8-3 翡翠の女
「“【黴菌拳】”──!」
ベルが腐敗の頭で突っ込む。
ボルトラさんとの距離をもう一度縮めた。
「放っておけ」
ボルトラさんが言った。
目がとろんとしてる。
呂律も怪しい。
「ウィケットさんとパイロが、あなたもいつかは救われるべきだと言ってました」
「お人好しは……幸せにならない。人生とは、捨てることの積み重ねだ」
「あとはウィケットさんに任せます」
「パイロから焼却を学ばなかったのか」
ぼくはベルの上を走り、ゴーレムへ飛び移った。
ボルトラさんの体を引っ張る。
膝から下が岩に埋まってる。
「“【霊巣】”──!」
手から腐敗の巣を飛ばした。
足元の岩へ吹きかける。
岩が泡状になって溶解していく。
ボルトラさんを引っ張った。
「取れた!」
と思ったら、
「重たっ……」
人って、重たい……。
ボルトラさんと一緒にぼくは倒れた。
「ボルトラさん……」
「悪いが体に力が入らない」
ボルトラさんはマネキンみたいだった。
「きみの左手が使えれば、どうにかなったろう。すまない」
ボルトラさんが諦めるように言う。
「逃げなさい。ぼくがこのゴーレムの核だ。ぼくを抜いた、じきに崩れる」
「そういうわけには……」
右手でボルトラさんの腕を掴む。
必至に引っ張った。
「ベル、ボルトラさんを受け取って」
腐敗で足元がすべった。
それが都合よかった。
ボルトラさんをゴーレムから滑り落とした。
それを下でベルがぱくっと食べる。
ぼくも飛び降りた。
ゴーレムが崩れる。
*
崩れてゆくゴーレム。
それが遠くに見える。
ビアンカたちはその真下へ駆け付けるように走った。
「隊長、待ってくださいよ」
パイロはウィケットの乗る車椅子を押す。
駆け付けると崩れるゴーレムを背景に、ボルトラが倒れていた。
目の前に千鶴の姿もある。
「説明しただろ、無駄だと。胴体に腐敗が回っているんだ、ぼくはじきに死ぬ」
コートのはだけたボルトラの全身に、腐敗の斑紋が広がっていた。
ビアンカ。
息を切らすパイロ。
追いついた車椅子。
ウィケットがボルトラへ同情的な目を向ける。
「ボルトラを助けてくれたのか」
ウィケットが自分で車椅子を動かし、千鶴のそばへ行った。
「ビアンカ様……ウィケット……パイロ……」
ボルトラは一人一人を見た。
「本望さ。腐敗は陛下の……」
「魅了されただけだろ、勇者の力に」
ウィケットが言葉を遮る。
哀れむように見下ろした。
沈黙があり。
ボルトラは微かな笑い声を上げた。
認めたように。
*
ボルトラさんが激しく咽た。
血を吐いた。
ぼくは彼の体を横に傾かさせた。
血を吐かせた。
体じゅうに腐敗が回っている。
彼の体に右手を置いた。
「“【吸喰】”──!」
ボルトラさんの全身に広がる斑紋。
それがみるみるぼくの右手に集まってくる。
ずりゅりゅりゅりゅ。
くちゃくちゃぐちゃぐちゃ。
咀嚼音がする。
時間はかからなかった。
すべて吸い取った。
ボルトラさんの腐敗は完治した。
それに気づいて、ボルトラさんが愕然とする。
目を見開く。
言葉はなかった。
「これが尊いものに見えますか?」
ぼくは彼を蝕んでいた腐敗──。
その赤い粘液を見せた。
ぼくの右手にべっとり付着してる。
腐敗は人を蝕む。
あの強いボルトラさんを簡単に弱らせる。
目は虚ろ。
呂律もまわってなかった。
一人で体も動かせなかった。
取り除けばこの通り。
目も好きに開けられるし、喋ることだってできる。
右手の腐敗を消した。
その際、腐敗が一滴だけ、
ぽとん、と地面へ落ちた。
落ちた箇所から草花が咲いた。
タンポポだった。
「──見える」
ボルトラさんは呟いた。
呆れた人だ。
彼の手が動いた。
タンポポを指差そうとしてる。
そう思ったら、違った。
ボルトラさんの指は、上を差した。
空だった。
ぼくは見上げた。
人……?
背中が見える。
多分、人だ。
人が落ちて来る。
ゆっくり。
みんな沈黙した。
ぼくも妙に神聖な気持ちになっていた。
空から人が降ってきた。
ぼくは彼女をキャッチした。
左手の無い腕と、右手で。
華奢な体。
褐色の肌。
翡翠色の髪。
女の子だった。
*
グラスヘイム──。
瓦礫の陰に身を潜める何者かの姿があった。
ローブとフードで姿を隠している。
ビアンカ、ウィケット、パイロ、横たわるボルトラ。
その中に一人、少年が見える。
女性を抱えている。
彼は瞳孔の開いた目で確認した。
「あの少年……」
彼は、“アサヒカワ チヅル”を見つけた。




