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サカナじゃないけど出世魚  作者: 大橋和代
飛ばされ者編
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第九話「雑兵小物格、一郎」


 三吉の住む裾清水村から城のある黒田の城下町までは距離もなく平坦な道のりで、大して時間もかからずに到着した。


「……」


 ……通ってきた村よりは、幾らか賑やかかもしれない。

 道も多少は太いし、一軒きりだが店も見かけた。人もまあ、多い方だろう。

 じろじろと見られているが、最近はもう慣れてきている。


 もちろん、集落の中心にはお城『っぽいもの』が建っていた。


 俺の背丈よりも低い石垣に、庄屋屋敷と変わらない白壁があるだけというびっくりするほど小さなお城だが、天守閣っぽい建物が二階建てなだけましなのかと思わないでもない。

 近づいてよく見ればシャチホコもなく、門構えも庄屋屋敷と似たり寄ったりで、お殿様が自ら貧乏だと口にするだけあって、小国ではこのぐらいが相場なんだろう。


 ……それに、集落を城下町と考えるなら、破格の大きさかもしれない。


 深呼吸を一つ、書いて貰った認め状を懐から出し、十段しかなかった石段を登る。

 門番は、いなかった。


「よう来た、一郎!」

「穴沢殿!」


 開いていた門の向こう、書類束を持った穴沢殿が運良くこちらを見つけてくれた。




 ▽▽▽




「殿、皆揃いましてございます」

「うむ、苦労である」


 二階建ての天守閣、その広間に城中の人間が集められていた。


「この者、谷端の無宿者で名は一郎と申す。先の小鬼狩りにて見事な益荒男ぶりを見せたが故、余が自ら取り立てた。

 見知り置け……とは申せども、この体つき、もう覚えたであろう?」


 但し、にやりと笑ったお殿様の元に集まっているのは、俺を合わせても……七人きりである。


「今は雑兵(ぞうひょう)ではあれど、何れ大家の足軽大将(だいしょう)のもかくやの働きをしてくれようと、余は期待しておる」


 まずはこの城の主、橋本鷹原守様。

 先日、俺達を率いて小鬼退治の先頭に立っていたお殿様だ。下にもまだまだ名前が続くそうだが、余程親しい間柄しか口に出来なかったり、その下の名など何かの行事や冠婚葬祭でもないと口にしてはいけないらしい。下っ端兵隊の俺だが、とりあえず、『殿』と呼ぶ分には失礼には当たらないと教えて貰っている。

 数十万石もの石高を誇る大名家などでは下働きと直接会話してはいけないなどの決まりもあるらしいが、うちのお殿様は官位が低いので直答を許された時――話し掛けられた時は問題ない……などと言われても、正直なところ戸惑うばかりだった。


「……」


 次に、お世継ぎの亀千代(かめちよ)様。まだ七歳だがこの雰囲気で行儀よく出来るとは、すごい子かもしれない。奥方は亡くなられているそうで、少し可哀想な気にはなる。……じっと見られているが、それはまあいいだろう。


「殿の仰るように、まっこと大きゅうござる」

「ほんに六尺ございましょう」


 家臣で一番偉いのは依田(よだ)甲之新(こうのしん)様で、この方が家老として実務を取り仕切っていた。家臣ではこの人のみ、『様』付けにしておけば問題ないらしい。側にいる息子さんは先日小姓として谷端までお殿様についてきた鶴丸(つるまる)殿だが、もちろん俺より偉い。


「これで動きは鼠のように疾く……」

「力もありますな」


 これに先日お世話になった長柄足軽小頭の坂井孝徳殿、算用方役人の穴沢新内殿、そして俺、合わせて七人で全てだった。


 後で教えて貰ったが、お殿様の賄方(まかないかた)――料理人は穴沢殿が兼任だし、坂井殿は馬の世話をする馬方(うまかた)を兼ねているそうで……。

 その他のことも、雑用まで含めて大概は依田様、穴沢殿、坂井殿の三者で片づけ、どうしても人手が足りないときはその時々に応じて領民を雇い入れているという。


「『作法も何も分からぬ無法者にて、皆々様の……』」


 直前に穴沢殿から教えられた口上を述べ、『平伏』――土下座した。

 畳の上だったし、他の人も殿のお出ましには同じく平伏している。

 元の日本と礼儀作法が違うのだと思えばそこまで腹は立たなかったし、時代劇っぽいぞと思えば少しは楽しいものになった。


「早速だが、新内」

「はっ!」

梅渓屋(うめたにや)に言うて小袖一着に加え、下着などを手当してやれ。

 孝徳」

「はっ!」

「適当な武具を用意せよ。……まあ、具足は合わぬものばかりであろうが」


 武器もこちらで貸して貰えるらしい。

 駄目なら木の棒でも探すかと考えていたが、そのあたりはまともなようである。


「甲之新、昨日問うた一郎の給金については如何にする?」

「はい、殿。

 ……職禄(しょくろく)雑兵(ぞうひょう)小物(こもの)格としても、蔵米(くらまい)三俵一人扶持(ぶち)、これは譲れませぬ」

「渋いのう……」


 何が『渋い』のかその時はよく分からなかったが、並の家に仕えるなら、雑兵――一番下っ端の槍持ち兵士――より格の低い下働きの下男ですらこの倍は当たり前に貰えるらしいと後から聞いた。ちなみに蔵米とは、幾種類かある給料支払方法の一つで、米の現物支給である。これを店に売って現金に換えてもいいし、そのまま食べてもいいそうだ。


「一郎」

「はいっ!」

「まあ、飯は食わせてやれるが、給金はこの通りでな、相済まぬ。

 ……しばらくは新内に預ける故、よく働きよく学べ」

「はいっ! ありがとうございます」


 だが、信用も後ろ盾も何もないこの俺を、小鬼退治の働きだけ見て雇うと決めたお殿様への感謝もある。

 とにかく、飯が食えて給料が出るのだから、最初の一歩としては上等だと思いこむしかなかったし、まあ、雰囲気は悪くない。


 それに。

 幸さんの励ましじゃないが、なんなら実力を蓄えて出世してもいいのだ。


「それからな、亀千代の『三州(さんしゅう)公御挨拶』にも加える故、そのように致せ」

「はっ!」


 皆と同じように平伏する。

 ……さあ、また分からないことが増えてきたぞ。




 解散後、俺は穴沢殿にそのまま城下唯一の店、梅溪屋へと連れて行かれた。


「次郎、おるか!」

「へい、ただ今!」


 城から見てほぼはす向かい、いかにもよろず屋という風情の店は、よく手入れされた雰囲気こそあるものの、どこか寂れていた。


「一郎、この者が梅溪屋の主人、次郎だ」

「梅溪屋次郎にございます」

「今日よりお城に勤めます、松……っと、一郎です、どうぞよろしく」

「……へい、毎度宜しゅう願います。

 それにしても大きゅうあられますなあ……」

「こう見えてはしっこいし、ようよう働きよる。よって殿が御自ら取り立てられたのだ」


 そのまま奥に上がらされ、呼ばれて出てきた奥さんから身体の寸法を計られる。


「まあ、一郎なら、その働きようで一反二反の布代ぐらいすぐに……」


 穴沢殿は空で算盤(そろばん)を弾きながら若干渋い顔をしていたが、普通の大人なら一着分の着物を作れるはずの一(たん)――決められた長さが巻かれた布――では足りないらしく、俺の小袖には二反分の木綿が使われることになった。

 ちなみに小袖とはいわゆる普通の着物、形で言えば浴衣のような感じの和服っぽいあれだ。他の人も着ていたし、大概はこれ一着で話が済むらしい。袴がつくと正装にもなるが、俺の身分では着てはいけないそうである。


 若干余るので、巾着袋をおまけして貰えることになったが、財布が欲しかったので地味に嬉しい。


「はあ……。ああなると長いから、お茶でも煎れてきますね」

「はい、ありがとうございます」


 支度金というわけではないのだろうが、あっと言う間に小袖一着に加え、ふんどし、腰帯、旅に備えた大草鞋六足を用意して貰うことができた。……今でさえ、ふんどしなどは石干し(いしぼし)――天気がいいせいもあるが、河原で日当たりのいい大石に張り付けて素早く乾かす――で誤魔化しているので、出来れば着替えも欲しいところだが、まだ先日の四匁――小鬼退治の日当二日分――以外、給金は貰っていないので諦める。


「そこはほれ、先日のアレの件もあるしだな……」

「いやいや、大商いではございますが、ここはこう……」


 このお会計が穴沢殿と次郎さんによる丁々発止の攻防による結果、一両と一()に銭百二十文になった。


 幸いかどうか、『両』は何となく聞いたことがあるし、穴沢殿の手元にはあんまり大きくない小判があったので、たぶん間違いない。

 だが、『分』と『銭』には少々困らざるを得ない。先日受け取った『匁』は、そもそもどのあたりになるんだろうか……。


 聞くは一時の恥、とりあえず、聞いてみるしかない。


「あの、穴沢殿、次郎さん。

 俺にもお金の事、教えて下さい。

 それから、これでもう一つ、ふんどしって買えますか?」


 顔を見合わせた二人に、俺は先日お殿様から貰った四匁の銀を見せ、もう一度頭を下げた。



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