第13話:九九を教えたら、量子力学に辿り着いた件
第13話:九九を教えたら、量子力学に辿り着いた件
聖域の朝。かつては静寂に包まれていた庭園に、今はカチカチという「何かを計算する音」が響いている。
シルスが縁側から見下ろすと、数百匹のスライムたちが整列し、地面に複雑な数式を書き殴っていた。
「……なぁ、アリステア。あいつら、何やってるんだ?」
「主様、プル殿を筆頭としたスライム部会から要望書が届いております。『我々の知的好奇心が、ドーム内の処理能力を凌駕しつつある。マスターの母国の知恵を体系的に教授されたい』……とのことですな」
「義務教育、か。……まぁ、暇つぶしにはいいか」
シルスは軽い気持ちで、庭の広場に黒板を模した魔導石板を設置し、**【聖域アカデミー】**を開校した。
初日の授業は、日本の小学生なら誰もが通る道、「九九」から始めることにした。
「いいか、みんな。算数は全ての効率化の基本だ。二人がけで二つなら、二人が二つで『二人が四』だ」
「ニ・ニン・ガ・シ……。ナルホド、変数ト定数ノ、基本結合デスネ」
プルが震えながら答える。シルスは「そうそう、そんな感じ」と適当に頷き、一の段から九の段までを教えた。
だが、ここからが「斜め上」の始まりだった。
授業開始からわずか十五分。スライムたちは個々の体を連結させ、巨大な「演算回路」を構築。シルスが教えた九九を基点に、**【地球知】**から漏れ出る余剰情報を勝手にハッキングし、恐ろしい速度で独学を始めたのだ。
「マスター、九九ノ応用デ、空間座標ノ微分積分、完了シマシタ。コレデ、ドーム内ノ雨粒一滴ゴトノ軌道計算ガ、リアルタイムデ可能デス」
「……え、待って。俺まだ、掛け算しか教えてないぞ?」
夕方。庭に出ると、スライムたちが「重力制御」の実験を始めていた。
どうやら彼らは、数学という言語を手に入れたことで、世界の物理法則を「デバッグ」し始めたらしい。シルスが教えようとした「算数」は、彼らにとって**「宇宙をハックするための鍵」**になってしまった。




