アーサー子孫の異世界冒険記
ファランへ
お前の成人の儀で女王陛下が直々に参加してくださることになった。お前の兄の時も参加してくださったが本来ならありえないほど光栄なこととも言える。絶対に遅れず帰って来るように。自分の誕生日くらい覚えていると思うがもうすぐ一ヶ月を切るぞ。急げ。新しい服の用意やらなんやらと有るんだから。遅れたら最悪不敬罪で首が飛ぶぞ。
アルヴァ・ペンドラゴンより
そんな手紙がきてもう一週間になる。流石にまずいと思った俺は急ぎ英国へと飛んだ。飛行機に乗るのは二度目だがやはりファーストクラスは快適だ。ビジネスクラスに乗ってみたいとも思うが態々苦しい環境へとランクを下げる必要もない。機会があれば乗ってみるとしよう。英国に着けば案の定、父の迎えが来ていた。いつもながら見事は情報収集力である。そのまま迎えの車に乗り、家へと向かう。家には若干お冠の父がいたが少し話をしただけで仕立て職人に預けられ服のサイズ等々の情報をとられる。今思えば英国に帰ってくることなど5年ぶりである。何かと帰ってくるように手紙をもらってもいたが無視していたし。父の短気な所は相変わらず変わらないが。サイズ等を測り終えたら暇を持て余したので執事に頼んで此処数年の新聞を持ってこさせる。新聞はいい。暇を潰すには持って来いだ。と言っても全部を読んでいたら真面目に時間が足りないので読むのは大見出しだけだが。政治に大規模な事件。景気に至るまで様々なことが書いてある。幸い成人の儀までは時間もある。全て読むことはできないだろうが目新しいものから読み込んでいくとしよう。食事の時間になったら母と二人で食事。父は忙しいらしく、兄も既に結婚している。
「ファラン。貴方も二十歳になったらいい加減結婚してもらいますからね」
「また、その話ですか母上。少なくとも留学が終わるまでは結婚をしないと言ったはずですよ。兄上が結婚して次期当主も決まったのです。私が急いで結婚する必要もないでしょう」
「いいえ、世の中何が起こるかわからないのです。早々に結婚して母を安心させて」
ふぅ、と肩を竦めファランは食事を再開する。ファランにとっては結婚などまだまだ先の話だ。今、急いで結婚する必要性などまるで無い。にもかかわらず彼の母親はそれをわかっていないことがファランにとって厄介だった。もっとも、母親のほうも必要性を理解してくれないファランに困っているのだが。食事も終わり練武場へと向かう。もっとも屋内ではなく屋外のだが。ペンドラゴン家は主に道場で金を稼ぐ一族だ。当然、一族の人間は強くなくては話にならない。フェンシングにサーベル、槍術まで幅は広い。ちなみに俺は槍。その関係で中国にいったとも言える。ペンドラゴンの道場は貴族にとって通えるだけでもステータスの一部とみなされるほどペンドラゴン家は名門だ。王族であっても男ならば絶対通わなければならないほどに、ちなみに女だと個人で決められるらしい。王族ではないので詳しくは知らないが。
練武場にて一人槍を振るう。壁に向かって壁を傷つけないように刺突を繰り返す。槍の奥義はやはり突きだ。なぎ払いや振り落としなどその長さを生かした戦いもできないわけではないがそれはあくまで1対多の時に使いもの。対1の際は突きが基本であり、銃やミサイル、核爆弾がある今現在。多人数どころが対1でも槍を振るうことはあまりないだろう。せいぜい偶に来る暗殺者を殺すときくらいである。全くもってなぜ俺を狙うのだろうか。兄ならばわかる。次期当主だ。いや、もしかしたら俺の知らない所で狙われているのか?俺も誰かに言ったりしてないし。そんなものなのだろうか?疑問に首を傾げながら槍で後ろをなぎ払う。ギャキンと嫌な音を出してサーベルで受け止められるが。
「あ」
「あ、じゃねぇよ」
そこにいたのは結婚にして中々家に寄り付かない兄だった。
剣と槍を交わしながらファランは五年振りの兄との会話を楽しむ。
「それで奥さんとは仲良くやってんの?」
「ああ、いい妻だよ。黙って俺についてきてくれる」
「…それっていい妻って言えるのか?」
「いえるさ。俺にとって都合がいい。俺も妻のやることには口挟んだりしないしな」
「まあ、本人が納得しているなら俺はどうでもいいんだが」
甲高い音と火花を散らしながら互いの武を交えていく。もしコレが実践だったら間違いなく目潰しとかもしただろうがただの手合わせなのでそこは控える。
一体どれほどの時間、武器を打ち合ったのだろうか?最低でも100は超えているだろうが。にしても強い。殺し合いなら二度は殺されているかもしれない。
「旦那様。お時間にございます」
いつの間にか入ってきた執事によって打ち合いは終わった。
「腕を上げたようだな、ファラン。五年前とはまるで別人だ。闘い方自体が変化し、より実践的になった。前までのお前はどうも手温さが目立っていたからな」
「どーも。色々あってね」
そうか、とだけ答えそのまま執事を連れ添い練武場を出て行く兄に思わず声をかける。
「兄さん!………その剣、ここの備品だぞ」
一瞬目を見張る兄だが壁に剣を立てかけそのまま去った。ファランもまた槍をしまい。湯浴みのために屋敷へと戻った。練武館は再び静寂を取り戻す。
さて、知っている人もいるとは思うが一ヶ月(正確にはもう少し短いが)というのは意外と短い。注目しているウチはいいが目を離すとすぐいなくなる子供のようなものだ。正しくファランはそれを体験していた。槍を振って、新聞読んで、メイドと遊んでいたらいつの間にか成人の儀三日前じゃないか。と言った具合だ。今日はウィンザー城の近くの迎賓館に止まることになっている。朝のウチから家を出なければならない。迎賓館では仕立屋職人が俺のことを待ち望んでいたようだ。試着しろとのこと。白をベースにしたアニメとかに出てきそうな騎士服である。中国で出会った小田倉君が喜びそうな服だ。ちょこちょこと服に文句をつけて自室へと向かう。広さは中々。掃除も行き届いている。つまり文句はなかった。そもそも普段であればボロ屋でも文句はない。山篭りの修行の時の環境を考えれば屋根が有るだけでもありがたい。三日間で身体が鈍らないようにしなければ。悲しかな迎賓館に運動できるようなスペースはない。室内でストレッチやらなんやらできる程度だがやらないよりマシだ。
三日後はすぐにきた。朝、ウィンザー城の城門に車ではなく、今時珍しい馬車を用いてファランは到着した。ウィンザー城は派手さは無いがどっしりとした雰囲気を持つ人を安心させてくれるような空気を醸し出していた。成人の儀は夜に執り行われる。毎年貴族の中で行われる成人の儀であるが大貴族のなかでも名家であるペンドラゴンに合わせて今年の成人の儀は執り行われる。貴族の中で今年に二十歳を迎えるのはファランを含めても10人にも満たない。もしコレが三桁であったならば女王陛下がおいでになられるのも不思議ではないだろう。二桁に満たない人数であるにもかかわらず参加なされるのはペンドラゴン家がいるからだとは、誰の目から見ても明らかである。ほかの貴族たちが儀式用の剣を持っているにかかわらずファランが槍を持っているのもペンドラゴンの家がアーサー王の子孫であるからだろう。服装に関しては細部に違いがあれど他の人間が着ているものと大きな違いは無いようだ。打ち合わせによるとファランの出番は一番最初であるようだ。人数が多いときは代表を決めて儀を終わらせるらしいが、今年は一人一人行うらしい。更にサプライズ的な事もありなんでも王女が参列するらしい。
王女殿下は今年で10を超える程度である。つまり、経験を積ませるためだろう。だがそれに文句を言うものもいない。どのような理由であろうとも王族が参加してくれるというだけで貴族にとっては名誉なのだから。もっとも、ファランとしては喜んで迎えることも出来なかったりする。早い話がファランの母親が婚約者に推してきているのは、その王女だったりする。ファランも王女とは兄弟のように中がいいが、10歳も下の子供と結婚する気などさらさら無い。そもそもな話なぜ長男である兄アルベルトでは無いかと言うとアルベルトが婚約の話が持ち上がるよりもさらに早く、ペンドラゴンと対を成すとも言われる北の大貴族の令嬢と電撃結婚してしまったからである。もしコレがなければ今年三十を迎える第一王女と兄の婚約が行われファランは自由になったかもしれない。しかし、去年始めにその第一王女も結婚してしまい兄と王女がくっ付く可能性は限りなくゼロになった。
幸いとでもいうべきか、或るは当たり前とでも言うべきか。儀式の参加するのは全て知り合いであった。15に中国に留学してしまったので会うのは本当に久方ぶりではあるが中学時代は同じ学び舎で過ごした元クラスメイトたちである。ちなみに貴族といっても貴族用の学校が用意されていたりはしない。名門学校ではあれこそ一般市民であっても学力があれば入れるというよりも貴族であっても学力がないと入れない学校であった。
日も沈み儀式は始まりを告げる。三角形に整列して膝をつき目を閉じる。先頭は俺である。口上を述べた女王陛下名前を呼ばれ、スッと立ち上がり目を開くと――――――――――――そこは何もない草原であった。