表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/129

第百話「川口九郎の決意」

第百話「川口九郎の決意」


「殿!」

「ご苦労だ、源伍郎!」


 大討ちの騒動から十日ほどして、再び瑞祥丸が御仁原にやってきた。


 今の季節なら楔山との往復におよそ九日から十二日、休憩や荷役も含めても、月に二度から三度の便が可能である。


「そちらはどうだ?」

「は、今はイカ漁に忙しゅうございまする」

「ああ、時期だったな」


 源伍郎が、俺への土産だというスルメの束を自慢そうに掲げる。


 このぐらいの余裕なら出来つつあるのかと、嬉しく思いつつ受け取った。


「ほう、御札衆でございますか」

「詳細は猪楡に伝えてあるが、それほど強くない魔妖を狩る仕事だ。当初は様子見と手順の確認を兼ね、十名を募集したい」


 戌蒔がこちらに残るので、休暇配置的な意味も含め猪楡が国に戻ることになった。


 ついでに、この十日でまとめた黒瀬御札衆の詳細と金子百両を託し、差配を頼む。


「それから、彼は『川口』九郎、元狩人だ。御札衆指南役として迎えた」


 杖はまだ手放せない九郎だが、胸の包帯は取れていた。


 一度、黒瀬国を見せてやってくれと、源伍郎に九郎を預ける。


「御札衆指南役、川口九郎と、申す。よろしく、頼んます。……でござる」

「黒瀬国水軍奉行、深見源伍郎と申す」

「……口調はまあ、大目に見てやってくれ」


 行き場がなかったわけではないのだが……九郎はそれを放り投げ、俺の元に来てくれた。




 ▽▽▽




 大討ちの翌日。


 もう一日、見回り組に付き合って、入道岩周辺をくまなく鎮めて御仁原に戻れば、九郎が俺を訪ねてきた。


『よう、お殿様。ちょっと、話、聞いてくんねえかな?』

『そりゃ構わないが……。丁度いい、飯でも食いながら話そう』


 近くの居酒屋に誘い、板間を一つ借りる。


 俺が出すよと、九郎が澄酒と刺身の盛りを注文した。


『うちの組は、大旦那様が引き継ぎを認めてくだすったんで、磯吉が頭を張ることんなった』

『磯吉なら、一安心だな』

『ああ。……亀三郎は国に帰る。あいつは実家が竹細工屋だ。金はたっぷり持たせたし、生きてりゃ、なんとでもならあ』

『……そうか』


 皆を逃がして死んだ菊太は可哀想だが、立派だ。改めて瞑目する。


『それで、九郎はどうするんだ? お前は確か……』

『ああ、帰ろうにも、村がねえ。大旦那様から、足が悪くても構わないから、小さな店の用心棒でもせぬかとお声を掛けて戴いたんだが、そこまで迷惑は掛けられねえ。亀三郎のことも、随分お骨折りしてくだすってるしな』

『……ふむ』


 ありがてえが、男が廃ると、九郎はぐい呑みを呷った。


 良い主人の下には、良い部下が集まる。


 俺はなるほどと、顔も知らぬ九郎の主人の度量を思い浮かべ、まったくだと頷いた。


『穴埋めの新たな狩人三人、集めるのは簡単だ。都なら、食い詰めの浪人や腕自慢なんざ、掃いて捨てるほどいやがる。けど、ここで使い物になるかどうかは、別だからなあ。大旦那様もてえへんだと思うぜ』

『だろうなあ』


 そこそこの腕自慢程度では、一里から一里半の狩場がせいぜいだろう。

 ここの狩人番付でいう序の口の連中が、これにあたる。


 黒瀬楔山の水主達も、狩人との比較から、序の口ぐらいの強さは身に着けていると俺は見ていた。


 だからこそ、御札衆に人を出してくれと気軽に言えるのだが、何せ毎年、糊口をしのぐ為、本気で狩りに出ていた者達だ。

 腕っ節の強い太平組の弥彦あたりになると、三段目でも通用するだろう。


 こちらに投入するわけにはいかないが、俺と御庭番衆以外で強いといえば、水軍奉行の源伍郎と新津代官近次郎が出色である。


 源伍郎は槍も上手いが、その本領は船上での櫂術(かいじゅつ)だった。揺れる船の上で重い櫂を自在に操られると、手が出せない。


 深見流櫂術免許皆伝を名乗っているが、弟子がいるわけでもなく、親から学んだということもなく、技が体系化されているわけでもない。単に格好いいからでございますると、源伍郎は大笑いしていた。


 対して近次郎は、正統派の剣術を幼い頃から学んでいる。


 親が都の水軍に出仕していた関係で、都の道場で鍛えられていたのだという。


 こちらは『新武(しんぶ)流』という大きな流派で、武家の師弟に必要な儀礼と実戦剣術、両方が学べるので人気があるそうだ。


 ちなみに、神通力や『強い俺』を使わずに対戦した場合、この二人から一本取れる確率は、いいところ二割である。


 猪楡や申樫ら、忍の小頭が相手だとようやく一割、無論、戌蒔からはまだ一本も取れていない。


 それらは少々、横に置いて。


『で……俺なんだけどよ。お殿様んところで、雇ってくれねえか?』

『何っ!?』

『御札衆だったか、あれに混ぜて貰えねえかな』


 驚いたが、悪い申し出ではない。

 前頭の狩人の経験と知識は、まだ形さえ定まっていない御札衆にとり、掛け替えのないものとなる。


 しかし、断らざるを得ない事情が、こちらにもあった。


『嬉しいが、九郎に限らず、狩人はなあ……』

『やっぱし、駄目か?』

『駄目ってこともないんだが、たぶん、九郎は誤解しているな。……九郎、御札衆の実入りは、年にどのぐらいだと思う?』

『なんかよ、五十人で稼ぐってきいたぜ。狩っていいのは一里まで、俺達の代わりに小鬼を引き受ける。んで、一里までなら何狩っても御咎めなし、これが肝だから……そうだなあ、腕前は序の口より下ぐらいと見て、五十人全部で年に一万両ってところか?』

『はあっ!?』

『細国のお殿様にしちゃあ、大した大人物だって噂だぜ』


 俺は額に手を当て、大きくため息をついた。


 後ろにいた戌蒔が珍しく喉を詰まらせ、猪楡がげほんげほんと咳き込む。


『……殿、今夜にでも、噂の出所を調べてまいりましょうか?』

『いや、いいだろう。真実が知れ渡れば、そのうち静かになるさ』

『はっ……』

『ん? なんか違うのか?』


 澄酒を手酌で注ぎ、きゅっと喉を潤す。


 ……御札衆が年に一万両も稼いでくれるなら、俺はここで狩りに精を出さず、領国の開発に邁進したい。


 不思議そうな九郎に、指折り数えて説明してやる。


『御札衆はな、うちの領民に出稼ぎさせてやりたいとか、神様へのお礼になるとか、その他にも色々(・・)あるが……大本の稼ぎは、小鬼の角二十万を売った百両、これを四十人か五十人で分けるんだ』

『たった百!? ……嘘だろ?』

『嘘なもんか。もちろん疾鬼や鱗鬼も狩るから、もう少し多くなるとは思うが……』


 当初の十万匹、五十両から倍に増えたが、基本は変わらない。


 その他の魔妖は、あくまでも余禄なのである。


『会所の大野屋友次郎にでも確かめてみればいい。あの時の会合にも、友次郎はいたからな』

『……そうなのか』

『まあ、飯と寝床はこちらで用意するから、俸禄で言えば、二両一人扶持になるか。元が貧乏すぎて、これでもうちの領民は潤うんだ。すごいだろ?』

『うちの村よりひでえや……』

『東下はみんな、そんなものだ。しかしな、九郎』

『はいよ?』

『……年二両で元狩人を雇うとか、同じ狩人の俺が、やっていいと思うか?』

『狩人連中から、袋叩きにされるだろうな。そうか、二両か……』


 年どころか、日に百両二百両は当たり前に稼いでいただろう元狩人を、年二両で雇うなど、喧嘩を売っているとしか思えない。


 しばらく悩んでいた九郎だが、うんと一つ頷き、笑顔になった。


 何事かと身構える。


『お殿様の貧乏自慢は、聞き飽きるぐらい聞いてたしな。……まあ、それでいいや。俺、雇ってくんねえ?』

『九郎!?』

『いや、だってよ。出せねえってんなら、しょうがねえや』


 戌蒔らと顔を見合わせ、ため息をつく。


 決意は固いようだが、だからと九郎の情に甘えるというのも、少々情けない。


『はあ……。正直言えば、御仁原暮らしが長い九郎の知恵と経験は、今丁度、欲しい。だが、絶対に報いてやれないって分かってるのに、二両でうちに来てくれというのも、恥ずかしいな。……ああ、お前の口にした、男が廃ると同じだ』

『うん、そういうところが、気に入ったんだ』

『ん?』


 得意げな九郎が、俺のぐい飲みを満たした。


『お殿様は、まあ、お殿様なんだろうが、たぶん、今は本気で狩人やってなさる。狩人なんざ、ここじゃあ前頭だ小結だって持ち上げられてても、一歩この島をでりゃ、ただのごろつきと変わらねえのに、同じ狩人同士として、俺達に付き合ってくれた。お殿様、結構人気者なんだぜ』

『あんまり気にしてはいなかったが……そうか、嬉しいもんだな』

『……ついでに、お殿様は嘘ついちゃいねえし、俺だって騙されてるわけじゃねえ。狩人仲間にゃ、年二両だぞって、ようく言っとくぜ』


 そこまで言われては、それこそ『男が廃る』。


 戌蒔らと顔を見合わせ、姿勢を正した。


『赤籠手の九郎、下士足軽として、俸禄二両一人扶持で召し抱える。……名ばかりだが、本当にいいのか?』

『ははっ!』

『よし、九郎は今日からうちの侍だ』


 誓いの(さかずき)ってわけでもないが、一献酌み交わし、互いににやっと笑う。


『家名はどうする?』

『何でも……いや、川口がいい! 俺の村の名前だ!』

『お、おう……。じゃあ、早速だが、川口九郎!』

『ははっ!』

『明日、俺達は屯所に移る。迎えに行ってやるから、お前も荷物をまとめておけ』

『ははっ!』


 本人が納得して受け入れてくれたなら、それもありなのか?


 ……いや、俺も給金なしでお姫様に仕える決心をしたからこそ、今ここにいるわけで、全てが悪いってこともないだろう。


 報いるのは相当先になるだろうが、これもまた、一つの決意。


 ならば俺はそれを受け入れ、笑顔を増やそう。


 流石に翌日、改めて指南役に任じて下士役方格、三両一人扶持としたが、まあ、焼け石に水というあたりだ。


『いいのか? ……いいんですかい?』

『こちらに来る者には組頭も含むからな、その指南役が下っ端じゃ、指南される方も困るだろう』

『ははっ!』


 このような顛末を経て、川口九郎は狩人を引退し、黒瀬の侍となった。




 ▽▽▽




 その九郎を乗せた瑞祥丸を見送って半月。


 師走の変わり目に、今度は関船の鷹羽丸がやってきた。


「近次郎! わざわざ鷹羽丸で来てくれたのか!」

「殿、お久しゅうござる!」


 わいのわいのと、見慣れた顔が物珍しげに船板を降り、俺を見つけて一列に並ぶ。


「いや、実に大変でござった!」

「ん?」

「皆、御仁原に行きたがりまして……。ともかく、ご指示通り各村二名と賄方二名、他、ご指名の者ら皆、揃うております!」

「お殿様! おいら達、頑張ります!」


 指南役の九郎はもちろんだが、太平組の弥彦はこちらでの活躍が見込めると、名指しで呼んでいた。


 他にも、御仁原神社での修業と狐の世話役、御札作成の為に女房衆から神職の娘迪子(みちこ)と、その補佐に基子(もとこ)――大外記(だいげき)という書記官職の娘で、書写に強い――も御仁原入りしている。


 こゃん。


 もちろん、神社からお預かりしたお狐達も、一緒に並んでいた。


「今日のところは、引っ越しだ。皆、頼むぞ!」

「ははっ! 皆の衆、励め励め!」

「おう!」


 俺も皆に混じって麦俵を担ぎ、杖をつきながらも小さな包みを肩に掛ける九郎に、黒瀬はどうだったと聞いてみる。


「そうだなあ、思ったよりも……」

「ん?」

「酷かった。城の飯は粟混じりだし、一杯引っかけようにも、飲み屋すらねえ。売ってるのは、よろず屋の店先の黄粉飴と、(にない)い売りの蕎麦だけだったぞ」

「……へ?」


 隣に追いついてきた近次郎が、行李を担ぎなおして得意そうに笑う。


「勘内の店と、御庭番衆の屋台でござるよ」

「人も増えましたからな。蕎麦売りも始めました」


 と、これは大きな風呂敷包みを背負った戌蒔。


 儲け云々よりも、市井の民に成りきるための修業がメインで、ついでに、俺が喜ぶだろうと手配していたらしい。

 時折、国内の各村を巡り、かけ蕎麦を売り歩いているという。


「戻ったら、城にも是非、売りに来てくれ!」

「承知!」


 御仁原でも屋台の蕎麦は食えるが、そうじゃない。


 これまでは行商すら来なかった黒瀬国に蕎麦の屋台がある、というその事こそが、重要なのだ。


 ちなみに担い売りとは、手引きの屋台ではなく、天秤棒の前後に大きな物入れを取り付け、担いで売り歩くタイプの屋台である。


「……まあ、本気で酷かったがよう、城にゃ美人がいっぱいだし、俺の故郷の倍の倍の倍は、笑顔があった」


 お殿様がいいからなと、九郎は笑い、つられて俺達も大笑いした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ