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神族、それはこの世界を生み出した神が、自らの意思を世界に繁栄させるために遣わした神自身の子であると言われている。詳しい事を彼ら自身が語っておらず、その行動原理は今もって不明である。
かつて、この世界が出来た当初、この世界に神族はいなかった。神族が現れたのは、神が世界に最初の神託を下して暫くしてからの事だったと言われている。いくつか文献は残っているが、その正確な日時も場所も定かではない。
ただ、その頃辛うじて国家群のようなものを形成し始めていた世界に降り立った神の子供たちは、世界の中心から複数人ずつの集団となり、各地へと散らばっていったのだという。以来、神の御子のいる地は豊穣が約束され、危険が少ないと言われるようになり、徐々に人々はそこへと集まるようになる。そこに形成初期にあった国家群が組み合わさり、神族を盟主とするいくつかの都市国家群と、神族を王とするいくつかの王政国家が生まれた。やがてそれらが統廃合を繰り返し、七人の神族をそれぞれ王とした七神王国となったのが記録上では一千四百五十九年前、現在の六神王国と一つの民主主義国家になったのは二百七十八年前の事だ。
神王国といっても、その内実は真性の王政国家であったり、寡頭政治であったり、共和制であったり、立憲君主制もあれば、王国とは名ばかりの王が象徴とされている国もあったりと様々だ。アウトラーシェンは神王国の一つであり、特に早いうちから神族を王と仰いだ国でもある。首都だけでなく、位置的にも国土の中心にある首都から同心円状に複数配置された離宮にはそれぞれ最低一人以上の神族が居を構え、領主として周辺地域を治めている。
因みにこの国に貴族は存在しない。中心にいるのが神族であるというだけで、実質行政を担っているのは試験を経て登用された官吏たちである。彼らは神に仕える官吏である、故に神官と呼ばれる。この国において、或いはこの世界のほとんどの地域においてと言い換えても良い。神官とは特定の宗教における聖職者の事ではなく、日本で言うところの国家、及び地方公務員たちのことである。マレビトの保護を神殿が行っているのも、マレビトが神が連れてきた存在であるという宗教上の事由だけでなく、行政上の保護政策という側面もあるのだ。
少し話が逸れたが、要は神族とは最も創世の神に、つまりマレビトをこの世界に拉致してきた神に近しい存在と言う事だ。
「どうした? 日本では握手で挨拶を交わすのだろう?」
差し出した手をそのままにアカシェと名乗る神族は言った。
その手を取ることも出来ずに、喉元で止まってしまった声を搾り出すように尋ねた。
「……なぜ、ここに来たのですか?」
「ふむ。やはりそれが気になるか。」
私がその手を取る気がないと察したのか、アカシェは特に気にした様子もなくその特徴的な六本指の手を降ろした。
「いくつか理由はあるが、一つは頼まれたからだな。」
「誰に、何を?」
「お前の守護者に。おまえの話を聞いて欲しいと。」
「守護者?」
「そこからか。どうやら本当に意思の疎通がほとんど取れていないようだな。」
若干の呆れを含んだ声音に少しだけ驚きを滲ませて彼は言う。
「お前は歴代のマレビトの中でも特に頑固者のようだな。己の意思に関わらず連れてこられた全く見ず知らずの世界で、頼る|縁≪よすが≫があるのならば縋り付きたくなるものだろうに。」
私に頼ることのできる相手などいただろうか? 見知らぬ世界の神に拉致られて、その信仰者の元に保護されて。確かにあの神官はある程度の教育をしてくれて、後見人にまでなってくれた。本来なら感謝すべきところだろうが、彼は神に、私をこの世界に拉致した神に仕える人間だ。元凶側の人間に素直に感謝できるほど私は出来た人間ではない。最も身近でいながら、最も元凶に近しい相手であった彼に八つ当たり同然に接してきた事は否定しないが、後悔もない。と言うか、こんな状況になって誰かを恨まずにいられるほうが余程凄いと思うのだけれど、どうだろう?
「……生憎、そこまでの信頼関係の構築にはいたっておりませんので。」
坊主にくけりゃ袈裟まで憎し、とはよく言ったもので、私は、根本的にはこの世界の住人を信用など出来ないのだろう。
「お前は覚えていないのかもしれないが、あの神官は、この先の一生をお前に捧げた。正真正銘、お前ために生きる、お前のだけの守護者だ。」
「それは、どういう意味ですか?」
嫌な言葉を聞いた、と思った。そんな話は聞いたことがない。
私に一生を捧げる? 何を馬鹿なことを。
「本当に何も聞いていないのだな。彼のものはお前に名を捧げ、そしてお前の守護者となった。どうやらまだお前は正式の了承してはいないようだが、それでもその誓いは有効だ。あれはこの先お前のためだけに在る。」
「私だけの為? 理解できませんし、私はそんなもの要りません。私は、自分で言うのも癪ですが、ただの、地球ですら漸く大人の仲間入りをしたばかりの半人前です。そんな人間に、どうして人一人の一生なんて背負えます?」
「お前が背負う必要はない。ただ、あれが我等の前でお前に一生を捧げる誓いを立てた。それだけの事だ。現に、あれはお前の言うことを聞かなかった事はないだろう?」
「何事も反対されてばかりいますが。」
「だが、それでも最終的にはお前の言う事を聞いているだろう。」
否定の言葉は出せなかった。
そうだ。確かにあの人は何かにつけ反対をしたが、それでも最終的には大抵のことで話を聞いてくれたし、無理なときでも次善案を提案してくれた。見た目はどうあれ、私は子供ではなく、愚かでもない。分かっている、分かっているのだ。彼が、私のために色々と心を砕いてくれていた事は、言われるまでもなく分っていた事だ。ただ、それですらも私にとっては煩わしかったというだけのことで。
「不思議に思ったことはないか? 何故この世界に着たばかりのマレビトを早々にこの国では放り出すのか。」
「六日というのは確かに短いですけれど、それだけあればマレビトは十分対応できる精神構造をしているのでしょう?」
少なくとも私はそう教えられた。
「その通りだ。だが、中にはお前のように表面上は取り繕って、内心では周囲に壁を作るものもいる。」
よく分かっているじゃないか。
「そのためにいるのが守護者だ。」
「マレビトは、年に数人単位でこの世界に来ているのでしょう? そのそれぞれに一人守護者がつくと言うんですか?」
そんなのは人的資材の無駄のように思えるのだが。
「言ったろう、何故この国では早々にマレビトを自由にさせるのか、と。他の国では最低でも半年、長い国では数年間は自由になれない。」
「……。」
「この国の方が特殊なんだ、そもそも他の国には常にマレビトがいる。だからマレビト同士交流し、様々な事を教えあうのが基本だ。種族や出身が違えども、同じ境遇と言う事で受け入れやすいのだろうな。」
そんなの、初耳だ。私もそっちが良かった。
「この国はマレビトが少ない。かつては多くのマレビトがこの国にはいたが、やがて世界の中で最もマレビトの少ない国となった。だから、マレビト同士で学びあうと言う事がそもそも不可能なのだ。その代案として考えられたのが、この世界の人間を補佐役に一人つけ、後は実地で慣れさせると言うやり方だ。」
習うより慣れろ、とは言うけれど、いくらなんでもそれって暴論じゃないだろうか?顔に不満が出ていたのだろうか、アカシェが苦笑しつつ続ける。
「今まではこれで上手く言っていたんだ。」
それは、きっと、多分今までの渡り人たちが出来人だったんですよ。残念ながら私のような若造に、そんな余裕はない。
「第一印象で嫌がられることのないように、守護者の候補は優秀であることは勿論、若く見目良い異性が選ばれる。見目良く、自分を気遣う者を嫌うものはあまり多くはないからな。守護者との間に信頼関係を築き、多くのマレビトがこの世界に馴染んでいった。」
どうせ私は性根が曲がっている。だが、そんな私をこの世界連れてきたのはそちらなのだからそのことで文句を言われる筋合いはない。文句を言うなら早々に地球に帰してもらいたいものだ。
それにしても、その理屈は分らないことも無いが、外見で候補を選ぶってBB船のブローンじゃないんだから。いや、意味合い的にも似たようなものかもしれないけれど。
「ナイルもそうだが、ツェフも今でこそ年を取ったが、それでも見目が良いだろう?」
「……ツェフ?」
耳慣れない人名に思わず首を傾げた。
「名前までは知らなかったか。ここの長のことだ。」
ここ、というと、ああ、神官長のことか、あのロマンスグレー。
きっと若かりしころはさぞや美形だったろうとは思っていたけれど、あの人もマレビトの守護者だったとは。確かに今でもご婦人方には人気がある。まあ、私に対してはまるで初孫に対するおじいちゃんみたいな感じなのだけれど。
あれ? でも……。
「守護者の契約は一生のものなのでは?」
私は神官長の側にマレビトがいるのを見たことはない。と言うか、この町に、私以外の"マレビト"はそもそも存在しない。
「マレビトと守護者の契約が解消されるのは、いずれかの死のみだ。マレビトに長命な者が多いのは事実だが、必ずしも全てのマレビトが長命であるという訳ではない。ツェフが仕えたマレビトは既にこの世を去った。」
この世を去る、それはどういう意味だろう? 通常ならば死を意味するのだろうけれど。
「それは、亡くなった、と言う意味ですか? それとも……。」
「守護者の契約が解消されるのは死のみだ、と言ったろう。例え仮に元の世界へと帰還したとしても、その契約は消えない。あの契約は一種の誓い、いや、呪いみたいなものだからな。」
では、その人は帰ることなくこの地で生を終えたのか。
「お前は、帰りたいのか?」
この人は、何を言っているのだろう、と思う。誰も私に尋ねなかったそれは、実際に聞かれてみれば酷く不快なものだった。
「当たり前のことを聞かないでいただけますか。そんなの、聞くまでもない事でしょう。」
ああ、嫌だ。
今、自分がどんな顔をしてるのか容易に予想がつく。押さえつけていた感情を剥き出しにされる、その不快感に更に感情は軋みを上げる。表情を取り繕う余裕はもう残っていない。鏡で見ることは出来ないが、相当酷い顔で彼を見ら見つけているはずだ。
なのに、そのことに何の痛痒も感じていないのだろう、アカシェは平然と言葉を繋いだ。
「そうか、ならば私はお前に言わねばならないことがある。それが、ここを訪ねた第二の理由だ。」




