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婚約破棄され続ける私の後ろには、死んだ幼馴染の幽霊がいました

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/03/28

 婚約破棄を三度された私——全部、幼馴染の幽霊が後ろに立っていたからでした。


 転生して十二歳の時に流行病で死にかけた私の手を握って、「俺が代わるよ」と幼馴染が言った。


 私が回復すると幼馴染が亡くなっていた。


 あの言葉は本当のことだったの?


 その日から私の世界は変わってしまった。


◆◇◆


 十八歳で婚約を解消された私。


 少しだけホッとする。


 これで婚約破棄されたのは三度目だ。


 でも、ホッとしている場合じゃない。


 世間には私の悪評が広まっていて、もうまともな婚約なんて出来ないだろう。


 ……だからこそホッとする。


 あなた以外の人とは結婚なんてしたくない。


 私が結婚したいと思っていたのは、あなただけ。


 侯爵家の一人息子のお墓はまだ新しい。


 侯爵夫人が息子の死を認めずに、やっと最近作られたお墓だった。


 侯爵子息の遺体は、魔術師が二十四時間体制の魔法で凍らせて今も腐敗を防いでいるらしい。


 光を反射させてキラキラ輝く墓石は、ちょっとだけあなたの金髪に似てる気がするけど。


 新緑の若葉が陽の光を墓石と一緒に反射させて、生命力に溢れている。


 ここが墓所だなんて思えない。


「侯爵夫人が可哀想……。私なんかの為に、あなたが死んだりするから」


 白いスベスベの墓石の下には話しかけても遺体はなく、誰もいない。


「どうしても、君に生きていて欲しかったから、俺は満足してるよ」


 ただ、後ろには居た——侯爵子息の幽霊が……。


 振り返ると私の知っている十二歳の幼馴染ではない。


 十八歳になった幼馴染がいた。


 幽霊なら、死んだ年齢で出てくるものじゃないの?


 成長した姿は私の妄想?


 今、同じ年の幼馴染がいたらいいのにって何度思ったのかわからない。


 婚約解消されたせいでおかしくなってる?


 私の妄想でも、思った通りに輝く金髪を一二歳の時よりも少しだけ短く切って、男らしいなっていた。


 女の子と間違われるような雰囲気はもうないのに、陶器のように滑らかな肌と澄んだ瞳は昔と変わらない。


 懐かしさと、理想の姿が混じって胸が苦しくなる。


 もしくは息子がまだ生きていると信じてる侯爵夫人のイメージなのかもしれない。


 でも——


 なんでもいい、また会えた。


 嬉しさが涙になって、目が霞む。


 熱い涙と熱い吐息が私から漏れる。


 私が手を伸ばすと、手はスーッと幼馴染の身体の中を通り抜け、ひんやりと冷たい空気に触れた。


 幽霊なら触れられなくて、当然よね……。


 嬉しくて暖かかった気持ちが、冷える。


 でも、幼馴染が驚いていた。


「俺が見えるのか?」


「見える……」


「ずっと……見えなかったのに……」


「ずっと、見ていたの?」


 幼馴染の幽霊は微笑む。


 もう一度会いたかった微笑みに、私の胸が高鳴った。


 諦めていた心が動き出してしまう……。


 相手は幽霊なのに……!


◆◇◆


 幼馴染の幽霊は私の家まで着いて来てしまう。


 また並んで歩けることが嬉しいけど……気になることがある。


「もしかして、見えない間もずっと着いて来てた?」


 なれた様子で私の部屋のベッドに腰掛ける幽霊の様子に尋ねたくなった。


 幽霊は微笑むけど……誤魔化そうとしてるだけね。


 あなたに逢えなくて、ただ寂しいだけの日々だったけど、そばにいてくれたの……。


「君に幸せになって欲しくて俺は代わりに死んだんだから、結果を見届けたいと思って」


「……じゃあ、がっかりね。三度も婚約解消される貴族令嬢なんて、もう幸せになんてなれないわ」


「それは、あいつらが君に相応しくなかったからだ」


 ……少し引っかかる言い方。


「幽霊、あの人たちに何かした……?」


「何も。君の後ろでぼんやり姿が見えるくらいにして立ってただけ」


 しっかりやってる。


 ただでさえ仲の良かった侯爵子息が亡くなって、幽霊付きの令嬢と噂されていたのに……。


 ん?


 噂は本当だった?


 ……。


「……ふふ」


 私が笑うと幽霊が意外な顔をする。


「……幽霊、ありがとう。私は好きでもない人と結婚したくなかったの……」


 私の好きな人はずっと、幼馴染のあなただから……。


 幽霊はまた寂しそうに笑うと私に手を伸ばす。


 ひんやりとした熱を身体に感じる。


 一瞬、私はビクッと身体を揺らす


 幽霊と言う事を忘れていた。


 幽霊が力強く笑って言う。


「次の相手はちゃんと君が好きになれる人を選んだから大丈夫。契約は果たされる」


 幽霊に驚いた後に、あなたじゃなきゃ嫌だとも言えない。


「……今までも、幽霊が婚約相手を見つけて来てくれていたの?」


「きっかけさえあれば、みんな君を好きになるから」


 私のことを買い被りすぎた言い方に笑ってしまう。


「そんな単純じゃないわよ」


 もし、それが本当でも、三回も婚約解消される前の話しよ……。


 それに、幽霊でもあなたと話せるようになれたのに、どうして別の幸せを見つける必要があるの?


◆◇◆


 一回目の婚約者は、ハンカチを私が拾ってあげた人。


 二回目の婚約者は、私の目の前で尻餅をついた人。


 三回目の婚約者は、間違って私宛の手紙が配達されていた人。


 四回目の婚約者は、風で私のリボンが飛ばされて拾ってくれた人……?


 今、ちょうど、突風が吹いてたまたまリボンが飛ばされただけで……幽霊のきっかけ作りではないわよね。


「あ、ありがとうございます」


 変に意識したせいで、なんでもない事なのに少し声がうわずってしまう。


 でも、それだけで何事もなく別れた。


 幽霊が変なこと言うから、無駄にドキドキしてしまった……。


「すみません、お名前を聞いていなかったので……」


 リボンを拾ってくれた男性が戻って声をかけられた。


 驚いて、私の顔は真っ赤になっていたと思う。


「必ず、ご挨拶に伺います」


 そう言って、今度こそ本当に別れた。


「……!」


 別れ際に、男性は何かに怯えたような表情をした。


 見ると幽霊がいた。


 幽霊はちょっと怒ったような顔をしてるけど……怖がって逃げるほどではないと思う。


 私と他の人で、見えてる姿が違うの?


「今のは“きっかけ”にあなたがやったの? あの人が私の好きになれる人?」


「そう思ったけどダメだ! 名前を聞き忘れて引き返すような男はダメだ。俺の姿を見せておいたから、十回も会わないうちに、怯えてあっちから断ってくる」


 男性が消えていった方を見ながら、怒って幽霊が言うけど。


「やっぱり幽霊が婚約破棄させてたんじゃない! 十回も背後に幽霊をつけた姿を見られてたら、婚約破棄されてなくても私の評判が最悪になるわよ」


「つ、次は、絶対に君が気にいる男にするから」


 私のせいみたいに幽霊が言う。


「私じゃなくて、幽霊が気にいる男でしょう?」


 幽霊は何も言えなくなってる。


「ふふふ」


 十八歳の幽霊の幼馴染は、十二歳だった時と変わらない反応をする。


 それが面白い。


 ……本当に私を、誰かと婚約させたいわけじゃないんだ……。


 幽霊の身体に手を通す。


 ひんやりと冷たい。


 これが幽霊の体温で、私に気持ちを伝えてくれてる。


◆◇◆


 四回目の婚約者候補(?)の男性は正式な挨拶に私の家にやってきた。


 また幽霊を見て怯えた目をしたけど、正式に交際を申し込まれてしまう。


「私は、三回も婚約を解消されていますし、幽霊付きだと評判なんです。あなたに迷惑をかけるだけだから……」


「俺は幽霊になんて負けませんよ。あなたが俺を嫌っていないのが知れてよかった。また来ます……」


 嫌いって言えば良かったの?


 断られると思っていたから、また来るという後姿に不安になる。


「ふん、俺の姿にすっかり怯えてるくせに、何が『俺は幽霊になんて負けませんよ』だ! 次はもっと怖がらせて追い払うから安心してくれ、令嬢!」


 幽霊がきっかけを作ったくせに、また怒ってる。


「……幽霊の姿で怯えさせなくても、私がちゃんと断るわよ」


 四回も婚約解消するなんて、本当に後がなくなるから、早めに断らないと。


 両親が三回も婚約解消された娘にまだ相手がいたのかと喜んでいる様子なのが気になるし。


「そうか? 君が出来るなら任せるけど。そのかわり、次の男との出会いは俺に任せてくれ!」


 自信満々の幽霊に、私は慌てる。


「ちょ、ちょっと待って幽霊!? どうせ断るんだから、別の人はいらないわよ!」


「ダメだ、君は幸せにならなきゃいけないんだ」


 決まっていることのように幽霊は言うけど、その姿はどこか寂しげだ。


「私、あなたと話せるだけで幸せだもの。ずっとこのままじゃダメなの?」


 私も切実な想いを幽霊に伝える。


「……ずっとはいられない。君を助けてもらう条件が、君が必ず十八歳のあの日までに幸せになっていることだから」


「え?」


「魔術師との契約は、はたされなければ俺の命だけじゃ足りないんだ! 君の命も必要になる……。だから、君は必ず幸せにならなくちゃ……死んで俺と魔術師に連れていかれる」


 幽霊が悲痛な声をあげる。


 あなたが、十二歳の私を救ってくれた方法を初めて知った。


「……君に俺の姿が見えるようになっていたのは、君から幸せが遠ざかって死が近づいたからじゃないのか?」


 あなたがいなくなって、幸せなんて感じたことがなかったわ。


 幽霊の身体に触れるとひんやり冷たい。


 これが幸せの温度なのに……。


 幽霊が私の身体を包む真似をする。


 触れられない。


 触れた場所は透き通ってひんやりと冷たくなる。


 唇に冷たさを感じたら、私の身体を幽霊が通り抜けていく。


 一つになれた気がしたのに、本当にいる場所は遠く。


 触れあえることはない。


◆◇◆


 あなたが救ってくれた命だから……。


「嬉しいです、令嬢。俺との婚約を受けてくれて……!」


 四回目の婚約者が私の両手を握っている。


 手の向こう側から、愛しそうに見つめられて……。


 この人じゃない……。


 でも、この人を好きになって私が幸せになれば、幽霊が喜んでくれる。


 私の瞳から溢れる涙を、この人はどう思っているんだろう。


 嬉し涙?


 幸せの涙?


 ……。


 これは——失恋の涙。


 初恋の幼馴染とお別れする。


 あなたを忘れて、私は幸せになる。


 ……。


 でも消えない。


 涙が零れ落ちる瞳の裏に、あなたの姿がこびりついて消すことができない。


 あなたと離れるなんて、もう二度と出来ない。


 ◆◇◆

 

 十八歳のあの日が来てしまう。


 六年前、季節の変わり目に流行していた病に倒れた私。


 嵐の日に、十二歳だった私が死にかけて、あなたの命で救ってもらった日。


 窓を叩く激しい風と雨粒の音よりも、熱で朦朧とした頭に自分の心臓の音が響いた。


 これ程必死に心臓が動いているのに、呼吸は苦しくなっていくばかりだった。


 人の足音や話し声も時より聞こえてきたけど、自分の鼓動の方が大きくて、心臓が破れて止まってしまうことへの恐怖を感じていた。


 そっと手に暖かいものが触れた。


 優しく、でも力強く私の手を握る誰かの手。


 高熱の私よりも力強い熱い生命力に満ちていた。


「俺が代わるよ」


 そう耳元でささやいた。


 幼馴染の声だとわかって、焦点の合わない視線で微笑む。


 恐怖が和らいで、頭に響いていた鼓動が小さくなる。


 楽になった呼吸で私は眠る。


 握られた手の熱さが一晩中私を包む安心になった。


 優しいささやきも夢の中を駆け巡る。


『俺が代わるよ』


 バッ!


 飛び起きた!


 嵐が止んで朝日が差し込む穏やかな一日の始まり。


 熱が下がった私は、言葉の意味をようやく理解する。


 私の身代わりに……?


 今度は不安に胸の鼓動が早くなる。


 まさか、まさか……!


 ——幼馴染が亡くなった知らせは夕方に届いた。


 嵐の中を私のお見舞いに来たのが原因だと。


 あの力強い熱い手で握られた私の手が、熱を失って冷たくなる。


 元々身分が違った侯爵家とはそれっきり。

 

◆◇◆


 今は、十八歳のあの日——。


 時計の針が動いて重なる。 


 真夜中の0時に、幽霊は消えなかった。


 あなたが契約した、正確な時間が来たら消えるの?


 幽霊の触れられない手に私の手を合わせる。


 今にも消えてしまいそうな不安に、私の手は小刻みに震えている。


「君の家に行く前に魔術師に会って、『あの家に今日死ぬ女の子がいる。お前の命と引き換えに助けられる』って言われたんだ。君の家では、医者が今日一日持つかどうかって話をしていた。

 だから、帰り道に魔術師と契約したんだ。時間は夕方だった」


 まだ先でホッとする。


「さあ、朝まで寝て、昼間は一緒にいてくれ」


 幽霊に促されてベッドに入るけど、目をつぶると幽霊が消えていそうで怖くなる。


「君が婚約者と幸せになって、生き続けてくれるなら俺も幸せだよ」


 幽霊が言う。


 私の胸が痛む。


 あなたと一緒じゃないなら、私は幸せにはなれない。


 きっと、時間になったら幸せじゃない私も死ぬ。


 何度も目を開いて幽霊を確認する。


 私もまだ生きている。


 朝を迎えるまで繰り返して、眠った時間があったのかどうかわからなかった。


◆◇◆


「今日はずっと私といてね」


「最後まで君を見ているよ」


 朝になると部屋に朝食を運んでもらう。


 白いパンに薔薇のジャムを塗る私を幽霊が見つめている。


 焼きたての香ばしい匂いと薔薇の匂いが混じって、一日のはじまりが楽しくなる組み合わせだ。


 でも今日はこれ以上時間が進んで欲しくない。


 砂を噛む様に食べ進める。


 幽霊の顔が辛く歪んでいく。


 ミルクティーをパンを流し込むために口にする。


 紅茶の香りが鼻を通って何処にも届かないまま消えていく。


「……どうして、君はそんなに辛そうなんだ……」 


 幽霊が悲しい顔で言う。


「婚約が幸せでも、あなたと別れるのは辛いでしょう……」


 息の詰まる空間で彼が消えるのを時計の秒針の音と一緒に待ち続けるのは耐えられない。


 私は庭に向かった。


 幼馴染と一緒に遊んだ庭は今も変わらず、美しい花を咲かせている。


 陽の降り注ぐ明るい庭の中の十八歳の幽霊は髪と肌が輝いて、もうすぐ消える人には見えない。


 私は幽霊と並んで歩く。


 陽の光が私にも差して、身体が温まると心も動き出してくる。


 こんなに光の溢れる明るい日なのに……。


 暖かくなった心から凍らせた涙が流れだす。


 幽霊を心配させたくないと思ったのに……。


 私が幽霊と一緒に死んでいくことが一番の幸せだから、あなたは私は幸せになったと思って消えていい。


 私が必ず追いかけるから。


 庭のアーチに、巻き付く花の様に指先を絡めて、幽霊に背中を向けて涙を隠す。


「……泣いているの……?」


 幽霊は私の涙に気づく。


「泣いてるのに……君は幸せそうに見える……」


 気づかれた……?


「相手は四回目の婚約者……あいつじゃない……! 君は、俺の知らない奴と幸せになるのか!」


 幽霊が怒ったように言う。


「そんな、他に好きな人なんていないわよ……」


「じゃあなんで、君はそんなに幸せそうなんだ。……俺は消えない。死んでも、ずっと君のそばにいる」


 幽霊が絞り出すように、私へ向ける怨念のような言葉に、心が震えた。


「そんなことができるの……? 死んでいても、あなたがずっと私のそばにいてくれたら幸せね。……私が好きなのはあなただけだから、あなたと一緒にいることが私の幸せなの」


 声も身体も震えてる。


 せっかくあなたが救ってくれた私の命だけど——私は、いらない。


「それは……」


 私は幽霊を真っ直ぐ見つめる。


「私は自分で幸せを見つけたのよ。あなたが見えるようになったのも、あなたが私の唯一の幸せだったからよ」


 幽霊がハッとする。


「私を助けるために命を落とした幼馴染を救わないと、あなたが願った幸せな私にはなれないのよ。最初から無効な契約だったの」


 私の幸せは——あなたそのものだから……。


 そう言った時に、幽霊の足元から光が溢れ出した。


 幽霊は驚いて私を見る。


「令嬢……!」


 嘘! 今がその時間なの……!


 私は手を伸ばす。


 届いても触れられないと知っているけど、あなたの中を通るとひんやりし存在を感じる。


 冷たさを感じることが、あなたとの触れ合いになっていたから——。


 私が伸ばした手と、幽霊が伸ばした手が……もう少しで交差する。


 ——幽霊が消えた。


 伸ばした手は、陽だまりの暖かさを感じている。


 あなたが消えた空を見つめる目から涙が溢れて止まらない。


 陽の光がこんなに暖かいのに、あなたはいない。


 でも、つぎは私の番のはず。


 心臓が止まり瞬間をひだまりの中で待つ。


 あなたを追える喜びが足元から湧き上がってくる。


 嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!


 早く、高鳴る心臓を止めて!


 私に死を!


 降り注ぐ陽の光の中で笑う私。


 まだ、鼓動がリズムを刻む。


 あなたが消えた世界が暖かく、光に溢れる。


 こんなに辛いのに……。


 幸せじゃない私は、死なずに生きてる。


 契約だったんじゃないの?


 幸せになってなければ死ぬ……。


 それがルール。


 それが、私の愛の証明だったのに……。


 ルールが私の愛を否定した。


◆◇◆


 幽霊が消えて、四回目の婚約者と会う。


 追い払ってくれる幽霊はもういない。


「……ど、どうしてそんなに悲しそう顔をしているんですか……」


 婚約者は幽霊を見た時のように私に怯えた。


 青白い顔で幽霊みたいに立ってる私。


 幸せじゃないから……世界一不幸だって顔でいるのに、私は未だ生きてる。


 ……断ろう。


 幽霊を喜ばせる必要もないんだから、婚約する必要もない。


 今の私には、婚約者の顔の判別も出来ていない。


 一番大事な人を失った後で、残っているのは要らないものだけ。


 判別する必要もない。


 暗い目で婚約者を見つめながら、言葉を絞り出す。


 断ることにももう意味を感じない。


 私が何か言う前に、婚約者の顔が青くなる。


「! ゆ!、幽霊!」


 婚約者が見つめる先。


 私の後ろに幽霊が立っていた。


「消えたと思ったのに……」


 手を伸ばすと触れる。


 私は、驚きで言葉が出ない……!


 陽だまりよりも暖かい。


「ゆ、幽霊が生き返った!!」


 婚約者が腰を抜かして叫んでる。


 侯爵子息の瞳は光を反射して揺れて、触れた頬が赤く染まって、皮膚の下に鼓動が響いてる。


 急いできたのか、呼吸が少し乱れる。


 生きている人間の動きだ……。


「ど、どうして……?」


 目の前で、消えたはずなのに……。


「契約は無効だって令嬢が言ってくれたから……本当に無効になって死ななかった……。魔術師が令嬢と二人で連れて行くつもりで、俺の身体はまだ死んでなかったんだよ」


 ——俺が自分の部屋で目覚めると誰もいなかった。


 魔術師は生きている俺に魔法をかけて、十二歳のまま凍らされているように見せかけていた。


「結界が解けたから見に来てみれば……。これはこれは」


 魔術師が急に目の前に現れた。


「いよいよ今日、侯爵子息と令嬢の美味しい年齢の魂が二つ同時に手に入ると思っていたのに……最後まで油断できませんね」


「どう言うことだ?」


「二つ手に入れようと思ったら、失うリスクも契約する必要があったんです。令嬢にはしてやられました」


 魔術師が悔しそうに、瞳を光らせる。


 俺はゾクっと背中を震わせた。


「……まあ、侯爵夫人に六年間も贅沢させて貰ったので、令嬢の命を助けた以上の報酬はあったので良しとしますか……。次の機会もあります。お金で命が買えるなら、あなたはまた買うでしょう?」


 十二歳の令嬢の顔を一瞬、思い出した。


 次もきっと、俺はどんなことをしても失わない。


 そう言って魔術師は消えた。


「いただいた宝石と装飾品は持って帰りますよ」


 最後にそうニヤリと不敵に笑みを浮かべて——。


「身体を動かせるようになるまで時間がかかって、遅くなってごめん」


 侯爵子息の髪がキラキラに輝いてる。


 手を伸ばすと私の両手を力強く握る。


 熱と生命力にあふれた、あの日の手だ。


 私は涙が滲む瞳で、両手の向こう側の彼を見る。


「そうよ……。あなたがいないのに、永遠に幸せになれるわけがなかった」


 ちゃんとルールが私の愛を証明してくれた。


 好き。


 大好き!


 私は侯爵子息が大好き!


 侯爵子息に抱きしめられる。


 熱と生命力をもっと感じる。


 ——世界一不幸だった私が、世界一幸せになる——。


 涙を止められるわけもなく、溢れてくる。


「……! ——っ!」


 何か、言葉を言いたいのに声が出ない。


 抱きしめる腕の力強さに、負けないくらい力を込めて私も侯爵子息を抱きしめる。


 言葉の代わりに、抱きしめる強さで思いを伝える。


 折れそうなくらいもっともっと強く。


 身体が重なって鼓動も重なる。


 生きてる実感にまた言葉が消えて行く。


「令嬢……強すぎるよ」


 侯爵子息の言葉を無視する。


 私の存在が身体を通して伝わってる実感が欲しい。


 侯爵子息の腕で脈打つ腕の血管が私とつながるように、もう離れられないように、強く確かめたい。


 何度も何度も触れて抱きしめて。


 侯爵子息の唇が私の唇に触れると、溶けるくらいに熱いのに、ただ重なり合うだけで通り過ぎて行かない……。


 やっと、納得した……。


「……おかえりなさい!」


「ただいま……。俺を連れ戻してくれて、ありがとう」


 侯爵子息が抱きしめられた私の背中越しに、腰を抜かして座り込んでいた婚約者を見つめる。


「そんな、生きてる方が怖いなんてっ!! 嘘だーー!!」


 何故か、婚約者が逃げていく。


「え? そんな!? まさか、四回目の婚約破棄なんて……!」


 私が婚約者を振り返って言うと、侯爵子息に引っ張られる。


「五回目の婚約は破棄される事がないさ」


 幸せな満たされた胸が、高鳴る。


 五回目の婚約解消は絶対にしないわ。


◆◇◆


 四回目の婚約者にも婚約を解消された。


 四回も婚約解消された令嬢と、六年間死んでいた侯爵子息はお似合いだと、周囲に引かれながら婚約した。


 身分の差があったから、侯爵子息とは本来ならこんなに簡単に婚約できなかったと思う。


 でも、私の結婚相手を探すのに社交会に幽霊のまま出入りしていた侯爵子息は、事情通になっていた。


 元々の有能さもあって、すぐに社交界に受け入れられていった。


 いつの間にか私も幽霊付きの令嬢じゃなくて、侯爵子息を待ち続けた一途な令嬢になっていた。


 夜会に侯爵子息と一緒に向かう、


 みんなが私たちを見て、奇跡のストーリーを祝福してくれた。


 元婚約者たちは、自分たちが私の後に見ていた幽霊が生きて笑っているのに驚いた。


「俺のいない間の令嬢を守ってくれてありがとう。もう……彼女は、俺が一生守るから心配いらない……わかっているね?」


 侯爵子息の気さくな様子に負けを認めて、私を祝福して去っていく。


 二度と話しかけられることはない……祝福なのに、そんな別れの雰囲気があった。


 ふと去って行く元婚約を見ると、振り返った一人と目があってしまった……。


 侯爵子息の腕を強く握る。


「もっと強く言わないとダメか……」


 侯爵子息がつぶやく。


「あなたと居る事が私の幸せだから、ずっと離さないでね」


「当然だよ」


 触れられなかった手と手が、硬く結びついて、体温と鼓動が響き合う。


 生きている証。


 二人で同時に感じて思わず見つめあって笑い合う。


 息が触れ合う距離で、もうずっと離れられない。


 死を乗り越えた二人だから——。


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