7-3 原蟲の王
──チヅル?
声がする。
──呼んで。
……え?
──わたしを呼んで。
誰?
──わたしは……。
目を開けた。
「この天井か……」
また医務室だった。
また、あの声が聞こえた。
ボルトラに左手を切られ、
気を失ったときにも聞こえた声だ。
多分、同じ声。
「誰だろう……」
女の人の声だ。
そんな気がする。
医務室には、ぼく一人だけだった。
枕を後頭部に。
目の前に羊皮紙を現した。
緑色の火のやつじゃない。
青色の火……。
”【死者摸】”──。
そこにはそう書かれていた。
能力の概要は理解できている。
ご丁寧に『殺害した者の生前の技術を、あなたが目にしたことがあるものに限り冥界より招来する』とある。
「招来……?」
殺害履歴
└蛇公ミア
└技術
└蟒蛇
羊皮紙にはそんな風に表示されていた。
「“蟒蛇”……」
ビアンカさんとの模擬戦中に急に現れた。
使ってみたけど制御できなかった。
体が、足がスピードに追い付かない。
それで壁に激突した。
いままで緑だったのに。
今回のは青?
左にちゃんと緑色の羊皮紙も出せる。
そっちには腐敗関連の技が並んでる。
「あれは蛇公の技だったのか」
歩くのでもなく。
地面を蹴るでもない。
地面を滑るように動くイメージ。
あれが彼女の身のこなし。
体の軽さ。
景色か。
使いこなせたらどうなるんだろうか。
ベッドから下りて廊下へ出た。
「あれ、ウィケットさん?」
「起きたのか」
中庭にウィケットさんがいた。
「休んでなくていいのか」
「ひとりですか? みんなは……」
砦内にひとけがない。
そのとき爆発音があった。
手すりの後ろに身をかがめる。
立ち上がりながら遠くを見た。
「ウィケットさん、あれ」
街の方で煙が上がってる。
あと何か大きな……。
「岩?」
岩が動いてる。
人みたいな形してる。
「何か見えるのか? ここからじゃ音しか聞こえないんだ。これだしな」
ウィケットさんは車椅子で自由に動けないみたいだった。
「ビアンカさんやパイロはどうしたんですか」
「焼却隊はみんな血相変えて出ていった。街にゴーレムが出たんだと」
「ゴーレム?」
「神話の怪物らしい」
ぼくは階段を駆け下りた。
「待て、チヅル!」
「ちょっと見てきます」
好奇心。
あと何か別の感情もあった。
何かはわからない。
ぼくは砦を飛び出した。
*
何もない。
すべてぺちゃんこ。
家も建物も。
市場も
広場も。
コロッセオもない。
戦争映画で見た風景。
焦土。
グラスヘイムじゃないみたいだ。
「なんだこれ……」
爆発音が聞こえる方へ走った。
そのうちビアンカさんとパイロを見つけた。
前方に巨大な岩の巨人。
「あれがゴーレム……?」
間違いないだろう。
「ビアンカさん、パイロ!」
「チヅルさん!」
「チヅル、気絶してたんじゃないのか」
「さっき起きました。あいつがゴーレムですか」
「ウィケットと砦で待ってろ。こいつはもう駄目だ、止められない」
「諦めるな。いま隊員に火薬を用意する指示を出して──」
「試してみます」
ぼくは飛び出した。
「待て、チヅル」
「腐敗で岩を溶かせるかもしれません」
左手は駄目だ、
腐敗の粘液が出ない。
右手しか使えない。
ぼくはゴーレムの足へ飛び掛かった。
「“【黴菌拳】”──!」
触れた。
と同時くらいに巨大な一歩が動く。
跳ね返された。
「チヅルさん!」
「チヅル!」
地面をバンドし、
転がった。
二人の声が聞こえる。
もう一回だ。
ぼくは立ち上がった。
走っていく。
ぼくはゴーレムの足へ飛び乗り、
抱き着いた
「“【感染爆発】”──!」
全身から腐敗の粘液が吹き上げる。
粘液がゴーレムの足へかかる。
地面にも散る。
触れた箇所から炭酸の抜ける音がする。
泡になって溶けていく。
だが範囲が狭い。
手がすべった。
ゴーレムの足が動く。
浮き上がる。
ぼくは落ちた。
地面を転がった。
すぐにビアンカさんとパイロが駆け寄ってくる。
「大丈夫か、無茶しやがって」
「全然駄目だ」
ぼくは立ち上がった。
上空を見上げた。
ゴーレムの鎖骨辺りから青い電撃が散ってる。
それが周囲から瓦礫を集めているようだった。
ぼくがいま溶かした部位もすぐ補強された。
「見ただろ。いくら傷をつけても元通りなんだ」
「そんな……」
──呼んで。
声がした。
「誰……?」
「ん、チヅル?」
──わたしを呼んで。
「パイロ、退避だ」
「チヅル、来るぞ」
──チヅル。
緑色の羊皮紙が現れた。
新しい呪文が見える。
──チヅル、わたしを呼んで!
はっきり聞こえた。
女の人の声が。
いつもより鮮明に。
「チヅル、危ない!」
辺りが暗くなる。
見上げた。
頭上にゴーレムの足が見えた。
「“【原蟲の王】”──!」
ぼくの足元に腐敗が広がった。
魔法陣?
のような形をしてるかも。
そこから何かが突き上げた。
ぼくを巻き込み、ゴーレムの足を砕く。
空高く突き抜けた。
地鳴りのような音がする。
それが風の音へ変わった。
ぼくは空の上にいた。
グラスヘイムと砂漠を一望できた。
ゴーレムが前方に見える。
片足が再生されてゆく。
ゴーレムと同じ高さにぼくはいる。
前方に岩の頭が見える。
「これ……」
ぼくは、巨大なサンドワームの上にいた。




