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マレビト来たりて 前編  作者: 安積
第2章 過労と御子、そして私が選ばれた訳
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「こんな状態で仕事へ行かせるわけにはいきません。」


 頭ごなしに否定の言葉を投げかけるは、一月経とうが経つまいが未だに良好な関係を築くに至っていない神官殿である。まあ、過労で発熱、絶賛療養中の身では言い返す権利など欠片も無い。心配してくれているだろうことは分るのだが、どうもこの人とはウマが合わないのか素直に受け取れない。日本にいた頃はここまでコミュニケーションで苦労した覚えは無いのだが。


「……せめて仕事に行けないことだけでも伝えに行きたいのですが。」


「受注していた依頼は昨日で終わったのでしょう?ギルドの仕事は基本的に個人の裁量に任されます。継続中の依頼がないのであれば、仕事をしない日に何かを伝える必要はありません。」


 確かに間違いではない、が……。


「いえ、連絡を怠るのは……。今まで休み無しでしたからギルドの人も待っているでしょうし。今日は、熱砂の風の方が送ってくださる事になっていたんです。砂蟲退治に向かう道がてら……。」


 先に言ったように、ギルド員が私を依頼主の元まで送ってくれると言うのは朝の恒例となっている。それは日替わりで、次は誰、と言う事が既に決まっているのだ。本部を中心に活動しているのは私のような近場の家事手伝い派の他は難易度の高い依頼を請ける上級者ばかりである。彼らは一度依頼を受けると数日街に戻らない事も多い。だから既に私を送る当番が決まっており、それがあるからこそ今まで休みを取りにくかったと言う事もないわけではない。まあ、言い訳にもならないが。

 荒野のオアシス的な街であるエグザーダナは街とその周囲の森から離れれば周りは岩砂漠となる。交易都市であるこの街にとって街道の安全は何にも変えがたいものであり、それを脅かす魔物の存在には早急な対処が求められる。熱砂の風は主に岩砂漠での魔物の狩りを中心に行っている集団だ。彼らは街道沿いに出没を始めた砂蟲を狩りに行くのだと言っていた。そういう上級のギルド員が何故自分と関わりを持とうとするのか、それが一種の願掛けや験担ぎであるようだと気付いていただけに、体調不良だからと連絡もしないのは気が引けた。


「……では文を送っておきましょう。」


 神官が溜息をつき、妥協案を提示する。もとよりまともに動ける体でない事を自覚してはいたので特に反対することなく同意した。


「……すみません。お手数をおかけします。」


「少しでも反省の気持ちがあるのならば、今後は御身を労わり下さい。以前は大人の体だったのでしょうが、現在は幼子と変わりないということをお忘れなく。」


「肝に銘じます。」


 どんな理由があろうとも、自分の体調を省みなかったのは私の落ち度だということは否定できない。神官の嫌味も甘んじて受け入れた。神官はそれ以上何かを言うこともなく、静かに部屋を出て行った。

 悪い人ではない。今だって、ほとんど足音を立てることもなく、扉の開閉の音にも気をつける、気配りの人なのだ。なのに、どうしてこうもウマが合わないのだろう。




 一人部屋に残され、うつらうつらとしているうちにいつの間にか眠ってしまっていたのか、気付けば傍にエメラさんがいた。


「起こしてしまいましたか?」


「……私、寝てましたか?」


 聞くまでもなく、彼女が入ってきた事にも気付かなかったのだから寝ていたのだろうけど。案の定、エメラさんの答えは肯定だった。


「僅かに。まだ四半刻も過ぎてはおりませんよ。」


「そう、ですか。」


 1刻は1時間半から2時間だから、どうやら20分程度眠っていたらしい。エメラさんは静かな声で続ける。


「ナイル様から伝言です。熱砂の風の皆様をを中庭までお通しするそうです。」


「え、と?」


 その意味の把握に少し時間がかかった。この部屋は中庭に面している、と言う事は……。


「部屋までお通しする事は出来ませんけど、窓ごしならばお話は出来ますよ。」


「……ありがとうございます、エメラ…姉さん」


 うっかりさん付けで呼ぼうとしてしまって慌てて姉さんと続ける。どういうわけか、この人は私に姉と呼んで欲しがるのだ。下手にエメラさんなどと呼ぼうものなら他人行儀だと悲しまれるので要注意だ。他人行儀も何も他人なのだが、まあ一番世話になってる人であるのは確かなので出来れば悲しませたくはないな、という思いはある。なんにせよ、今回は気付かれずに済んだらしい。


「はい、どういたしまして。でも、お礼はナイル様にもなさって下さいね。」


 あの方が一番気に掛けて下さっているのですから、と言うエメラさんに思わずナイルって誰だっけ、と考えてしまう。えーと、ナイル、ナイル……ああ、あの神官か。そういえばそんな名前だったような気が。名前で呼ばないからすっかり忘れていた。


「分りました。」


 そう答えると、エメラさんは微笑んで静かに隣の部屋へと向かって行った。




 私の居室は1階にある。それって防犯上どうなの、と思わないでもなかったが、そこは神が直接的な効力を持って実在する世界、神殿や王宮といった場所はそもそもが神力とやらが満ち溢れている場所で、そこに害意持つ存在は侵入することは出来ないらしい。

 神力とはこの世界に存在する全てをあまねく慈しむ力だとかで、王宮や神殿だから加護があるのではなく、その力を悪用されたりしないためにその力が多くある場所に神殿や王宮を建てたのだと言う。王族はその力を国中に拡散させることが仕事の一つだそうで、だからこそ国中に離宮が散らばっているし、同様にその力を濃いままに人々のために役立てることを旨としているのが神殿であり、こちらも同様に国中に散らばっている。

 その神力溜まり、通称聖域に建てられているのが離宮か神殿かは各々の土地によるらしい。更にそれ以外にも例外的な神力溜まりとして精霊や神が直接守護する土地があり、私たち"渡り人"にとっては関わり深いのだけれど、それについてはまた別の機会に。これら三つの聖域が一ヶ所に集中し、一つの町を形成しているエグザーダナはアウトラーシェンのみならず、世界的にも珍しいそうだが、他の国どころか他の町すら知らない私にはまだピンとこない話だ。


 居室の位置に関する話から大分話は逸れてしまったが、そんな訳で1階でも安全性は確保されているとのことだ。日本ではアパートでもマンションでも借りるなら2階以上が望ましい、とされていたが、何とも便利な話である。こちらでも聖域外の土地では同じようなものらしいけれど。

 そう考えれば、防犯関連に気を取られずに住む神殿内に住めるというのは利点の方が大きいのかもしれない。まあ、2階以上に住むというのは防犯だけに限った話ではなくて、害虫関係も被害が少なくて済むという利点があったわけだけれど、そもそもこの国、蚊やらGの付く生き物とかを見かけたことがない。日本にいた頃だってGは滅多に遭遇した事なかったから――と言うかアパートを借りて一人暮らしをするまで本当にそれを見たことが無かったのだけれど、そう言うとなぜか学友たちにはあり得ない、と言われたりもした――可笑しくないのかもしれないけれど、日本ほど衛生観念が発達していないこの世界で見かけないということは、そもそも存在していないのかもしれない。この世界に来て1ヶ月、初夏に似た気候しか知らないから、まだはっきりとした事は分らないけれど。もしかしたらこれから現れたりするのかもしれない、要観察事項だ。本当、この世界は分らないことだらけだ。

 とにかく、そんなわけで体力の乏しい私としては喜ばしいことに、1階の広い居室でそれなりの生活を送らせてもらっているわけだ。因みに寝室の他に応接間ともう一部屋を使わせて貰っている。寝室だけで、日本で私が学生時代に住んでいたアパートの1室を越える広さがある、というのはある意味でトリップものの典型例と言えるかも知れない。そんなとこばかり典型例に倣うより、どうせならチートな身体と能力が私は欲しかった……。せめて過労で倒れたりしない程度で良いから。

 こんな部屋に住みながら、バイトみたいな仕事でちまちま稼ぐ私って何なんだろうと思ってしまわなくもない。私の場合は半ば強制だったけど、こんな生活を続けたら自立する意志が挫かれるというのは納得の話だ。どのくらいここで生活することになるか分からないけれど、出ていくときになって私は本当に大丈夫なのだろうかと余計な心配までしてしまう。あくまで仮宿なのだから、あまりこの環境に慣れ過ぎてしまわないように気を付けなければいけないだろう。


 話は戻るが、先ほどエメラさんが言っていた中庭に応接間のテラスは面している。部屋に熱砂の風のメンバーを通すことは出来ないが、窓越しなら話しても良い、というのは神官からの最大限の譲歩なのだろう。私が住むこの区画は神殿の中でも奥に属す、そもそもが人の出入りを制限されている場所なのだから、本当に譲歩してくれたのだとよく分かる。勿論、ここが聖域であることと、熱砂の風の面々の信用があってのことだろうが。

 彼らが来るまでの間もエメラさんは私の傍について色々と気を利かせてくれた。濡れタオルを用意してくれたり、着替えを手伝ってくれたり、飲み物を用意してくれたり。こちらが悪いと思ってしまうくらいにお世話になった。快復したら、何かお礼をしたいと思う。

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