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スローライフは箱庭で  作者: 盆ちゃん


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第5話:白亜の主、禁断の果実(カップ麺)を啜る

1. 天穹の隠れアーク・ハイダウェイへの帰還

 始まりの森を抜け、緩やかな丘を登り切った先で、シルスは思わず足を止めた。

 視界が開けたその場所には、陽光を跳ね返して白く輝く、巨大な魔導邸宅が鎮座していた。

「……これが、俺の家、か」

「左様にございます、シルス様。神アルシエル様が、主様の『究極の引きこもり生活』を完璧なものにするために設計された、この聖域の心臓部。通称【天穹の隠れアーク・ハイダウェイ】です」

 アリステアが、まるで自分の手柄であるかのように慇懃に胸を張る。その隣で、ミーナが呆れたように鼻を鳴らした。

「無駄に広いのよね。掃除するのは私なんだから、あんまり汚さないでよ? ご主人様」

 三人が屋敷の重厚な扉を潜ると、そこは異世界の魔法技術と、地球の洗練された美意識が高度に融合した空間だった。床には深紅の絨毯が敷かれ、壁には魔石が柔らかな光を放つブラケットライトが並んでいる。

 だが、シルスの心を最も射抜いたのは、豪華な装飾ではなかった。

「……なぁ、アリステア。ここには、風呂はあるか? それも、思いっきり足を伸ばせるやつだ」

 49歳の盆ちゃんにとって、入院生活で最も辛かったことの一つが「自由に入れない風呂」だった。清拭せいしきだけで済まされる日々、あるいは看護師の助けを借りて入る狭いユニットバス。

「もちろんにございます。主様の要望通り、この屋敷には最先端の魔導循環システムを備えた大浴場が完備されております。まずは旅の汚れを落とされますか?」

2. 至福の魔導浴と、若き肉体の躍動

 案内された浴場は、もはや「風呂」という概念を超えていた。

 壁一面がマジックミラーの結界になっており、ドーム内の美しい夕景を眺めながら入浴できる。浴槽は総大理石造りで、底からは常に適温に保たれた、魔力が溶け込む湯がコンコンと湧き出していた。

「……ああああぁぁ……」

 湯船に浸かった瞬間、シルスの口から魂が抜けるような溜息が漏れた。

 20歳の若く、しなやかな肉体に、熱い湯がじわりと浸透していく。病魔に蝕まれ、常に重苦しかった肺も、節々が痛んだ腰も、今は嘘のように軽い。

(最高だ。これだけで、ここに来た価値がある……)

 シルスは頭まで湯に潜り、再び顔を出した。水面に映る銀髪の青年は、病室の天井を眺めていた男とは似ても似つかない。

 ふと、脱衣所からミーナの遠慮のない声が響いた。

「ご主人様ー? 溺れてない? 案外、おじいちゃんみたいな溜息つくんだから」

「うるさいぞミーナ! 幸せを噛み締めてるんだよ!」

 シルスは笑いながら叫び返した。49歳の精神が、若々しい活力を取り戻していく。それは、神様にもらった「最強の体」を、彼が真の意味で受け入れた瞬間でもあった。

3. 禁断の「地球知」と、胃袋の革命

 風呂から上がり、清潔な絹の部屋着に着替えたシルスの胃袋が、不意に大きな音を立てた。

「おや。新陳代謝が活発になった証拠ですね」

 アリステアが微笑みながら、一階の広大なダイニングへ導く。そこには、神様から授かった最大のチート設備の一つ、【無限倉庫エターナル・パントリー】の扉があった。

「この扉の先は、時間の止まった亜空間に繋がっております。神様が用意した異世界の絶品食材に加え、主様の記憶にある『地球の食』も、魔力を通すことで具現化し、取り出すことが可能です」

 シルスはゴクリと唾を呑んだ。

 彼は右手を扉にかざし、自身の固有スキル**【地球知アーカイブ・アース】**を起動させる。

(検索対象:地球の、最高にジャンクで、最高に体に悪そうな……特製背脂ニンニク醤油ラーメン。それと、キンキンに冷えた缶ビール!)

 頭の奥に軽い熱を感じる。検索された情報が魔力と混ざり合い、倉庫内の亜空間に形を成す。扉を開けると、そこには強烈な香りを放つどんぶりと、水滴のついた青い缶が鎮座していた。

「……何ですか、その強烈な匂いは」

 アリステアが眉をひそめる。ミーナも鼻をひくつかせながら、どんぶりを覗き込んだ。

「脂……? 揚げたニンニク? 信じられない、不潔なほど暴力的な香りがするわ。これ、本当に食べ物なの?」

「いいから見てろ。これが、人類が到達した一つの『幸福』の形なんだ」

 シルスは割り箸を割り、一気に麺を啜った。

 強烈な塩気、ガツンと来るニンニクの刺激、そして背脂の甘み。

 病床で薄味の病院食しか許されなかった盆ちゃんにとって、それは涙が出るほどの「暴力」だった。

「ぷはぁっ……!! うまい……っ! 生きてる! 俺、今、猛烈に生きてるぞ!」

 すかさず缶ビールを空ける。喉を焼く炭酸と苦味。

「主様……そんなものを摂取しては、せっかくの不老不死の肉体が汚れるのでは……」

「いいんだよ、アリステア。心を満たさなきゃ、体だけ元気でも意味がないんだ。ほら、二人も食べてみろ。これは『魂のご馳走』だ」

 シルスに促され、おずおずとスープを一口啜った双子の目が、同時に大きく見開かれた。

「……っ!? な、何ですか、この情報の奔流は。舌の上の神経がすべて同時に叩き起こされたような……」

「……アリステア、これ、悔しいけど……止まらないわ。脳が、もっと寄こせって叫んでる……」

 最強の神造人形たちが、ジャンクフードの魔力に屈した瞬間だった。

4. 聖域の夜に誓う

 月明かりが窓から差し込み、1kmの聖域を優しく照らしていた。

 お腹を満たし、ふかふかのソファに深く沈み込んだシルスは、膝の上で丸まって寝ているプル(スライム)を撫でながら思った。

(引きこもり生活、1日目。……100点満点、だな)

 不老不死の体、最強の双子、忠実な魔物、そして無限に供給される地球の味。

 シルスは、かつて天井のシミを眺めていた自分に別れを告げ、心地よい眠りへと誘われていった。

 しかし、彼はまだ知らなかった。

 この「最強の引きこもり環境」が、あまりにも魅力的すぎて、後に神様や異世界の住人たちまでもが、このドームに「不法侵入」を試みようとする騒動に繋がることを。

 シルスの長く、平穏で、少しだけ不健康な異世界生活は、まだ始まったばかりである。


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