10
異世界へ落とされて二週間と一日が経過した。
二週間といっても、これはこちらでの数え方なので、地球の数え方でならまだ十三日間だ。まだ半月も経っていない。でも、その割りには大分慣れたかな、とは思う。いつ帰れるのか、そもそも帰ることが可能なのかすら分らない。寧ろ、自分の類型で行くと帰れない可能性が限りなく高いらしいと言う事だけは分った。
身体まで作り変えられてしまった「渡り人」が、元の世界へと帰った前例はないという。だからと言って諦めるつもりは全くない。諦めが肝心とも言うけれど、どこぞの籠球部の顧問じゃないが諦めたらそこでお終いだ。
だから私は諦めない。なんだか意地になっているようにも聞こえるけれど、前例がないからありえないなんて事は、それこそありえない。常に先へ先へと歩み続けるのが人間というものだ。そうでなければ、恐竜の影に怯えながら生きてきたネズミが科学を発展させて月にまで行ったりしないだろう。他の世界のヒトは知らないけれど、地球のホモ・サピエンス・サピエンスなんてナルっぽい学名を自分たちに付けてしまった種族は欲望に向かって邁進する生き物だ。いくら体を弄られたからって、私がその人間の一人として生を受けたことに間違いないのだから。
まあ、これは今考えてもあまり意味のないことなのだけれど。
神殿の外に出るようになって一週間、これをもうと言うかまだと言うかは人によるだろう。ギルドの仕事をして満たし、知り合いも増えた。そこで分ったのは、私が何も知らないということ。この世界のことを、私は何も知らない。
私に分っているのは、神が実在する世界だと言う事だけ。
「渡り人」が1週間という本当に短い期間で安全な庇護下から放り出させれるのはこのためだったのか、と今更ながら気が付いた。頭で認識するだけでなく、しっかり心でも認識しなければ、人は前に進めないのだ。
今なら"まだ"全部始まったばかりだ。
私は、変わることが出来る。
果たしてこれが、ヒト種に限るものなのか、それとも他の「渡り人」にとってもそうなのかは分からないけれど、少なくとも私にとってはこの期間は最適だったと言えるのだろう。
一月もたてば、甘えてしまう以外何も出来なくなってしまう自覚はあった。でも、多分それだけではすまなかったはずだ。私は、きっと、この世界を見ることも拒否したに違いない。自分が変わることを、拒否してしまっただろう。
それは多分、生きる事を拒否する事でもあったはずだ。
私は、今からこの世界で生きていく。いつか地球に帰るためにも。私は、生きなきゃいけないんだ。生きると言うのは、ただ命を繋ぐ事だけを意味しているのではない、とよく地球にいる頃耳にした。本当に、そのとおりだと思う。
この世界での成人は12歳なのだと言う。それは一人立ちの年を顕しているのではなく、自ら責任のある選択が出来るようになる年なのだという。
私も、そう在ろう、そう在れる様努力しよう。
自らの目で見て、耳で聞き、多くのヒトと関わり合って、色んなものを受け入れて、それらを消化して、自分の意思で選択して行こう。それが多分生きると言う事であり、私が目指していた自立すると言う事なのだと思うから。




