第8話:聖域の門番――勘違いの英雄たちと「不法侵入」の攻防
第8話:聖域の門番――勘違いの英雄たちと「不法侵入」の攻防
その日の朝、シルスは縁側で「地球の知識」から再現した深煎りコーヒーを楽しんでいた。だが、静寂を切り裂いたのは、ドームの結界境界線から響く、地鳴りのような咆哮だった。
「おお……! これぞ古の文献に記された『黄金の揺り籠』! 選ばれし我らのみが辿り着ける、聖なる奇跡の地なり!」
シルスが双眼鏡(自作)で結界の端を確認すると、そこには黄金の鎧に身を包んだ暑苦しい男と、祈りを捧げるように杖を握る聖女らしき女性、そして軍勢がひざまずいていた。
「……アリステア。あれ、何?」
「主様、どうやら『勇者』と『聖女』を自称する外界の者たちのようですな。主様が魔力運用を効率化しすぎたせいで、結界から漏れ出す余剰魔力が、外界からは『天をも貫く聖なる光の柱』に見えているようです」
「光の柱……。目立たないように僻地を選んだはずなのに」
シルスは頭を抱えた。49歳の彼にとって、血気盛んな若者の「冒険」や「使命感」ほど、平穏な引きこもり生活に毒なものはない。
「我こそは光の勇者カエル! 聖域の守護者よ、道を開けよ! 闇に沈む世界を救うため、その秘宝を授かりに参った!」
「……帰れよ。秘宝なんてないし、ここ個人宅だから」
シルスは拡声器の魔道具を使い、ドーム内から冷めた声を飛ばした。だが、勇者たちの勘違いは止まらない。「これは守護者による試練だ!」「この結界を破らねば、未来はない!」と勝手に盛り上がり、剣を振るい始めたのだ。
「ミーナ、出番だ。傷つけなくていいから、徹底的に『帰りたくなる』ように仕向けて」
「了解。物理で追い出すのはアリステアの役目だけど、私は精神的に追い詰めるわね」
ミーナが指を鳴らすと、結界の周囲に**「不快指数120%」の魔術**が展開された。
勇者たちの足元だけが底なしの沼(しかし清潔な泥)になり、周囲には無限に増殖する「蚊」の羽音のような不快な音響魔法が響き渡る。さらに、勇者の黄金の鎧には「絶対に落ちないピンク色のペンキ」が自動で付着するトラップを発動させた。
「な、なんだこの不浄な呪いは……! 私の聖なる加護が効かない!?」
「勇者様、鎧が……! 勇者様のカリスマがピンク色に!」
一時間後。ボロボロになり、精神をへし折られた勇者一行は、「ここは……人が踏み入って良い場所ではなかった……」と絶望の呻きを残し、退散していった。
「ふぅ……。明日からは結界の出力を『ステルスモード』に切り替えるぞ。目立ったら負けだ」
シルスは冷めたコーヒーを一口飲み、外界との接触を断固拒否する決意を新たにした。




