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マレビト来たりて 前編  作者: 安積
第1章 異世界における新生活の幕開け
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「それでは行って来ます。」


 いってらっしゃいやら、気をつけてやら、頑張って来いといった多くの言葉に見送られて神殿を出た。何で、こんな事になったんだろう?

 早めの朝食を食べ、いざ出発と思ったら何故か大勢の神殿職員たちが玄関に集まっていたのだ。神殿の朝は早い。夜明け前の薄明に鳴らされる一の鐘の前に半数の神官は既に起床しており、日の出と共に二の鐘が鳴らされると神殿に住む全ての人が活動を開始する。三の鐘が鳴る頃には食事も終えて、皆仕事を始めているのが常である。

 私は今日から初仕事という事もあり、一の鐘で起きて、二の鐘が鳴る前には食事を終えた。それから神官服から昨日買った作業着に着替えるなど準備を整えて出て来たのだ。まだ、三の鐘は鳴っていない。この時間は、神官たちにとって食事をしたり身嗜みを整えたり、それが終わっていたとしても自分のために使える数少ない貴重な時間だ。なのに、何でこんなに出て来るんだ。多分、神殿に住む人たちの三割はいる。……特に神官長、あなたは今日は三の鐘からどっかの高官だかとの急ぎの面会があるからゆっくり食事も出来やしないとか昨夜愚痴ってなかったか? こんなところに来るくらいならゆっくり食事してれば良いのに。

 最初は皆で集まって何をしているのかと思ったけれど、それがすぐに私を見送るためのものだと気付いて何とも言えない気持ちになった。この世界の神は嫌いだし、出来るものなら殺してしまいたいくらいには憎んでいる。それでも、私のことを特別な目で見てくることに苦手意識は抱いていても、ここの人達のことまで嫌っているわけではないのだ。何より一宿一飯以上の恩がある。私への期待は正直言って逃げ出したいくらいに重すぎるけれど、彼らが私を心配してくれている気持ちもまた嘘ではないのだ。神への憎しみだけでそれらを無碍にする事も、私には出来ない。

 そう、たとえそれが、まるで"初めてのお遣い"を見守るかのような生暖かいモノだったとしても……。神官長なんて、ちっちゃい子にするみたいに私の頭撫でていった。

 やっぱりこの人たち、私が成人だってことちゃんと認識してないだろ!?




 昨日は神官と辿った道を一人歩く。今日は堅苦しい神官服ではなく昨日買った綿のようなもので出来た丈夫で動きやすい服だ。街の人たちと着ている物はそう変わらない筈だし、浮いて見えることない筈…である。今日は昨日みたいにキラキラしい派手な目印も傍にいない。なのにどうしてこんなに声を掛けられるんだ!?


「マレビトさん」


「今日が初仕事なんだって?」


「頑張れよ」


「頑張ってね、ちっちゃいマレビトさま」


 市の客があらかた掃け、店仕舞いをしているおじさんやおばさんたち、市帰りの街の人たち。私はただ、神殿からギルドへ向かう大通りの隅っこを歩いただけだ。なのに皆が皆、私に声を掛けていく。ビックリしてたら、店仕舞いを終えた八百屋のおじさんがこれを食べて仕事を頑張りな、とプラムのようなネクタリンのような果物をくれた。ありがとう、と言うと美味かったら贔屓にしてくれ、と去っていった。うん、商売上手なおじさんだ。 その後も、次から次へと声を掛けられ昨日は十五分ほどで着いた道のりを三十分以上掛けて進むことになった。……早めに出て来て良かった。


 ギルドに着く頃には微妙に疲労困憊気味に、少なかった筈の手荷物は倍以上になっていた。けれど、漸くギルド到着しこれで終わりかと思われた受難はまだ続くのだった。




 まず、第一の難関はギルドの重厚な扉だった。

 昨日は神官が開けてくれたが今日は一人だ。この扉、巨大な一枚板で作られており、尚且つ鉄によって補強されている。つまり、分厚い・デカイ・重い上に、こちらの人々の成人が用いる事を前提とされているために取っ手の位置が丁度私の顔の辺りと高く掴みにくいのだ。かと言って、ドアノッカーもまた高いのでこちらは背伸びをしても届きもしない。とりあえず、扉そのものを叩いてみたが、ただただ手が痛いだけだった。

 まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。

 情けない。意気揚々と出てきながら、職場にたどり着くことすら出来ないなんて。そうやって暫く全体重を掛けて扉を引いてみたり、痛いのを我慢して再び叩いてみたりと奮闘したものの開くわけもなく、これはもう早朝である事を省みずに大声を出すしかないのかと悄然としていたところに堪え切れなくなった様な重低音の笑い声が響いた。

 流石の私もこれには思わずキレそうになる。苦労しているのに気付いたのなら、さっさと開けてくれればいいものを。というか、いつの間に人が来ていたんだ?

 ギルドの入り口は大通りからちょっと奥に入った所にあり、人通りが極端に少なくなる。特に、ギルドに登録している人たちが出てくるのはもっと遅い時間と聞いていたので人がそばにいる事にも全く気付かなかったのだ。誰かいたなら、すぐにでも手伝ってもらったものを。開かない扉に向かって奮闘していた姿を見られていたと言う恥かしさもあり、ちょっと、否かなり恨みがましい目でもって振り返った。多分にそれは逆恨みの心持であったが。


 わお。

 ふぁんたじー。


 そこには爆笑する熊がいた。否、熊に似た何かがいた。多分、所謂ヒト族に属する人間ではない…と思う。

 ギルドの入り口は階段になっていて、その上に私は立っているのだが、相手は道路に立っているというのに尚見上げねばならぬ身長、全体的に筋肉質な重圧的な体、毛深…ではなく動物そのものといった感じの黒々とした毛並みに覆われた熊と虎と狼を足したり掛けたり割ったりしたような頭部、手はヒトに似た五本指で、爪は鋭いがどうやら肉球はないように見える。神殿にはいなかったけれど、この人は恐らく話に聞く獣人という種族なのだろう。彼?は一頻り笑い終えると、唖然として見上げていた私の傍にやってきた。

 ホントにデカイ。三メートル…はないかもしれないが確実に二.五メートルはあるはずだ。


「お前が新たなマレビトか、笑ってしまって悪かった。あまりにも可愛らしく見えたのでな。まるで子供の遣いの様だ。」


 子供の遣い…やはりそのように見えるのか。なんだか、もうここまで来ると一々気にするのも馬鹿馬鹿しくなってくる。そりゃ、これだけデカイ種族から見れば私なんて子供もいいとこだろう。実際、今は若返っているのだから。成長が止まった後も今と五センチも身長は違わなかった事などここの人たちは知らないのだ。それに、ここまでくると最早コンプレックスを抱くとかどうとかと言う次元じゃない気がする。

 とりあえず、相手は私のことを知っているようだったからちゃんと挨拶をすることにした。ここにいると言う事はこのヒトもギルドのヒトなのだろうし。


「はじめまして、既にご存知のようですが"渡り人"のアトルディアです。タキと呼んでください。」


 タキ、と言うのは(かね)てより考えておいた通り名である。本名である滝根から取った。アトルディアも滝の意味があるし丁度良いだろうと思ったのだ。実際のところは分らないが、意外と私が滝に落とされたのもこの名前の影響もあったんじゃないかななんて思っていたりもする。

 因みに、滝と言ってしまうと(ルデ)と勝手に自動翻訳されてしまうのだが、日本語がもつ同音異義、同字多義の特性のお陰なのか、音だけで"たき"と発音する事も可能だったりする。まあ、どちらで呼ばれても私には特に意識していない限りは"たき"と聞こえるのだから問題はない。


「話に聞いたとおりの人間のようだな。私はエルトダム。見ての通りの獣人だ。普段よくいるのは郊外のギルド支部だがいずれ共に働く事もあるかも知れん。宜しく頼む。」


 笑われたときから感じてはいたが、なかなかに良いお声の持ち主のようだ。すぐには思い当たらないが、こういう声の声優さんがいたらきっと売れるだろう。それは兎も角、一体どんな話を聞いたんだ?きっと、街の人も同じ話を聞いたのだろうけど。


「どんな話を聞いたのかは知りませんが……こちらこそ、宜しくお願いします。エルトダムさん。」


「何、中に入ればすぐに分るさ。さて少し離れろ。扉を開けてやろう。」


「あ、ありがとうございます?」


 中に入れば分るって何さ?


「ああ、そうだ。私のことはドムで良いぞ、タキ。さん付けされるのはむず痒い。」


「…分りました。」


 ん?ドム??真っ黒いでっかい熊さんの名前がドム!?しかもさっき日が射したとき気がついたけど、微妙にこの毛並み紫がかってるよ。まさか三兄弟だったりしないよね……。もしそうだったら、今は何とか堪えてる笑いを堪えきる自信はない、と断言しよう!!

 私がくだらない理由で一生懸命笑いを堪えてるなんてつゆ知らず(もしかしたら気付いているのかもしれないが、そんなそぶりは見られなかった)、エルトダムさんは私が全体重を掛けても開けられなかった扉を片手どころか指二本で軽々と開けた。

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