マイホーム
「ご飯が出来たよー」
居間に顔を出しながら、皆に夕食の支度が整った事を伝える。
「…今日も良い匂い。お腹が減った」
「姫様!そんな恰好でうろつかない!さっさと着替えて来なさい!」
「…姫様言わない。この間も、人前で言いそうになってたの忘れた?」
「うぐっ」
お風呂上がりのその格好は、上下の下着のみ。はしたない事この上ない。
熱も冷めて来たし、下着が汚れるのも嫌だ…そう言って姫様は部屋に向かって行った。
すれ違いに妹君のギリィ様がやって来る。
「お姉ちゃんは、どうしてあんなに成長するのやら…、同じ物を食べているのに。…過激な訓練で筋肉だらけになるんじゃなくて、ナイスバディだもんな。…羨ましい」
「大丈夫だよ、同じ血筋なんだから。ギリィ様もきっと…」
くすくすと笑い声を上げながら、ギリィ様と双子の弟君であるゲクル様がやって来る。
「希望は薄いね。顔立ちからしても姉上は母上の血が色濃く出てる、そして僕も。くすくすくす、…ギィ、お前良かったな。大好きな父上の…父上、あの頑固爺の特徴がよく出ていてさ(笑)」
「それを言うなと何度言わせる気だー!」
小突かれたゲクル様が、2発目の拳骨を喰らわない様私の後ろに隠れる。
「そこを退くんだ、愚臣!これはあたしの名誉に関わる問題だ!そこの我が弟に思い知らさねば…」
「駄目だよ、出来たてのご飯が冷めるから」
「ご飯よりも、今はあたしの名誉が大事な…!」
ポンポンと、ギリィ様の頭を撫でる音。ガレリア様が着替えを終えてそこに居た。
「…大丈夫ギリィ、昔はあたしだって小さかった。あんたも大きくなる」
何時もの間延びした眠そうな声と、鉄面皮に薄っすらと笑みを浮かべながら。
「ヒソヒソ…ねえ、愚臣?本当の所は?…確か絵姿で見たギィと同じ年齢の姉上は…」
「さ、さあ、ご飯にしましょうー!」
誤魔化した。 …うん、きっと、希望はある…と、思うから…。
私に名前は無い。人に呼ばれる時は愚臣と呼んで貰っている。自戒と決別を込めて。
絶対王政だった隣国、ラルドはもはや存在しない。王は死に、連なる王家の者が逃亡若しくは、同じく死を遂げたからだ。
死因は不明で訳も分からぬ内に、王と先の話に出た頑固爺…先王や他王家の者も亡くなっている。
他国の暗殺か、魔の者の仕業か…、死体無き今その謎を追う事は出来ない。
内乱の際に、全て燃えてしまっているからだ。
現在かつてラルドと呼ばれた国は、幾つかの無法者達が独自に縄張りを持つ紛争地帯。
他国に名を広めていた、美しいガレリアラルドの花畑も最早存在しないのだ。
武王であった王を疎んじて陥れんとした文官や宰相達が、己が利権の為に国家を売ったのではないか、未だにそう思う時もある。だが、もはや終わった事だ。生きている者は、先を見なければならない。
「…愚図愚図するな、この間抜け。それでも余の家臣か?」
姫様の声と懐かしい罵倒で、箸が止まっていたのに気付く。そうだ、食事中だった…。
「…食べないと冷める。そしてその悪い癖また出たからバツゲーム」
「ううっ」
「…大丈夫、あたしが皆守るから」
城に出入りしていた商人を頼り、この大商業都市エガナティに落ち着いて早6年…。
もはや姫様の方が、強いって…どうなんだろうな…。
元々武王から手ほどきを受けており、ここに来てからは鍛錬と冒険者ギルドで実践を積んだ姫様。
その槍捌きは中々のものだ。それに加えて喜怒哀楽を滅多に出さない為、人も魔物もひどく戦いづらいのだ。
戦士は勝鬨を上げて士気を鼓舞し力強く戦うものだが、姫様はそういった動きをしない。
まるで暗殺者の様に、音もなく忍び寄り相手を無表情に屠るのだ。
ギルドの者から、冷血な鉄面皮と揶揄されているが…実はそうではない。
単に間延びしてるだけなのだ。それでいて表情ベタで絶えず眠気と戦っている為だから。それでいて技のキレが鋭いから、誤解される。本人も別に誤解されても気にしないどころか、そもそも興味無い事はどうでもいいと感じるズボラな性格がゆえ。
「…なんか、失礼な事考えてない?」
「と、とんでもない」
「…さよか」
「さっさと食べてデザートにしましょ。今日は何かな~?」
ギリィ様は明朗快活な方だ。悲しい時はしょげるし、うれしい時は飛び跳ねる。…そして一番シビアに現実を見ている。齢9歳にして、我らを見捨てようとした商人に対して、かばう事のメリットで説き伏せたのだ。その頭の回転の速さと機転の利かせ方で、今の生活がある言ってもやぶさかではない。
…彼女が王になっていたら、きっと賢き王になっただろう。悪い癖さえ出なければ…。
ぶっちゃけると、ケチなのである。城から逃げ落ちる時に、貯金を置いて逃げる事をなにより悔んでいたのだから。本人曰く、それなりに貯めていたからその後の状況も楽になったと言うが、父母や他の方々の死よりショックだったらしい。死んでしまえばそれまでだし、とは本人の言葉。
エガナティに来てからも、何やら陰で動いているらしく資金繰りをしているらしき姿が伺わせられる。
まさか、悪事や何か弱みを握られたりして言葉に出来ない卑劣な事をされているのでは!…そう心配し、問い詰めた私に、にっこり笑ってこう言った。
「大丈夫、どんなロリコンだろうとあたしに手を出せばどうなるか…まあ暗黙の了解って奴ね」
…ギルドの暗部に陰部を切り取られる男性、そんな事件が未だに耳に入って来る時がある。本人は自分で言っておきながら、自虐的な顔になってはいたが。
「今日はゼリーだよ、師匠に貰った奴だけどね」
「…え、食べても大丈夫なゼリーだよね」
「ねえ…、もしかして、ゼリースライムじゃないでしょうね?あの人平気な顔でそういう事するし」
「う…、私もそれは遠慮したいな。ゲクル様…、材料はナニで?」
「ウンディーネの…肉?肉って言えば良いのか、なんて言うのが適切なのか師匠に今度聞いてみるね」
… … …
ゲクル様は、王の子等の中で唯一魔力を持って生まれた。城に居た頃は制御できない魔力を薬で抑えていたが、エガナティに来る途中薬の効果が切れて暴走した事があった。
その時助けて頂いたのが、彼が師匠と呼ぶ魔女だ。
… … …正直、人体実験の被験者扱いを止めて欲しい。それがなくても…良い人、とは言えないどころか少々困った人の認識が先に来る。
「おいしいよ、もう僕は師匠の所で一度食べてるから。意外とね、ピリリとする味だったよ」
「麻痺?」
「ううん、毒。…意外だよねー、てっきり癒しの効果とか有るかと思ったら(笑)。 ああ、心配しないで。食べれるレベルに下がってるからね」
「…じゃあ、いいか」
『良くない(わ)ー!』
ギリィ様とハモる私であった…。
もし、ピンと来る人が居たらお便り下さいな。
もはや失ったものだけど、誰かに届けばうれしいから。