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いつもより早めに家を出たお陰か三の鐘がなる前にギルドへ到着した。隣にいるナイルは……あまり良い顔をしていない、というより不機嫌さを隠そうともしていない。どうも、私が『若き賢人の間』の面々と付き合うことを良くは思っていないようだ。彼らが別名『変人の巣窟』と呼ばれていることもその原因の一つらしい。イシャーラみたいに神官見習いの人もいるのに不思議な事だ。「兎に角、何かあれば近くに護衛の誰かが必ずいるから助けを求めるように」と、最後まで念を押して、後ろ髪を惹かれるように何度も振り返り振り返り、神殿へと戻っていった。目立つ集団だろうとは思ったけれど、一体どんな悪名を持っているのやら……。
昨日のうちに手続きは済ませてあるので、顔見知りの人々に挨拶だけして三階へと向かった。
「……お邪魔しまーす。」
誰か来ているか分からなかったが、静かに扉を開ける。まだ慣れないので、恐る恐る部屋に入ると奥の方から声がした。
「おはよーう。」
どことなく眠そうな、間延びした声はまだ聞いたことのないものだ。もしかしてレーグラさんか、とまだ薄暗い部屋に目を凝らす。だがよく見えない。
「おはようございます。……もしかして、レーグラさんですか?」
「うん。おはよう、るーちゃん。」
るー…?
「えっと……。」
「あぁ、ちょっと待ってねえ。今窓開けるから。」
どこかのんびりとした声と共に、明るい日差しが部屋の中に飛び込んできた。小さなローブ姿の誰かが、窓の木戸を開けている。
逆光で輝く真っ白な毛が、外から入ってきた風にふわふわと揺れる。その頭の天辺には……二対の角と、一対の獣耳。振り返ったその顔は……。
「あれ? ビックリしちゃった? 魔法士の勉強してるレーグラだよ。昨日は寝ちゃっててごめんね。」
……。
「……ネコ?」
レーグラさんは、エメラルドの瞳の目をぎゅっと細め、ヒゲをさわさわさせて……多分、微笑んだ。
まずは座ると良いよ、そう言われて昨日と同じ席に座らせてもらった。まだ他のみんなは来ていないらしい。
「よいしょっと」
掛け声と共にレーグラさんが高めの椅子によじ登る。丁度、テーブル越しに同じくらいの目線だ。レーグラさんがしっかりと椅子に座りなおすのを見計らって、先ほどのことを謝った。
「先ほどはすみません、ネコなんて言ってしまって。」
私だって外見で子供と呼ばれることを嫌がっていたのに、同じことをやってしまうだなんて。二足歩行の筋骨隆々な熊もどきな方が普通に闊歩していらっしゃる世界なんだから、これくらいは想像してしかるべきだろうに。
「ん、気にしない、気にしない。間違う人は多いから。」
そう、軽く流してくれたことに、一層恐縮してしまう。
「僕らは狩猫族、でも通称ネコマタ族って言う方が知られてるかな。」
「猫又?」
「うん、そう。ほら、尻尾が二本あるでしょ?」
と、ローブの裾を持ち上げると二本の尻尾が現れた。
確かに猫又の名に相応しい。その耳と耳の間に生えている短い角を除けば、だが。
「昔々の国王様の世界の昔話に出てくるネコマタっていうのに似てるって言われてから、そう名乗るようになったらしいよ。他の国だと、ケットシー族って名乗るとこもあるみたい。」
「……そうなんですか。」
渡り人がマレビトと呼ばれるのと同じことか。つか、始原の魔法使い何命名しちゃってるんだ。地球人ってかなり文化的な影響力強いのか? そんなことを考えていたらレーグラさんがいきなり謝ってきた。
「こっちこそ、昨日はごめんね。」
「何のことですか?」
謝罪される理由も分からず尋ね返せば。
「見苦しいものを見せちゃって……。」
と、部屋の隅を指す。
そこは昨日はゴミも本も一緒くたにごちゃ混ぜに積み重なり、腐海と化していたように記憶しているのだが、今ではきれいに片付いている。あれだけ乱雑だった空間をたった一晩でよくここまできれいにしたものだ。背の低い本棚に大量の整然と本が詰め込められ、その前には巨大な……。
巨大な猫つぐらが……。
あれはもしかしなくとも……。
「……あの、もしかして、レーグラさんてここに住んでらっしゃるんですか?」
「レグで良いよ、るーちゃん。
うん、ここに泊まることも多いかな。」
一昨日まで試験とレポートの提出が続いてて、片付ける時間なかったんだよね、と申し訳なさそうに耳を掻いた。
「ここって、そんなことまで出来るんですね……。」
なんでも、飲食店(屋台含む)は多いし、近くに銭湯もある。終日営業だし、学校に匹敵する(ジャンルによってはそれ以上の)蔵書を誇る大きな図書室も完備。勉強するには困らない場所なのだとか。まるで、大学のサークル棟のようではないか、と思ったのはあながち間違いでもないのかもしれない。
そんなこんなでレグと話をすること十数分、そろそろそのもふもふの誘惑に我慢できなくなりそうな頃、アルシュさんがやってきた。呼び捨てでいいって言われても、見た目年上には思わず“さん”付けしたくなっちゃうよなぁ。
「早いな、ルディア。もう来てたのか。」
「おはようございます。」
「はよー、あーちゃん。」
「ん、珍しいな。レーグラがこの時間に起きているとは。」
「流石の僕も一日以上寝てれば目も覚めるよ。」
「そうか。」
……なんか、今変なの見なかったか、私。
“あーちゃん”?
アルシュがあーちゃん? それを何でもないことのように平然と会話している……。ファベルの方がより厳しい顔つきだが、アルシュだって相当無骨な顔立ちだ。二人とも美形ではあるが。それなのに、その彼をして“あーちゃん”?
「……あーちゃん?」
「何だ?」
思わず声に出してしまっていたらしい。っていうか、それで返事しちゃうんですか、アルシュさん!?
「っっすみませんっ、ごめんなさい、なんでもないです、アルシュさん!」
「そうか?」
慌てて謝るも、それだけ……。ここ、予想以上に変な人の集まりだったのかもしれない。今更ながらこう――
「――ああ、そうだ、ルディア。昨日も言ったが、アルシュで構わん。もし言い難いようだったら、こいつと同じようにあーちゃんでも構わないからな。」
「は、はい。アルシュ。」
そんなこと、ニッコリ言ってくださらなくても良いですから。腹黒系ではない、優しげな微笑みに余計居た堪れなくなる。て言うか、この人も私の年齢勘違いしてるだろ……。誰でも良いから早く来てくれ。
そう願わずにはいられなかった。
果たして願いが聞き届けられたのかどうかは別として、ドアが再び開くのにそう長い時間はかからなかった。
「じゃあ、そういうわけで。まずはルディアが一人で廃園に入る。それで見えるようになれば良し、ならなければ今回の依頼は諦めということで。」
それで良いかと、最終確認をするセムに皆が頷く。
「そして、ルディア。恐らく、ここでなら精霊を認識することが出来るようになる筈です。それで、もし精霊を認識できたなら、あなたに気付いてもらえた精霊達が一気に押し寄せると思います。その時、できる限り冷静に、彼らに接してください。彼らは絶対にあなたに危害を加えることはありませんから。」
「うん、分かった。」
「それから、俺達が近付きますから、逃げないように彼らを説得してください。それが出来れば、この依頼は半分くらいこなしたようなものです。その先は、まあ運次第ですね。では、行きましょう。」
笑うセムに先導され、手を振るレグに見送られながらギルドを後にした。
結果を出せるかどうかは運次第。そうセムが言うには訳がある。
この依頼、出されてからもう百年経つというのに解決していないだけでなく、ここ20年ほどは新たな情報を発見した者さえいないのだ。何でも、大量に現れるくせにその精霊達は人が一定以上近寄ると一瞬にして姿を消してしまうのだと言う。今まで、目撃例こそ数え切れぬほどだが、接触例は一例もない。
当初こそ精霊との直接の接触がなくとも調査は出来るだろうと思われていたのだが、実際には精霊の身ではない人々にとっては他の土地や他の精霊と異なる要素を何ら見つけ出すことは叶わなかった。かくなる上は、直接精霊に聞いてしまえ、という暴論が出たが、近寄れば消える精霊に何も聞くことも出来ず、他の精霊達に聞いても何も答えないとなっては手の打ちようもなかった。
そこに登場したのが私、と言うことらしい。未だかつて類を見ないほどの精霊からの好かれ具合。精霊達は基本的に自分達を感じ取れるヒトを好む。それが、全く認識していない段階でありえないほど好かれている私が、もし見えるようになったなら――?
計画ともいえないような計画だが、うまく行けば儲けモノ、位の感覚でいるようだ。成功すれば私は単位がもらえるし、彼らも実績を手に入れられる。失敗したところで、私が単位を諦めれば済むだけで、彼らには何のデメリットもない――依頼の受付から数年経っても解決が見られなかった場合、その依頼は失敗してもペナルティを受けないと規則に明記されている。そしてこの依頼はそれに該当しているからだ――。
だから、皆ある意味でお遊び気分であり、私に付き合ってくれているだけとも言えた。単位の為にも、手伝ってくれる皆の為にも、良い結果を出せるといいんだけど。
さあ、頑張りますか!
……ま、要はただそこに行くだけなんだけどね。




