表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

読み切り短編

暗黒童話と籠の鷹

作者: 本宮愁

 煌々と照らす熱灯り。

 冷え冷えとした石畳。

 ひきずる鎖は蛇のよう。

 滴る毒は石をも溶かし、

 ――囚われの鷹を死にいたらしめる。



「ねぇ、いたい?」



 くつくつと喉をならして、少女は笑う。

 絹糸のような髪が、汚れた床を這うのもかまわず、美しい顔をうつむけて。



「こたえなさいよ、かごの鳥」



 ガラス細工のような蒼い瞳に、影が落ちる。長いまつげが、石壁のなかでゆれていた。

 赤い赤いくちびるが、麗しい笑みを形づくり、ふたたび古い伝承歌を口ずさむ。


 たおやかな指先が伸ばされたさき、錆びた格子戸が、ガキンと硬い悲鳴をあげた。

 足もとに転がってきた、ちいさな石のかけらを拾いあげて、少女は手のなか、もてあそぶ。



「ふふ。……なまいき」



 格子戸の奥、凍えた暗闇のさきで、大柄な影がわずかにゆれた。


 かすかな灯りも届かぬ暗がりに、少女は、無造作に石を投げかえす。非力な細腕では、石は目標まで届かずに、カツンカツンと床を滑る。


 がしゃり。


 金属の擦れあう硬い音。すこし遅れて響く、濡れた水音。鉄錆の香りが、ぷんと鼻につく。ひたり、ひたり。むせ返るように濃密に。


 紅い涙が溺沼ヌマを生む。

 枯れた悲鳴が狂風カゼを喚ぶ。

 燃ゆる翼はすでに亡く。

 空は遠く閉ざされて、

 ――哀れな鷹は鳥籠オリのなか。


 響く。少女の歌声は、反響して、幾重にも。



「かごの鳥。翼をうばわれた、あわれなタカ。まだあたしにさからうの?」



 しゃらり。鎖の擦れる音だけが、闇の奥から返ってくる。


 クスクスクス。笑う少女の指先が、彼らを隔てる柵に届く。錆びた格子に手を滑らせて、胸の高さで、ギィと握る。



「するどいツメもクチバシも、ふるえなければ意味もない。ねぇ、あなたは、まだタカでいられるのかしら? 狩るべきエモノもない暗闇で、ぶざまに鎖にしばられて」



 空気のゆれる音がする。手負いのケモノの荒い息づかいが、闇の奥から響いてくる。


 少女は、ふわりと広がったワンピースの裾を持ちあげる。


 いくつもの布が重なった、華やかな装飾が浮きあがり、白い柔肌にポツリと色づいた桃色の膝があらわれる。


 ジャリン、重く冷たい音をたてて、金属の塊が床に落ちる。少女の足もと、石床の上で存在を主張する、束のひとつ。蝋燭の光を反射して、装飾のない無骨な鍵が輝いた。



「おいでなさいな。あかりのもとへ。あたしの前にひざまずいて、みにくい姿をさらしなさい。上手に許しがこえたなら、ここから出してあげてもいいわ」



 沈黙。



「――タカ」



 ひときわ冷たく少女の声が、凛と空気を切り裂いた。



「いますぐひざまずいて許しをこいなさい!」



 キィン――と響いた叫び声。


 闇の奥でようやく、ずるり、となにかが動く音がする。ガチャガチャとせわしない金属音をたてながら、ゆっくりと時間をかけて――。


 重い身体を引き摺るように、それは姿をあらわした。


 額には絶えず汗が滲み、張りついた濃茶の髪の隙間から、くすんだ灰色の瞳がのぞいている。


 乾いた血と泥に汚れてはいるものの、身なりさえ整えれば、色男と呼ぶに十分な容姿をしていることが想像できる。


 男の四肢に絡みつく重厚な鎖が、鈍く存在を主張していた。


 格子戸にもたれるように腰をすえた男は、少女を無言で睨みあげる。


 ――格子ごしに交わる視線。


 少女は、鼻で笑って、鍵の束を靴で蹴った。床の凹凸に跳ね上がり、チャリンチャリンと高い音をたてながら、鍵は格子戸の間際まで転がっていく。


 それに視線を落として、男はようやく口をひらいた。



「……なにを考えている」



 低く漏れだす声には、隠せもしない疲労と苦痛とが、およそ半々に滲みでていた。

 左腕から滴る血が、しとり、しとりと、石畳を汚していく。



「出たいのでしょう? タカがタカであるために。外のセカイへ、出たくてたまらないのでしょう?」



 少女が笑う。



「――出してあげる、っていっているのよ」



 少女の足先が、鍵の束を、さらに奥へと押しやった。いまはもう、格子戸から指先が届くほどの距離にある。


 解放の鍵は、目の前に。


 いまいちど、少女を睨みあげた鷹の腕が、ためらいがちに持ちあがった。

 両手首をつなぐ拘束が、格子戸に絡まって、硬い音をたてる。


 灯りのもと、左肩から流れだした血が、腕を這い、石畳を濡らす様が、はっきりと見てとれた。


 指先が、鍵をつなぐ輪にかかった瞬間。


 少女は、黒い革靴を踏みおろした。容赦のない勢いで、男の手を床に縫いつける。軽い体重を補うように、ぐりぐりと足首を捻りながら。


 苦痛に顔をゆがませる男に、少女の手が伸びた。

 細い腕は簡単に格子をすり抜けて、男の首にさがる金属の蛇をすくい取る。


 鎖を引いて、引き寄せた男の顔に、白魚のような指先がかかる。育ちの良さを感じさせる、柔らかな手指。



「いいカオ……好きなだけにらんで、好きなだけにくめばいいわ。虚勢をふりかざして」



 細い指先が、ゆっくりと、男の首を這う。



「――でも、あきらめるのはゆるさない」



 少女の爪が、皮膚を抉った。

 傷ついた動脈から流れだす、赤い赤い血。


 それをみて、少女は、艶然と笑んだ。



「あたしは、さえずる小鳥になりさがった鷹に興味はないの。大空の支配者らしく、お高くとまっていなくちゃ価値がない。……お父さまは、わかっていないのよ」



 少女の足が持ちあがり、手ごと下敷きにしていた鍵の束を、軽く蹴ってシャリンと鳴らす。



「この鍵はニセモノ。ざんねんね。だけど、あなたはあたしが連れだすわ」



 それだけ言い残して去っていく、15に満たない少女の背中を、男は無言でみつめていた。



*****



 それから、二日後の夜。


 一部の筋では名のしれた、さる豪族の館が、唐突に焼け落ちた。


 混乱のさなか、はぐれた者たちの行方は知れず。


 焼け跡から発見された地下牢には、ただ、何者かが拘束されていた痕跡が残されているのみだったという。



*****



 あら、随分とひさしぶりじゃない。

 もどってきたの? わざわざ逃がしてあげたのに、律儀なひとね。


 ――それとも、今度こそ私を殺しにきたのかしら。


 あなたの予見したとおり、私はここの王さまになったわ。お父さまの権力なんてもう、雀の涙くらい。そろそろくるんじゃないかとは、思っていたのよ。


 ……すこしはなにか話したらどうなの、鷹。


 依頼は無効になってる? そう。あなた、死んだことになってたの。じゃまな足枷が消えて清々したんじゃなくて?


 お前と一緒にするな? あいかわらず、可愛くないひとね。八年も経っているのに、なにも変わってないじゃない。


 それで、飛びまわった空はどうだったの?


 ……あら。また、だんまり?

 いい加減に、ひとつくらい質問に答えなさいな。


 あなたは、なにをしにここへ?

 つながれた鎖が恋しくなったのかしら?

 今度こそ、私に死ぬまで飼い殺されたい?


 ――ふぅん。

 わかってるじゃない。


 そうよ、家畜に成り下がったケモノに興味はないの。八年前から変わらない。私が欲しいのは、野生のままの鷹。それを閉じこめる、巨大な籠の鍵。


 せいぜい鎖を下げたまま、空高く飛びまわればいいわ。


 忘れたくても忘れられないのでしょう?

 あなたの生は、自由は、私から切り離せないものね。


 あなたが飛ぶ空は、もはやあなたのものではないの。

 あなたは、私のモノ。広げた翼の端から端、鉤爪の先にいたるまて、すべて。

 あなたを生かすのも、飛ばすのも、私。



 ふふ。――いいカオ。



 それを見られただけでも、八年ぶりの感動の対面に、意味ができたわね。


 もういくの?

 そう。


 いってらっしゃい。籠の鷹。

 また会える日を楽しみにしているわ。



 煌々と照らす熱灯り。

 冷え冷えとした石畳。

 ひきずる鎖は蛇のよう。

 滴る毒は石をも溶かし、

 ――囚われの鷹を死にいたらしめる。


 逃れた先は、籠のなか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い [気になる点] ぜんぜんない [一言] 俺のもぜひ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ