5-2 亞死吐暴威
ベッドから落ちたような衝撃。
でも手に砂の感触があった。
何か騒がしい。
薄目を開けると自分の部屋じゃなかった。
ベッドもない。
見えたのはボウル状の客席。
そして闘技フィールドだった。
スタンディングオベーション──。
客席で札束握りしめたやつらが興奮してる。
奇声を上げてる。
ぼくはフィールドに立っていた。
向かいで鉄格子が上に開く。
見覚えがあるような巨漢が出てきた。
多分、さっきぼくを格子に叩きつけたやつだ。
「うぃー!」
客席に肉体をアピールしてる。
*
パイロは座席から立ち上がった。
「嘘だろ……」
「パイロ?」
「見ろ、チヅルがいる」
「チヅル?」
「ほら、フィールドに」
ウィケットはパイロが指差す場所を見た。
「チヅル?」
二人は席を離れた。
急いで一番下まで階段を下りる。
手すりから身を乗り出した。
「おーい、チヅル。何やってんだ!」
パイロが叫ぶ。
*
巨漢が楽しそうに笑ってる。
「ちょろい。オレ、今日ついてる。おまえ、小さい、弱い」
客席の手すりにウィケットさんとパイロが見える。
何か叫んでるみたいだ。
全然聞こえないけど。
「さっきぼくを鉄格子に叩きつけた人だね」
ぼくは巨漢と対峙する。
「おまえ、運、悪い。おれ、おまえ、興味ない。でも殺す。エリクサー、おれが貰う」
「エリクサー?……ああ、あれか。違うよ、嘘だ。全部嘘なんだ。エリクサーなんて初めからないんだよ。腐敗病を治す薬なんてないんだ」
「おまえ、嘘、下手。キルヒム、嘘つかない」
「あの鏡餅のことか」
「おまえ、ペテン師」
「ペテン師はキルヒムだ。きみは利用されてるんだ。騙されたんだよ」
巨漢の眉間に怒りの筋が浮かぶ。
それが額へ広がる
「おまえ、嘘下手!」
こちらへ走ってくる。
無理だ。
こんな巨体、受け止めきれない。
「“【腐敗分身】”──!」
赤い腐敗の粘液の分身。
彼が巨漢の攻撃を感知する。
巨漢の遅い拳をすべて受け止めた。
ぼくは後ろへ下がりながら距離を取るだけ。
「うっとうしい、うっとうしい……」
殴れば殴るほど、巨漢は苛立つ。
殴ると分身は弾ける。
3秒ほどのクールタイムを経て、地面に散った腐敗を再利用して構築される。
攻撃を見切る必要がない。
「腐敗病は治らないんだ」
「嘘、聞いた。喋るな」
「治るなら、とっくのむかしに治ってるはずだ。エリクサーを量産してるはずだ」
「おまえ、動揺、誘ってる。嘘、下手。ガキ」
「ぼくが治してあげようか?」
一瞬、巨漢の手が止まった。
「はあ?」
「ぼくがきみのその腐敗、治してあげようか」
巨漢の全身に腐敗の斑紋があった。
衣服の下はもっと酷いだろう。
この人はもう長くない。
でもぼくなら一瞬で治せる。
ぼくは両手を自分についた。
「おまえ、何、してる?」
観客が煽る。
殴れ、殺せ、やり合え──。
試合が止まるとゴミがフィールドへ投げ込まれた。
ぼくはプールの中にいる。
騒音が籠って聴こえる。
──“人間だよ、チヅル。一番の腐敗は人間そのものだ”。
ウィケットさんの声が聞こえた。
手すりから何か叫んでる。
目が合った。
ぼくは言った。
「腐敗は、人間そのもの……」
聞こえてない。
でも伝わったはず。
緑の灯火──羊皮紙がある。
新しい呪文。
「“【亞死吐暴威】”──!」




