第九十九話「大討ちとお鎮め」
第九十九話「大討ちとお鎮め」
評定の翌日早朝、大討ちの狩人達が出発した。
「えい、えい、おう!!」
集った十八組に加え、九郎の組で無事だった磯吉らを加えて総計七十五名、堂々たる討伐隊である。
への字組に若竹組など、日々、深部での狩りに慣れている彼らの強さは、番付表を通し、間接的に知っていた。
「ちょっくら行って来らあ!」
「期待しててくんな!」
中には三段目や序の口など、番付下位の新人連中も混じっているが、彼らに深部の経験を与える機会でもあった。
黒瀬組は、前頭の下位に位置している。
本腰を入れるならもう少し上になるとは思うが、無理のない範囲で狩るよう俺が命じているのと同時に、戌蒔から狩人頭を任されている猪楡も、頻繁に人を入れ換えていた。
聞いてみれば、個人で技を磨き己を高めるのも大事だが、今はまだ、党も新立したばかりであり、配下には役目や鍛錬、仕事を平均的に割り振りって各々の得手不得手を見極め、今後の課題を見つける為の土台を作っているという。
侍に限らず、大倭では個人の力量がとても重視される。……最たる例が俺であるのは皮肉だが、武家社会でも当主やその世継ぎに力を持たせることが求められていた。
特に大名は、その傾向が顕著だ。持てる力を存分に振るって魔妖その他の外力にうち勝ち、領国を維持することが最優先であった。
「俺達も行くか」
「はっ」
お鎮めへの同行が明日に決まったので、無理はしない。
昨日に続き、御札衆の為の下見と身体の慣らしを兼ね、近場で狩ることにした。
北から巡って西に大回り、鱗鬼混じりの小さな群を狩ること二十数回、西南へと伸びる踏み分け道の一里塚に出て握り飯を頬ばる。
「今頃は、入道岩に着いてる頃か」
「ですな」
今日は移動を重視しているので、鬼を見つけても遠ければ放置していた。
忍者は健脚の代名詞じゃないかと思うほど、戌蒔達の足取りは軽い。
時折すれ違う狩人らと挨拶を交わしつつ、続けて南下、今度は多少手強い三十匹ほどの群に出会った。
「うちの足軽でも、油断をしなければこの程度は大丈夫だろうが……」
「一組の人数を増やすのがよいでしょうな」
無論、訓練された忍者を基準に考えてはいけない。
それにまだ、昨日の今日で青写真さえなく、国許とも連絡が取れていなかった。……手紙を送ろうと思えば船に頼るしかなく、自前の廻船以外では不必要に高くついた。
「だが、何人ぐらい引き抜けるかな」
「御庭番衆も数となると、申し訳ありませぬが、ご期待には添えぬかと」
「流石に四十はな。それに……うちの足軽達には申し訳ないが、御庭番衆を宛うには勿体無い」
狩場の奥深くに入るわけではないし、当初は狩人より一人多い五人一組なら問題ないだろうと考えていたが、慣れるまでは倍の十人、あるいは全員が一部隊でもいいか。屯所にも、食事などを準備する世話役をおく必要もあるだろう。
無論、現在の生活を圧迫しては意味がなく、あくまでも『出稼ぎ』になるよう調整し、村々には儲けて貰わないと、何の為の御札衆か分からなくなる。
「まあ、手が増えるってのはいいことだ」
「ははっ」
その日は軽く流すと口にしつつも、何だかんだで小鬼三百三十に加え邪鬼二十二、鱗鬼が六に青甲虫――体長二尺、六十センチはある大きなカブトムシを狩った。
この青甲虫、地中にいてあまり見ないのだが、色が目立つので角や背甲が兜飾りに用いられるらしい。手間の割には高い、一揃い四百文で引き取られていった。
会所に獲物を換金しに行ったが、大討ちの隊はまだ戻っておらず、風呂で汗を流してから再び西の門に向かう。
「おや、黒瀬守様?」
「どうも、笠岡殿」
西門番頭の笠岡大聡に断りを入れ、城門の横で待たせて貰う事にした。
御仁原は港のある東以外の三方に、それぞれ城門が口を開けていた。城の中に町があり、言うなれば、輪中や環濠集落の発展したようなものである。
当初は丸太の柵に見張り台程度だったというが、数十年も一つ所に投資し続けると、このように立派な城塞都市が出来上がるわけだ。
石垣の高さは三間少々でその上に二間はある矢狭間が設けられており、合わせれば十メートル近い。
更には堀も幅三間、四隅と城門には櫓が配置され、天主や二の丸の代わりに大きな町を飲み込んでいたから、外見は巨大な平城である。
「……遅すぎる、ということもないか」
「まだ未の刻にかかったばかり、入道岩では、いま少しかかりましょうな」
往復六里に加え、戦も激しいと予想されていたが、やはり心配なものは心配なのである。
いつのまにか、杖をついた九郎もやってきた。
俺を見てにやりと笑い、手をひさしにして、西南の方角に目をやる。
「まあ、大丈夫だとは思うがよ」
「そう信じたいよ。まあ、俺よりは腕のいい連中が徒党を組んでるからな」
「……旦那方が手抜きしてるとは思わねえがよ、本気ってわけでもないだろうに」
「狩りだけに、己の全てを賭けるわけにはいかないからなあ……」
九郎と雑談を交わしつつ、やきもきすること半刻の後。
門を閉める刻限に近い申の刻、午後六時頃になって、ようやく大討ち組の先頭が見えてきた。
「磯吉!」
「兄貴! お殿様!」
「無事か!?」
「へい、なんとか!」
磯吉は幸い、命に関わる大怪我はない様子だが、他の者にも少なからず被害が出ているようだ。
隊を率いていたへの字組の頭、千太郎が、俺を見つけて片手を挙げた。
背中には怪我人を担いでいる。
「おっと、お殿様! 久しぶりだな!」
「千太郎!」
「何人かやられちまったが、この通り、大討ちはやりきったぜ! 明日は頼んだ!」
「おう、巫女様方はしっかりお守りする! ……代わるぞ」
「すまねえ、一平太は久米屋に放り込んでおいてくれ。俺は会所と代官所に顔出してくらあ」
帰還の騒ぎを聞きつけた町衆や戻っていた狩人達だけでなく、門番の半数も怪我人の移動を手伝ってくれた。
向かった七十五名の内、死者は六名。重い怪我で狩人への復帰が難しい者、七名。
その他の者も、多くが怪我を負っている。
「じゃけんど、大角鬼は二百以上斬ったし、八走や野伏せ桜も……いててて!」
「一平太、気持ちはわかるが無理に喋るな。治りが遅くなるぞ」
大討ちは狩人衆にとり、大儲けの機会であると同時に、己と仲間を守る戦いでもあった。
番付上位の手練れでも対処できない大きな群を放置すると、結果、狩人衆だけでなく、御仁原の町という『システム』の崩壊に繋がりかねない。
これでも鬼の規模に比べ被害が少なく済んだ方だと聞かされ、気を引き締めざるを得なかった。
翌日は無論、俺達の出番である。
「お久しゅうござる、黒瀬守殿」
「ご無沙汰です、原田殿」
見回り組が、い、は、ほの三組、そこに原田殿率いる門見組と俺達黒瀬組、計三十七名の集団である。
隊の指揮は衛士組頭の内場長直殿で、以前にも同行したことがあった。
「では、参るぞ!」
「おう!」
出発は日の出の直前、今の時期なら卯の刻で朝六時、南国故に震えるほどではないが、多少肌寒い。
いつもの打飼袋に握り飯と水筒のたすき掛け、また、俺を含む数人は、白い護摩木を山と背負っていた。
「右は任せた!」
「承知!」
途中、鱗鬼や大角鬼を下しながら先を急ぐ。
流石に数が多いと予想される大討ち直後のお鎮めは、重荷になっても道具を使わざるを得なかった。神通力も無限ではない。
一里ごとに休憩を取り、歩き続けること凡そ二刻。辰の刻には入道岩が見えてきた。
「これはまた、酷い有り様だ……」
「ええ、本当に」
主戦場となったのは入道岩から数十間先だと聞いていたが、そこかしこに鬼の骸が散らかっており……。
「戌に幽鬼!」
「巫女を守れ!」
「祓え給い、清め給え……」
俺も護摩木をその場に放り出し、すぐさま戦いの列に加わった。
まずは初戦で入道岩の周囲を確保、護摩木を焚いて近場の鬼から放り込んでいく。
衛士と神職は散って幽鬼を狩り、巫女は護摩の維持とお鎮め、俺達は倒された鬼をとにかく入道岩まで運び続けた。
は組の衛士や巫女らも、こちらに来たばかりだというのに、死臭漂う中、よく頑張っている。
「丑寅に鬼見ゆ!」
「行くぞ、戌蒔!」
「承知!」
当然、大角鬼や鱗鬼が群を為して現れれば、骸を放りだして応戦することになる。
大討ち直後でこれなら普段は如何ばかりかと、このあたりを狩り場にしていた九郎らの腕に、改めて驚かされた。
「黒瀬守殿!」
「助太刀仕る!」
「かたじけない!」
だが、こちらもそれなりの手練れ揃いで、昨日ほどではないが人数も投入している。
鬼を焼く護摩の火も一つ二つと場所を変え、激戦の中心地へと近づいた。
「最後に狩人の弔いだ。……丁重にな」
昨日亡くなった六人は、二人が屍鬼となっていた。……衛士が一礼の後に切り捨て、鎮めている。
九郎の組の菊太も弔ってやりたいが、逃げる最中のことで、死に場所さえ分からない。
やはり、魔妖は絶対に侮ってはいけない存在なのだろう。
思うところも増えたが、この事だけは深く心に刻んだ。
「さあ、帰りを急ぐぞ!」
「おう!」
昼の大休止も含め、たっぷり二刻ほどは掛かったが、周囲の『全て』を焼き尽くし、お鎮めの仕事は終わった。




