プロローグ
「ここ、どこだろ……?」
気がつけば、知らない場所に立っていた。
ぼーっと見回してみるが、夢の中って感じじゃない。
はっきり言って何処なのかわからないし、景色は山の中だ、としか言い様がなかった。
昔、学校の遠足で来たような、それほど高くない山の中。
遠くに高い山が見えるから、こっちは低いんだろうと思っただけで、本当はそこそこ高い場所かもしれない。
但し、道が見えないので、どちらに向かおうかという気分も起きなかった。
時間は昼頃……だろう。
もちろん腹が減っているから昼だってわけじゃなく、太陽が上の方にあるからだ。
「……ってか、何もねえな」
落ち着いてる、ってわけでもないが、慌てたところでどうしようもない。
地面に座り込んで、ため息をつく。
着ているのは寝間着代わりのTシャツにジャージで、当然裸足。……足が微妙に痛いのは、踏んづけていた小石のせいだろう。
当然、ケータイも財布も鞄も、何もなかった。
誘拐でもされて、途中で捨てられたのかと思いかけるが、そもそもそんなことをされる理由が思いつかなかった。
うちは親父が会社役員ってわけでも、母さんが元華族って家柄でもないし、家だってローンの残ってるマンションだ。
妹は両親にも俺にも似ず可愛いが、それが目的だったら俺じゃなくて妹が狙われるはずで……。
まあ、仮に誘拐だったとしても、妹じゃなくて俺で良かったと思うしかないか。
代わり映えのしない山の中、鳥の声が聞こえてきたが、それだけだ。
歩いてどこかに向かおうという気分にもならず、俺は横手の木にもたれかかった。
ぼーっと、景色を見渡す。
「あるじゃねえか……」
道が。
一つ向こうの山と山の間に、道と田んぼが見えた。
……すんごい遠いように見えるけど。
はあ、行くしかねえよな、これ。
しかしまあ、なんだってこんなことに。
昨日寝たのは十一時過ぎ。
講義が終わった後バイトに出て、家に帰るとすぐに飯を食って風呂に入ったのは覚えてる。
別に両親も妹にも、変わった様子はなかった。
変な夢を見た覚えもないし、寝過ぎたとか寝不足とかいうこともない。
考えれば考えるほど、わからなくなってくる。
一体何時間歩いただろう。
足の痛みと気疲れで、休憩を挟みながら歩いていてもこの体たらくだ。
「足、痛てえ……」
なんとか夕暮れ前に道までは辿り着くぞ!
……と思っていたが、裸足で山歩きってのは、思った以上にきつかった。足の裏は小さな傷がいっぱいで、血が滲んでいる。
落ち葉の積もってる上はまだましだったが、ところどころには小枝も石も落ちていた。
腹も減ってくるし、喉もカラカラだ。
……自販機探そうにも道はその向こうだし、第一、財布も何も持ってなかった。
それに、何だか熱っぽい。
昨日は体調が悪いってこともなかったし、夕飯もいつものように美味しく食べた。
それでも歩き続けるしかない。
とにかく道にたどり着かないと、いずれ野垂れ死んでしまう。
だが、体調不良は待ってくれなかった。
本格的にまずいなと思い始めた頃には、体を動かすのも苦しくなっていた。
ぼうっとした頭で、倒れるのは痛いから嫌だなと、足から崩れるようにしてごろんと横になる。
道までは、後どれぐらいだろう。
割と頑張ったよなあと思いながら、俺は意識を手放した。