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マレビト来たりて 前編  作者: 安積
第1章 異世界における新生活の幕開け
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 扉一枚隔てただけのギルドの中は物凄い熱気に包まれていた。昨日の閑散としていた様が嘘のようだ。


 人、亜人(ひと)獣人(ひと)人外(ひと)、かなり広めだった筈の室内を埋め尽くすようにヒトで溢れかえっている。皆さん私よりはるかに身長が高いものだから、窓口が……見えない。

 えーと、これは一体どんな状況なんでしょう? 何となく、予想はつかなくもないんですが、ちょっと逃げ出したい気分です。


 誰かがエルトダムさんの後ろにいる私に気付き、声を上げた。それは次々に連鎖していき、とてつもない大きな歓声に膨れ上がった。歓声にまぎれて「ちっちぇー」とか「かわいいー」とか、中には「見えねー」と嘆く声なども色々と聞こえてくる。

 その中に「もえー」「これがごうほうろりというものかっ」「かわいいはせいぎ」とか言う声も入っていたような気もするが、これは絶対気のせいだろう、そうに違いない、そうであってくれ。いくら過去に日本人がいたからって、まさかね。ニホンが誇る変態因子が異世界まで侵食したなんてことは――。いや、全て気のせいだ、空耳に違いない。たまたま、耳慣れた日本語として脳が変な誤変換を引き起こしただけに違いない。単語によっては微妙に自動翻訳ではなかったような気がしたのも気のせいだ……。どれほど気のせいだと言い聞かせても、この熱気のせいだけでなく、その言葉の内容に腰が引けてしまったのだけれど。


 私の前に立ちふさがり、壁となっていてくれたエルトダムさんは、思わず後ずさりそうになった私に気がつくと、一歩だけ前に足を踏み出した。

そして、深く息を吸い込むと……。


 吼えた。


 まさにこれぞ鶴の一声。

 一瞬にして辺りは静まり返る。エルトダムさんが更に一歩踏み込むと、モーゼが海を割ったように一直線に窓口周辺に向けて道が出来た。奥のほうで「ぐぇ」だとか「ぎゃあ」「死ぬ」というくぐもった声が聞こえたような気がしたけれど、とりあえず気にしない方が良いだろう。


「仕事のために来たんだろう?」


 と、言うエルトダムさんに無言で首を縦に振ると彼に続いて窓口へと向かう。

 得体の知れない静寂の中、特に響いている訳でもない私の足音だけがよく聞こえた。窓口に着くと、朝一だというのになんだか疲れたような顔のお姉さん(実年齢で言うなら同年代だろうけど、この際もうそれは気にしない)と目が合った。気持ちはとっても良く分るよ、と目線だけで返す。私もなんか今の段階でもう疲れ気味だよ、これから初仕事が待っているというのに。

 昨日と同じように背伸びをしてると一瞬の浮遊感の後、お姉さんと目線が合った。うん、斜めに視線が交差するんじゃなくて、目の高さがお姉さんと一緒になったのだ。後方から無声音のどよめきが聞こえた。あなたたちは騒ぐか黙るかどっちかにしようよね、ビミョーにウザイから。


 とりあえず、現状把握、と。

 えーと……もしかしなくても、抱っこされてますよね? 抱き上げるんじゃなくて、小さい子を椅子に座らせるときみたいに後ろから両腕の下に手を差し込まれて持ち上げられているような感じ…っぽい。私の後ろに立っていて、そんなことを軽々と行えそうなヒトは多分、一人しかいなかったはずだ。誰かが瞬間異動でもしてこない限り。

 つまり犯人(?)は……お前だ!! 何をしてらっしゃるんですか、エルトダムさん?? 真意を問いただそうと、私も持ち上げている腕の主を見上げてみれば。


「この方が楽だろう?」


 ええ、まあそうですけどね。

 色々と削られていっているような気がしますよ、主に精神的な何かが。今度から折りたたみの踏み台でも持ってくることにしようかな、そういうものがこちらにあるかどうかは別として。そんな考えも頭をよぎる。

 ええ、既に脳内は現実逃避始めてますけど何か?とりあえず、気にしたところで始まらないので、そのまま窓口のお姉さんと話をする。

 お姉さんはちらちらと私の斜め上の方を気にしていたけれど、先程以上の言葉は言わなさそうなエルトダムさんと全然気にしてない私を見て、自分も気にしないことに決めたらしい。さすがにそこは荒くれ者を普段相手にしている窓口業務のお姉さん、切り替えれば仕事は速い。

 まず渡されたのはドッグタグのようなもの。これが所謂ギルド証になるらしい。チェーン付だったので無くさないように早速首にかける。

 このチェーンは(まじな)い付きで、強化されているから滅多に切れることはなく、また引っ張られて装着者の首が絞められるということもないのだそうだ。地味で目立たないけど実用的で便利な能力付与だ。見ても何も分らないけど。

 一見しただけでは何の変哲もないただのチェーンだ。魔法使いは初見で呪いの類を見抜く目を持つと聞いたが、どうやら私にその手の才能はないらしい。若干そのことを残念に思いながら、ついでとばかりに、元々ない方だった上に今では完全にぺったんこになってしまった胸で揺れているギルド証に目をやる。ギルド証自体はまさに形がドッグタグそのもので、例の切り欠きもあったりする。やっぱりこれって、用途はアレだよね。気になるけど聞かないでおこう。

 なんか最近私、そんなのばっかりだな……。このいい加減さが異世界で生きていくための条件の一つなのかもしれない。


 そんなこんなで然程時間もかからず、昨日聞いた説明を軽くお浚いし、依頼主のお宅の場所と行き方、約束の時間などを再確認すると窓口での手続きは終了した。すると静かに床に足が着く。それなりにすぐ済んだとは言え、ちょっとした時間子供一人を抱えていたとは思えないくらい全く疲れが見えないエルトダムさん。本当、この世界の人と私では基礎的の身体能力がまるで違うようだ。神様もなんで私なんかをこの世界に連れてこようと思ったのか。

 まあ、それは兎も角御礼をしなくては。彼がいなければ、窓口に辿りつくことすらきっと出来なかっただろうから。


「ドムさん、ありがとうございました。」


 一礼して見上げるとドムさんは苦笑いをしていた。


「気にするな、私も後ろの連中とそう変わりはない。」


 どういう意味だろうか、と思い最初に彼が言っていた言葉を思い出す。「通常使うギルドは郊外だ」と確か彼は言っていた。つまり、彼もまた(マレビト)見学を目的とした野次馬の一人であったと言う事か。それがたまたまギルドに来てみたら、その見物対象がドアの前で四苦八苦していたと……。

 でも、まあ。


「助けてくれた事には変わりありませんから。それと、もし良ければこれ食べてください。ここに来るまでに街の人たちから貰ったんですけど、私一人では食べきれないので。お礼として受け取ってもらえれば嬉しいです。」


 神殿を出たときに比べて倍近くに膨らんでしまったバッグから大きめの果物を一つ手渡す。エルトダムさんは苦笑いしつつも受け取ってくれた。自分も野次馬目的で着たことにちょっと気まずさがあったらしい。そして更にいくつかの果物を取り出して窓口の台にも置く。


「皆さんもどうぞ。どうやら私のせいでご迷惑をおかけしてしまったようですから。」


 私が主導したわけではないが、どう考えてもこの事態は私が原因だろうし、これは完全な営業妨害だろう。ならばせめて少しでもお詫びをせねばなるまいと思ったのだが。


「あら、気にしなくていいのに。彼らが早い時間に大勢で来てついでとばかりに依頼を受けていったから今日の午前中の仕事はもうないのよ。」


 と、お姉さん。

 後ろから「仕事とらなきゃここに居座るなって言ったのは誰だよ」とか言う声が聞こえてくる。

 なるほど、ではいつもなら七の鐘がなる頃(凡そ正午)までに終わるかどうか、と言う仕事が三の鐘が過ぎた時点で済んでしまったと言う事か。それならそんなに気にする事もなかったかな、とも思うけれど、逆に考えれば通常三時間以上かけて行われる仕事が二時間足らずで終わってしまった、しかも全ての依頼が無くなったと言う事はいつも以上のスピードでいつも以上の分量を捌くべく窓口は稼動していたと言う事になる。

 そりゃ、最初にあったときに疲れた顔をしていたのも道理である。


「やっぱり、私にも一因があるようなので是非受け取ってください。」


「そう?ではありがたくいただく事にするわ。」


 更に美容に良いと言われ手渡された小さな果物も一つ一緒に渡す。それが見えたのかお姉さんはちょっと嬉しそうだった。是非それを食べて疲れを癒してください。


 さて、後は仕事先に向かうだけなのだが……。さっきから相変わらずこちらを見つめてくる大量の視線……これを一体どうしよう?

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