第3話:目覚めは楽園、最強の双子に見守られて
第3話:目覚めは楽園、最強の双子に見守られて
ふわり、と鼻腔をくすぐったのは、病室の消毒液の匂いではない。
それは、陽光をたっぷりと浴びた若草の香りと、どこか遠くから漂う潮騒の気配だった。
「……ん……」
シルス――かつての盆山茂は、ゆっくりと目を開けた。
まず視界に飛び込んできたのは、吸い込まれるような青空だ。雲ひとつないその空の端をよく見ると、うっすらと膜のような光が円を描いて覆っている。
体を起こそうとして、彼は息を呑んだ。いつもなら鉛のように重く、節々が痛んだ体が、羽が生えたように軽い。視界に入る自分の手は、しなやかで力強い、若者のものに変わっていた。
「……本当に、20歳に戻ってる……」
「お目覚めですね、主様。予定より三十二秒ほど早い覚醒です。やはり精神の強度が常人とは異なりますな」
「……全く。神様が『今度の主は面白い』って言うから期待してたけど、寝顔は案外普通ね」
左右から同時に響いた声。
シルスが顔を上げると、そこには瓜二つの容姿を持つ二人が立っていた。透き通るような銀髪と、吸い込まれそうな碧眼。まさに神の最高傑作と呼ぶに相応しい、宝石のような双子だった。
「初めまして、主様。私は兄のアリステア。主様の教育と聖域の管理を担当いたします。こちらは妹のミーナ。主様の護衛と雑用……及び、弛んだ精神の叩き直しを担当いたします」
「……よろしく、ご主人様。私はアリステアみたいに甘くないからね」
執事のアリステアは完璧な角度で一礼し、メイドのミーナは腰に手を当てて不敵に笑う。
「あ、ああ、よろしく。俺は、盆山茂、なんだけど……」
「いいえ、主様。過去の名は、あの雪の夜に置いてこられたはず」
アリステアが優しく、しかし断固とした口調で遮った。
「神アルシエル様より、新たな名を授かっております。貴方様の名は、シルス。この聖域の王であり、我ら二人の唯一の主です」
「シルス……」
その名を口に馴染ませるように呟くと、不思議と力が湧いてくるのを感じた。
「さて、シルス様。まずはその新しいお体で、主様の『お城』までご案内いたしましょう。その後、さっそく基礎的な魔力の練り歩きを始めていただきます。まさか、一日中寝ているだけで『最強』になれるとお考えではありませんよね?」
アリステアの眼鏡がキラリと光る。
どうやら、夢のような引きこもり生活を維持するためには、最強の家庭教師たちに揉まれる日々がセットになっているらしい。シルスは苦笑いしながらも、晴れやかな気分で歩き出した。




