきちんと取れよ」

「ははっ!」


 手に入る限り欲しいが、こちらは出物があればで構わないと、注釈を付けておいた。


「……戌蒔、いるか?」

「ここに」


 呼び掛ければ、俺の背後に戌蒔がさっと現れる。


 最近では、忍術や気配の消しようにも慣れてきた。


 勘内は驚いていたが、小さく頷いて、そういうこと(うちの忍)だと肯定する。


「勘内に御仁原会所の事情を伝えておいてくれ。俺達じゃ活かせない情報も、勘内なら役立てるかもしれないし、少なくとも難を避けられるだろうからな。……ああ、こちらは引き受けるから、居酒屋かどこかで美味いものでも食わせてやってくれ」

「承知。……勘内殿、参りましょうぞ」

「お世話になります、松下様。黒瀬守様、では後ほど」


 会所の主導権争いは、正直なところ、俺達が関わるのは愚かだろうなというぐらいしか判断がつかない。


 わざわざ三州の外れにまで手を伸ばしている武州の鉾屋は……何となく嫌な感じがするものの、だからと言って、大野屋の肩を持つべきとは限らないのである。


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