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マレビト来たりて 前編  作者: 安積
第1章 異世界における新生活の幕開け
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 とりあえず、ギルド登録はなった。依頼も請けたが、仕事は明日からである。朝早くにギルドに来た為、まだ日も高い。さて次は何をするか。やりたい事は色々ある、けれど先立つものが何もない。そもそもこの世界に来る時に持っていたものの他は、神殿で支給された2着の服以外、何も持っていないのだ。つまり、生活に必要な様々なものが一切無い。ありがたいことに、というかよくよく考えれば当然の配慮なのだが、自活出来る様になるまでは神殿から一定額の支給がある。だが、これはいずれ成すであろう何かへの期待が担保である。未だ何のためにこの世界に来たのかすら分からず、常々平凡・平均・どこにでもある存在であることを自負し、特別な何かを成す事が出来るとは到底思えない私としては、出来ることならあまり手を付けたくはない。でも背に腹は変えられないので、最低限生活をなんとか出来るだけのお金はありがたく使わせてもらうことにする。

 何も気にせず支給金を使う人もいると聞いたが、人は人、である。私がこんな考えをもつのも「他人に借りを作るな」という我が家の家訓故だろう。異世界に来たからとはいえ、(いや)、だからこそ、20年近く刷り込まれたそれはそう易々と消せるものではない。それは私と、遠く離れた家族とを繋ぐものだから。まあ、それは今は考えまい。

 今、考えるべきは…。


「まずは住居か…」


 ギルドと提携している安い宿屋もあるようだが、果たして子供の姿で借りられるのか。


「まさか、引っ越すつもりですか?」


 一人考えに耽っていたら頭上から声がした。駄目ですよ、許しません、とか何とか言ってる。あぁ、まだこいついたのか。


「でも、私は既にギルド預かりの身になりましたし、ただでさえ当面の生活費は援助していただくのですから、これ以上厄介になるわけには…。」


 っていうか、勝手に私をこの世界に連れてきた神に関係のある場所に長居したくはないのだ。そこにいるだけで、この理不尽に神経がささくれ立つのが分かるから。


「先程も言いましたが、我々としてはまだあなたを神殿から出すのは反対なんです。例え預かりはギルドに移ったとしても私が後見人である以上、神殿から出ることは許しません。」


 私の意思を無視して勝手にあなたが後見人になったんでしょうに。私はギルドに頼むつもりでいたのに。


「正直、神殿は気疲れするのです。ただの穀潰でしかないのにあのような生活を送るのは息が詰まります。」


「それは、お役目が知れぬからですか?」


「……はい」


 神が遣わしたって言われても何の能力もない私には、貴殿方の親切の陰に見え隠れするその期待が負担なんです。きっと言っても分からないだろうけど。


 一週間、共に過ごしてよく分かった。彼等にとって、“渡り人”は最も身近な神の力の体現、言わば神への信仰の対象の一片なのだ。しかも、あまりに身近すぎるために彼等自身にその自覚はない。無意識の期待、それは意識しないほどに深く染み付いているともいえる。

 だからこそ厄介だと思うし、だからこそ私はそれが恐ろしい。もしも、彼等の期待に応えられなかった時、彼等がどう変わるのか。期待に応えられなかっただけならばまだ良い、ただの役立たずと呼ばれるだけだろう、或いは“まだお役目を知らぬだけ”と。

 だが、もし、私にも役目と言うものがあり、それがかつて“災厄”と呼ばれたものと同様のものだとしたら……神と人の考えは異なる。私がもたらすものが災厄であれば、彼等は私を即座に排除しようとするのではないだろうか。まあ、これは穿ち過ぎた考えなのかもしれないが。

 どちらにせよ、未来を担保に借りを増やしたくはない。


「離宮と神殿を見ただけでは分かりにくかったことですが、こうして街を歩いてみればよく分かります。今の私は貴族並の扱いを受けているのでしょう?」


 恐らく国一番の豪奢な場所と世俗と切り放された場所を見ただけでは、ただ良い生活をさせて貰っている、くらいにしか分からなかった。けれど、こうして市井に降りてみればそれが一般民と比べてどの程度のものであるかは容易に想像できる。二着しか支給されていない衣服にしたところで、デザインこそシンプルだが市井に暮らす人々のそれと比べればその質の差は歴然だ。神殿はそもそも神に仕える人々の施設であって、彼等は基本的に自分の物という物を持たない。その前提で考えるならば、高位神官や貴族が着ても見劣りしないだろう服を二着というのは既に破格の扱いだ。


「私は貴族でも郷士でもなく、普通の一般的な中流家庭の出です。社会構造、基盤そのものが違いますから、こちらの世界の町民やら商人と呼ばれる方々と同じとは言えませんが、少なくとも貴族階級の子女と同じ扱いは私には分不相応です。」


「確かに貴方の生まれはそうかもしれません。けれど、今の貴方は"渡り人"であり、そして神は人を生まれの貴賤で差別することはありません。貴方はその生まれを恥じることはありません。貴方はこの世界で成すべき事があると神が認められ、今ここにいるのですから。」


 かもしれないって、何だ。私は一億総中流とかつて呼ばれた社会の歴とした庶民だし、そしてそのことを恥じてなんかいない。望んで“渡り人”なんかになったわけでもない。寧ろ、自分で道を選べたと言うのなら絶対に選びはしなかっただろう。


「だからなんだと言うんです? 世話してやっているんだからおとなしく受け入れろとでも?」


「そうは言っておりません。」


「同じことでしょう?」


 その生活そのものが苦痛だと言っているのに。


「誰もが傅かれる生活を願っているわけではありません。」


 どうせ、言ったところで分からない。ならば、私に出来るのは一つだけだ。今神殿を出ることが出来ないと言うならば、早々に一人立ちをし神殿を出ることだ。それまでの余計な出費が減ったと思えば良い。日本にいた頃だって、引っ越しするときは良い条件のところが見付かってからだったのだから。


「もう良いです、分かりました。それでは一人立ち出来るまで、もう暫くお世話になります。」


 何を言っても、きっとこの人は理解しようとはしないだろう。 この話はこれで終りと、何か言いたげにしていた男の言葉を紡がれる前に切り捨て封じた。異論を受け付けるつもりはない。いかに言葉を紡ごうと所詮それは加害者側の都合でしかないのだから。被害者側の人間である私が聞かねばならぬ道理はない。


「さて、次は古着屋ですね。案内をお願いします。」


 なにはともあれ、まずは仕事をするために必要なものを揃えなくては。ドレスは論外だが、神官服でだってギルドの仕事には向いているとは言えないのだから。

 何故ここでの選択肢が古着屋なのかと言うと、この世界、まだ既製服と言うものがほとんど存在しない。新品の服を買おうとすれば、布を買って自分で仕立てるか、仕立て屋に頼むかだけである。となると、裁縫の腕がそれほどない人や、できれば早急に、或いは安く服を手に入れたい場合どうするか、そういった消費者のニーズに応えるのが古着屋である。サイズとデザインの点で問題がないわけではないが、そもそも作業着として買うのだから今回に限っては問題ない。

 こういった知識を私に与えてくれたのは、目の前の残念な美形ではなく、私の生活面での世話をしてくれていた女中さん?の一人である。生きていく上で重要な知識はほとんどその人から教えてもらった。エメラ……姉さん、本当にありがとう。私のほうが年上なのに、思いっきり子ども扱いされた上、お姉ちゃんと呼ぶ事を強要されたけど、それでも貴方には感謝してます。勿論、流石にお姉ちゃんとはいえなくて、姉さんで妥協してもらったわけだけれど……。




 因みに、この後の買い物で彼が全く役に立たなかったことをここに明記しておく。そもそも古着屋の場所すら分らないとか……。これだから箱入り育ちの坊っちゃんは……。呆れ返った私の声を聞き届けたものはなかった。

 エメラさんにお勧めの店の名前を聞いておいて本当に良かった。町の人に尋ねながら漸くたどり着いたのが子供服専門店だったのにはやっぱりちょっと凹んだけれど。子供って、成長が早いからお古はこうしてよく売られるらしく、利用者も大人以上に多いんだってね。お陰で良いものが揃いました。

 明日から、頑張るぞー!!




 安かったし、色々おまけしてもらったのでそれなりの量の子供服と、他にも色々と必要になるだろうと思われる小物類を抱えて日没ちょっと前に神殿に帰えりついた。なんか、今日はとっても精神的に疲れる一日だった気がする……。

 夕飯もお風呂もそこそこに、今夜もまたさっさと寝床にもぐりこむ。木戸を閉めた窓からは外の様子は分らない。私は明日のことを思い、まぶたを閉じた。

 それでは、皆さんお休みなさい。

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