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第九十八話「御仁原の事情」

第九十八話「御仁原の事情」


 御札衆の一件は翌朝、代官川原大掾様の耳にも届いており、代官所から呼び出しが掛かった。


 役人に言われた通り辰の刻、十時頃に訪ねると、川原大掾様や宮司殿の他、狩人吟味役(ぎんみやく)の笹原殿、会所の大野屋友次郎、町衆筆頭で四人居る名主(なぬし)を束ねる梅井屋桐室(とうしつ)ら、御仁原の重鎮や顔役達に迎えられる。


 差詰め、最高幹部会議とでも言うべき顔ぶれだ。


「黒瀬守、安心せい。主の案だが、基本的に認めても良かろうという話の流れでな」

「信心深き黒瀬守殿に、重ねて感謝を」

「狩人衆は概ね、一里であれば稼ぎの大勢に影響なしと、小鬼の件を喜ぶ者が多うございました」

「町衆に異議、ございませぬ」

「狩人座会所は、取引についての詳細を詰めねば返答を出来かねますが、今のところ歓迎すべき状況と見ております」


 俺が神社に頼んだのは口添えだったが、話まで通して貰えたらしい。


 茶菓子と茶の減り具合から見ると、かなり早朝から会合が持たれていたようだ。


「千両万両の話ならともかく、数十両の話ではな……。いや、一里までの狩り場であれば、疾鬼などを含めて年に数百両というところか、黒瀬守?」

「はい。出来ますれば、そちらにて補いをつけたいと思っております」

「……まあ、大した違いではあるまいか」


 川原大掾様は右筆の差し出した紙にさらさらと自著と花押を記し、俺の手元に滑らせた。


 御仁原代官所黒瀬御札衆組頭を命ず、と書かれてある。


「この一筆が、御仁原安泰の嚆矢(こうし)にならんことを願っている。……励め」

「……謹んで、お受けいたします」


 俺は三州公をお殿様と仰ぐ配下ではないが、軍役時に脇備副将や北備大将を命じられたように、在地の大名が役職を貰うことは珍しくなかった。


 三州三川家が徳川将軍で大名が藩主、それに近いような、近くないような、微妙な関係である。


 役料は無役、つまり給金なしのただ働きだが、役得も無くはない。


 少なくとも、俺と御札衆の面々は、狩人株に関わりなく御仁原への出入りが可能となる。


 御札衆の差配は俺に一任されるが、役職には『黒瀬』の名が入っていた。

 いわゆるお墨付きに近いが、名誉でもある。


 ここまでは、予定された流れだろう。

 顔役達が、口を開いた。


「黒瀬守様には今更でしょうが、三役どころか前頭の狩人でも、日にそのぐらいは稼ぐ者がおります」

「憚りながら、御国許の懐事情はお伺いいたしましたが……無茶をなさる」

「もう少し役得を得られてもよいように思いますが、如何でありましょうや?」


 利益をもっと多めに得て同時に負担も増やせ、ということらしいが、うちが石高百三十石の細国であることを告げると、顔役らはどうしたものかと目を見交わし、黙り込んだ。


 門見国のような大国ではなくとも、小国中国の大名だと思われていたようである。狩人株の取引値を考えれば、それもそうだろうと俺でさえ思う。


 会所の友次郎は知っていたはずだが、素知らぬ顔で茶をすすっていた。……顔役らの間にも温度差があるようで、流石は商人、抜け目がない。


覚書(おぼえがき)も先にまとめたが、黒瀬守からも何かあれば申せ」

「拝見いたします」


 この場合の覚書は、忘れないように書き記す意味ではなく、代官所の発する法令、あるいは契約書の約款だ。


 細部も決められていたようで、小鬼以外の角や魔ヶ魂などは会所にそのまま卸すこと、狩り場では狩人衆と同じ触れが適用されること、運上冥加は定めないが扶持や具足その他費用は自弁すること、年に一回は出仕することなど、多少息苦しくなったが、露骨な負担の押しつけはない。


 また、市中に幾つかある屯所(とんしょ)の一つが、御札衆に貸し与えられることになっていた。


 屯所は代官所の付属施設で、援軍を呼んだ場合などに宿舎兼駐屯地として使われる建物だ。普段は使われないので、好きにして良いらしい。


 流石に衣食は自己負担だが、船を使って運び込む許可も下りていた。……狩人のように、宿へ泊まりこちらの物価で飲み食いすると、確実に足が出る。


 利益が上がれば賞与(ボーナス)ぐらいは出したいが、具足の新調も含め、最初は苦しい予定だった。


「覚書、しかと拝見いたしました。また、お気遣い、誠にありがたく思います」

「うむ。……さて、黒瀬守。余から一つ、提案がある」

「はい、大掾様?」

「小鬼だが、半分と言わず、全て任せてもよいか?」


 川原大掾様の顔にはその方がいいだろうと書いてあった。


 鵜呑みにするわけには行かないが、仕事が倍になる意味をほんの少しだけ考え、頷く。


「はっ、当初予定の二十人では、年に二十万を狩るのは厳しいかと存じます。増員はお認め戴けますでしょうか? お許しがいただけるのであれば、是非、お引き受けいたしたく思います」


 二十万匹を三百六十五日で割れば、概算で一日五百から六百を狩らなければならない。


 黒瀬周辺の春狩り夏狩りであれば、一つの群が三百四百も珍しくなく、多い日なら十人組が疾鬼混じりの二千匹を下す。

 

 だが御仁原では、十数匹の小さな群を幾度も狩ることになる。流石にそのままとは、行かなかった。


「おお、御札衆は無論、黒瀬守の差配に任せる。人数も良いようにせい。だが……そうだな、仮に五十名を以て最大とする。屯所は無理をすれば百人が起居できるが、不都合があれば上申せよ」

「ははっ」


 代官殿と宮司殿は御札衆の設置に乗り気、顔役らは、利益を得る機会でありつつも、お互いの牽制によって大きな動きが出来ないのかと、それぞれの表情を比べる。


 ……御仁原という特異な町の中身が、少し見えてきたかもしれない。



 ▽▽▽




 後ほどの話になるが、こうも簡単に提案が認められた事情を不思議に思い、また、御札衆の今後にも関わるかと、戌蒔達に内情を探って貰った。


 代官殿は調整役でありながら、三州の利益も確保せねばならなかった。


 意外なことに、御仁原代官所の主な収支は、隠されていない。


 これは各種株が公に取り引きされ、権利役得が公開されているお陰でもある。


 狩人株百組は冥加金百両で一万両、商人株のうち大株持ち十人の冥加金が千両にて一万両、町衆は合算で一万両だが、飯屋と鍛冶屋では利益が違いすぎるので、そこは名主達が調整していた。


 しかしさて、この三万両から大社に御仁原冥加として一万両が献じられるのだが、無論、残りの二万両から代官所や城壁、関船の維持費、常駐する侍や足軽、水主の俸禄も出さねばならぬわけで、手間の割に儲からぬと感じていた。


 御札衆設立は、特に狩人衆と神社の負担が軽くなる上、代官所ならびに三州の負担はほぼない。

 同時に、主戦力である狩人達に余力を生むわけで、余力は即ち戦果に繋がった。


 代官所に直接の増益はなくとも、御仁原の株持ち商人が方々で利益を上げ取引を拡大するならば、三州全体の経済が上を向き、御仁原の町、ひいては代官の評判も上がる。


 後押しせぬ理由は、なかった。




 御仁原神社と宮司殿は、基本的に大社の方針で動く。


 その大社も、よく訓練された衛士と巫女を維持するのに大金を費やしているが、死者も多く常に苦境の最中にあった。


 それでも御仁原の魔妖祓之御珠を維持管理し、見回り組を派遣しているのは、大御神への奉仕、その重要な一つである魔妖の駆逐と人の住む領域の拡大という大看板を掲げているからだ。


 ……つまりは宗教的な理由で引くに引けないのだが、魔妖の襲来で国が滅び、土地と人が喪われるのをくい止める意志の力、その現れでもある。


 その助力を自ら買って出ようという信心深い大名は、裏も表もなく歓迎すべきだった。


 神様とご縁がある俺としては、黒瀬が一番であることに変わりはなくとも、小さな一助が恩返しになるならそれでいい。


 だが神社は、その小さな一助さえ、本気で欲していた。




 その他の三者、狩人衆、商人、町衆については、御札衆の設立こそ歓迎しているが、株を持つ権利者という一点こそ共通していたものの、立場は様々だ。


 狩人衆は分かり易い。

 単純に手間と負担が減る。


 思惑が一つところにあるわけではないが、小鬼退治に費やしていた時間を使い、もっと儲かる魔妖を狩ればいい。


 町衆も、基本的には歓迎している。

 儲かった狩人衆が金を落とす可能性が増える上、御札衆という新たな逗留者も買い物をせぬというわけではないだろう。

 いくら貧乏細国の足軽でも、風呂屋ぐらいは使うはずだ。


 十人いる大商人達は、複雑だった。表向きは一枚岩で運営される会所だが、内幕は面倒なことになっているという。


 会所に持ち込まれる狩人の獲物は上中下と格付けされ、大角鬼の魔ヶ魂ぐらいまでは、均等に買い付けの権利が割り振られた。

 十個持ち込まれれば一つは確実に仕入れられるのだが、もちろん、この権利を他の九人の誰かに売ってもいい。


 上の格の獲物は、競りに掛けられる。

 こちらもまあ、競りであるからには、均等に権利が持てるよう配慮はされていた。


 問題は、『誰が』その増えるであろう利益を得るのか、という部分だ。


 これまでも、権利こそ均等であったが、利益まで均衡しているわけではないし、競争もある。


 特に今は、美洲津に本店を構える大野屋と、武州(・・)からわざわざ手を伸ばしている(ほこ)屋が、会所の世話役を巡って争っていた。


 お陰で時ならぬ忍戦(しのびいくさ)が始まりつつあり、戌蒔がとばっちりを食ったのだが、武州と聞いては俺も穏やかではいられない。

 先に調べておけば良かったのだが、後の祭りである。


 戌蒔にはもう少し詳しい調査を頼んだものの、一体何をどう警戒すべきやらと、天を仰いだ俺だった。




 ▽▽▽




「殿の采配には驚かされますな。株の間借りどころか、屯所を借りてしまわれるとは……」

「まあ、痩せても枯れても大名だからな。話ぐらいは聞いて貰えるだろうと、高を括っていた部分もあるぞ」


 午前中は代官所で評定に付き合わされたが、昼から近場で狩りを行うことにした。


 久しぶりの狩り場は、冬枯れで風景が一変しており、どうにも寂しい印象だ。


「距離が分かるよう、踏み分け道以外の場所にも一里塚が要るかな?」

「はっ。狩り場一里の決め事は、村の入会(いりあい)や水利同様にてございます。もめ事の種は、少ないほど宜しいかと」


 御札衆には、しっかりと『黒瀬』の名が入っている。

 

 組織もその人選もまだ少し先になるが、御札衆そのものにも厳しい規律が必要かもしれない。


 今後の相談を重ねつつ、小鬼疾鬼を狩っていった俺達だった。


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